魔龍ブルー・リー編⑥

 人間の女性の姿に変身したブルー・リー。それと相対する光矢。2人は、再び睨み合い、お互いに戦闘の態勢をとりながら少しずつにじり寄っていた。


 真剣な雰囲気で、いざ戦わんとする2人だったが……彼らの戦いを傍で見ていた私は、どうしてもこの気持ちを叫ばないわけには、いかなかった。


「……戦いの前に服を着て下さい!」


 最初は、キョトンとした様子だったブルー・リー。……魔族に服を着る文化はないのだろうか……。と少し心配していたが、少しして、彼女は自分自身の体に向けて魔法を発動させ、その美しい体に布を纏った。


 赤いドレスだった。上流階級の貴族等がパーティーで着ていくようなボディーラインがくっきり見えるようなピッチピチのドレスに見た目は近い。胸元は、谷間がくっきりと見えており、腰の周りを本来なら覆い隠すはずのスカート(?)に当たる部分は、左右の腰から下は、生の足が露出しており、大きな太ももは、白いソックスと、パンティとソックスの間を伸びているガーターベルトのようなものがついている。また、ハイヒールを履いており、大きな太ももをより魅惑的に見せている。


 ――私もこんな格好をしているから人の事は、言えないけれど……こっ、これは果たして服なのですか……。


 動揺している私の横では、光矢が「ふむふむ」と何故か妙に納得した様子で人の姿になった魔龍の身に纏っている服を見ていた。


「……なるほど。チャイナ服かぁ。中華風の龍の姿からチャイナ……うん。解釈一致だな」


 何をボソボソ言っているのか、よく分からなかったが……。しかし、とりあえず思う事は……どうしてだか、ムカムカする。……光矢が、彼女(?)の服装をジーっと見ている事が……なんだか、とってもこう……。って、いやいや別に……。私は、これでも元聖職者。嫉妬をしているわけではない。そのはずだ。



「……光矢、あんまりジロジロ見ないで下さい」


 気づいたらそう言ってた。光矢は、よく分からない様子で、ポカンと口を開けて私を見ていた。しかし、目の前の敵は私達の事を見つめて、クスクス笑いながらその魅惑的な足を一歩……スカートからお尻が見えるスレスレ……少しだけ私達に寄って来て告げた。


「……あらあら、嫉妬とはお見苦しいですわね。うふふ……しかし、まぁこうして男性に見て頂くというのも楽しいものですわね」


「……は?」


「……おっと、怖いですわねぇ。女の嫉妬とは恐ろしいものですわ。もう少しだけこの時間を楽しみたい所ですが、しかし……一度戦う事を誓い合った者同士。戦士として、決着がつく最後まで戦う事と致しましょうか!」


 ブルー・リーは突如、その前に出した足を勢いよく蹴り上げる。しかし、この寸前に光矢は、咄嗟に私を突き飛ばし、自分も彼女の蹴りから身を守るために腕を曲げて防御の態勢を取る。


「光矢……!」


 彼女の攻撃を受けきった光矢が、地面を擦りながら少しだけ後ろに後退する。


「……いきなり攻撃を仕掛けてくるとは、少し卑怯なんじゃないのか? 一族の誇りが、どうのこうのと言っていたわりには……!」


 光矢も反撃に出る。彼は、素早くガンベルトに装填されていた銃を引き抜いて、連射する。その目にも止まらぬ魔法よりも素早い早撃ちには、流石の魔龍も驚いていた様子。完全に隙をつけたと私も思っていた。


 しかし、次の瞬間にブルー・リーは、バク転しながら光矢の撃った弾丸を華麗に避けていったのだった。


「……チッ」


 舌打ちをする光矢に全ての弾丸を避けきったブルー・リーが得意げな顔で告げた。


「今は、決闘の最中ですわよ。お互い、その覚悟を持って挑んでいるはずですわ」


 ブルー・リーは、バク転から着地するや否や地面を強く蹴り込み、一気に光矢の元へ移動した。それは、まるで瞬間移動でもしたかのような素早さで……肉眼では捉える事の出来ない位の超スピードで彼女は、一瞬にして光矢の目の前へ急接近してきた――!


「……しまった!?」


 光矢自身も彼女の動きを捉える事が出来なかったようで、咄嗟に防御の構えを取ろうとしていたみたいだが……魔龍は、そんな隙を与えたりはしない。彼女は、ハイヒールの尖った部分で彼の体を抉りにかかる勢いで強烈な蹴りを何発もお見舞いする。


 そして更にそれでは飽き足らず、彼女は手刀で的確に光矢の体の急所を攻撃していく。


「ほぉぉぉぉ……ワチャァァァァァァァァ!」


 とどめと言わんばかりにブルー・リーは、回し蹴りをくり出す。ここまでの目にも止まらぬ連続攻撃を受けた光矢は、今までで一番と言っていいくらい遠くに吹っ飛ばされてしまい、彼は洞窟の壁に体を激突させる。壁は、彼の体の形に凹み、くっきりと人の形を模した姿となる。べこっと音をたてて、その中にすっぽり収まっていた光矢が、地面へ倒れていく……。


「光矢!」


 誰が見ても明らかな位にズタボロの状態で見ていられなくなった私は、慌てて飛び出した。このままでは、死んでしまうかもしれない。そう思った私は、すぐに倒れた彼へ駆け寄り、膝の上にのせてあげながら、体を揺すって必死に名前を呼んだ。



「光矢! 光矢! 目を開けてください……! 光矢!」


 彼は、とても苦しそうに眉をひそめながら次第にゆっくりと目を開けていき、真上に見えているであろう私の事をぼーっと見つめながら痛そうに自分の頭を手で抑えている。


「大丈夫ですか? 光矢!」


 しかし、返答はない。彼は、ただ苦しそうに小さな呻き声をあげているだけだった。……ふと、彼が手で抑えている頭に視線を向けてみると、なんと彼の掌が紅色に染まっているのが見えてしまった。


「大変……。このままだと……」


 私は、もう我慢できなかった。すぐに彼の体を治療してあげる事にした。掌に意識を集中し、彼の頭や鼻に治癒の魔法をかけてあげる事にした。淡い緑色の光が徐々に彼の体を包み込み……そして、少しずつ傷口を塞がっていく。それと共に苦しそうだった彼の顔も少しずつ……元に戻って行く。


「光矢!」


 何度も呼びかけていると、とうとう彼の意識も戻ってきたみたいだった。少しずつ光矢の口は開いていき、そのうち……。


「……マ、リア……?」


 ポツリと彼の口から私の名前が出てくる。普段の強くて逞しい彼の姿とは、全然違う。全く真逆のその様子に私は、我慢できなかった。


「……そうですよ! マリアです! 貴方のマリアです……! もう大丈夫ですよ!」


 私は、呼びかける。彼は、その呼びかけに……傷が癒えていくのに比例するように……少しずつ確かな表情を取り戻し、強く頷いていく。



 なんだろう……。この普段とは違うギャップというか……もっと、甘やかしたい! もっともっと……彼の事を大切に大切に……あぁ、可愛い……。まるで、赤ちゃんをあやしているみたいだ。口元が、緩んでいるのが分かる。


「……よしよし。痛かったですね。もう大丈夫ですよ……」


 しかし、そんな幸せなひと時を過ごしていると……ふと、私は自分の傍に誰かがいる事を感じ取った。すぐに顔をあげてみると、いつの間にか……すぐ目の前に人間の女の姿となった魔龍”ブルー・リー”が顔を近付けて、こちらを鋭い目でジーっと見つめていた。


「……何をやっていますの?」


 その声には、若干棘があった。


「……えっと」


 ブルー・リーが、睨みながら私に告げた。


「……言ったはずですわよ。手出しは、無用と……。これは、1対1の戦いですわ。傷を癒すという行為も……許しませんわ。そんな事は……」


「え……」


「貴方には、ここで死んでもらいますわ。決闘の約束を破るような者に、この神聖な決闘の場にいる権利は、ありませんわ」


 ブルー・リーは、一度私から遠ざかり、そして鋭い目つきで睨みつける。……それから彼女は、掌の上に魔法陣を出現させ、そこからビリビリと雷が溢れ出ているのだった。



 確かな殺意を魔力の香り越しに感じる。戦いに水を差した私に本気で怒っている女の姿がそこには、あった。だけど……。



「だけど、このまま放っておいたら光矢が死んでしまいます! そんなの私は、耐えられません!」


「知ったこっちゃありませんわ。……これは、戦い。どちらかが、死に……そして、どちらかが生き残る。この場に来たという事は、その覚悟を持って来たと言う事。そこの男とて、そのはずですわ」



「けど……」


 すると、そんな時だった。私の膝の上で横になっていた光矢の意識が戻って来て、彼は先程以上にしっかりした声で告げた。


「……そいつの言う通りだ。マリア……。俺を心配してくれた事は、嬉しいが……今は、コイツの約束通り1対1で戦っているんだ。……すまないな。マリアは、こう言った事自体初めてなんだ。今回は、大目に見てやってくれ。ここから先は、責任をもって俺が絶対に、こんな事はさせないと約束しよう」


 光矢とブルー・リーは、真剣に睨み合う。


「本当ですの? 本当に……もうやらないと誓えますの? 2度目は、本当にないですわよ」


「あぁ……誓うさ。もうさせない。本当にここからは、俺とお前だけの戦いだ」


 そう言うと、彼は私の膝の上から頭を退かし、それからゆっくりと立ち上がった。しかし、その時の彼の顔には、まだ痛みを感じている時の辛さが残っていた。まだ、完全に癒えていない。……治癒の魔法をかけていた私にもそれは、分かっていた。


「光矢……」


 彼の名前を呼ぶが、しかし今度ばかりは光矢も振り返ってくれない。彼は、前を向いたまま告げた。


「分かってくれ……」


「光矢……」


 もう一度、名前を呼んだ時、少しばかり彼がこちらを見てきた気がした。本当に一瞬だけ視線があったような感じだ。その目は……怒っているようではなかった。そんな気がした。



 ……何を考えているんだろう?



 しかし、そうこう考えているうちに2人の戦いは、再び始まってしまう。



 またしても、光矢の目の前まで一瞬にしてブルー・リーは、距離を詰めてくる。彼との距離が目と鼻の先まで迫ると、彼女は再びハイヒールの尖った部分で抉り込むように彼の体目掛けて強烈な蹴りをお見舞いしようとする。


「……すぐに終わらせますわ!」


 気合の籠った蹴りが、今度もまた光矢へ命中しそうになった――しかし、この瞬間。


 なんと、光矢の腕が彼女の蹴りを寸前で受け止める。細かく振動する光矢の腕が、苦しそうにブルー・リーの蹴りから自分を守っている姿だった。


 彼は、歯を食いしばって受け止めながら告げた。


「……やっぱりな。身体強化の魔法を使っていたとは……。いくら魔族とはいえ、人の姿となれば……あんな遠くまで吹っ飛ばされる程の蹴りをお見舞いする事は、不可能だ。それに、この足の速さ……最初は、瞬間移動でもしているのかと思ったが、違うな。身体強化で手足の筋肉を極限まで強化して、まるで瞬間移動しているかのようなスピードを再現している……。やる事が、かなり脳筋だな……」


「うふふ……魔力のない”クズ”のくせによく分かりましたわね。その通りですわ。わたくしの最も得意としている魔法は、火でも雷でもありませんわ。……身体強化。ドラゴンの姿では、使っても大した力を発揮できませんが……この姿なら……別ですわぁ!」


 ブルー・リーが、足へ更なる魔力を集中させる。彼女の身体強化の魔法が更に加わった蹴りが、光矢を襲い、腕で受け止めていた光矢の力を遥かに凌駕するパワーを見せつける。そのあまりの力強さに、とうとう光矢は、地面に膝をついてしまい、そのまま押し潰されてしまいそうになっていた。


「……このまま地面に埋めて差し上げますわ!」


 光矢の膝が、本当に地面へめり込みそうになっている。凹み始めた地面を見て私は、声をかけようとするが、しかし光矢はそれでも尚、平然とした様子でいた。



「……おいおい。なんだよ。ただのパワー馬鹿だったのか……。それなら案外、倒し方は簡単かもしれないな」


「……!?」


 刹那、光矢は受け止めている方と逆の手を腰に回し、ガンベルトから銃を取り出して、それを発砲。ブルー・リーが弾丸を避けるために一旦、彼から距離を取る。そして、再び魔法陣を足元に作り出して、彼女は光矢へ目掛けて走りだす。


「……そんな事をしても無駄ですわ! 今度こそ、仕留めさせて頂きますわ!」


 しかし、銃を構えたまま光矢は……何かのタイミングを探っているかのように引き金に指をあて、目を閉じて撃つ事を待っていた。




 ――そして、また再びブルー・リーの顔が、彼の真正面のすぐそこに現れた瞬間に光矢は目を開き、引き金を引いた。

「そこだ!」


 瞬間、銃の発砲音がこの空間全体に鳴り響き、それと共に……ブルー・リーの足元に展開されていた魔法陣が消滅していた。


 彼女は、相変わらず光矢のすぐそばに立っていたが、しかし次の瞬間にブルー・リーは、右肩を抑えながら苦しそうに地面に膝をついた。彼女の右肩からは、血が流れており、とても痛そうな顔で傷を抑えていた。


「……なん、で……」


 光矢が、彼女を見下ろしながら告げた。


「……俺は、確かに魔力がない。だから、他人の魔力の匂いとかそんなものは、分からん。だが、気配を感じ取る事は、得意だ。お前が、どれだけ速く移動しようが、お前の気配が消えるわけじゃない。後は、さっきと同じようにお前が、俺の正面まで近づいて来てくれるのを待つだけだ。……助かったぜ。お前が、大して技のないパワー馬鹿で……」



「……!?」


 ブルー・リーの表情が、激変した。光矢に言われた事が、相当嫌だったのだろう。彼女は、人を殺す獣のように光矢の事を睨みつける。


「……技のないパワー馬鹿? アタシが……アタシには……。アタシには……!」


 その時、膝をついて怪我を手で抑えているだけだったブルー・リーの足元にうっすらと魔法陣が出現する。再び、魔力を発動させた彼女が、今度は足元に出現した魔法陣の中に怪我をしている方の手を突っこみ、何かを取り出すと、ブルー・リーは人狼の如く牙を剥いた姿で、身体強化の魔法を使って一瞬で高くジャンプし、光矢に飛び掛かった。



「……アタシには、お父様から教わった技の数々がありますわ!」


 彼女の振り上げている手を見てみると、そこにはなんと……鎖で繋がれた鉄の棒が3つもついた謎の武器を持っており、それを力いっぱい光矢に叩きこもうとしていた。



 しかし、光矢はそれに対しても冷静だった。


「……ほう。チャイナ服の次は、ヌンチャクか。……俺が、香港映画を見て育った世代の人間だと知ってのサービスか?」



「だまらっしゃい! 意味の分からない言葉を使って私を混乱させようとしても無駄ですわ! お父様から受け継いだこのヌンチャク……そして、この技の数々を見せてあげますわ!」


 そう言うと、ブルー・リーはヌンチャク(?)を空高くから叩きつけるように光矢へ打ち込む。しかし、その攻撃を光矢は、見事にかわす。


 だが、すぐに彼女のヌンチャクを使った攻撃は襲い掛かって来る。その目にも止まらぬスピードとリーチの長い強烈な一撃を誇るヌンチャク(?)を振り回しながら手刀や蹴りを織り交ぜた鮮やかなダンスを踊っているかのような華麗な戦法で、光矢を追い詰めていく。


 彼女の素早い攻撃の一手一手には、必ず……複数の魔法が付与されている。例えば、手刀による攻撃の場合、身体強化の魔法ともう1つ、炎の魔法が込められており、当たれば火傷まで負うかなりの攻撃だ。



 でも……凄いのは、ブルー・リーだけではなかった。光矢も、彼女の次から次へと変幻自在に襲い掛かって来る攻撃をどんどん避けていく。その姿は、まるでやられているようで……しかし、致命傷になりうる攻撃は、しっかり避けて……ダメージは最小限に受け流しているような感じだ。



「……す、すごい……」


 この2人の動きは、まるで劇場で踊る2人のダンサーによるお芝居のようだった。しかし、彼らの中には、しっかりと戦う覚悟と殺意が込められており、そこには……つい見入ってしまう凄みが存在していた。


 そんな中、ふと光矢が告げるのだった。


「……お前は、確かに様々な技術を継承してきたのだろうが、しかし単調過ぎる。こんなもの……俺のいた世界では、映画館で誰でも見れるようなカンフーアクションそのものだ」



「なんですって!?」


 怒り心頭のブルー・リーに光矢は、続けて言った。



「……ふっ、なんせ俺達の世代は、香港映画の全盛期。……学校で酔拳ごっこを毎日飽きずにやり続けたんだ。お前のその動きも全てお見通しだぜ」


 その時、光矢がブルー・リーの手刀を手で払い、ヌンチャクによる攻撃をかわしてから、再び銃口を向ける。


「……これで、チェックメイトだ」

 

 その時、遠くで2人の戦いを見ていた私は、完全に光矢の勝ちだと確信した。ブルー・リーも口をぽっかり開けて「しまった」と驚愕していた。


 彼が、引き金に指をあてて撃とうとする――。




 だが、次の瞬間にブルー・リーの目つきが変わる。ジッと光矢を睨みつけるような顔をしたかと思うと、彼女の足元に魔法陣が出現した。




「……!? 光矢!」


 私が、彼の名前を呼んだその時……同時に彼も気づいたみたいで、彼の目線が下へ降りる。ブルー・リーの足が、物凄いスピードで光矢を蹴りあげようとしているのが見えた。



 ――光矢の早撃ちよりも早く、蹴りを入れようとしている!?



 ブルー・リーは、身体強化の魔法で極限まで高めた自分の身体能力と火や雷の魔法を付与した自分の足を使って、弾丸が当たるよりも先に素早い蹴りをお見舞いしようとしている。対する光矢も勝負を決めた顔で、彼女の蹴りが当たるよりも先に引き金を引いて、早撃ちを決めようとしている。


 両者の攻撃が……一瞬の駆け引きが、この戦いの全てを決めようとしている。勝負は、一瞬――。どちらかの攻撃が先に当たれば、勝利。




 光矢の弾丸が、発射される――。1発の弾丸が、ブルー・リーへ襲い掛かろうとする。至近距離からの射撃なので、すぐに彼女の肉体へ近づいてくる弾丸。



 しかし、弾丸が彼女の体に当たろうとするこの直前、ブルー・リーの蹴りが光矢の顎に炸裂した。大きく蹴り上げられた彼女の足の先では、光矢が顔を上げて血を吐き、そして吹っ飛ばされていく光景があった。



 先に攻撃を当てる事ができたのは、ブルー・リー。更に彼女は、あらかじめ対策していたのか、光矢が撃った弾丸を防御の魔法を一瞬だけ使う事でギリギリ守り切る。



 完全に……彼の負け、だった。


「光矢……!」


 自分の勝利を確信したブルー・リーが、防御の魔法を解除し、不敵な笑みを零して自身たっぷりに吹っ飛ばされている光矢に向かって告げた。


「……これが、魔族一の武術を誇る我が魔龍族の実力。……その力は、この町の……いいえ、西部1ですわ」


 情けなく宙を舞っている光矢の前でそんな事を叫んでいるブルー・リーだったが、しかし彼女が自らの完全なる勝利を確信した事。これが、既に彼女の敗北を呼んでいた事を……この時のブルー・リーはまだ知らない。



 ふと、吹っ飛ばされていた光矢の口が開かれる。


「いいや……悪いな。西部1の実力者の座は、譲り受けるぜ。テメェは、2番で我慢しな……」


「え……?」


 キョトンとしていたブルー・リーに一瞬だけ隙が出来る。この瞬間を狙っていたとばかりに光矢は、宙に浮いたまま手に持っていた銃を彼女に向ける。



「……照準誤差修正完了」


「しまった……!」


 気づいた時には、既に遅かった。ブルー・リーが避けたり、守ったりしようとする前に光矢の弾丸が、彼女を襲う。


「……行けぇぇぇぇ!」


 弾丸は、魔龍の胸に当たる。攻撃を受けて、ブルー・リーは倒れてしまった。ギリギリの攻防を終えて……戦いは今、終結しようとしていたのだった。



「……ぐっ」


 ブルー・リーの苦しそうな顔と、吹っ飛ばされて倒れていた光矢の姿があった。どちらが先に起きるか……そんな勝負は、始まる前から分かっていた事だ。


 ……地面に落ちた光矢が、体の傷を抑えながらブルー・リーの元へ駆け寄った。それから、彼は手に持った銃を彼女に向けて、鋭く睨みつけるのだった。肩と胸を撃たれたブルー・リーには、最早ここから反撃をする気力すら残っていない様子だった。彼女は、苦しそうに歯を食いしばりながら彼の事を睨みつけて告げる。


「……お見事ですわ。さぁ、早くアタシを撃って下さいまし。弱き者に……これ以上生きる事など不用。それが、一族のルールですわ。さぁ……撃ちなさい。魔力のない”人間”よ」


 彼女は、そう言う。それに対して光矢は……。尋常じゃない殺意を持っていた。如何にも……明らかにこの女を今にも殺しそうな……そんな目と殺気を放っている。



「光矢……」


 彼の名を呼んでみるも、反応はなかった。……しかし、彼は銃口を向けて引き金を引こうと指をあてる。


 死を覚悟したブルー・リーが目を閉じ、そして……。



「やっぱ、ダメだ」


 次に彼は、そう言って、銃をしまって彼女から背を向けた。その言葉に意味の分からない様子で困惑していたブルー・リー。彼女は、尋ねた。


「……は? な? 何を言っていますの? とどめは? どうして……刺さないのですの?」


「必要ない」


 彼は、そう言うと煙草を取り出し、背を向けたまま吹かし始める。だが、後ろでは怒ったブルー・リーが彼の事を睨みつけていた。



「……それは、つまりアタシに殺す価値すらないと言いたいのですの? 貴方達……何処までアタシと、我が部族の事を……!」


「そういう意味じゃない」



「では、どうして……!」


 その問いに、光矢は背中を向けたまま答えた。



「……お前の部族のルールを破って決闘を続行した俺に、お前を殺す権利なんかない。あの時、俺は不可抗力とはいえ、マリアの治癒の魔法を受けちまったんだ。そんなズルい俺が、お前みたいな武士道精神の持ち主を殺すなんて恐れ多いぜ……」



「……」


 黙り込むブルー・リー。それに対して背中を向けたまま光矢は、私の名前を呼んで告げた。



「マリア! この女の治療を頼む」


 その一言をかけてくれた時の彼の顔は……優しく映った。あの時、私を助けてくれた時のような……。だから、私は喜んで引き受ける事にした。


「はい! 分かりました!」


 しかし、それに対してブルー・リーは訳の分からない様子だった。


「はぁ? 何を言っていますの? アタシは、敵ですわよ! 敵を治療するなんぞ……そんなの……」


 言いかけた所で、煙草を吸っていた光矢は、告げた。


「……決闘は終わりだ。アンタの高貴な武士道の勝ちだ。だから、もう敵とか味方とかそんな事は、どうだって良いだろう。それに……まさか、本当にオリハルコン鉱石がないとは、思わなかったぜ」



「え……?」


 私が、彼の方を振り返ると、彼は明かりで照らされた洞窟の向こう……一番最初にブルー・リーがいた彼女の寝床の方を指さした。


 そこには、確かに……1つもオリハルコンの姿はなかった。そうではなく、何か別の……ペンダントのようなものが、光っていた。



「……オリハルコンをずっと守っていたとギルドで聞いていたけど……あれって……?」



 少しよく見てみると、そのペンダントはかなりボロボロで……古いものだと分かった。光矢が、ペンダントの方へ歩いて行き、それを手に取る。ブルー・リーは、あたふたした様子で……あわあわと口を開けて「どうしましょう。どうしましょう……」と恥ずかしそうにしていた。



 光矢が、ペンダントの中身を開ける。人間のサイズに合わせた小さなペンダント……その中には、1枚の写真が入っていた。……そこには、嬉しそうな顔で笑っている幼い魔族の少女と、その少女の両親。それから少女の妹が1人映った家族の微笑ましい写真だった。




「それって……ロケットペンダント? そこに映っているのって……?」


 私が、そう言いかけると光矢は、全てを察した顔で告げた。



「……お前が、ここで守っていたものは……家族との思い出だった。一族の最後の生き残りだったお前は……ここで、ずっと人間達と戦い、それを守って来た。……そうだな?」



 その時、ブルー・リーの顔が……下を向いた。図星だったのだろう。彼女は、しばらく何も言わなかった。



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