魔龍ブルー・リー編⑤
そこは、これまで私達が通って来た道とは、比較にならないくらい広い空間だった。魔法でつけている灯りを消したら、きっと何も見えなくなる。夜の闇なんかよりもよっぽど暗くて、不気味な漆黒。まるで、深海に紛れ込んだようだった。
その広い空間の中にやってきた私と光矢は、ゆっくりと辺りを見渡しながら……歩き続けていると、ふいに後ろからこれまでで一番強烈な魔力の香りがしてきて、それと同時に後ろに大きな気配を感じ取った。
私達が、すぐに振り返ってみると、闇の空間の中に突然、2つの龍の瞳が現れる。大きな瞳で、少し蛇のような細くて鋭い不気味な目をしており、その目が私達をジーっと見下ろしている。
恐怖に震える私が、本能的に光矢の後ろへ隠れるように身を寄せる。彼もすぐにでも攻撃を行えるように引きずっていた棺桶に手を伸ばしかけている。これまでで一番と言っていいほどの緊迫感が、私達と龍の間に起こっている。
すると、突然ジーっと私達を見下ろしているだけだった魔龍が、暗闇の中から何かを喋り始めたのだった。
「……貴方達ですわね。アタシの家に入って来たのは……」
暗闇の中から魔龍の2つの瞳が、こっちに近づいて来た。その恐ろしい目の姿に恐怖でいっぱいになった私は、光矢の後ろに隠れた。
龍は、更に告げた。
「……どういうつもりですの? 人間と言うのは、どうしてこう……アタシのテリトリーに入って来ようとするんでしょう……」
じーっと光矢を見つめる龍。同じく龍の目を真っ直ぐに見つめていた光矢が、全く動じていない様子で告げた。
「……お前のせいで、この町の人達は、オリハルコン鉱石が取れなくて困っている。今すぐ、この鉱山からいなくなって、オリハルコンを寄こせ」
「……あら? オリハルコン? 何を言っておりますの? この山には、オリハルコンなんて存在しませんのよ?」
「デタラメな事を抜かすな。町の人達は、昔ここからオリハルコンが取れたと言っていたぞ。嘘をついても無駄だ。……さぁ、分かったらオリハルコンを出せ。そうすれば、殺されずに済む……」
この時、私の中に1つの違和感を覚えた。……いや、こういう時、いつもの光矢ならこんなセリフを言う前に敵を発砲していそうだというのに……。
だが、ふと視線を下におろしてみると、そこには汗でビショビショになっていた光矢の手が見えた。
――彼もまた、怖いのだ。……この得体のしれない生物を前にして、恐怖を感じていたのは私だけではなかった。
それが分かってくると、私も少しだけ勇気が出てきた。
だが、そんな私達を笑い飛ばすかのように魔龍は、高らかに笑って告げた。
「……フフフフフッ。殺されずに済むですって? 貴方、何を馬鹿な事を言っておりますの? さっきから貴方からは、何も匂わない。所謂、魔力のない”クズ”である事は、お見通しですのよ? そんな貧弱な魔力を持たぬ者が、魔王軍”
「アルカナ……?」
聞き慣れない言葉に光矢と私は、少し疑問を感じた。しかし、こんな事をいちいち考えていられる余裕は、私達にはない。暗闇の中から大きな体を持っているであろう魔龍が、こちらへ……ゆっくりとその長い大蛇のような体を寄せてきているのが分かった。
魔龍が、私達のすぐ傍まで顔を近付けて、その不気味な恐ろしい龍の顔を見せながら告げた。
「……自信があるのでしたら、アタシと1VS1で……正々堂々と戦いましょう……。無能な勇者さん。……けれど、もしもその気がないようでしたら今すぐここから立ち去って下さいまし。……そんな腰抜けは、この場に埋めてあげる資格もありませんわ……」
「埋めるって……」
その時、私はふと気づいた事があった。確かに地面の中から死んだばかりの人間の微かな魔力の反応を感じた。
「……どうして、こんな事を……」
すると、魔龍は一瞬だけ下を向き、悲しそうな顔を浮かべてから告げた。
「……そんな事、アタシに分かるわけありませんわ。アタシは、ただ……ここが気にいっているだけで……それなのにどうして、人間達は……アタシの大事なものを奪いにここまで来るのですか……」
「……!」
大事な物……? ふと、魔龍の後ろに視線を移してみる。……すると、それまで漆黒の闇しか見えなかったはずのその空間に一番星の輝きの如く、何かがキラリと輝いて見えた。
……あの輝きは、もしかしてオリハルコン鉱石? やっぱり、この龍が隠し持っている……?
「……光矢」
「あぁ……俺も今のは、見えた。やっぱり、コイツが……」
私達は、魔龍を睨みつける。お互いに敵意の眼差しを向け合い、とうとう魔龍は私達に告げてきた。
「……どうやら、話し合いは終わりのようですわね。それでは……」
刹那、魔龍は上に上がっていく。漆黒の闇に包まれたその体が、上へ上へ昇っていき、そして……洞窟の一番上まで行くと龍は、魔法陣を出現させて、詠唱をし始めた。
「……光よ。照らせ」
その瞬間、それまで暗闇しかなかった洞窟の空間が大きな光に照らしだされて、明るくなっていく。
ようやく暗い空間に目が慣れ始めていた私達は、突然の強烈な光を前に目を閉じ、両手で顔を覆い隠した。
そして、前を見てみるとそこには――大きな金色の鱗を持った巨大な大蛇のように長い体を持った龍が存在していた。
隣に立っていた龍を見て、光矢が告げる。
「……ほう。如何にも中華風の龍って見た目をしているな」
何を言っているのか、いまいちよく分からないが、そんな彼に向かって魔龍は、告げた。
「……暗いままでは、戦い辛かったでしょう? これで、正々堂々と戦う準備は、整いましたわ……。戦いを始める前に自己紹介を致します。……アタシの名前は、魔龍族最後の生き残り……名を”ブルー・リー”と申しますわ」
魔龍は、丁寧に頭まで下げて自己紹介をしてきた。そんな様子には、私も光矢も流石に驚いた。
光矢が、少し嫌味っぽく魔龍に告げた。
「……魔族のくせに、随分と礼儀正しいじゃないか」
すると、龍は告げた。
「……我が魔龍族は、戦いを神聖な儀式の1つとしていますわ。それは、例え相手が自分より格下であろうと……関係なく、戦いの前には名乗り、そして戦いで倒れた方には、敬意を持って埋葬する。それが、一族の掟ですわ」
「……なるほど。それなら……郷に入っては、郷に従えだな。俺は……佐村光矢」
「サム……ア? ゴーヤ? 聞いた事のない珍しい名前ですわね」
「あぁ、こことは違う別の世界から来た。……こっちの世界じゃ、血染めのサムって呼ばれているが、正直……この名前は、あんまり好きじゃない」
「では、なんと?」
「……ジャンゴだ。それが、この世界での俺の名だ」
「ふむ。分かりましたわ。……ジャンゴ。それでは、参りましょう。……一応、言っておきますがこれは、神聖な戦いの儀式。必ず、
魔龍の瞳を見れば、すぐに分かった。彼女(?)の言う名誉というのは、彼女が何よりも大事にしているものなのだろう。
――凄く誇り高い魔族だ。……これまで魔族と言う種族と全然関わった事がなく、ただ国の言う魔族のイメージを心の中で持ったまま過ごしてきた。
今まで生きてきた私にとって魔族とは、理性なく人を襲う恐ろしい化け物のようなものだと思っていた。魔族には、誇りなど存在せず……騎士の言う決闘を知らない。薄汚れた存在であると心の何処かで私は思っていた気がする……。
だが、違う。目の前にいるこの魔族は、私が国に植え付けられた魔族の姿とは、まるで違うのだ。一族を大切に思う気持ちと誇りを持ち、何より人間と対等に話をする事もできている。
「光矢……」
彼は、魔龍の姿をジーっと見つめたまま私に告げた。
「……マリア、すまないが手出しはしないでくれ」
「光矢……!」
もう一度、彼の名前を呼んだ。今、彼の顔を見ないで戦いに行かせてしまったら……それこそ、後で後悔するかもしれない。
すると、彼は振り返ってくれて、私の目を見つめながら優しい声音で告げた。
「……大丈夫だ。簡単には、死なないさ。言っただろう? ”銃は、魔法より強し”だ」
「……」
彼の背中は、相変わらず大きい。棺桶を引きずりながら魔龍の傍へゆっくり近づく光矢。サイズとして、圧倒的な差が見えていた。
彼は、大丈夫と私に言い続けて来ていたが……果たして本当にそうなのか、この大きさを前にすると彼の言葉も……。
そして、睨み合う2人がそれぞれ構えを取る。魔龍の方から魔力の強烈な香りがし、光矢の方も棺桶から伸びたロープを握る手がピクッと一瞬だけ動いたのが見えた。両者が動き出したのを見て察知した。
――来る!
魔龍”ブルー・リー”の手の中から魔法陣が出現し、洞窟の天井から稲妻が出現し、それらが上から光矢目掛けて襲い掛かる……! 無数の落雷が、次々と落下していく。
光矢は、棺桶を勢いよく開いて、中からガトリング砲を一丁取り出すと、その場からすぐさま駆け出し、落雷をかわす。そして、地面を前転してかわしてから、光矢は巨大なガトリング砲の銃口を龍に向けて発射する。
大雨の如く、無数の弾丸がブルー・リーを襲うが、龍は当たる弾丸をまるで蚊でも払うかのように鬱陶しそうにしているだけだった。
光矢の撃った弾丸が、次々と弾かれていく。
「皮膚が硬い……」
光矢が舌打ちをしていると、再びブルー・リーの方から強烈な魔力の匂いがしてくる。今度は、龍の口から強烈な炎の魔力の匂いがする。……少しすると龍は、口から強烈な火球を放った。その青白い炎の大きな球が、光矢を襲う。
……が、しかし。
「……速い!? 炎が全く当たらない!?」
大きな武器を持っているにも関わらず、光矢の動きはブルー・リーの言う通り、確かに素早い。上から降って来る火球も……次々とかわしていく。
そして、隙を狙って的確に、光矢はガトリング砲を撃ちまくった。今度は、頭だけでなく胴体や下の尻尾の付近など体の様々な所に光矢は、弾丸を当てていく――。
しかし、やはり魔龍の皮膚は硬い。何処を撃っても弾丸は弾かれてしまう。銃弾が皮膚に当たった時、甲高い衝撃音が鳴り響いて、火花が散る。光矢は、舌打ち混じりに告げた。
「……やっぱ、生半可な攻撃じゃダメか。それなら……」
光矢は、再び棺桶の置いてある所まで走りだす。しかし、彼の行動を見て魔龍”ブルー・リー”も黙ってはいなかった。
龍は、口から火球を放ち応戦。しかし、光矢の素早い動きによって攻撃は、全てかわされてしまう。
「ちょこまかと……しかし、これならどうですの!」
すると、今度は口からのブレスに加えて、手から魔法陣を出現させ、落雷と火球による同時攻撃を始めた。
ブルー・リーの炎と雷の同時攻撃に、流石の光矢も攻撃を避ける事はできず、彼の行く手を阻むように前方と後方の両方から炎と雷が襲い、2つの魔法攻撃によって彼の立っている周りで大爆発が起こる。
爆発に巻き込まれた光矢は、吹っ飛ばされてしまった――! 大きな爆風と共に吹っ飛ばされる光矢の姿が私の目にも見えた。
「……光矢!」
しかし、服は既にボロボロだったにも関わらず、光矢の顔は笑っていたように見える。まるで、作戦通りに事が進んだ時のような清々しい笑み……。彼の体が地面に叩きつけられ、それと同時に物凄い土煙が辺り一面を覆い隠す。
――どうなったの?
彼の様子が気になって目が離せない私と、流石に倒れたであろうと余裕の笑みを浮かべる魔龍。すると、その時だった。ふと、土煙舞うその場所をジーっと見つめていると……。
「……ここまで飛ばしてくれるとは、親切な龍もいたもんだぜ」
土煙の中から大きな銃を持った光矢の姿がシルエットのように現れる。彼の手には、これまで一度も見た事のなかった大きくて少し細長い銃が持たれていた。
「しまった!?」
魔龍が、慌てて光矢の攻撃から身を守ろうと魔力を込め始めるが、時既に遅し……。大きな銃を持った光矢は、得意げに告げた。
「シュワちゃん愛用のショットガンの威力を……。た~んと味わいな!」
光矢が、銃身のレバーをスライドさせて、引き金を引く。――刹那、魔龍の硬い皮膚に向かって隕石の激突の如く、強烈なショットガンの弾丸が発射され、物凄い爆発が起こる。
途端に、たった一撃で龍の鱗は粉々に吹き飛ばされ、魔龍は紅の血を流して絶叫し始めた。
「……よし。コイツなら……!」
喜んでいる光矢だったが、しかし魔龍は静かな怒りを瞳に宿し、彼の事を睨みつけていた。龍は、血を流して過呼吸になりながらも必死に治癒の魔法を自分自身にかける。そして、恐ろしい形相で光矢を睨みつけながら告げた。
「……やりますわね。まさか、そんな”秘密兵器”を隠し持っていただなんて……。魔力のない人間と言えど、侮れませんわ。……良いでしょう。貴方の実力は、認めますわ。……しかし、ここからは本気で行かせて頂きます」
そう言うと、魔龍は目を閉じる。そして、何かを強く念じ始め……次第に、その大きな体が金色の光の中に包まれていく……。やがて、光はより一層強くなっていき……そして、それと共にそれまで大きかったはずの龍の体は、どんどん小さく……ついには、私達とほとんど変わらない位の大きさになっていた。
「人の姿……?」
私の口からポロリと言葉が漏れてしまう。すると、光の中から人間の女の子の姿となった魔龍”ブルー・リー”が姿を現し、彼女(?)が、私達に告げる。
「……アタシ達、魔龍族は龍の姿とこっちの人型の姿。両方の姿を生まれながらにして持っているのですわ。この人の姿は、アタシ達の種族が進化の過程で手にした特殊な形態。まぁ、龍としての姿ですと体が大きくて正直、普段生活する分には色々と不便ですし……こちらの姿の方が何かと戦いやすいのですわ」
光の中から美しい大人の女性が姿を現す。彼女は、引き締まったモデルさんのような体をしていて、美しい赤い髪の毛を持ち、龍の姿からは全く想像もつかないようなセクシーさを醸し出している。豊満な胸と、女の私でさえ思わず見入ってしまう程、美しい背中からお尻にかけての曲線美。大きな太もも。……何より、彼女は服を着ていない。……魔龍形態と同様かそれ以上の(ある意味)破壊力を持った体を堂々と私達に見せていた。
彼女は、得意げに微笑みながら私達を挑発的な視線で見つめ、そして更に告げた。
「さぁ、続きを致しましょう……」
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