第二章

序章

 クリストロフ王国王城――玉座。この国を治める国王……クリストロフ王が座っていた。王は、国一番の魔法使いであり、偉大なクリストロフ王家の血が入った立派な王だった……。


 この日、王の座る玉座に1人の騎士が報告に来たのであった。


「……申し上げます。西部一帯を治めていた領主のシャイモンが、亡くなったと報告を受けました」



「なっ、何ィ~?」


 クリストロフ王は、とても驚いていた。彼は、思わず玉座から立ち上がり、報告に来た部下を見下ろしながら、口をぽっかり開けたまま立っていた。


「……あのシャイモンが……死んだ? 死因は? よもや、病気……などでは、ないな?」


「は! 報告によりますと……何者かに屋敷を襲撃され、家ごと燃やされてしまったとの事。死体を確認した者がいるので、嘘ではないかと……」


「……殺した者は、魔族か? それとも……魔王の側近の……」


 王が、憎しみに捉われた恐ろしい顔でそう告げると、部下は少しだけ気まずそうに頬をかきながら告げた。



「……いっ、いえ! その……申し上げにくいのですが……」


「ええい! もったいぶらず言え!」


「は! 実際に見た者の証言によりますと……我々と同じ人間。それも……杖を持たぬ人間がやったとの事らしいです……」


 王は、驚きと同時に……顎に手を置いて、疑問を浮かべた顔になって悩み始めた。


「……杖を持たぬ人間? それでは……魔力のない人間とでも言うのか……?」



「は! おそらくは……。報告書によりますと……」



「はっ! どうせ、平民共の戯言に過ぎぬわ! ろくな教育も受け取らんから目も腐っとるのだろう。そんな馬鹿な話、信用できぬわ……。魔力を持たぬ者は、人ではない。……何もない哀れで無能な……サル同然。”クズ”よ……。おそらくは、魔族が人に化けたのだろう。報告書には、そう書いておくんだぞ」


「は! それから……南部で魔族の討伐に当たっている勇者様の事なのですが……」


「おぉ! 勇者殿か。今回は、どんな活躍をしてくれたのだ?」


 王の興味は、一気にこの話題へ移った。彼の頭の中では、既にシャイモンを殺した者の事など、どうでもよくなっていたのだ。部下は、膝をついたまま告げた。


「はい。先日、南部に残っている魔族の残党……総勢、50匹をたった1人で始末したとの事。降伏した魔族達10数匹は、条約に基づき、西南部の魔族領へ送還するとの報告を受けました」


「おぉ~、素晴らしいではないか。流石は、このワシが見込んだ男じゃ。やはり、最強の神具アーティファクト時制剣バックロノクルに選ばれし勇者は、違うのぉ……。勇者には、褒美をやれ。どうせ、いつもの……店におるのであろう? 後で報酬を渡しておくようにな」


「は!」


 部下は、そう返事をすると、そのまま「失礼します」と頭を下げて王の前からいなくなろうとした。しかし、その直前で王は再び彼の事を呼び止めるのであった。


「……待て。そういえば、例の件は……どうなっておる?」


「例の件ですか?」


「そうじゃ。……勇者の結婚の件じゃ」


 王に言われてから部下は、しばらくして……王が、何の事を言っているのかを思い出し、そして返事を返すのだった。


「……その件でしたら、問題はありません。順調に準備を進めております……」


「そうかそうか。ご苦労じゃったな。クリーフよ。お主にも……後で報酬をやろう」


「は! ありがたき幸せ。……それでは、私はエカテリーナ様に呼ばれておりますので。これにて……」


「うむ」


 報告を終えたクリーフが、玉座からいなくなると王は、とてもけだる気に椅子へ座り込むのだった。彼は、自分しかいないこの空間で1人、にんまりと微笑みながら上を見つめた。


「ふっ……」


 王は、満足げに笑うのであった……。



                     *



 焼けるように熱い太陽の真下、サボテンと砂だけが永遠にも近い感覚で広がり続けるこの大地の上を私達は、歩き続けていた。棺桶を引きずり、頬に切り傷を負ったカウボーイの光矢ことジャンゴと、踊り子の衣装の上に黒い男もののロングコートを着た私=マリア。


 私達は、フォルクエイヤの町を出てからずっと……この大きな川に沿って西部の大地をあてもなく歩き続けていた。歩いては、立ち止まり……夜になると、ジャンゴのマッチを使って火を起こし、そこで一夜を過ごす。また朝になると、私達は一緒に服に着替えて、それから歩き出し……。


 そんな生活をここ数日間ずっと続けていた。私的には、かなり幸せな日常で……大満足だったのだが、しかし一方で問題も発生していた。



 ジャンゴの棺桶の中に入っている予備の食料と水、それからお金が、そろそろ限界を迎えようとしていた。急いで、近くに町はないかと探し始めた私達は、あてもなく歩き続けて……そして、2日間という時間をかけてようやく次なる町へ到着するのだった。


 ――フォルクエイヤの町から東へ進んだ先に……その町は、存在した。大きな鉱山に囲まれた町で、フォルクエイヤよりも栄えた大きな町。馬車による交通が激しく行き交い、町を歩く人々の数も多い。お洒落な格好をした若い男女も何人か、歩いている。


 町の名前は、ラゲルクーリエ。西部では、かなり栄えている場所らしく、住んでいる人は勿論、旅行者も多く、泊まる場所も豊富に存在していた。


 私達は、町についてすぐに早速、ホテルへ直行。部屋を借りると、荷物を置いて、それからすぐに町へ出て……買い物を始める事にした。



 ホテルを出て、大通りを真っ直ぐ行った先を曲がると、市場バザールが見えて来て、そこにはこの近辺に住んでいる様々な人々が買い物に来ていた。老若男女問わず、様々な人々がここにいる様子を見ていると、隣で歩いていた光矢が告げた。



「……この辺りは、治安が良いのか……。子供だけでとか、女だけで買い物に来ている人もかなり多いな」



「そうですね。……一応、西部なんだけど、魔族による攻撃の心配もないのでしょうか?」


 私達は、町の様子を見渡しながら歩いた。市場の賑わいは凄く、私達が歩いていると左右前後あちこちから「いらっしゃいませ」とか「寄ってらっしゃい」とか、とにかく様々な声が飛び交っていた。


「……ふふ」


 少しだけ……笑みが零れてしまう。市場の賑やかな雰囲気と、何よりも光矢と2人で歩いているという事が嬉しかった。


 ――ただのお買い物なのに……デートしてるみたい。


 しかし、そんな事を考えている時だった。ふと、自分の隣に違和感を覚えた私が、辺りをキョロキョロ見渡してみると、なんと……さっきまで一緒に歩いていたはずの光矢の姿が何処にもなくなっていた……。



「……って、あれ? 何処に行ったんでしょうか……」


 もう一度、周囲を確認してみるが……やはり何処にもいない。いつの間にか、私は彼と逸れて迷子になってしまったようだった……。



「……光矢!」


 名前を呼んでみても返事はなかった。……困った。西部に連れてこられて来たばかりの私には、この辺りの土地勘がない。こういう時、何処で待てば良いのか? とか、そう言った事を知らない。



 ――もう! というか、女の子1人置き去りにして行っちゃうなんて……。いくら、治安が良いねぇって話をしたからって……それは……。



「……いえ、もしかして……これって浮気……? 町を歩いてたら、たまたま綺麗な女の人見つけちゃって……浮気? 確かに、ここにいる人達……皆、美人……。だから、浮気!? 一週間足らずで私達、破局!?」


 一抹の不安が、頭の中を駆け巡り、私が頭を抱えながら悩んでいると、その時だった。突如、前から知らない男性が、私に声をかけてきた。


「……おっ? 姉ちゃん、1人?」


 顔を上げて見てみると、そこには屈強な体をした大男が1人と、その両隣に明らかに子分ですって感じの痩せた男達が2人いた。


 大男と一瞬だけ目が合うと、彼はとてもいやらしい視線を私に向けて来て告げた。


「……もしかして姉ちゃん、迷子? それなら、見つかるまでの間、俺達と少し遊ばない?」


「……」


 この視線、ついこの前まで奴隷をやっていた自分になら分かる。明らかに、やましい事を考えている目だ。……やはり、いつ見てもゾッとしてしまう。私の背中にゾワっと鳥肌が立った感覚があった。怖くなった私は、その場で口を開ける事もできず……立ち尽くしてしまう。


「……どうしたの? 姉ちゃん、一緒に行こうよ? そんな大胆な格好してるんだしさ……ほら、元々誰かと遊びたかったんだろ? ちょうど、俺達も……最近、仕事がうまく行かなくて溜まってる事だしさ」


 遊びたいだなんて……そんな訳ない。しかし、こんな格好をしている事の事情を説明した所で、こんな者達が私の事を真に理解してくれる訳がない。……私は一切口を開かず、何処にも歩いて行かなかった。


「……おいおい~、お姉ちゃんさぁ……行こうぜぇ~」


 だが、それでもしつこく……男達は私に言い寄って来る。ジロジロと舐めまわすような視線と、しつこくて鬱陶しい彼らの耳障りな言葉に……私は、とうとう我慢の限界だった。


 大男が、私の手を掴もうとしてきたその時だった――。咄嗟に、私の体が本能的に動いた。男の手を私は、触れさせまいと、まるで蠅でも叩くかの如く叩いて、抵抗した。


 大男は、当初びっくりした様子でいたが、すぐに怒りに満ちた表情になり、私を睨みつけて無理やり、私の手を力強く握ると、彼は威嚇するような恐ろしい様子で告げた。



「この野郎……売女みてぇな格好してるくせに……生意気に俺様の手を叩きやがって……なんだ? テメェ……もしかして、そんな格好してるくせに遊びたくないですってか? ビッチくせぇ姿してんのに……舐めた態度取ってくれやがってよぉ!」


 大男が、私の手を捻り出す。彼のあまりの力強さには、為すすべがなく……反抗できなかった。


「……いたぁ! ひぅ……」


 痛みのあまり、変な声が出てしまう。しかし、それでも彼らはやめない。大男の右隣に立っていた痩せた男が、面白おかしそうな顔で私を見ながら大男に告げた。


「……痛いんなら今すぐ謝って、俺達に私が間違ってました。今すぐ抱いて下さいって、土下座しやがれ! 俺達はなぁ、鉱山の仕事をデケェ魔族に邪魔されてるせいで……今無性に腹が立ってる所なんだ。謝ってくれれば、悪いようにはしないぜぇ。なんたって、うちの兄貴は……世界一女に優しいんだからなぁ……ケケケッ!」


 しかし、私は……それでも言おうとは思わなかった。いや、絶対に言うもんか! せっかく助かったのに……。それに……あの時は、私1人だったかもしれないけど、今は……。今の私には、大切な人がいる。


 これで、あの人が助けに来なかったら……浮気は確定。でも、それならもうそれで良い……。私には、もう……彼しかいないのだもん。



「……光矢!」


 咄嗟に私が、そう叫ぶと……その時だった――!



「ヘイ……ジェントルマン。……悪いが、世界一の座は譲り受けるぜ。テメェら全員、2番で我慢しな……」


 大男達の後ろから聞き覚えのあるセリフと声が聞こえてくる。男達が、自分達の事かと後ろを振り返って見るとそこには――2丁の拳銃を手にしたカウボーイが1人立っていた。彼の頬には、びっしりと深い切り傷がついている。


「光矢!」


 来てくれた……。その喜びが、つい声に出てしまった。



「……なんだぁ? テメェh……」


 男達が、腰に巻いたベルトに装填された魔法の杖を引き抜こうとしたその瞬間、大男がまだ何かセリフを喋っていた途中で、カウボーイはその2丁の拳銃の引き金を引いて……あっという間に3人の男達の心臓を正確に撃ち抜いてしまった――。



 どさっ――と、3人の男達は次々と倒れていき、彼らは体から血を流し、目を瞑った状態で、二度と起き上がる事はなかった。



 残された私は……。3人の男達を倒してくれた光矢の傍へゆっくり歩いて行き……そして、彼に思いっきり抱きついた。



「……すまない。少し目を離してしまって……」



 私は、彼がそう言うのを耳にしながら……涙を流した。



「バカ……。少しも目を離さないで。……怖かったんです……。バカ……。浮気したかと思っちゃった……ですよ……」


「心配かけたな……。ごめん」



 私達は、しばらく抱き合う。泣いている私を落ち着かせるために彼は、私の背中を優しく擦ってくれながら、耳元で優しい言葉を何度もかけてくれた。そんな事をして、しばらく経った頃に光矢は、一度私から離れて告げた。



「……離れていたのには、ちゃんと理由があるんだ」


 すると、彼は突然、手に持っていた食料の入った紙袋の中から何かを2つ取り出す。紙に包まれたその食べ物の1つを私に渡してくれた。



「……向こうで、美味そうなハンバーガーが売っていて……それを買いに行ってたんだ。ちょっとばかり、ドッキリするつもりで渡そうと思っていたんだが……逆効果になってしまったみたいだな……」


 彼は、少ししょげた顔でそう言う。



「……ううん。ありがとうございます。買って来てくれてたんですね。……えへへ! 嬉しい……。初めてのプレゼント……。私こそ、浮気を疑ってごめんなさい」


「え……? 浮気?」


「ううん! 何でもないのです!」



 彼は、彼で……私の為に色々考えていてくれてたんだ。それが、とても嬉しかった。胸が、ポカポカする……。口元のニヤケが抑えられない……。


「……一緒に食べよう!」


 そう言うと私達は、共にホテルの部屋へ戻って行き、今日の残りの時間を部屋の中で……2人きりで過ごす事にした。一緒に食べたハンバーガーの味は、ずっと忘れられない。



 彼が、私の声に答えてくれた事。初めてのプレゼント……初めてのデート。おそろいのハンバーガー。……全部が最高の思い出。……今日は、彼と出会ってから……今までで一番楽しい日だった……。




次回から本格的に『ブルー・リー編』に入っていきます。

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