聖女マリア編⑦

 シャイモン邸の中では、傭兵として雇われた魔法使い達が、大慌てで屋敷中を走り回っていた。入り口付近に集まった彼らは、片手で持てる程度の小さな杖を手に、屋敷へ侵入者してきた部外者の排除のために果敢に挑もうとするが、彼らは悉く、そして為すすべなく次々と体のあちこちに風穴を開けられ、大量出血の後、倒れていった。屋敷のあちらこちらが、鮮血色に染まり、地獄の入口のように死体の山が広がっている。

「……なっ、なんだ!? 何なんだ……あの”クズ”は……!」

 赤い頭巾を被った魔法使いの1人が、恐怖に満ち満ちた表情で、手足を震わせていた。彼の目の前では、次々と倒れていく仲間達と、すっかり薔薇色に染まった屋敷の床……そして、得体の知れない武器を手に、暴れ回る恐るべき、”クズ”のカウボーイ。

 彼は、仲間達が杖を振り下ろして魔法を唱えている最中、地面にお尻をついた状態で大慌てで後ろへ逃げようとした。

「……いっ、嫌だ! 嫌だァァァァァァ! 死にたくない!」

 勇猛果敢に戦っていた仲間達が、死んでいく中で男は、ついに立ち上がる。ガクガク震えるその足を最初は、引きずりながら後ろへ後ろへ……と後退していた。

そして、彼の見ている範囲内にいた仲間達が皆、撃たれてしまったのを見て男は、次に撃たれるのは自分だと察知する。

赤い頭巾を被った男は、慌てて頭巾を脱ぎ去り、逃げ去ろうとした。先程まで震えが酷くて思い通りに動かなかった足もこの時には、ようやく走れる位にはなっていた。急いで逃げようとするが、カウボーイはこの場にいる魔法使いを1人でも生かしておいてやろうなどとは、思っていなかった……。

 次々に魔法攻撃を繰り出してくる魔法使い達を手に持ったガトリング砲で撃ち倒すついでに、逃げようとしていたその男の事も狙撃した。呆気なく心臓を撃たれて、血液と内臓がぐしゃっと音を立てて、放出されてしまい男は、そのまま地面に倒れ込んだ。そして、それから二度と彼は、声を発しなかった。

 ちょうど、その男を撃ち殺したタイミングで周りに敵がいなくなった事を確認すると、ガトリング砲を持った男は、すぐに屋敷の中へ中へと進んで行き、目の前に見える大きな階段を昇り始めた。

「……この上か」

 彼の目指す場所は……3階。シャイモンの部屋。奴隷の少女マリアを救うべく、彼は1人戦い続ける。

 しかし、彼が階段を昇り始めたその時だった。撃ち殺したはずの魔法使いの1人が、死体の中からゆっくりと手を上げて、立ち上がる。彼は、その先へ進もうとしているガトリング砲を持った男の事を睨みつけながら、手に持った杖をギュッと強く握る。それから、杖の先に自分の今持っている魔力の全てを込めて、渾身の一撃を繰り出そうとする。

 男の杖の先に赤い魔法陣が出現し、そして炎を纏いだす。

「殺して……やる」

 男が、杖を振り下ろして炎の魔法を放とうとした――その時だった。くるっと回って後ろを振り返ったガトリング砲を持った男が、ハンドルをグルグル回して、魔法を撃とうとしていた男の事を狙い撃つ。魔法よりも早い弾丸が、魔法使いの男を蜂の巣にし、血液と内臓が飛び散る。

 魔法使いは、先端に炎を纏った杖を落として、自分も倒れてしまう。それから、徐々に杖から出ていた炎も消えていくが、しかし屋敷のレッドカーペットや他の魔法使い達の死体に燃え移った炎は、消える事なく……。屋敷の1階が徐々に炎に包まれる。

 ガトリング砲を持った男は、その様子を見て改めて上を見上げた。

「急がねば……」

 彼は、猛スピードで階段を駆け上がった。

                     *

「ええい! 何をしておる! 何としてでも侵入者を排除しろと言っておるだろう!」

 部屋の中では、シャイモンが報告に来た魔法使い達に怒鳴り散らしている。そこには、もう先程までのムードは何処にもなく、強いストレスを感じているのか、シャイモンのお酒を口にするスピードは、速くなっていた。

 報告に来た赤い頭巾を被った魔法使いの男は、体を震えさせながら「申し訳ございません」と何度も謝罪をするが、シャイモンの怒りが収まる事はなく、余計に荒れた様子で酒瓶を片手に告げるのだった。

「……謝っていないで、お前も早く奴を食い止めにいけい! 仕事をせんか! 仕事を! 勝てば、報酬はいくらでもやる! 必ず、奴を撃ち殺すのだぞ!」

「はっ、はいぃぃぃ!」

 情けない声をあげながら赤い頭巾を被った魔法使いの男は、そう返事を返すと走って部屋を出て行った。そんな彼の姿を見ていたシャイモンは、再び溜息をついてグラスにお酒を注いだ。

「全く……。無礼な男め。このワシに逆らったのじゃ。反逆罪では、すまさんぞ……」

 そんな事をぶつぶつ言いながらシャイモンは、お酒を飲み続けた。そんな彼の傍には、さっき私を奴隷として売っていた奴隷商人の男が1人いた。

どうやら、馬車の中で彼らの話を聞いた感じだとこの商人は、私を奴隷に落とし、シャイモンに売った事のお礼を貰いに来たらしく、彼は生まれたての小鹿のようにガクガク震えた様子でシャイモンに話しかけていた。

「……シャッ、シャイモンさん、これってその……やっ、やばいんじゃ?」

「……大丈夫じゃ。ワシの家には、腕利きの傭兵が100人はおる。どんな力のあるものでも……100人を相手にするのは、不可能じゃ。君は、黙ってワシからの感謝のしるしを受け取れば、それで良いんじゃよ」

 シャイモンが、そう宥めると商人は、ただ「そうですか……」と納得するしかなく、彼はそれからもずっと体をガクガク震えさせたまま立っていた。

 私は、首に巻かれたチョーカーに取り付けられた短い鎖の先にある手錠をシャイモンの片腕に取り付けられている状態で、逃げられなかった。

 なるべく、自分の存在に気付いて欲しくないと下を向いていた私だったが、やはりこんな格好をしているからか、シャイモンが私の顎をクイっと上げて、上から至近距離で見つめてくる。

 彼の生暖かくてお酒臭い吐息が、間近に感じる。シャイモンは、私を見つめながら告げた。

「……お客様が来たみたいでな。その対応をせねばならないから……お楽しみは、一旦お預けだ」

 すると、今度は私の耳元へ顔を急接近させて、彼は吐息の混じった囁くようなねっとりした声で告げた。

「……終わったら次こそ、たっぷりと……その体を堪能させるのじゃ。その後で、今日は主であるワシへの奉仕の仕方と言うのを……じっくり朝になるまでしっかり……しっぽりと教え込もうぞ……」

 寒気を感じた。ようやく、さっきまでのこの男に対する恐怖だとか、そう言った感情を忘れかけていた頃に、またしても背中がぞわっと鳥肌が立った気がしたのだ。やはりまだ、私がピンチである状況は何も変わらない。また、いつ自分が狙われるか……それは分からない。そもそも100人の傭兵を相手に……棺桶を引きずっていた彼が勝てるなんて保証は、あまりにも無さすぎるように思える。

 だがしかし、さっきまでに比べて私の心は、少しばかり軽くなっていた。

 ――このシャイモンという男に初めてを奪われそうになり、もうダメかと思っていたが、そんな時に……神は微笑んだのだ。……いいや、これはもう神の微笑みなどではないのかもしれない。神などではなく、それは彼の……あの棺桶の男の意志であり、私達2人の運命なのかもしれない。

 脳裏にあの男の姿が浮かんでくる。……今日出会ったばかりで、会ったのも一瞬しかないというのに……。やはり、あの時感じた不思議な感覚は、確かなものだったのかもしれない。普通だったら、こんなに鮮明に顔を覚えている事もないはずなのに……不思議と、あの人の強い眼差しが蘇って来る。

「……私の言葉が、彼に……」

 そうして、浸っているとその時だった。またしても、部屋の外からノック音がしてきた。

「……くぅ! この役立たずの傭兵共が……!」

 怒りに燃えていたシャイモンが、お酒の入ったグラスを握りしめる。そして、私のチョーカーと繋がっている手錠のついた方の手が勢いよく上に上がり、それと同時に私の顔もガクッと勢いよく上を向く。シャイモンがその手を振り下ろして、グラスを強くテーブルに叩きつけると彼は、ガンガンとノック音の止まないドアの向こうへ怒鳴り声で言った。

「……ええい! やかましい! いつまでも、コンコンとノックしよって! そんなにワシに用があるのなら自分の力でドア位こじ開けんか!」

 ――その時だった。

「……そうか。分かった」

「……!?」

 私達のいる部屋にこれまで全く聞いた事もない男の声が聞こえてくる。

 ――この声、もしかして……!

 刹那、声の主が誰であるか察知したシャイモンが、ピンチを悟って近くにいた奴隷商人と私に向かって告げる。

「……伏せろ!」

 次の瞬間、私達のいる大きな部屋のドアの向こうから物凄い勢いで何かを連射し、何かが大雨のように降りかかって、木製のドアに次々と風穴が開いていく。そのあまりに激しい金属の擦れる甲高い音や攻撃音、衝撃に私達は、床に伏せた状態でしばらく攻撃が止むのを待った。

すると、風穴だらけで……まるで蜂の巣のようになり果てたドアを足で蹴り開けて、外から1人の男のシルエットが見える。

 その男は、木くずが飛び回って、埃がまるで霧のようにかかる部屋の中をコツコツ……と歩いてやって来る。

彼は、登場と同時に肩からショルダーバッグのようにかけた大きな穴が無数に開いた巨大な鉄の塊を持ったまま部屋の中に入って来る。男の姿を見るなり、床に伏せていたシャイモンが顔を上げて、男の事を睨みつけるのだった。

「……貴様、ワシの大切なドアを壊しおって……”クズ”の分際で……」

 すると、鉄の塊を持って入って来た男は、冷静な顔をしたまま告げた。

「……ほぉ。この世界の貴族と言うのは、ノックをしたら怒鳴り、ドアをこじ開けても嫌味を言う。まるで、思春期の中学生みたいだな……」

「なっ、何ィ? ……チューがくせぇ? 訳の分からん事を抜かしおって……傭兵達は……? わしの雇った魔法使い達は、どうした? 100人はいたはずじゃが……」

 すると、男は不敵な笑みを浮かべて告げるのだった。

「……傭兵? あぁ、あの雑魚どもか……俺の計算が正しければ、確かに100人……きっかり全員撃ち落としたぜ」

「……なっ!? なん……だと?」

 あり得ない。そんな表情をしていた。それもそうだ。シャイモンの雇っていた魔法使い達は、全て大きな杖を持ち、魔力の匂いが遠くまでしてくる程のとんでもない凄腕のウィザード達だった。それが、100もいれば、ほとんどの人間は助かる事などないだろう。

 ――それにこの方からは、魔力の匂いが全くしてきません。見た所、杖も持っていない感じですし……。

 だが……この男は、あの紅い頭巾を被った魔法使い達の事を雑魚だと言い切り、更には全員を1人で撃ち殺したと言うのだ。

「……ばっ、馬鹿な? あの数を……あの軍勢をたった1人で……だと?」

「……あぁ、軽い準備運動には持って来いの相手だったが……少々、数が多すぎた。おかげで、俺の手回しハンドル式ガトリング砲の弾も尽きちまった。お前を撃つために少し多めに弾を作って貰ったというのに……。結局、最後はコイツに頼らなくちゃいけないなんてな……」

 そう言うと、男は肩からかけていた大きな鉄の塊を背負うのをやめて、乱暴に地面へポイ捨て。それから、腰に巻かれたベルトの両端に装填されていた歪な形をした2つの小さな鉄の塊?を取り出し、真ん中に1つ大きな穴の開いた先をシャイモンに向けた。

「……なっ、何だ? 何なのだ……貴様のその武器……? そんな武器、わしはこれまで一度も見たこと……」

 言いかけた所で、シャイモンの口がピタッと閉じる。彼は、突然気まずそうな表情をし始めて、固まり始めた。そんな様子を見ていた男は、嘲笑う様に口元をへの字にして笑みを浮かべ告げた。

「……そりゃあ、そうだ。コイツは、魔力なんかなくても簡単に引き金を引ける。どんな人間だって平等に殺せる。……俺の世界にあった凶器だ」

「……俺の世界じゃと? ……いや、それよりも……貴様、さっき何と言った? 魔力なし? てことは、貴様……やはり……!?」

 すると、シャイモンの問いかけに男は、ニッコリ笑って告げた。

「……そうだ。俺は、魔力を持たない。そして、この世界に本来存在しなかったはずの者……。貴様らの業が生んだ虚無の存在」

 頭を抑えながら、何かを思い出した様子のシャイモンは、続けた。

「……勇者の成り損ない。魔力を持たぬ、役立たず……」

「ようやく思い出したか。シャイモン……。勇者召喚の儀があった時、お前はあの場にいた。そして、国王や他の貴族たちと共に……お前は俺を捨てた。魔力を持たないというたったそれだけの理由で……。俺は、貴様らの勝手でこの世界に召喚されたのにだ」

 シャイモンは、これまでで一番恐ろしい形相をしていた。彼は、拳をギュッと握りしめて頭に血の昇った様子で、怒りに満ちた声で告げた。

「……だが! お前はあの時確かに……確かに死んだと報告を受けていた……! お前の死体を見たと言っている者だっていたんだぞ!」

「あぁ……確かに俺は、あの時一度死んだ。今の俺は、もうあの時の俺とは違う」

「なんだと……?」

「俺は……俺自身が許せないと思った悪を討ち、この血のように真っ赤に染まった荒んだ荒野を旅する……さすらいのガンマン……ジャンゴだ」

「ジャン……ゴ……?」

 男は、そう名乗った。彼は、顔を上げてシャイモンの事を睨みつけていた……。その顔には、強い憎しみが宿っていた。それは、一見すると復讐のために立ち上がった男の姿のそれにしか見えなかったが、しかし決して自分のされた事への復讐などではないと、私は直感的に分かった。

 男の顔は……ジャンゴの顔には、ギラギラと燃え盛る闘志と正義、それから禍々しい位に強力な「殺意」が複雑に入り混じっており、それらが静かに……目の前のシャイモンへ鋭く牙を向けていく感じがヒシヒシと伝わって来た。

 その恐ろしい殺意に満ちた顔を見ると、不思議と私の心はゾクゾクした。さっきまでの、シャイモンに対して抱いていたような不快感にも似た背筋が凍り付くような感じとは全く違う。むしろ、もっと感触が良い。幸福感や快感にも似たもので、私の視線は彼から離れられなかった。

「……くっ」

 自らのピンチを悟り、舌打ちをするシャイモン。彼は、密かに腰のベルトに装填している小型の魔法の杖を取り出そうとしたが、ジャンゴの鷹のように鋭い目は、彼の動きを1つたりとも逃さない。

「おっと……。やめときな。俺のリボルバーは、どんな魔法よりも速い。テメェの部下にも言っておいたが……”銃は、魔法より強し”だ。一度狙った相手を俺は必ず逃がさない。……さぁ、どうする? ここで、俺とやり合うか? それとも……助かりたいのなら、そこにいる奴隷の女をこちらに寄こせ」

「……ぐっ」

 シャイモンの顔が、またしても曇り出す。沈黙が……ジャンゴとシャイモンの間で沈黙の時間が流れる。睨み合う2人は、まるでポーカーの勝負所で視線だけの駆け引きを行っているような繊細な2人だけの空間を展開していた。

 ――シャイモンが杖を手に取り、その手をゆっくりと下におろして……杖を床に落とす仕草を取った。

 その様子を見た時、ジャンゴのリボルバーを構えていた手が若干、下ろされて警戒が解かれる。

シャイモンは、完全に敗北を悟り、勝負を放棄した。誰の目にもそう見えた。戦闘に疎い私や一緒にいた奴隷商人でさえもシャイモンが、諦めて降伏するものだと勘違いした。

 そして、そう勘違いしたからこそ……ここで、思わぬアクシデントが起こった――。

「……うっ、うわああああああ! この化け物がぁぁぁぁぁぁぁ!」

 突如、奴隷商人が自分の腰に装填していた小さい杖を取り出し、それをジャンゴに向けてきて、彼は魔法攻撃を繰り出そうとしたのだった。

 その予想外な攻撃にも関わらず、ジャンゴは落ち着いた様子で視線を商人へと移し、リボルバー(?)の引き金を引いた。たちまち、商人の男の体のあちこちに風穴が開き、彼は撃ち殺された……。

 そのあまりの速さ……。商人が魔法を放つよりも後から攻撃を開始したにも関わらず、彼のリボルバーによる攻撃が商人の男の胸を貫き、内臓をズタズタに撃ち抜く。

たちまち、床に倒れた商人の男は、口から血を吐きながら悔し気に最後の力を振り絞って口を開いたのだった……。

「くっそ……。お、俺は……ただ、報酬を貰いに来ただけなのに……金が欲しかっただけ……なのに……」

 彼の瞳は閉じて、それから二度と開く事はなかった。私は、初めて見るその生々しい人の殺されゆく光景に……瞬きを忘れ、体も氷のように固まってしまった。

 しかし、それに対してジャンゴは、特に表情1つ変化しないまま……再び、リボルバーをシャイモンに向けようとした。だが――この時だった……!

「……遅い!」

 ジャンゴが視線を向けた瞬間、シャイモンが、手に持っていた杖をジャンゴに向けて、魔法の早撃ちを繰り出した。

その攻撃は、見るからに炎の攻撃で、名前は”火炎球”。杖の先から発せられた炎を小さな玉の形にして、発射する技。多くの決闘で使われるオーソドックスな魔法で且つ、使用者の魔力が強力であればあるほど、その威力が増すという性質を持った単純だが、その分強力な魔法だ。

 ジャンゴは、咄嗟に攻撃を避けたようだが、シャイモンの攻撃はしっかりとジャンゴの右肩を掠り、彼の服を破って、大きな傷を作っていた。すり傷と火傷を合わせたようなその傷からは、滲むような血が流れ、ジャンゴは少々痛そうに自分の手を抑えた。そんな彼の様子を見ながらシャイモンは、告げる。

「……ふっ、一手遅かったな! 棺桶男。どうやらお前は、そこに倒れている奴隷商人の思考を読む事ができなかったみたいだな。……コイツのような自分の利益を何よりも最優先する商人の考えている事は、ただ一つ。自分に利益を与えてくれるかどうかだ。故に、ワシが杖を捨てようとすれば……本来、自分に利益を与えてくれるはずだった男から報酬が貰えなくなる。それならば、何としてでも邪魔者を排除したい。お前は、ワシの部下達に戦いで勝てても……最後の最後でワシに読み合いで負けたのだ!」

 彼は、自分の肩を抑えながらシャイモンの事を睨み続けた。すると、そんな彼の様子を見ていたシャイモンがゲラゲラと笑いながら告げた。

「残念じゃったのぉ。ワシを侮ったな。ワシをその辺にいた部下達と同じ程度の実力と見ていたようじゃが……それは、違う。魔法の早撃ちに関しては……ワシは、この西部……いいや、王国1の座を手にした事もあるくらいじゃ。歳をとっても尚、ワシの実力は健在と言った所かのぉ……」

 シャイモンは、とても愉快そうに笑いながらゆっくりとジャンゴを追い詰めるように……彼の立っている場所へ、一歩……一歩と近づいて行く。シャイモンの杖の先が光り始め……彼が次なる魔法を解き放とうとしているのが分かる。

 ジャンゴの顔が、緊張しているのが伝わって来る。……彼の額から汗が一滴……。痛みに耐えつつもこの状況でどうにかする方法を模索している様子だった。

「ジャンゴ……」

 私は、祈った。心の中で密かに……。一度、神を裏切ろうとした人間が、こんな事をして許されるものなのか……。そんな罪悪感もうっすらあったが、目の前の彼を見ているとそんな思いも段々気にしなくなっていく。

「……次で終わらせる。ワシのテリトリーに勝手に入って来て……ワシのモノに手を出そうとした大馬鹿者よ……。次で仕留める」

 シャイモンの杖の先が強く光り始め、今にも彼の攻撃が炸裂しそうになっていた。

 ――もし、またさっきみたいな早撃ちが行われたら……あのスピードじゃ、魔法の使えないジャンゴが不利すぎる……。怪我もしているし……。このままだと……。

 だが、私の心配を吹き飛ばすかのように……目の前で肩を抑えていたカウボーイは、不敵に笑いだすのだった。

彼の突然の変化に不気味なものでも見ている時のような顔でシャイモンが見つめる。

「……なっ、何がおかしい!?」

 すると、ジャンゴは必死に笑いを堪えながら告げるのだった。

「……いいや。学習しないなぁと思ってな。言っただろう? ”銃は、魔法より強し”だと」

「なんだと?」

「……テメェの魔法の速度は、だいたい分かったぜ」

「……!?」

 その言葉にシャイモンの様子が激変した事が遠目からも分かった。明らかにジャンゴを恐れているような感じだった。

しかし……シャイモンとて元王国の騎士にして大魔法使いなのだ。実力では、むしろジャンゴを圧倒していると言っていい位だ。

シャイモンは、ジャンゴの言葉程度じゃ引かない。彼の数多の修羅場を潜り抜けてきた経験から来る自信なのか……変わらない様子でジャンゴを見つめた。

「……」


「……」

 2人の男達は、ある程度の距離まで近づいて睨み合うと、そのまま何も喋らなくなった。真剣な顔をして……最早、誰1人として割り込む事などできない様子だった。

 ――この感じ……。

”決闘”――。最も近くで彼らの睨み合う姿を見ていた私でさえ理解できた。

本来なら魔力を持つ者同士で行われる魔法の早撃ち勝負で、どちらが先に腰に装填された杖を抜くか否かの勝負なのだが、今は違った。

 次の瞬間、シャイモンとジャンゴは、下ろしていた手を振り上げて、その手に握るリボルバーと杖をお互いに向け合い、そして次の瞬間に両者の武器の先端から何かが発射される。

「……!?」

 ――光と、鼓膜を貫くほどの凄まじい音が入り混じる。両者の早撃ち対決は、ほんの一瞬で幕を閉じたのだ。しかし、撃ち終えた両者はリボルバーと杖をそれぞれ構えたまま……その手を下ろさない。まるで、ブロンズ像にされたように固まっていた。静かに睨み合う両者だったが……しかしふと、ジャンゴの方に視線を移して見てみると……。

「……はっ!」

 彼の左足の太ももから血が滲み出ていた。ジャンゴは、苦しそうな顔を浮かべていたが、それでも彼は決してしゃがんだりは、しなかった。立ったままシャイモンを鋭く睨みつける。

 ――でも、やっぱりこれじゃあ……勝負は……。

 勝負の行方が心配になり、私がジャンゴからシャイモンに視線を移すと、彼はまだ何事もなかったかのように立っているだけ。

その余裕そうな笑みを浮かべるシャイモンの様子で、負けを確信しかけた私は、絶望しそうになったが……しかし、次の瞬間だった。

 彼の足元から何かの液体がポタ……ポタと垂れている事に気付く。少ししてそれが、何の液体であるかを私は、悟った。同時に、シャイモンはお腹を抑えて地面に膝をつき、苦しそうに藻掻き始めた。

「……きっ、貴様ァ……。まさか、本当にこのワシを……!」

 シャイモンの苦しそうな声が聞こえてくる。瀕死の状態の……今にも倒れてしまいそうな弱弱しい状態。そんな彼の事をジャンゴは、上から目線に睨みつけながら告げるのだった。

「……言っただろう? お前の速さは、分かったって……」

 ジャンゴは、そう告げると再び、リボルバーをシャイモンに向けて、殺意の籠った眼差しで告げるのだった。

「……降参して、そこの女を渡してくれるのなら見逃してやる。じゃなければ……分かってるよな? 選べ」

「ジャンゴ……」

 つい、彼の名前を口にしてしまった。彼のその本気の眼差し……。

ジャンゴは、自分の為では本当になく見ず知らずであるはずの私の事を本気で救おうとしているその眼差しに、私の胸の奥がキュッと跳ねた気がした。

 ――嬉しかった。

そう思っていたが、ここで終わらないのが、この大魔法使いシャイモン。彼は、告げた。

「……平民以下の”クズ”の分際で……。調子に乗るなよ? 人々に選択を与えるのは、このワシだ。……お前ではない!」

 次の瞬間、私の首につけられたチョーカーが強く引っ張られる。突如、シャイモンが鎖で繋がれている私の事を自分の傍まで引っ張り寄せて、私の頭に杖を向けて、最後の力を振り絞ってガッチリと私の首を絞めるように手で抑え込む。彼は、告げた。

「……おっと、動くなよ! それ以上、動いたり……その得体の知れぬ武器を撃って来たりでもしたら、この女の命は、ない」

「……!?」

 ジャンゴの顔が、僅かに一瞬だけピクッと反応したのが分かった。彼は、すぐに普段の冷静な顔に戻り、そして口を閉じるも……目はギラギラと相手を睨みつけている。

「……お前は、どうやらこの女が欲しいみたいだが……。ワシは、自分のモノに手を出してくる者がこの世で一番嫌いじゃ。じゃから、これがお前のモノになるくらいならここで、この女を殺してしまった方がマシ……。コイツのを楽しまずに殺してしまうのは、少し勿体ない気分だが、これも仕方あるまい。そもそもだ。それもこれも全てお前が……お前が来なければ……こんな面倒な事にならず、とっと済ましていたはずなのじゃ。そうすれば、今のこの気持ちも多少なりとも緩和されたはずであろうに……!」

 その時、シャイモンの言葉を黙って聞いていたジャンゴの顔に強烈な殺意が宿ったのが分かった。

シャイモンは、彼の感情が変化した事に気付いた様子で告げた。

「……ほう。どうやら、許せないようじゃな。……やはり、お前……この女に惚れておるな?」

 その時、確かにジャンゴの顔にこれまで全く見た事もなかったような「動揺」が映った。図星だったと理解したシャイモンは、口元をいやらしく吊り上げて、告げた。

「……ふっ! バカらしい! この女は、奴隷。たかだか奴隷に……”恋”をするなど……いいや、魔力のないお主が、同じ階級の者を好むのは……理に敵っておるかのぉ。さしずめ、一目惚れと言ったところか? ふっ、恋とは下らぬなぁ……。奴隷階級同士の分際で……!」

「……」

 ジャンゴは、何も言わなかったが、その目のハイライトは完全に消えていた。

しかし、とうのシャイモンはというと……自分に漆黒の意志の宿った殺意の眼差しが向けられているにも関わらず、ジャンゴの事を嘲笑うような様子で笑いを浮かべながら告げた。

「……怒っているなぁ? ふふふ……気持ちいいぞ。お前のその怒りに満ちた顔。ようやく見れたよ。その余裕の欠片もない顔を……。そして今、ここで良い事を思いついた。お前がワシに、その顔を見せてくれたお礼じゃ。……マリアよ、奴隷であるお前に最初の命令を下す。ワシのこの腹の傷を治せ」

「え……?」

 何を言っているのか、一瞬だけ分からなくなってしまった私が、固まっているとシャイモンは続けて言った。

「……ワシを癒せと言ったんだ! この首のチョーカーは、外してやる。だから、ワシの傷を癒せ。さもなければ……」

 私の頭に突き立てられた杖が、胸へと移動し……私の胸に、グリグリと杖を押し当ててきて、シャイモンは告げた。

「……お前の心臓に向かって、直接ワシの魔法を叩き込んでやる。命は、ないと思え」

 必死に漏れ出そうになった変な声を抑えながら私は……再び絶望的な気分になった。向こうで、その様子を見ていたジャンゴが、叫ぶ。

「……やめろ! その女を殺す事だけは……。絶対に! ……彼女は、この戦いの場に関係ないはずだ!」

「関係ないぃ? 魔力もないくせに紳士を気取ったセリフを吐きおって……。ワシとお前は、この女が原因で争っているのだというのに……。良いか? 愚民、教えてやろう。この世において、自分以外の誰かを犠牲にする事は悪ではない。それは、生存戦略だ。自分が生き残るために必要な事なのだ。……嫌なら、お前の口からもマリアに言ってやれ。どうか、崇高なるこのシャイモン様の傷を癒してくれとなぁ!」

「くっ……!」

「分かっているよなぁ? お前がもしも、少しでも動いたりしたら……いつでもワシは、この女を……」

 シャイモンの杖が私の頬っぺたに突き刺さり、グリグリと頬っぺたについた肉を穿り回すように杖の先を当ててくる。

そんな様子を見て舌打ちをするジャンゴ。最早、彼でさえシャイモンに逆らったりできない状況なのだ。口を閉じ、迷っている様子のジャンゴに私は、言った。

「……私の事は、良いです! 撃ってください!」

「……!? しかし、それでは……」

「構いません。私は、一度……神に背こうとしました。この位の罰は、受けて当然です……。それにどうせ、これ以上生きていても……神に背いた私なんかもう……。だから、撃ってください!」

「……」

 ジャンゴの顔が、更に悩みに満ちた表情となる。そんな私達の様子を楽しそうに見ていたシャイモンが告げた。

「ははは! ”クズ”同士のくせに……美しいものを見せてくれるではないか。いやぁ、これは一興。子供の時に見た劇なんかよりもよっぽど……。なんせ、どちらにしても……崩壊する事に変わりはないのだからなぁ!」

 笑うシャイモン。目を背けているジャンゴ。そして……私。時間が止まったかのような間が少し開いた。

苦しそうに葛藤していたジャンゴだったが、しばらくしてから彼は、銃を下ろして告げるのだった。

「できない……」

「え……?」

 何を言っているのか、一瞬だけ分からなくなってしまった。すると、ジャンゴは悔しそうに告げた。

「……そんな事はできない」

 私の思考が一瞬止まる。すぐに、今ある目の前の現実を彼に訴えた。

「……私が、この男の傷を癒したら……今度こそ貴方は、やられてしまうかもしれない! 次は、心臓に……魔法が当たってしまうかもしれない。もうその足も……肩も傷だらけで……このままだと貴方は……」

「それでも俺は、お前を殺したくなんかない! 例え何があろうと……絶対にそんな事はしたくない。……助けたいと思った人間1人、助けられないなんて……それこそ男として失格だ」

「……!?」

 その時、ジャンゴの顔が少し優しくなった。微笑みかけるような優しい顔で彼は、私に告げてきたのだ。

「……安心しろ。俺は、強い。この男が、何百回傷を治そうが……どれだけ俺が、傷つこうが、必ずお前を助ける。そのために、ここまで来たんだ。……良いか? 男の仕事ってのは、ほとんど辛抱強さと決断だ。後は、おまけみたいなもんだ。我慢大会なら……俺は、一向に構わない」

「……ジャン……ゴ」

 彼の言葉が私の胸に染みてくる。すると、少ししてジャンゴは、シャイモンの方に視線を移して、その名を呼んだ。

「シャイモン!」

「……?」

 キョトンとした様子のシャイモンが、ジャンゴに視線を向けてみると彼は、はっきりと告げるのだった。

「……悪いな。西部1の早撃ちの座は、譲り受けるぜ。テメェは……2番で我慢しな!」

「ぐっ……! ”クズ”の分際で……!」

 イライラした様子のシャイモンの傍で捕まってしまった私は、涙が出そうだった。これまで、いただろうか……。こんな……たった一瞬しか会った事のない人だというのに……ここまで私を真剣に助けようとしてくれる。今まで、自分が助ける側になった事はあっても、助けられる側になった事はなかった。……彼は、信頼できる。そう思った時、私は頷いた。

「……分かった」

 シャイモンの方を振り向き、首につけられたチョーカーを外して貰うように頼む事を決意した。

――大丈夫。彼ならきっと……。

「……ご主人様、いえ……“旦那様”、どうか私の首のチョーカーをお外しください」

 その言葉にシャイモンは、大満足そうに汚い笑みを零し、そして告げた。

「……よくぞ。言ってくれたな。ワシは、嬉しいぞ。お前に旦那様と呼ばれて……」

 そう言いながら、彼は服のポケットから鍵を取り出し、チョーカーの穴の中に鍵を入れて、穿り回すように震えた手でロックを解除。――途端に、それまで封印されていた魔力が体内で蘇って来るのが分かった。体の力も少しばかり湧いて来た。

「どれぇ? それでは、ワシのこの傷を癒してもらおうかのぉ……」

「はい……」

 シャイモンが、服をまくって太ったお腹を見せてくると私は、言われた通りにこの男のお腹の傷を見つめながら掌をかざして、そっと撫でるようにシャイモンのお腹の傷に手をあてて、優しく魔力を注ぎ込んだ。

「……この御方に、主のご慈悲を……」

 淡い緑色の光が、掌から放出されてシャイモンのお腹を包み込む。やがて、それまで風穴の空いていた彼のお腹の傷が塞がっていき、出ていた血も収まっていく。お腹に突き刺さっていた小さな金属も取れて、傷が完全に癒えた事を目で確認すると、私は彼に終わった事を告げるべく頷いた。すると、途端にシャイモンは、口元を吊り上げていやらしく微笑み、そしてジャンゴに告げた。

「……不思議と、魔力も体力も回復したような気分じゃのぉ。さぁて、分かっておるなぁ? まだ、戦いは終わっていないと!」

 刹那、シャイモンが手に持っていた杖を振りかざすと、途端に杖の先端が強く輝く。

その凄まじいまでの閃光の後、繰り出された魔法攻撃がジャンゴへ襲い掛かる。足を怪我して最早、避ける事もできないジャンゴは、その左手に雷の魔法攻撃――”雷撃”を受けて、手を痛めてしまう。

 ――雷撃は、火炎球と同系統の魔法の1つ……。通常は、小さい雷を杖の先から放出する魔法だけど、シャイモンが使ってくる場合は……!

「ぐっ……!」

 ジャンゴの左手が雷で焼かれた痕ができてしまう。その苦しそうな姿に私は、目を逸らしたくなったが人質にされたままの私がどれだけ目を瞑ろうとも目の前で苦しそうな声を上げているジャンゴの事が過ってしまう。シャイモンは、更にジャンゴへの攻撃を続けた。

「……生意気な。下等階級の”クズ”風情が! このワシにたてつきおって! ただ殺すだけは、気が済まん! 痛めつけて痛めつけて……殺してくれと懇願するまで……徹底的に痛めつけてやるわい!」

 魔法をくり出し続けるシャイモン。火炎球や雷撃など……その攻撃は、ジャンゴの手を集中的に遅い、とうとう、彼はリボルバーを床に落としてしまい、床に膝をついてしまう。彼の両手からは、大量の血が流れ……最早、その手でリボルバーを握る事は、不可能な状態だった。

「ジャンゴ……!」

 彼の名前を呼ぶ私にシャイモンは、嘲笑いながら告げた。

「ははは! 哀れだな! この”クズ”! だが、お前のような奴には、そもそも選択肢でさえも与えん。このまま、いたぶって殺す。それが、貴様のような人間の末路だ! せめて、死後は天に行けるようにワシが、聖書でも読んでやろうか? ん~? まぁ、お前のようなカスは……天にさえいけないだろうがなぁ!」

 ひたすら、シャイモンの攻撃に耐えるジャンゴ。しかし、それでも彼の瞳の奥には、闘志がまだ残っているのが分かった。彼は、その指の骨の1つ1つが骨折して最早、力も入らなくなってしまったボロボロの手で……床に落ちた銃を拾おうとする。しかし、最早動かす事さえ難しいジャンゴの手では、銃を拾う事さえ一苦労。そんな中、高らかに笑うシャイモンは告げた。

「……慈悲深き、我らが主よ! この不幸な男をお導き下さい。この男のこれまでの罪をお許しください。彼を天に……天へとお導きを……!」

 興奮したシャイモンが、本当に聖書の一部を口にし始める。しかし、口では聖書を読んでいても……その手では、ジャンゴの全身のあちこちに対して魔法の攻撃をくり出し続けていた。

彼の体の節々から血が出始めて、服もビリビリに破り裂かれて最早どうする事もできないような……そんな時だった。ジャンゴと私の目が一瞬だけ合う。彼が、目だけで私に「逃げろ!」と合図をしてくれているのが伝わって来た。

その瞳には、自分を信じろ! と吠えているような決意と、必ず成し遂げるという彼の意志が伝わってきて……。

 ――ジャンゴ、貴方を信じるわ。

 刹那、私は自分の首を抑えているシャイモンの手に歯をたてて、かぶりついた。途端に、痛みで悶絶し始めたシャイモンが、一瞬だけ私の拘束を解いたこの瞬間に、私は彼から逃れる。

「……なっ! マリア! 貴様何をッ……!?」

 シャイモンが、私を再び捕まえようと手を伸ばそうとした次の瞬間だった。それまで、リボルバーを掴めさえしなかったはずのジャンゴが、決意の眼差しでシャイモンを睨みつけ、そしてリボルバーを手に取った――。

「……あの世に行くのは、テメェだ!」

「しまった――!?」

 一瞬にして、2人の運命は大きく分けられた。シャイモンが魔法を撃とうとしたその時には、既に遅く……ジャンゴが最後の力を振り絞って、リボルバーを激しく乱打して……連射した。その目にも止まらぬ速さでの攻撃に、シャイモンは、ばったりとその場に倒れ込む。

「……?」

 どうなったのか……。それが、気になった私がシャイモンの倒れた体の方へ少し近づこうとしたその時、シャイモンが仰向けに寝転がり、そして彼の口から一筋の血が流れる光景が目に入った。その目は白目を剥いており、最早完全に彼の命は絶たれた様子だった。

「……やった、の?」

 実感の湧かない私が、ジャンゴの方を振り向いてみると……既に彼は、シャイモンから背を向けて何処かへ向かおうと歩き出していた。


「ジャンゴ……」

 その背中は、大きくて……立派で……そして、何よりもカッコよかった。孤高の男とは、この人の事を指すのだろうか……。そう思った。






次回『後日譚』

 

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