ブルー・リー編①

 次の日、私達は早速酒場へ直行した。この町の酒場は、バーとしてお酒を飲む場所と、冒険者ギルドが合体しており、単にお酒を飲みに来る者と、冒険者として依頼を受けに来る者。様々な目的で利用しに来る人々が集まって来ていた。


 だが、そのようにギルドとか、冒険者の世界の話を光矢から説明を受けても、これまで争いと程遠い生活をしていた私にとっては、全く分からない世界の話であり、単語を聞いても……ちんぷんかんぷんだった。


「……ねぇ、光矢? 冒険者とか……ギルドとかって……結局どういう意味なんですか? もう少し詳しく聞きたいです……」


 すると、私と同じカウンター席で、しかも隣に座っていた光矢が、グラスにウイスキーを注ぎながらゆっくり説明してくれた。



「……まぁ、ようは職業の事だ。冒険者っていう職業。ほら、この国は……ここ数年の間に魔族から領地を奪った事で、一気に範囲を拡大した歴史を持つだろう? その影響で、広くなりすぎてしまったこの国には、北部、東部、南部、西部とそれぞれの場所で、それぞれ別々の労働力が必要になった。いくら、奴隷がいても……足りない位にこの国は今、あちこちで様々な働ける人材を欲している。そこで、奴隷とは別で俺達、冒険者と呼ばれる人が必要ってわけだ。まぁ、言い方を変えるなら日雇い労働者って所だ。俺達は、ギルドで依頼を受けて、仕事をしに行き……そして報酬を貰う。仕事は、様々あるし、仕事のたびにあちこちへ旅しに行く必要もある。だから、俺達は冒険者と呼ばれるようになった。まぁ、ギルドというのは……俺達が仕事をする上で、依頼主との間に立って色々と面倒な契約ごとやら、書類やらを何とかしてくれる場所の事を言う」


「なるほど……」


 光矢の説明は、とても分かりやすかった。喋るペースもゆっくりだし、ギルドや冒険者誕生の背景ストーリーのようなものを交えて説明してくれるのが、私の興味をうまく搔き立ててくれる。前に言っていた通り、彼が元々、前の世界で教師をやっていた事が由来しているからだろうか?



 続けて、彼はこうも言った。


「俺は、この世界に来てからすぐ冒険者として西部のとあるギルドで登録をしてもらった。だから、すぐにでもクエストを受ける事できる。俺が仕事をこなしている間、マリアは……ホテルでゆっくりしていてくれ」


 光矢は、そう言うと残りのウイスキーを飲み干して、椅子から立ち上がり、掲示板のようなものがある所まで歩いて行ってしまった。


「……ホテルでゆっくりって……そう言われても……私1人で一日中、部屋で待つなんて……」



 退屈過ぎる。……それに、寂し過ぎる。昨日だって、ちょっと逸れたら危険な目にあったわけだし。


 ――仕事とはいえ、嫌だな。1人になっちゃうのは……。それに、シャイモンの時だって、戦いの中で物凄い怪我をしていたし、あの時だって私の治癒がなければきっと今頃、彼は……歩けなくなっていたかもしれない。


 それを考えると光矢を1人で行かせる事が、少し心配でもある。なんとか、私も一緒について行く事ができれば……。


 そう思って私の目に留まったのは、ギルドの受付の近くに貼られてあった1枚の紙に「冒険者募集!」と書かれた紙。



「これです!」


 咄嗟に良い事を思いついた私は、掲示板のある所まで歩いていた光矢の元へ走って行く。



「……待って! 私も行きます!」


 彼は、一度立ち止まり、それから首を捻って私を見つめてきた。


「私も……光矢と一緒にお仕事したい……です」


 だが、彼の顔は想像以上に深刻な様子で、とても怖い顔で彼は言った。


「……ダメだ。危険すぎる。ギルドで受ける依頼の中には、危険なものも沢山ある。戦い慣れしていないマリアが、ついて行く事は危険すぎる」



「でも……!」



「また、前みたいに……嫌な思いをさせるかもしれないんだ。いや、今度はシャイモンの時のようにうまく行くか……それも保証できない。一緒に依頼を受ける事は、俺は反対だ」


 真剣な顔だった。本気で私の事を心配してくれている。それは、とても嬉しい。嬉しいのだが、でも私だって……。


「……私だって君の事が心配なのです! また、この前みたいに無理して……怪我でもしたら、私の元へ帰って来れなくなっちゃったら……そんなの私は、耐えられない。君が傷つくだけでも嫌なのに……。帰って来れなくなっちゃったらもっと嫌です! だから、私は……傷ついた君を癒してあげたい。戦う力は、ないかもしれないけど、でも傷ついた貴方を治してあげる事ならできる。だから、一緒に行きたい……です……」


「……マリア」


 彼の私を見つめる目が、なんだか熱い感じがする。伝わったという事なのだろうか? 私の思いが。彼は、少し微笑んだ様子で告げた。



「……君は、普段は敬語なのに。こういう時、敬語が外れる事があるよな。……そう言う所が、可愛いな」


「……!」


 不意打ち過ぎる……。真面目な話をしていたのに、それはあまりに不意打ちが過ぎる。なんで、そんな事を突然言えるのか。反応に困る。


 頬が熱くなっているのが、分かる。口も……うまく開かない。水の中でパクパクしている魚みたいになっている……気がする。恥ずかしい。できれば、見ないで欲しい。……でも、逸らして欲しくない。


 すると、光矢は続けて言った。


「……分かった。俺の負けだ。それなら、依頼を受ける前に君の冒険者としての登録をしておこうか」


 そう言うと彼は、私を「冒険者募集」と書かれた受付らしき場所まで連れて行く。


 受付の女性は、とても綺麗な人だった。普段から見た目に気を使っているのだろう。ノーメイクの私とは、大違いだ。


 周りのお酒を飲んでいる大きな体をした男の人達もチラチラとこの女の人の事を見ている気がする。やっぱり、男の人っていうのはこういう見た目の人に唆られるものなのか? 光矢も……。


 受付のお姉さんは、光矢から事情を聞くや否やにっこり微笑んで、告げた。


「冒険者の登録ですね! かしこまりました! それでは、早速……登録する方はこちらのカードを持ってみてください」


 お姉さんから一枚の大きめのカードを渡されて、私がそれを人差し指と親指で摘まむように持ってみる。すると、その時だった――。


 それまで真っ白な無色の何も書かれていなかったはずのカードに色がつき、やがて……文字が浮かびあがってくる。カードの姿が完全に変わってしまった事に驚く私にお姉さんは、親切に説明してくれた。


「これで、登録は終わりです。そちらのカードは、手で持つと勝手に貴方の魔力や得意な魔法などを自動的に読み取り、文字として起こしてくれます。カードの色は、貴方が得意としている魔法のジャンルによって異なります。貴方の得意な魔法は、治癒の魔法。つまり、生命を司る魔法ですので、緑色となります」



 私は、自分の手にしたカードをジーっと見つめた。


「……これで、私も光矢と同じ……」


 すると、隣から彼が言ってくれた。


「あぁ、これで依頼をこなす時も一緒だ。改めて、これからよろしくな。マリア……」



「はい!」


 私達は、にっこり笑って……そして、これからついに初めての2人の共同作業が始まろうとしていた。


「……さて、じゃあもう一度掲示板の所まで戻って……依頼を探そう。マリアにとっては、初めてのクエストだし、最初は簡単そうなのから……」


 と、光矢が自分のセリフを最後まで言い切ろうとしたその時だった――。


「……あっ、あぁ……あのぉ……」


 横から受付のお姉さんが、気まずそうな顔をして私達の話に入ってきた。



「……? なんだ? 登録に不備でも……?」


 光矢がそう告げると受付のお姉さんは、首を横に振って更に気まずそうな顔になって告げるのだった。


「いっ、いえ。じっ、実はその……クエストの事なのですが……現在、この町ではクエストの募集は行っていなくて……」


「「え?」」



「そのですね……この町は、元々鉱山の近くという事もあって、昔は鉱山から大量のオリハルコン鉱石が取れると言う事で、王国の各地から是非、オリハルコンを売って欲しいと言われて、かなり稼げていたんですけど……ここ最近になって鉱山からオリハルコンが取れなくなってしまって……何とも、その原因は、鉱山の洞窟の奥に潜むとされる魔族の一種……魔龍族がオリハルコンを守っていて、人間に渡さないようにしているという噂があって……このままですと、町が破産してしまいますので……この町で今、受ける事のできるクエストは、その鉱山の洞窟の最果てに眠っているとされる宝を守る魔龍の対峙のみとなっているのです。……ですので、どうか町の危機を救うという意味でも……そちらのクエストを受けて頂いて欲しいのですが……」


「……うーん。しかし、魔龍族か。マリアの初めてのクエストにしては、難易度が高いんじゃ……」


 光矢の顔が、少し真剣なものに変わり、顎に手をあてながら告げた。だが、彼が全て話し終わるよりも先に私は、口を開いていた。


「……やりましょう。光矢、早速その依頼受けましょう」



「……? いや待て。君は、まだ実戦の経験も積んでいない初心者。そんな君をいきなりこう言う難易度の高そうなものに連れて行く事は……」



「町の危機なんですよ? 助けなきゃ……ここに住んでいる人達は、どうなっちゃうんですか……? 町の人達が魔族によって苦しんでいるというのなら……私達が出来る事をするべきです」


 光矢は、とても困った顔をしていた。


「なんで、そこまでしようと思える? 行けば、自分の命も危ういかもしれないんだぞ?」


 彼にそう言われた時、私は頭の中に昔あったとある出来事を思い浮かべた。それは、今でも思い出すと少し胸が苦しくなる嫌な記憶だった……。


「……昔、私がまだ教会にいた頃、死にそうになっているお爺ちゃんを助けて欲しいと私の元へ駈け込んで来た小さな子供がいました。私は、その子について行ったのですが、残念ながら私が到着した頃には既に……。自分の魔法についてよく知らなかった私は、それでもと思い、治癒の魔法をかけましたが……治る事はありません。子供は、泣きながら私に……嘘つきな魔女だと言い続けました……」


「……マリア」


 目の辺りが熱くなっていた。話し終わってもまだ、あの時の小さい子供の言葉が私の胸をきゅうぅっと締め付ける。私の様子を見て心配してくれたのか、光矢が優しい顔で私を見つめてくる。改めて、作り笑顔を浮かべた後、私は話を続けた。



「……手遅れになりたくないんです。私は、できるだけ……自分の手が届く事は、何でもしたいんです。きっと、そうしないと後悔するから……だから、この町で生きている善良な人達が、苦しんでほしくないから私は……この依頼を受けたいです」



 私の思いは、ちゃんと伝わっただろうか。今、私の顔はどんな感じだろうか。彼としばらく見つめあった後、光矢は告げた。



「……分かった。君がそこまで言うなら」



「ありがとう……ございます。光矢」



「ただし、クエスト中はどんな事があっても俺の傍にいろ。君は、回復役ヒーラーだ。どんな事があっても……俺が守る」


 彼の鋭い眼光のカッコよさときたら……。胸が、キュンと跳ねた感じがした。私達は、お互いに見つめ合い、それから少しして光矢が受付のお姉さんの方を向いて告げた。


「そう言う訳で……魔龍の依頼の件、俺達も行かせてもらう」


「……はい。ありがとうございます。冒険者様」



 受付のお姉さんは、少しだけ微笑んでいた。その顔を見て、改めて良かったと心からそう思った。本当に困っていたのだ。……1人でも多く人手が欲しかったのだろう。危険な依頼かもしれないが、それでもやりたいと言ったのは、私だ。必ず、やり切ってみせる。



 ――私は、そう心に誓った。




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