魔龍ブルー・リー編④
それからも私達は、洞窟の奥へ奥へと進み続けた。洞窟の中は、どんどん暗くなっていき、徐々に寒さも感じるようになってきた。光矢に貸してもらったコートがこういう時にとても役に立つ。少しだけ残っている彼の匂いが、私をちょっぴり元気づけてくれる。
洞窟の中を進んで行くと当然、魔族も潜んでいた。最初に遭遇したゴブリンの他にも小さい角の生えた鬼達とも遭遇し、私と光矢は一緒に協力して戦った。
前線では、光矢が銃を撃ち続け、後ろで私が防御結界を展開しつつ、回復の魔法をかける。そうやって、着実に私達は、進んでいたのだった――。
「……マリア! 前からゴブリンと鬼だ! 防御結界を頼む!」
彼に言われると、私はすぐにコクリと頷いて、杖へ自分の魔力を込め始める。すると、途端に杖に埋め込まれたオリハルコン鉱石から魔法陣が出現し、魔法が発動する。一気に私と光矢だけを覆った防御結界が展開されて、突撃してきた7匹のゴブリンと鬼達が、手に持っていた棍棒などで何度も何度もゴンゴン叩き続けた。
こうやって、私が足止めをしている間に光矢は、ベルトに装填された拳銃を引き抜き、ランプで敵を照らしながら正確に撃ち抜いていく。
彼の撃つスピードは、本当に速く、ゴブリンや鬼達が逃げたり、反撃しようとしたり、魔法を発動させようとするよりも先に次々と撃っていったのだった。
敵は、次々にやられていくが、しかしここで、トラブルが発生した。いつも通り、光矢が銃の引き金を引こうと最後の敵に狙いを定め始めたそのタイミングだった。なんと、彼がいくら引き金を引いてもリボルバーから弾丸は、発射されず……カチャカチャとおもちゃのような音が鳴り続けるだけだった。
「……壊れたのですか!?」
心配になった私が、そう言うと、光矢はすぐに答えてくれた。
「……いや! ただの弾切れだ! 引き続き、防御結界の方を頼む! 一旦、弾を仕込み直すから……」
だが、そうは言われても敵の攻撃は私の想像以上のものだった。最後に残った鬼は、赤い肌をしており、今まで出てきたどの魔族よりも少し大きい。おまけに巨大な棍棒を手に持っており、それによる力任せな攻撃がかなり強力だった。
私は、光矢が動けない間、意識を集中させて鬼から彼を守る事に専念していた。しかし、徐々に自分の魔力にも限界を感じ始めていた。
――まずい……。後、もう少しで……この結界が壊される。このままだと……私がもたない。
ピンチを悟ったその時、ついに私の張っていた防御結界にヒビが入り始める。硝子の割れそうな直前の鈍い音が耳に入ってくる。
こんな硝子の割れる音を聞くのは、修道女時代に教会のステンドガラスを小さい子供に悪戯された時以来――。
「……まずい」
意識を集中させて、何とかギリギリ修復しようとするも……それでも持ちそうにない。
「光矢……!」
心から私が、そう願ったその時だった。
「……マリア、待たせたな」
素っ気ない声の後に、鼓膜が破けてしまいそうな位、大きな音で洞窟中に木霊する銃声。音のした方を見てみると、そこには弾丸の再装填を終えた光矢の姿があった。彼が1発、正確に敵の弱点を撃ち抜くと、敵はダウンし、そしてそのまま起き上がる事はなかったのだった。
時間ギリギリの戦いに、自分自身が冷や汗をかいていた事に今更気づいた私は、ホッと一息。汗で少しだけ蒸れたコートの中を手で拭き取りつつ、私は彼の傍へ歩み寄った。
「……光矢こそ、大丈夫ですか?」
すると、彼はとても冷静に私に告げた。
「……あぁ、怪我はないが……段々、敵も強くなってきた。数も多いし……ここから先、俺がランプを持ちながら戦うというのは、少々厄介だ。だからマリア、防御結界に割く魔力が少し減ってしまうかもしれないが……ここから先は、光の魔法を使ってくれないか?」
「任せてください」
私は、すぐに魔法を発動させる。私と彼の間に小さな光の球体のようなものが出現し、それがまるで太陽のように空中に浮いたまま私達の周りを照らす。しっかり光に照らされたのを確認すると、それと入れ替わる感じで光矢の持っていたランプの炎が消えた。
「……ありがとう。さぁ、まだもう少し歩きそうだ。行こう……」
光矢は、そう告げるとすぐに前を歩き始める。私も彼と一定の距離を保ちながら一緒に最果てを目指した。
*
同時刻――ミシオン洞窟の手前。作業の途中でほったらかしになっているかのような現場の跡地には、町の人は誰1人として近づこうとしない。人気のないはずのこの場所だったがそこに突如、何者か達の足音が聞こえてくる。
何やら、山を登ってここにやって来た男達が3人。……そして、彼ら3人の後からぞろぞろと……大きな体をした鉄仮面を被った男達がやって来る。
3人の男のうち、右に立っていた痩せこけた男が、真ん中に立っている大男に告げた。
「……いやぁ、それにしても兄貴、あの時は……マジに助かって良かったですねぇ。兄貴の死んだふりの演技……本当に冴えていましたぜ! ……ケケケッ!」
大男は、自信たっぷりに笑いながら答えた。
「……当たり前よ。俺は、この西部1の演技力を誇る男だ。……それにしても……あの時、俺達を突然攻撃してきたあの野郎。あの男だけは、許さねぇぜ……」
大男は、そう言うとジャケットの内ポケットの中に手を伸ばして、1枚の紙を取り出す。折りたたまれたその紙を広げると、そこには頬に傷を負った1人の男の絵が描かれた手配書の姿があった。大男は、その紙をじーっと見つめて……睨みつける。
「……あの売女みてぇな格好した女を助けたあの男、頬の傷といい……間違いないぜ。……血染めのサム。この辺りをほっつき歩きながら……色んな所でやらかしてる野郎だ」
大男は、そう言いつつ手に持った手配書を握りつぶすかのようにグシャグシャにし始める。そして、怒気の混じった声で告げた。
「鼻につくのはよぉ……あの男が襲うのは、銀行じゃなくて銀行強盗だったりする所よ。所詮、俺達と変わらねぇ……貧乏でろくでもねぇ、奪う事でしかその日を満たせない奴だってのに……良い子ぶってる感じが気に入らねぇ。……それに、あんなイイ女をモノに出来ている所もだ」
すると、大男の左隣に立っていた出っ歯の痩せた男が、恐る恐る告げる。
「じょ、情報によると……血染めのサムと、あの女は今、2人だけでこの洞窟の中に侵入しているみたいでやんす!」
「2人だけぇ? はっ! デートのつもりかよぉ? 舐めた事してくれるぜ……。んな事するなんて、よほどのバカか、それとも……」
大男は、更に怒った顔で洞窟の中の暗闇をジーっと睨みつける。そして、一歩前に出てから彼は、後ろに待機している大勢の鉄仮面を被った男達に告げた。
「……おい! お前ら! 聞こえてるか? あぁ? ……聞こえねぇ奴ぁ、耳クソかっぽじってよ~く聞きな! 今から、この洞窟の中に入る。……オメェらも分かってると思うがなぁ、この中には強力な魔族がいる! 危険を伴う冒険になるだろうよ。しかしだ! この中には、俺様が欲しいと思った女とデート感覚で潜り込んでいやがる……いけ好かねぇ奴がいる! しかも、奴の名前は……血染めのサム! 知らねぇ奴は、いねぇよなぁ……コイツは、俺達の仲間を何人も殺している。日雇いの奪う事でしか、その日を生きられないような俺達と同じ社会のカスだってのに……俺達の仲間を何人もやってる。んな奴に……ここの報酬を渡すわけにゃいかねぇだろう!」
大男が、大きな声でそう告げると、鉄仮面を被った男の1人が、巨大な杖を持ったまま男に告げた。
「……けどよぉ! バルボリンの兄貴……あの洞窟の中には、魔龍がいるんだろう? これまで、その魔龍に勝てた奴なんて1人もいないって聞いたぜ? 俺達が行かなくてもどうせ、魔龍に2人も食われちまうよ……。それに俺、正直怖いよぉ~」
鉄仮面の男の1人が、そう言うと他の鉄仮面を被った男達も同じく「そうだそうだ」と頷き始める。とうとう、男達のうちの数人が鉄仮面を脱ぎ始めて……この場からいなくなろうとし始めるが、その時だった。
「……おいおい! 待て! そのために……これだけの数を集めたんだろうが! 良いか? お前達は皆、これまで様々なクエストを乗り越えてきたんだ。色んな魔族とも戦ってきた。俺達の人界領を守るために……この地に残っている魔族を狩りまくっただろう? その時の事を思い出せ! お前らは、やれる。あんな魔族のへっぽこ敵じゃねぇんだ。それに……今までこんな……総勢50人で魔龍に挑んだ奴なんていないぜ? それこれも……俺様のおかげだ。俺様について来れば……きっと勝てる! こんなに実力のあるのが揃ってんだからなぁ!」
それを聞いて、立ち止まる男達。鉄仮面を脱ごうとしていた者達の手も止まり、彼らは全員大男こと、バルボリンの事を真っ直ぐに見つめていた。
全員の士気が高まった事を感じ取ったバルボリンは、告げる。
「……魔龍だか、なんだか知らねぇが……魔族なんてサル以下のカスよ! そんな劣等種のイキりは、俺達でぶっ潰してやろうぜ! そんで、あの忌々しい血染めの野郎から女を奪って、今日の夜は打ち上げよ! 女神スヴェルと俺達に栄光あれ!」
「「女神スヴェルと兄貴に、ばんざああああああい!」」
鉄仮面の男達と、バルボリンと3人の子分達は、ぞろぞろと洞窟の中へと入って行く……。
*
洞窟の中に入ってからかなり時間が経った気がする。もう最初の頃のような鉱山にある洞窟って感じの雰囲気とはかなりかけ離れており、そこは言うなれば……秘密のダンジョンのような不気味さと不思議さを兼ね備えた場所になっていた。
私達は、周りに気を配りながら慎重に先へ進んで行く。少しずつだが、魔族の持つ魔力の気配もより強くなっている。強烈で、これまで嗅いだ事のないような独特な香りだ。
――間違いない。もうそんなに……遠くない。この気配。……この胸がざわつく感じ……。私の勘が、ピンピンと反応している。
これ以上行けば助からないかもしれない。……そんな恐怖が襲ってくる。
「……マリア」
そんな時、前を歩いていた光矢の足が突然、ピタッと止まった。どうしたのだろうか? と少しだけ彼の事が心配になる。
こういう時、何事もなく平然としていられる光矢も流石に今回は、少しばかり怖いのだろうか……。
だが、そんな私の心配もすぐに解消される。彼は、私を見つめながら告げる。
「……ここまで、よく頑張った。俺のサポートをしてくれて、ありがとう。おかげで、まだ”秘密兵器”を使わないでいられてる」
「え……?」
「君が、防御結界をしっかり張ってくれたから俺は今、無傷でここまで来れている。だから、最後の大ボスと戦う前に感謝の言葉をちゃんと伝えておこうと思ってな」
「……」
「ここからは、本当に何が起こるか分からない。血の匂いも……この先からは、今まで以上に強烈なのを感じる。……マリア、君はこれまでよくやってくれた。だから、ここから先に関しては、君は先に戻って……」
その時、私の意志が咄嗟に彼の言葉を遮って、この思いが口から溢れ出る。
「……そんな事しない! ちゃんと最初に言ったはず……です。私は、貴方を最後まで支えたいと……。これまで、結界を張る事くらいしか私は、出来ていません。まだまだ力不足かもしれない。けど! でも……せめて、貴方の事は最期まで自分の目で見ていたい。もし、この先で自分の命が尽きてしまおうと……貴方と共に死ねるなら……私は……」
この思いは、本物だ。ちゃんと、私は彼の事を真っ直ぐ見つめて言えた。……例え、怖くても。例え、逃げ出したいと思っていても……役に立てなくても……それでも、彼を1人で死なせたくなんかない。ただの私の願望かもしれないけれど、でも……。
その時、私の脳裏にあの時の記憶が蘇って来る。……私を魔女と罵ったあの子供の悲痛な叫びと、二度と戻る事のないあの老人の命。
もう、手遅れでしたなんて事は、経験したくなかった。そんな後悔は、沢山だった。
光矢は、私を見つめて言った。
「……短時間だが、良い目をするようになったな。もう立派な冒険者だよ。マリアは……」
彼は、そう言うと私から目を逸らし、前を向いた。そして告げる。
「この奥に……敵はいる。マリア、収納魔法を発動してくれ……。例の”秘密兵器”を出したい」
その言葉に従い、私は掌から魔法陣を出現させて、収納魔法を発動。魔法陣の中から彼の言っている”秘密兵器”……ガトリング砲などが入った棺桶を出現させた。
光矢が、棺桶の縄を持って、それを引きずりながら前を向く。
「……周りに気を付けるんだ。敵が現れたらすぐに俺に言え。ここから先は、今まで以上に集中だ」
「はい!」
すると、彼は棺桶を引きずって歩きながら告げた。
「……行くぞ!」
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