エルフの森のサレサ編⑥
私=マリアは、森の中で謎のエルフの女の子に捕まってしまい、そのまま連れ去られてしまった。途中から意識がなかったため、地面の中に引きずり込まれた所までは覚えているのだが……そこから先は、知らない。
しかし、何とか光矢とルリィさんの協力もあって助けて貰えた。そして、私が目を開けた時には既に戦いも終わっていた。目の前には、怪我をしているエルフの女の子の姿があった。
私は、助けたかった。どんなに敵であろうと……この子の事を助けたいと思えた。……いや、何だろうか。もっと言うと……この子は、悪くない気がしたのだ。
こう言うのを「女の勘」と呼ぶのかもしれないが、最初に彼女の事を見た瞬間に私は、このエルフの女の子が本当に悪人だと思えなかった。その瞳は、何処か悲しそうで……”あの時の自分”と何処か似た寂しさを感じれた。だから……治してあげたかった。
淡い緑色の光が、エルフの女の子の手を優しく照らす。光に包まれた傷だらけでボロボロの手は、徐々に傷が塞がっていき、次第に治っていっているのが分かった。傷を治しながら私は、彼女の手をじーっと眺めていた。
とっても白くて……綺麗な手だ。戦う人の手じゃないみたいだ。……光矢やルリィさんのような戦う人の手は、がっしりした印象を受けるが、この人の手はそうじゃない。小さくて細くて柔らかい。
自分と変わらない……普通の女の子なんじゃないかと……私は、思った。そんな時、目の前のエルフの女の子が口を開く。
「……なぜ、助ける? 私は、貴方に危険な思いをさせた。……敵。なのに、なぜ助ける?」
「逆に……どうして、この森の中で人間を襲っていたんですか? 貴方のような人が……本当に人間を襲っていたとは思えません。……何か事情があるんじゃないですか?」
すると、エルフの女の子はしばらく私から視線を逸らして口を閉じた。……何か言いにくい事でもあったのだろうか……。そう思っていると彼女は、ボソッと口を開いた。
「……事情があれば、誰でも助けるの?」
「え……?」
少女は、そっぽ向いたまま突然そんな事を言いだした。彼女のその朝焼けに照らされた横顔は、何処か悲し気な印象を受ける。彼女は、続けた。
「……甘い。そんなんじゃ……いつか自分が酷い目にあうだけ……」
少女は、寂しげにそう語る。私は、そんな彼女の横顔をぼーっと眺めていた。
……なんだか、本当に悲しそうだ。今にも瞳の奥から涙が零れ落ちそうな感じで……。
すると、そんな時にすぐ傍から人の姿に戻っていたルリィさんが少しイライラした様子でエルフの女の子に告げた。
「……ちょっと? 貴方、先輩に助けられている分際で……なんて事を言うの? 良いですの? 先輩は、本当に貴方の事を心配して……」
「だから……それが、甘い。簡単に敵を許してしまう事が……甘い。貴方も魔族なら分かるはず。人間を信じようとしても無駄。……忘れてしまったの?」
「……んぐっ!? べっ、別に忘れて何か、いませんわよ……」
ルリィさんは、とても困った様子だ。しかし、そんな彼女にさえエルフの女の子は、視線を移したりしない。彼女は、寂しそうに遠くをぼーっと眺めていた。
すると、今度は光矢が口を開いた。
「……確かに、マリアは甘い。ホント……心底、すっげぇ甘い。でも、それで俺もルリィも救われた。俺やお前のような人種は、殺す事でしか……何ともできない。だが、マリアは違う。コイツは、困っている人を本当に見捨てる事なんてできねぇんだ。俺にだって……お前の目を見れば、何となく何かあったんだろうなって事は、気づく」
「……」
すると、ゆっくり歩いてこちらへ近づいて来た光矢が、煙草をポイっと捨てて踏みつけた後にエルフの女の子の傍までしゃがんで、低い声で彼女に告げた。
「……もし、傷が治ってマリアにまた、何かしようってんならその瞬間に俺がお前を撃ち抜く。俺の銃裁きは、お前も知っているはずだ……。その時は、覚悟しろ。……俺は、マリアほど甘くはない」
エルフの女の子は、固まっていた。私は、2人が話を終えたのを見てもう一度、傷の手当からしてあげようとした。少しずつ治って綺麗になっていく彼女の体を見ながら……彼女の顔色が良くなっていくの姿を確認した。……私にとっては、これを見ている時が一番充実した気分を味わえる。
しばらく治癒の魔法をかけ続けているとその時だった。ふと、私達と違う方向をぼーっと眺めていたエルフの少女が口を開いて……話し始めた。
「……この森には、私以外にも沢山の”仲間”が住んでいた。……この森は、私達エルフにとって……家のような場所だった……」
*
その昔……人と魔族の戦いを終えて、両陣営とも疲弊しきっていた頃の事。この森には、大昔から多くのエルフが住んでいた。また、先住民たるエルフ程ではないが、森を抜けた先に人間の村も存在した。その人間の村は、物資を運ぶ馬車が行きかいする村で、村へやって来る馬車は、必ず森を通らねばならなかった。
これにより、エルフと人間の間で亀裂が生じた。故郷の森を離れたくないエルフ族と、交易のために森を通りたい人間。既に大規模な魔族と人間の戦争を経験した事のある両者にとって、これ以上の戦いは望まれてはいなかった。
そこで、エルフと人間の間で和平交渉がスタートし、結果的に村の人間達とエルフは、それぞれお互いの居住を認め合う形に終わった。
物資を村の外から森を通って運びたい人間は、森に住むエルフ達へ攻撃を仕掛けたりせず、干渉もしない。その代わり、森を通る事を許可する。
エルフ側もこの交渉内容を許諾し、両者の間で永続的に守られる約束となったのだった……。
こうして、人とエルフとの間には、何の争いもなく……このまま永劫の時が流れようとしていたのだが……しかし、そうはいかなかった。
それは、交渉を終えてから百余年程度経ったある時、唐突に起こった悲劇だった……。人間達が突如、エルフを捕獲するようになった。次々とエルフ達が行方不明になっていく中、とうとうエルフの森の族長は、人間の村のリーダーに話をつけるために1人、森を出て行った。
これで……問題が解決してくれる事を願っていたエルフ達だったが、しかし……。
族長が帰って来る事は、なかった。エルフ達から長老と呼ばれて、慕われていた族長は、二度と森に姿を現す事はなく、またその後……人間達のエルフ狩りは、余計に激しさを増していき、とうとう森のエルフは、その過半数が乱獲されるようになってしまった。
ある時、1人のエルフの少女が、森の中で血を流しながら倒れている男のエルフを発見した。その男は、耳の辺りを抑えていて……とても苦しそうに息を途切れ途切れにしながら……少女の存在に気付いた。
駆け寄った少女が、男を助けようとするも彼は、自分が既に助からない事を悟った様子でエルフの少女に掠れた声で告げた。
「……逃げろ。人間は……ここに住んでいるエルフを皆、殺しちまうつもりだ。俺達の耳……あるだろう? 他の種族に比べて少し尖った耳だよ……。俺達は、この尖った耳からごく少量の魔力を放出する事で魔法をコントロールできるが……その作用が、人間どもの杖に使われている。奴ら……オリハルコンの中に俺達の耳を砕いて粉みたいにしたのを練り込んで使っているみたいで……魔法の杖を作っているらしい……」
少女にとって、その話は……最早現実味がなかった。少女にとって、人とエルフは……その昔、約束をした仲で、他の魔族に比べて人間はエルフに対しては、少し優しいと聞いた事があった。
現に、この少女も昔は、人間の子供達と一緒に森で遊んだ事があった。少し成長して、今ではもう全く会わなくなってしまったが……それでも、彼女にとって人間のイメージは、あの頃の楽しい記憶のままだった。
しかし、エルフの男は、少女の事など一切気にせず続けた。
「……この森は、もう危険だ。俺達との約束を覚えている人間達は、皆……死んじまった。今は、もうあの頃の人間達の子孫しか残っていない。彼らは、知らないんだ。エルフと人間の和平の事を……だから、国から命令されるがままに俺達を乱獲して、耳だけを斬り裂き……余った体をその辺に捨てていきやがる……。こんな……こんな事が……あっていいわけねぇ! 俺達は、百年おきに人間達と和平交渉の内容を確認し合おうって約束もしていた。うまく、やってきたつもりだったのに……アイツらは、平気で裏切る。俺は……魔族としちゃ失格かもしれないが……正直な事を言うと、人間も少しは良いなと思っていた。アイツらの事を木の隙間から見ていて、人間にもいい所は、いっぱいあるんだなって……そう思っていた。……なのに……。なのに……。俺の家族も……俺の大切な娘や妻も……皆、両耳を切り落とされて、無惨な姿にされて殺された。……お前は逃げろ。ここから。……今すぐに! そして、忘れるな。人間の本質を……。アイツらは、悪魔だ」
そう言った後、男は死んだ。少女は、男の最後をその目で見届けるも……この時は、まだ人間の事を信じていた。自分の知っている純粋無垢な人間の子供達が、そんな事をするわけがない。
ましてや、私や私の家族に限ってそんな事が起こるはずがないと、そう思っていた。
しかし、現実は無情――。少女が、両親の住んでいる家に帰ると……そこに家族は、誰もいなかった。残されていたのは、ちょうど100年前に生まれたばかりの妹。まだ赤ちゃんで……母親のおっぱいを飲んで生きているわけだが……そんな妹の無残な姿だけが残されていた。
言葉にもできない位、惨い姿だった。……両耳は、斬り裂かれていた。耳を切る時に力み過ぎたせいか、妹の四肢はもがれ……赤ん坊の小さくてむっちりした瑞々しい体は、真っ白い骸骨のような色に染まり……血液が纏わりついたぐっちゃぐちゃの体が残されていた。
辺り一面には、妹が生前に遊んでいた壊れたおもちゃが転がっており、ぬいぐるみの中の綿が溢れ出て、首がぽっくり取れてしまっている横で……父の持っていた懐中時計のオルゴールが壊れたガサガサの音で鳴り続けていた。
その音を聞いた時、エルフの少女は立ち上がった。このオルゴールは、魔力を込める事で鳴らす事ができる。魔力さえ流し込まれていれば、問題なく動かす事ができる。
――と言う事は、生きている。そう思って少女は、オルゴールを持って森のあちこちを走った。まだ、鳴っている……。まだ鳴っている……。
そうやって、微かな希望を抱きながら森の中を探していると……その時だった。エルフの少女の鼻が人間の魔力を感じ取った。
近くに人間がいる。それも複数人だ。そして、他にもエルフの魔力も微かに感じる。もしやと思って少女が走り出すと……森の奥に、縄でグルグル巻きにされたエルフの男と、その周りに人間の騎士達が立っており、彼らがゲラゲラ笑いながら剣を振り回していた。
よく見てみるとそこには、エルフの女の死体があり……他にもエルフの子供や老人の死体が転がっていた。
そして、残された最後のエルフの顔をよく見てみると、そこに縄で巻き付けられていたのが、なんと自分の父親だった。
気づいた時には、もう遅かった。人間達が、目の前で父の耳を斬り裂き……殺した姿を彼女は、目撃した。……そして、気づくとオルゴールの音も消えてしまっていたのだった。
*
「……それが、父と会った最後の瞬間。あの後、私は逃げた……人間に見つからないように……自分の魔力の匂いをかき消す魔法を覚えて、何年も何年も……私は、隠れて過ごした。まだ、生きている仲間がいると思っていたけど、そんなのいなかった。この森に残されたのは、私だけ。私は、もう人間なんて信用できなかった」
「……それで、人間を襲うようになった……のですね?」
エルフの女の子は、コクリと頷く。彼女の目からは一筋の涙が零れ落ちていた。とても悲しそうなその姿に私は……もらい泣きしそうになった。
私は、目から零れてきそうになった涙を必死に抑えて治療を続けながら言った。
「……酷いです。あんまりです……! そんな事をするなんて……あんまりにも酷すぎます……」
しかし、私の発言に対してエルフの女の子は口を開いた。
「同じ人間なのに……どうしてそう思えるの? 人間は……私達エルフを杖の材料としか見てない。現に、魔力のコントロールなんてできなかったまだ赤ちゃんの妹の命まで奪った。そんな悪魔なのに……」
すると、それに対して向こうで煙草を吸っていた光矢が、エルフの女の子に背を向けた状態で口を開いた。
「なぁ、お前さん……甘い林檎と酸っぱい林檎は、同じか?」
「……?」
エルフの女の子は、首を傾げていたが、光矢は続けた。
「……俺は、違うと思う。確かに同じ林檎だが……酸っぱい林檎と甘い林檎は、全く別物だ。酸っぱくて誰も近づけない林檎と甘くて美味しい林檎。……どっちが好みだ?」
「それは……」
「……まぁ、どっちが好きでも別に構わんが。要するにだ。人間が皆、酸っぱい林檎だと思うなって話だ。中には、甘い林檎だって存在する。……まぁ、マリアの場合は甘ったる過ぎるんだがな」
「ちょっと光矢! それ、褒めてるんですか?」
私が、そう言うと彼は帽子を深く被り直して……黙って煙草の続きを吸い始めた。彼の言葉を聞いていたエルフの女の子は、しばらくボーっと彼の事を見つめているのだった。
すると、少ししてから光矢は再び口を開いた。
「ちなみに俺は、甘い方が好きだ。人間だとか魔族だとか……一緒くたにしちゃいけねぇのさ」
光矢が、そう告げる中……エルフの女の子は下を向いていた。彼女は、苦しそうに顔を歪ませていた。
「……でも、それでも……私は……」
――すると、そんな時だった。突如、私は魔力の反応をキャッチする。少し離れた所から私達に向かって魔力による攻撃が炸裂しようとしている……?
光矢以外は、全員気づいていた。私は、すぐに治療を一旦やめて杖を手に持ち、防御結界を展開しようとする。
しかし――相手の魔力攻撃の方が若干早かったせいで、結界を全て張り切るよりも先に私達は、上空から飛来した炎魔法による攻撃を食らってしまい、吹き飛ばされてしまった。
私達4人は、次々と地面へ落下。そして、前を見てみるとそこには……。
「貴方達は……!?」
そこには、大きなお腹とだらしなく生えた髭。それから酒の臭いが酷い甲冑を着た騎士達が立っており、私達の事を見下ろしながら小馬鹿にしたような目で見てくる。そのうちの1人が言ってきた。
「……ご苦労。君達のおかげで……ようやく最後の一匹を見つける事ができたよ」
「え……?」
すると、真ん中に立っていた騎士は告げた。
「……探していたぞ。最後の一匹。これで、ようやくこの任務も終わる。お前の耳……奪わせてもらおう!」
すると、エルフの女の子の隣で既に立ち上がっていた光矢が告げた。
「……テメェら、俺達をつけてきてたな? このエルフの耳を取りに行くために……」
「あぁ。その通りだ。……お前達、よく見つけてくれた。これで、ようやくあの村ともおさらばだ。……全く、もう飽きてきた所なんだ。……村にいる若い女は、あらかた食い尽くしたし……飯にも飽きてきた。そろそろ仕事を終えて……さっさと王からの報酬を受け取り、好き勝手に生きて行こうと思っていた所さ。お前達3人には、報酬として……俺達の仲間を殺した罪をチャラにしといてやる。ありがたく思いたまえ。……さっ、渡すんだ。その”材料”を!」
「そんな事させません!」
私は、そう言い切ると立ち上がって防御結界を張り巡らす。すると、驚いた太った騎士団の中年男は、後ろにサッと移動して、大きい声で言った。
「……何をする!? 貴様、俺達王国騎士団に逆らうつもりか? 下賤な娼婦の分際で!」
騎士団の男達が、一斉に剣を抜いて斬りかかろうとしてくる。私は、始めて自分に武器を向けられた事に驚き、つい怖くなってしまった……。
やはり慣れない。自分の命が狙われそうになる感覚は、どうしても怖い。
「……キャッ!」
すると、そんな私の心に共鳴して、結界の力が少しだけ弱まっていってしまう。少しすると、防御結界が消えかかって……。
このままだと結界の中にいる皆が危ないのに。私は……こういう時にどうしていつも……!
と、その時だった。大きな火球が騎士達に向けて撃ち込まれる。騎士達は、途端に後ろへ下がっていき、上空を睨みつけた。
彼らの視線の先……空を飛んでいたのは、いつの間にか龍の姿になっていたルリィさんだった。龍の姿となった彼女の事を騎士達は、睨みつけて告げた。
「……貴様、魔龍族!? 人間の姿で俺達を誘惑して……返り討ちにするつもりだったのか!?」
わけの分からない事を言っている騎士達にルリィさんは、告げた。
「……この子は、やらせませんわ。貴方達、愚かな人間の犯した罪……万死に値しますわ!」
ルリィさんは、そう言うと天空に魔法陣を複数展開し、それから一斉に雷を放出。騎士達は、何とかそれを避けようとするが、しかし既に太ってろくに運動もしていなかった彼らにルリィさんの魔法を避ける事などできなかった。彼らは、次々と雷に打たれて倒れていく。
「ええい! それでも貴様ら、クリストロフの騎士かぁ!」
1人の男がそう怒鳴ると、そんな彼に向かって光矢は、告げた。
「……この国の騎士共には、ダイエットって文化がないみたいじゃねぇか? ちょうど良い。……命がけのダイエットを始めようぜ!」
刹那、光矢がガトリング砲を手に、そのハンドルを大きく回転させる。騎士の男達は、とにかく必死で弾丸を避けようとするも……当然、全てを避けきる事などできず……彼らは、次々と血を流して倒れていった。
最終的に残ったのは、真ん中に立っていた太った髭がびっしり生えた酒臭い騎士団の男ただ1人だった。男は、告げた。
「貴様ら! 人間だろう!? なぜ、魔族に協力している!? 同じ人間として……俺達と共に……」
だが、それに対して光矢は、冷たい声音で告げる。
「知らねぇな。俺は、気に入らない奴をぶっ潰しているだけだ」
「何……!?」
刹那、光矢の一発の弾丸が右肩に接近。男は、避ける事ができず撃ち抜かれてしまう。
彼は、撃ち抜かれた肩を抑えながら地面に膝をつく。そして、苦しそうに呼吸をしながら私達の事を睨みつけていた。
「裏切り者達めぇ……!」
光矢が、痛みで動けなくなってしまった男へ銃口を向け、狙いを定め始める。
「……よし。これで、とどめだ」
しかし、彼の人差し指が引き金を引こうとした次の瞬間だった。ルリィさんの炎を食らって、倒れていた騎士団の仲間の1人が、突如立ち上がって……その手に持っていた杖を振りかざし、エルフの女の子へ最後の力を込めて魔法攻撃を繰り出す……!
「……せめて、その女だけでも捕らえて持ち帰ってやる!」
男がそう言いながら魔法を放った事にすぐ気付いた私とルリィさんが、エルフの女の子の事を守ろうと走り出す。……しかし、死に際に放った騎士の魔法は、驚くべきスピードであり……彼女から少し離れた場所に立っていた私達じゃ間に合わなそうだった。
しかし、男の火球がエルフの女の子の体を焼き尽くそうとした次の瞬間、突如エルフの女の子の立っている前に光矢が現れる。
彼は、自分の背中で炎の攻撃を受けながらエルフの女の子の事を真っ直ぐに見つめていた。
「光矢……!」
「殿方様……!」
私とルリィさんが、そう声をかけると、光矢は膝をついて……。やがて、背中から血を流し始める。苦しそうにしながらも必死にエルフの女の子の事を見つめ続ける光矢に……エルフの女の子は、しばらく口をパクパクさせているだけだったが……彼女は、告げた。
「……どうして? そんな事を……」
「……さぁな。でも、マリアを見ていると……俺もお前を殺したくなくなっていた。アイツを見ていると……俺も少しばかり忘れていた甘さを取り戻せる感じがするんだ」
「でも……そんな……私のためにそこまでするなんて……どうして……!?」
「さぁな……まぁ、強いて言うなら……お前が昔教えていた生徒に少し似ていた……から……」
そんな会話をしていると光矢は、そのまま倒れてしまった。ギリギリ地面につく前に私は、光矢の体をキャッチし、彼の名前を呼び続けた。既に閉じかけていた彼の瞳がギリギリの所でうっすら開いている。彼は、駆けつけた私とルリィさんを見て、光矢は告げた。
「……すまない。迷惑をかけた」
「喋らないでください! 光矢! まだ間に合います! 今、手当しますから!」
しかし、私の言葉など無視して光矢は、最後の言葉を告げるのだった。
「……ルリィ、後は任せたぞ」
そうして……彼は、その瞳を閉じる。……この後、光矢の瞳が開かれる事は、二度となかった。私の腕の中で眠る彼の体温もどんどん冷たくなっていくのが分かる。
「……」
私達は、何も言えなくなっていた。ルリィさんも私も下を向いていて……完全に元気を失っている。しかし、この時騎士団の男達が次に発したセリフを聞いて私達は……。
「……はははっ! やったぞ! よくやった! これで、邪魔な奴らが1人消えた! ふっ! 女の前でかっこつけやがって……。貴様のような奴が……よくも俺達に逆らおうなんて……間抜けな奴め! ははは! 無様に死にやがった!」
私達は、もう我慢できなかった。
「……先輩、殿方様の事を……」
「ええ。ルリィさん、頼みました……」
龍の姿をしたままルリィさんは、騎士団の男達の事を見下ろす。既にズタボロの状態で、身軽さの欠片もない動きしかできない彼らに対してルリィさんは、怒りのままに魔法陣を空に無数に展開。
そして──次の瞬間、一斉に雷を落としていった。
凄まじい光が起こった後、あっという間に辺り一面が消し飛ばされたかのように大地は砕け散った。
黒焦げになった彼らは、それから倒れたまま二度と起き上がる事は……なかった。
戦いは、終わったのだ。大切な1人を犠牲にして……。
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