エルフの森のサレサ編④
――早朝。お店を出た私達は、早速森の中へと進んで行った。暗く、霧のかかった早朝の森は、私達が昨日訪れたのとは、全く雰囲気が異なっており、まるで迷いの森のようだった。
光矢は、道に迷わないように他に比べて異様に大きい木や細くて細かく枝分かれしている木など特徴的な見た目をしている木に赤いスカーフを巻き付けて、目印にしながら歩いていた。
私達もそんな彼と同じく周りに警戒しながら先へ進んで行っていた。というのも、この森に入ってからどうも魔力の匂いが凄いのだ。この森の何処を歩いていても魔力の匂いがする。物凄い広範囲に渡って魔族特有の魔力の香りがしてくるのだ。
ルリィさんも私と同じで気づいた様子。彼女の目の色も先程からずっと鋭い猛獣のようなものになっていた。
「光矢……」
歩きながら光矢にこの事を伝えておこうとしたが、しかし彼は首を縦に振った。
「……分かっている。俺にも……”殺意”は伝わってきている。間違いなく”いる”」
彼は、そう言いながら新しく見つけた木にお店から持ち出した赤いスカーフを巻き付けていた。カタ結びを終えてから光矢は、言った。
「……念のため、棺桶を出しておいてくれ。もうかなり歩いたし……いつ敵が来てもいいように準備しておかないとな」
私は、すぐに返事をして手に持っていた杖に魔力を込める。そして、大きな魔法陣を出現させて収納魔法を展開。魔法陣の中から光矢の棺桶を1つ取り出した。
彼は、その棺桶に結びついている縄を持つと根っこが地面一帯に広がっている険しい森の中を棺桶を引きずりながら歩き始めた。
そんな彼の様子を後ろから見ていたルリィさんが、私にヒソヒソした小さい声で耳打ちしてきた。
「……ねぇ先輩、前から気になっていたのだけど……殿方様のあれって……棺桶ですわよね? なんで、そんなものの中に殿方様は、武器なんかしまってらっしゃるの?」
「うーん……。正直、私も分かりません」
彼女は、私に対して興味のなさそうに「あっそう」と返してきて、それ以降は、もう何も聞いてこなかった。
そしてしばらく、静かに私達は森の中を歩いて行ったのだが、ここで私達はとあるものを目撃する事になった。
それは、私達が歩いていたすぐ隣にそびえ立っていた大きな木。とても大きくて立派な幹と緑色の葉が蒼々と茂る自然の芸術。しかし、そんな木の姿に私は、デジャブを覚えていた。
そして、そのデジャブは……正しく本当の事だったのだ。木の幹には、光矢が結んでおいたはずの赤いスカーフが巻かれていた。
「あれ? と言う事は……私達、知らない間にさっきの場所に戻ってきちゃいましたか?」
すると、木に巻き付いている赤いスカーフを間近で見に行った光矢が、しばらく静かに口を閉じて赤いスカーフを眺めてから私達の立っている方へ振り返り告げた。
「……戻るぞ」
そうして、私達は後ろへ歩き出した。私も光矢も、そしておそらくルリィさんも分かっている事だったが、あの大きくて立派な木に結び付けた赤いスカーフこそ、光矢がこの森に入って最初につけた目印なのだ。
つまり、後ろへ歩いて行けば自ずと森の入口へ到着するのだが……しかし、後ろへ歩いて行った先に私達が見たものは、大きくて立派で、赤いスカーフの巻き付けられた木の姿だった。
「……この木って!? さっきと同じ……!?」
驚く私だったが、その近くでは真剣な顔をして睨み合っている光矢とルリィさんの姿が――!
「……殿方様」
「あぁ……間違いない。これは、この森全体に魔法がかけられている」
「魔法……?」
状況がよく理解できない私に光矢は、告げた。
「……いきなり最初に目印をつけた木に遭遇する事自体おかしな話だ。そして、後ろへ戻ったらまたこうやって……同じ木へ辿り着いてしまう。お伽話とかでよくあるやつだな。……おそらく、この森の守護者が魔法を使って俺達を先へ進めないようにしているに違いない」
「森の守護者って……」
すると、彼は棺桶のロックを足で解除して、上を見上げながら告げた。
「……そんなの1人しかいないぜ」
光矢の指先が、ガンベルトに収納されている銃にピトッと当たったその時、森の上空からこれまでで1番強力で濃い魔力を感じ取る。
私とルリィさんはほぼ同時に真上を見上げるもそこには誰の姿もない。
──でも、確かにいる……。私達の周りを様子を伺いながらこっちを見てきている人が……。
私も杖を構えた。いつ攻撃されても良いように魔力をあらかじめ杖にはめ込まれたオリハルコンに込める。
──後は、思い一つ。光矢は、私が守る!
そう決意したその時だった。光矢の手がピクッと震えたのに気づいた次の瞬間、視線を向けた先から1本の矢が飛んでくるのが見えた。
その矢は、最初は一本だけだったが、突然2本になり……更に少しすると4本になり、気づくと矢の数は、見ただけじゃ数え切れないくらいに増えていた。
「……光矢! ルリィさん! こっちへ!」
咄嗟にそう声をかけて、私はオリハルコンに念じる。刹那、魔法陣が展開されて、防御結界が、私達を包み込む。光矢とルリィさんが結界の中に入ると、直後に無数の矢が私達に襲いかかる。結界により飛んできた矢が跳ね返されていく。
しばらくして攻撃が終わったのを確認してから私は、一旦防御結界を閉じようとした。しかし、直後に光矢が告げた。
「結界を閉じるな! マリア! 次の攻撃が来るぞ!」
刹那、私が振り返った先で今度は、植物のつるが動き出し、鞭のようにしなりながら襲い掛かって来た。もう一度、防御結界を作り出し、攻撃を守りきる事ができたが、つるの鞭と無数の矢による攻撃が今度は、同時に襲い掛かって来て、私達は身動きがとれなくなってしまう。
「挟まれた……!」
このまま守り続けていれば、いずれ私の魔力が先に切れてしまう。
――どうする……?
考えているとその時だった。隣に立っていたルリィさんが、私に言った。
「先輩! アタシを結界の外に出してください!」
「何をする気ですか!?」
「……説明している暇はありませんわ! 良いから早く!」
私は頷き、すぐにルリィさんを結界の外に通せるように魔力をコントロールした。オリハルコンに新しい魔法陣が出現して、結界魔法のプログラムが書き替えられる。
「行けます! ルリィさん!」
そう声をかけたその時、既に彼女は自身の足に身体強化の魔法を施し、電光石火のスピードで結界から出て行っていた。
そして、大地を踏みしめて空高くジャンプすると、彼女は自分の体の正面に魔法陣を出現させ、強大な魔力を練り始めた。
「……って、まさか!?」
魔力の匂いからルリィさんが、何の魔法を使おうとしているのか私は、察する。次の瞬間、ルリィさんの体が光に包まれて、その姿が光の中で変化していく。
――魔法陣を通り抜けて光が消えた頃、彼女の姿は人ではなく龍の姿となっていた。魔龍族最後の生き残り、ブルー・リー。その真の姿を解き放って、彼女は長い金色の龍の体を空中でしならせながら雄叫びを上げていた。
ルリィさんは、何処からともなく発射されている矢の大群と森のあちこちから伸びてきていたつるの鞭を見ながら告げた。
「……殿方様、先輩! ビリビリかましますわ! ちょっと音がうるさいかもしれませんので、お耳にチャックお願いしますわ!」
ルリィさんの両手に小さな魔法陣が幾重にも出現し、それと同時に上空にも数多の魔法陣が形成されていく。魔法陣の周りでは小さな小型の雷が、ゴロゴロなっている。
「雷神龍覇斬!」
刹那、上空に出現した魔法陣の全てから巨大な雷が同時に落ちてきて、無数の矢やつるの鞭を焼き切る。その一撃は、まさに雷の剣で一刺ししたみたいに私達の周りで起きていた攻撃の全てが砕け散っていく。上空で雷を操っているルリィさんが、まるで雷神のようだった。
私と光矢は、結界の中で耳を塞いで時々、ピカッと強力に光る雷光に目を瞑りながらこの光景を見ていた。しばらくして、雷に打たれた木々がズタズタにされて、当たりから煙が巻き上がっていく中、私と光矢は、立ち尽くしていた。まるで、山火事でもあったかのような様子だった。すると、上空で龍の姿になっていたルリィさんが、私達を見下ろしながら口を開いた。
「……大丈夫ですか!? 殿方様!」
「あぁ……」
――どうやら、私の心配はしてくれないらしい。まぁ、それは良いのだが……。それよりも……。
私は、辺りを見渡す。雷の衝撃で折れ曲がった木々や焼けた跡が広がる。
――少し……やり過ぎじゃないかな?
ボロボロの木々に囲まれて呆然としている私だったが、しかしその時――!
「マリア、来るぞ!」
光矢の声が聞こえてきて、私はすぐさまオリハルコンに魔力を込めて、結界を作り出す。すると、またしても遠くから無数の矢が襲い掛かって来る。
「危なかったぁ~」
結界がもう少し遅かったら、やられていた。ギリギリの所だったが、何とか光矢を守る事ができた。私達3人は、なるべく近くに集まり、円形になってそれぞれが、何処から敵がやって来るか見張りながら自分達の持っている武器をそれぞれ構えた。
しかし、敵はなかなか姿を現さない。矢が降りかかって来るのをひたすらに耐えるだけだった。
「絶対に光矢を守ってみせます……!」
正面を見つめながら、そう決意を固める私。しかし、私の意識が完全に正面に一点集中したその時だった。無数の矢による攻撃を防御結界で守っていると――。
「……え!?」
何かが足に巻き付いた感覚だ。ふと、見下ろしてみるとなんと、私の両足に植物のつる(?)のようなものが巻き付いており、それが足を締め上げるくらい強力に巻き付いていた。
「……キャッ!」
そして気づいた時には、私の体は地面の中へ引っ張られてしまい……。
「……マリア!」
「先輩!」
私の名前を叫んで心配してくれていた光矢の声が聞こえてきた。地面の中へ落ちていく私に光矢が必死に手を伸ばしており、私もその手を取ろうとしたが、時すでに遅し……。私は、呆気なく土の中へつるに引っ張られていってしまう。
――いや、あの時私を心配してくれていたのは、光矢だけじゃない。ルリィさんもだ。……さっきは、心配してくれなかったのに……こういう時だけは、心配してくれるのね。
私の体は、土の中へと引きずり込まれていく。……そして、目の前が真っ暗になった次の瞬間には……私の意識は完全に消えてしまっていた……。
*
早朝、森のエルフを退治するために町の周りを覆い尽くしている大きな森の中へやって来たアタシ=ルリィと殿方様は今、目の前で起こった事に衝撃を受けていた。それは、本当に突然の事。……防御結界を張ってくれていたマリア先輩が、突然地面の底から伸びてきた植物のつるのようなものに引っ張られて、地の底へ落ちて行ってしまったのだ。
「マリアァァァァ!」
先輩が落ちて行った地面の底を見つめながら殿方様が叫ぶ。しかし、当然返事は返ってこなかった。
マリア先輩の落ちた穴を私も見てみると、その穴は……想像以上に奥深くまで続いており、最早真っ暗だった。
「……先輩」
こんなに大きな穴の中に落ちてしまったのなら……普通は、もう助からない。ましてや、先輩は人間。それも防御結界と治癒の魔法程度しか使えないのだから……この深さで落ちて行ってしまえば……。
見てみると、殿方様は地面に膝をついて下を見ていた。
「マリア……」
彼は、弱弱しい声で何度も先輩の名前を呼んでいたが……しかし、返事はない。
すると、その時辺り一面を覆い尽くしていた先輩の防御結界が、解けていくのに私は気づいた。
――敵の攻撃はまだ続いている。……まずいですわ!
「……殿方様!」
声をかけてみるが、反応はない。彼は、まるで蛻の殻と化したかのようにボケーっと下を見つめていた。
――ダメですわ! このままでは、結界が消えて全滅してしまう!
アタシは、咄嗟に殿方様のお腹の辺りを持ちあげて、結界の真上を見つめる。既にそこは、もう完全に消滅しきっている。
「……殿方様、我慢してください」
アタシが、殿方様の事を持ち上げた状態で高くジャンプすると、途端に先輩の防御結界は、完全に消滅。無数の矢があちらこちらに突き刺さっていく。
ッギリギリの所で、身体強化の魔法を使った事で何とか、逃げ切る事ができた。
――けれど、ここからどういたしましょう? もしも、また同じような攻撃がきたら……。
これまでは、先輩の結界があったからこそ防ぐ事ができたのに……。先輩がいなくなってしまった今、敵の攻撃から身を守る術はほぼないと言っても良い。それに……。
「殿方様……」
彼は、まだ下を向いていた。ずっと、先輩が落ちて行ってしまった地面に開いた穴を見つめているだけだった。
――今の状態で殿方様を戦わせるわけにはいかない。……ここは、アタシが何とかするしか!
アタシは、そう決意すると体の全身に魔力を込め始める。腕の中にいた殿方様に告げる。
「……殿方様、大丈夫ですか?」
すると、今まで聞いた事もないような低い声で彼の返事が聞こえてきた。
「あぁ……。大丈夫だ」
「殿方様……」
さっきまで、喋る事もできない位かなり絶望していたのに立ち直りが早い。……流石は、アタシの殿方様ですわ。
「……これから敵が何処にいるのか探そうと思います。殿方様は……」
「俺も行く。……まだ、マリアは死んじゃいない。アイツのためにも奴を探し出して……叩き潰す!」
……いつも通りですわ。これなら……不安な事はない。そう思ったアタシは、全身に施した変身の魔法を使い、龍の姿へ再びチェンジした。そして、殿方様を背中に乗せて、私は空を飛んだ。
「……それでは、参りましょう! 殿方様!」
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