聖女マリア編⑥

 ――その日の夜。フォルクエイヤの町付近の畑が広がる農村地を私=シーフェは、ジャンゴと共に馬で一直線に駆け抜けていた。この辺りは灯りなどないため、馬を操縦するジャンゴの後ろで灯りをともしていた私が、彼に道を教えていた。



「……そこを右に曲がって! そこからは、ずっと真っ直ぐ」


 手綱を勢いよく馬に叩きつけて、命令を下す。私達は、物凄いスピードの馬に乗りながらシャイモンの屋敷を目指した。


 クリストロフ王国西部は、日中は乾燥した気候で熱い。日差しも強いため、多くの人は帽子を被る。特に肉体労働をする男達などは、帽子の着用をしていないと熱中症で倒れてしまう。


 しかし、反対に夜になると気候は大きく変動する。日中照り付けていた太陽は、一体何処へやら……。気づくと辺りは、真っ暗な闇に覆われて、気温は一気に下がる。そのため、西部に住む者達は皆、長袖を着用している。それは、強烈な太陽光から肌の日焼けを守るためでもあり、また寒い夜を乗り切るためでもあった。



 私達は、帽子が風で吹き飛ばされないように片手で抑えながら、そんな寒い夜の西部を馬で走り抜けていた。


 ちなみにジャンゴが普段地面を引きずっているあの棺桶は、馬具に縄を括りつけて、地面を引きずっている。後ろから棺桶が農場の土の上で、ぐちょぐちょと音を立てながら引きずられているのがチラッと見えた。


 相変わらず、もしも……あの棺桶の中に人でも入っていたら……死者を冒涜した罪で即刻、死刑にされそうだ。私達は……。


 と、1人思いながら私は、ふとジャンゴに尋ねる。


「ねぇ、貴方……本当に大丈夫なんでしょうね? たった1人で」


 目的地に到着する前に聞いて見た。するとジャンゴは、相変わらず抑揚があまり感じられない声で私に言ってきた。


「……大丈夫だ。作戦もある」


 彼は、そう言うと更に馬の尻を強く叩いて、全速力で走らせた。


 ――本当に大丈夫なんだか……。


 しかし、そんなこんなで疾風怒濤の馬力により、私達は思っていたよりもかなり早くにシャイモンの大きな豪邸に到着する事ができた。



 到着すると、ジャンゴは豪邸の広さに感心など一切せず、彼は馬から降りて早速、馬具につけていた縄を解き、地面を引きずっていた棺桶を自分の所まで引っ張る。


 そして、棺桶を開けると彼は、早速中に入っている大きな鉄でできた武器や弾丸を自分の体のあちこちに身に着けていく。



 ……しばらくして、彼が武装準備を終えた様子なのを確認すると私は、馬から降りてジャンゴに告げる。



「……屋敷の構造は、説明した通り。シャイモンは、おそらく……3階の部屋にいると思う」



「ありがとう。助かった。それにしても……よくそこまで色々な事を知っているな」



「当然でしょう? 私は、情報屋よ。私の知らない情報なんて……この世にないんだから!」


 決戦前の緊張する所であるとはいえ、少し嬉しかった。もしかしたら、彼とこうして話ができるのもこれが最後になるかもしれないから……。


 すると、ジャンゴはジャケットの内ポケットの中から折りたたまれたお札を何枚か取り出し、それを2、3枚だけ渡してきた。


「……それは、今回の依頼の報酬だ。ミルク10杯くらいは、それで飲めるだろう。ここまで案内してくれてありがとう。後の事は平気だ。お前は早く町に戻るんだ」



「え? あ……うん」


 お金を受け取ると、そこから彼は屋敷の前の大きな門へ一直線に歩いて行った。そして、大きな豪邸を見上げて、しばらくの間何も言わずに立ち尽くしているのだった……。


 馬にもう一度乗ると私は、すぐに町へ出発しようとしたが、しかし暗い畑道の果てを見つめた後、まだ門の前で立ち尽くしているジャンゴの方に一瞬だけ視線を向けた。



「……ねぇ! 最後に聞かせて! 貴方の言う作戦っていうのは、どんなものなの?」


 興味本位に聞いてみた。すると、彼は手に持っていた大きなハンドルのついたガトリング砲を肩の上にのせてから私を見つめて言った。



「……強行突破だ」


 刹那、彼はくるっと体を反転させて大きな門の錠前に向かって、ガトリング砲を一発だけ撃ち込む。たちまち門の鍵が破壊されるや否や彼は、大きな門を片足で蹴り飛ばし、敷地内へと入って行った。


 すると、その瞬間に物凄い勢いで屋敷中のあちこちから待機していた魔法使い達が、ぞろぞろとジャンゴの前に集まって来る。


 ――昼間に奴隷市場の前で私達の元に現れた紅い頭巾を被った大きな杖を持つ魔法使いの連中だった。


 真ん中に立っていたリーダーらしき赤い頭巾を被った男が、ジャンゴへ告げる。


「……止まれ! 貴様、昼間の野蛮人だな。これ以上先へは行かせん!」


 しかし、ジャンゴも彼らにビビったりせず、いつもの調子で告げた。


「シャイモンに会いたい。通してくれ」


「シャイモンさんは今、大事な要件中だ。今日は、新しい奴隷を手にしたせいで色々と忙しいのだ。分かったらさっさと帰れ! 今ならまだ……見逃してやらんでもない」


 頭巾の男にそう言われてもジャンゴは、全くその場からいなくなろうとしなかった。彼は、男達の前に突っ立ったまま不気味に微笑みながら一歩……だけ前に出た。



「ふふふ……」


「なんだぁ? 何がおかしい!? 貴様! 止まれと言ったはずだ。今すぐ立ち去れ! それとも魔力なしで……俺達全員に挑むというのか? 見た感じ、魔力の匂いもしない無味無臭の無能な奴隷のなり損ないみたいだが……お前、杖も持たずに……そんな装備で俺達相手に、大丈夫なのかなぁ?」


 赤い頭巾を被った魔法使い達は皆、次々と笑い出した。彼らは、完全にジャンゴの事を舐めた態度で、しかも彼に魔力がない事にも気づいた様子で、小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。


 ――実際、アイツらの強力な魔力の香りが、私のいる門の外へまで匂ってくる。やっぱり、相当強力な魔法の使い手か……。


 すると、端っこに立っていた赤い頭巾を被った男の1人が真ん中に立っていたリーダーに話しかける。


「なぁ、隊長さんよぉ~、この”クズ”……俺達の言葉が分からないんじゃないかぁ? 魔力がないからどうせ、ろくな教育も受けてこなかったんだぜ? んな奴に話しかけても無駄だ! ゴリラと人間は、喫茶店でお茶なんか飲まないだろ~?」


 ケッケッケッ……と、男が甲高い声で笑いだすと、便乗するように周りにいた魔法使い達もジャンゴを小馬鹿にしたように笑いだす。


 少しして、仲間達と一緒に笑っていた赤い頭巾を被った男達のリーダーが、告げた。


「……それもそうだ! お前ら、杖を構えろ! そこに突っ立ってる人の形をした害虫を駆除する……」


 彼らは、命令されるとすぐに杖を構えて、両手に持った杖の先に小さな火の粉や静電気のような小さい雷の姿を形成。それらを大きく強く練り上がっていく。その魔法の錬成スピードや威力の高さは、尋常ではない。


 通常、両手で持つような大きな杖は、普段の私達が腰に装填しているような小さい杖と違って魔力を込めれば込めた分だけ強大で広範囲で強力な魔法を撃つ事ができる。しかし、弱点として魔法を放つまでの魔力の錬成に時間がかかってしまう。また、基本的に大きな杖を持てるのは、体内の魔力量が大きい者のみのため、普通の人は持つ事ができない。以上の理由から一般の人々は皆、小型の短くて細い木の枝のような杖を腰に装填しており、こちらの方がコンパクトで且つ、魔法を早撃ちする事も簡単にできる。威力が落ちてしまうのと、範囲がかなり狭まれてしまうという弱点はあるが、人を狙い殺す程度なら十分なのだ。


 しかし、あの頭巾の男達……通常、大きい杖で魔法撃つまでにかかる時間が、おおよそ5秒程度であるのに……彼らは、それよりも早い。


 ――数えた感じ、2秒程度でもう魔力の錬成が終わっている……。確かにコイツらは、強い! しかも……その数は、ざっと……50人以上はいる!? 昼間の時より明らかに多い……。こんな数のを一斉に受けたら……今度こそジャンゴは……。



「ジャンゴ……!」


 そう叫んだ私だったが、しかし――。これから大魔法が炸裂するという状況なのにも関わらず、ジャンゴは笑う事をやめなかった。



「……ふふふ」



 これに対して魔法使い達は、とうとう我慢の限界と言った様子になり、リーダーの魔法使いが告げた。



「……ええい! ムカつく顔だ。この低能が! 全員撃て! 一斉攻撃ィィィィィィ!」


 魔法使い達が、魔法を放とうとしたこの瞬間にジャンゴは告げた。


「……低能は、テメェらだ。昼間の戦闘から何も学んでいないようだな……。1つ、レクチャーしてやる。耳に残ったクソを取り除いて、しっかり聞くんだな。……”銃は、魔法より強し”だ」




 ――刹那、一斉に炎や水流、雷などの魔法攻撃の数々が放たれる中、ジャンゴはガトリング砲を魔法使い達に向けて、そのハンドルを物凄い勢いで回した。


 途端に、彼の放った無数の弾丸が……魔法使い達の身を貫き、彼らの体から生々しい深紅の色の血飛沫がそこら中に、はねかしていた。


 魔法使い達が、倒れると彼らの撃った火や水、雷などの魔法も次々と実態が消滅していく。


 ――明らかに魔法の方が、1秒単位で先だった……。魔法使い達の攻撃の方が、どう見ても先だったのに……。それなのに、ジャンゴのガトリング砲は、魔法使い達が魔法を撃った後に……先に敵を撃ち抜いた。


「早すぎる。あの銃という武器……早すぎる!」




 術者が死ぬと、その実態も失われていく魔法は、魔法使い達が次々と弾丸に撃たれて死んでいくのと同時に次々と、空中に浮いた状態で消滅していった。


 ……とうとうジャンゴは、ほとんどその場から動く事なく、魔法使い達をほぼ壊滅させていた。



 屋敷の庭が薔薇色に染まった頃、庭に出て来ていた魔法使い達の大半を撃ち抜いたジャンゴは、そのままガトリング砲を両手で構えた状態でゆっくりと屋敷へ向かい、そして屋敷の中にまだいる敵の魔法使い達に告げた。



「……今日は、出血大サービスだ。この場にいる奴ら全員に……特別講義をしてやる。分かったら、とっととシャイモンの所まで案内しな!」






                      *


 数時間前、シャイモン邸。シャイモンの自室にて、今日からあの男に仕える事になった私=マリアは、先輩の奴隷の子からご主人様の御呼びと聞き、固まっていた。


 未だに、現実を受け止めきれず、呆然としている私に先輩達は、勝手に私の着ていたボロボロの布切れを脱がして、全く別の服に着替えさせた。着替えの最中に私は……自分の耳を触って擦っていた。



 耳には、今まで一度も開けた事のなかったピアスの穴が開いている。……これは、この屋敷に来てすぐにシャイモンが開けた穴だった。ついさっきまで血も出ていたが、今ではすっかり治っている。あの時、耳元でシャイモンの囁いた言葉が思い出される。



「……その穴は、前座だ。これからお前の体に……しっかり刻み込んでやるからなぁ」


 思い出すだけでも寒気がする。既に大切な何かを失ってしまったような気分だ。私は……。すると、十字架を胸につけた谷間が強調された薄着を着た女の奴隷の先輩が、私に告げた。


「……準備ができたわ。さぁ、いってらっしゃい」


 彼女の目は、完全に死んでいた。死んだ魚という言葉が本当にふさわしい位、その瞳には一切のハイライトがない。


 私は、鏡の前で自分の格好を見ると、そのあまりの恥ずかしさのあまりに……顔を両手で隠し、シャイモンのいる部屋まで行けなくなってしまった。



 ――こんな格好で行かなければならないなんて……そう思っていると、先輩の奴隷から耳打ちされた。


「……良い? する前に必ず、この言葉を言うの。そうしないと、旦那様は怒って貴方にキツイ拷問をする。そんなのより、気持ちいい方が良いでしょう? だから、今から言う言葉を覚えておいて……」


 そうして、囁かれたセリフを胸に秘め、やがて私はあの男のいる場所へと向かって行った。


 自分にとって初めての豪邸と言う事もあって、全然全く何処にどの部屋があるのかを把握できなかったが、あの男の部屋だけは3階に上がるとすぐに分かった。


 大きなドアがある部屋で、3階……いや、屋敷の何処よりも広そうな場所。すぐに私はドアをノックして中にいるシャイモンに声をかけると、部屋の中から男の声が返って来た。



「……しっ、失礼いたします」


 ドアを開けて中に入ると、広い部屋の向こうで揺りかごのように揺れる椅子に座って寛ぎながらワインを嗜んでいるシャイモンの姿が見えた。その男は、お酒を美味しそうに飲みながら私の姿を見て、とても厭らしく口元を吊り上げて、ねっとりとした笑みを浮かべながら言った。



「……おぉ~。かなり似合っておるなぁ。マリア……。ぐふふ……」



 私は、とても恥ずかしかった。こんな格好をさせられるなんて……思いもしなかったのだ。




 まるで、娼婦が着るような踊り子の衣装で、布の面積は大変少なく、谷間や足全部、お尻までくっきりと丸見えになっている。手足にヒラヒラついた薄っぺらい布も透明になっているため私の肌を何一つとして隠せていない。


 必要最低限というには、あまりにも布地の少なすぎる極薄の紐と少々の布で構成されたパンティーを履き、耳には今まで開けた事もなかったピアスの穴を開けられ、ルビー色の綺麗な小さなダイヤモンドのような形をした耳飾りをつけさせられ、首元につけられたチョーカーからエメラルドの色をした丸い宝玉のようなものを身に着け、手首にはブレスレット、足にも鎖の外れた足枷がつけられたままになっていた。




 人生の中で、こんな露出の激しい格好をした事なんてない。それに……耳に穴を開けられた事も一度もなかった。まるで、神を冒涜しているような気分。とても気持ち悪い。


 ――まだ、何もされていないのに……。


 すると、ドアの前でモジモジしていた私に、どっかりと椅子に座ったシャイモンが話しかけてきた。



「……ん~? どうしたのだ? さぁ、こっちにおいで。その綺麗な体をもっとワシに見せとくれ~」


 そのねっとりした声が私の耳に木霊して……不快感が加速する。今すぐ消えて、なくなりたい気分だ。しかし、こうなってしまえば私に逆らう権利などない。今の奴隷に落ちた私が……シャイモンの魔の手から逃れる事など絶対にできない。



「……失礼致します。シャイモン様」


 そうして、あの男の元へ行こうとしたその時だった。突如、シャイモンが首を横に振って告げてきた。



「違う違う。教育がなっとらんなぁ。良いか? 儂の事は……ご主人様か、旦那様と呼びなさい」


 彼が、目線で私に「さぁ言え」と合図をしてくる。私は……恥ずかしさと屈辱的な気持ちで心がいっぱいになった……。しかし、それでもこの男には今、逆らう事ができない。だから私は……思いを押し殺して告げた。




「……はい。ご主人様」


「ふむ。まぁ、良いだろう。本当は、旦那様と呼んでほしかったが……これも悪くない。なぁに、これからじっくり教え込めば良いしのぉ。さて、では早くこっちへ来るのだ。マリアよ」



「はい……。ご主人様」



 男の傍まで来ると、途端にシャイモンは私の手を力強く引っ張って来て、私の肩に手を伸ばし、抱き寄せるようにして膝の上に私を乗せた。彼の厭らしい手が……私の肩を優しく撫でて……もう片方の手では、太ももを舐めまわすように撫でていた。その手つきは、あまりに厭らしく、少しくすぐったさを感じたが、私は必死に笑う事を堪えた。すると、男は厭らしい目つきで私の体を見つめて言った。




「……ううむ。これは! なんと……素晴らしい。至上……いいや、極上。うむ、極上の女体。ううん……美しい。それに……この髪の毛の香り……何もかも全てが男をその気にさせるためだけにあるようだ。素晴らしい……」


 彼の厭らしい手つきがくすぐったくて、それでも何とか声を出さないように耐えていると、彼は更に告げてきた。


「……やはり、見込み通りだ。初めてお前を王都で見かけた時から……ずっとモノにしたかったのだ。にゅほほふ……このスケベな体……吸いつくような肉感。瑞々しい手触り。ワシだけの奴隷に落としてやったというのに……未だにまだ、髪の毛からシャンプーの良い香りがするのぉ。……いや、シャンプーだけではないか。2週間風呂に入れさせなかったのだ。お主の獣のような体臭、汗の匂い……若干、汗疹もできて汚らわしさも増した体……。どれを取っても素晴らしい! ……やはり聖職者を落とすのは……たまらないなぁ。お主は、もうワシだけのモノじゃ。」



 興奮するシャイモンの鼻息は、どんどん荒々しくなっていき……そして下半身の……お尻の辺りに当たっている物も……どんどん膨れ上がっているのが分かる。彼は、その荒い鼻息を私の耳に吹きかけながら囁くような声で告げた。



「……さぁ、それでは言って貰おうか? 2人だけの時間を過ごすために……さぁ」



 あの言葉か……。私の脳内で、例の言葉が浮かび上がって来る。……ここへ来る前に、この屋敷にいる先輩の奴隷から聞いたとあるセリフ。恥ずかしくて……口にも出したくないが、しかしこのシャイモンという男は、これを言わないと満足しないらしく……言わなかった者には、想像を絶する苦痛と共に拷問……。下手をすれば、殺されてしまうのだという……。



「……ん~? どうしたのかのぉ? 早く言わんと……どうなるか分かっておるよのぉ?」



 あのセリフを……あんなに恥ずかしいセリフを……聖職者として生まれてきた自分が生涯一生言うはずのなかったはずのセリフ。



 ――ただ、町の皆のために尽くしていただけなのに……。ただ、神を信じてこれまでの人生を歩んで来ただけなのに……。まるで、その全てが間違えだったかのような……裏切られたような気分だ。私は、ただ……。



「どうした? マリア? ……ん? ぐふふ……」


 突如、シャイモンの口元が厭らしく釣り上がって、彼は今までにない位ゲスな笑い声をあげて、告げるのだった。



「……良いのぉ。良いのぉ。……その顔。やはり、聖職者を落とすのは、格別じゃ! 神を信じる事しか能のない……私は、真面目に頑張って来たのにと……祈る事以外大して何もしてこなかったような低能娘が……地に落ちたその顔。その瞳……! たまらないなぁ。本当にたまらない。エキサイティングだ。心がエキサイトしてしまうよ。……お前は今、おそらく自分の過去を走馬灯のように思い出して、私は一体何がいけなかったのだろう……なんて振り返って、今更1人反省会を開いている所であろう?」



「え……?」


 当たっている。完全にその通りだった。すると、シャイモンは楽しそうな愉快な顔で告げてきた。



「……ほれなぁ。分かるのだよ。ワシは、今までお前のような真面目な聖職者を数多く落として来たのだから……どいつもこいつも、最初はそういう風に絶望して……仕方なくワシに体を預ける。しかし、現実の前には無力ッ! 愚かにも皆、目の前の快楽リアルからは逃れられず、最後はワシの女となるのだ」




 その時、私の脳裏に先程、この踊り子のような衣装を着せてくれた奴隷の女の人達の姿が思い浮かぶ。彼女達の首からは……確か十字架がつけられていたような……。まさか……!?



「気づいたか? 今更……。ワシはのぉ、元プリースト以外の女の奴隷は買わないのじゃ。今、屋敷で働いている女の奴隷も皆、ワシが根回しして……やっとの思いで奴隷に落とし、ここまで連れてきた者達じゃ。……いやぁ皆、落とすのが大変じゃった。ありとあらゆる手段や賄賂を使って奴隷商人達を巧みに操り、ワシの奴隷を勝ち取る。そして、落とした女どもを絶望させ、じっくりゆっくり落としていく。身も心も心酔させる。聖職者というのは、真面目な者が多くてのぉ……じゃから、一度落としてしまえば後は、もう止まらぬ。これまでの反動で欲望を貪り尽くすだけのメスに仕上がるのじゃよ」



「……そんな…………」



「うんうん! その顔と、その反応……。フェーズ2に移行したのぉ。ここからが、また楽しいのじゃよ。……さぁ、次のステップに行くためにも……あの言葉を言ってごらんなさい。もし、言わなければ……分かっておろう?」



 シャイモンは、椅子の下に隠していた自分の細く短い杖を取り出し、それを私の胸に思いっきり強く当てて、グリグリとほじくるように動かす。



「……ん//」


 つい、変な声が漏れてしまった私は、必死に心を落ち着かせようとした。だが、当然そんな事は不可能だ。目の前の男に逆らえば……殺されてしまう。この男は、仮にも大魔法使い。魔法の威力も絶大なはずだ。


 そして、私は……癒しの魔法を得意とするただの元・聖職者。しかも……私の魔力は、首につけているこのチョーカーのせいで封じ込まれており、シャイモン相手に反撃する事など一切できない。手足の力も……このチョーカーのせいで、弱められてしまっている。



 こんな状況では、もう選択肢は2つしかない。……ここで、生きるか。もう覚悟を決めて死ぬか。



 ――それが、私の……私の人生……。運命であったのね……。




 目を瞑り、これまでやって来た事を思い出す。毎日、神に祈りを捧げ、聖書を読み、助けを求める人々のために癒しの魔法を使い、悩みの相談に乗ったり、ちょっとした頼まれ事をしてみたり……善行は散々積んで来た。しかし、それでも……神は私に微笑まなかった。それならば私は……もう……。




 ――何もかもを捨てて、決心しかけたその時だった。




 突如、ドアが激しくノックされて外から赤い頭巾を被った魔法使いが1人、入って来てシャイモンに告げた。



「申し上げます! 侵入者です! 侵入者が現れました!」



 これからの楽しみを奪われたシャイモンは、物凄い怒った形相で魔法使いの事を睨み、怒気の混じった声で告げた。



「……何者だ! こんな夜中にワシの家を訪れるクソバカ者は!」



 すると、男は慌てた声で告げるのだった。



「……昼間の棺桶男です! あの男が今……こちらへ向かって来ています!」




「何ィィィィ!? 傭兵達は、どうした? 庭には、50人くらい見張りをつけているはずだぞ!」




「……そっ、それが……奴の持っている……ガトリング? という武器で一網打尽! 次々とこちらの魔法使い達が倒れて行っております!」



「ぬぁんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 その瞬間、シャイモンは強烈な怒りに、満ち満ちた顔で頭巾を被った魔法使いに告げた。



「……全軍を持って殺せ! 何としてでも……どんな手を使ってでも! あの棺桶男を……血祭にあげるのだ!」



「は!」


 たちまち、魔法使いはドアをバタンと閉めていなくなってしまった。ドアの外で彼が走っていく足音が聞こえる。


 シャイモンは、私の事を膝の上から下ろして立ち上がり、酒をグビっと飲み干した。……最早、私との行為の事など今更どうでもよいのだろう。彼は、怒りに満ちたドスの利いた声で告げた。




「……二度もワシに逆らった事、ワシの傭兵達を何度も殺しまくった事……それから、ワシの楽しみを奪った事! 後悔させてやる。絶対に許さん! 只では済まさんぞ! あの男ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

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