聖女マリア編③
「所で、1つだけ聞いても良いか?」
「え……?」
相変わらず窓の外の景色を眺めているジャンゴが、私に一瞬だけ視線を移してきて、目線で合図をしながら告げてくる。
「あそこに見える……あれは、一体なんだ?」
彼が、顎をクイっとあげて自分の見ている方角を指し示す。その方角は、町から少し離れた農村地帯を向いていた。麦やとうもろこしの畑がずっと続いている場所。そんな畑が広がる大地の元で必死に逃げている1人の男とその男の後ろで魔法の杖を振り上げている太った髭もじゃの男の姿があった。
髭もじゃ男は、杖を振り上げた状態で、身体中に流れる魔力を杖の先の一点に集中しながら、逃げている男に視線を向け、よーく狙いを定めていた。
私達がいる場所からかなり離れているにも関わらず、私の鼻にまで、あの髭もじゃ男の魔力の香りが届く。雷の香ばしい香りで、燃える炎の匂いにも近かった。
その髭もじゃの男は、頭の天辺は眩しく輝いており、光を反射する鏡の盾のようになっている。その周りを覆うように髪の毛を生やしていて、白くて顔からぴょこっとはみ出していた髭が特徴的なのと高級感のある黒いスーツを身に纏っていた。
私は、すぐにその高級感のある禿た男の事が誰であるかが分かったし、同時にこの男が今、何をしているのかも理解できた。
私が、ジャンゴに説明してあげようと思って口を開こうとすると、タイミング悪く彼は、更なる疑問を投げかけてくる。
「……あの逃げている男は、農民か? そして、あの黒いスーツの男は……。なぜ、農民に杖を向けて逃がしているんだ……あの男は?」
私は、一度めんどくさそうに溜息をついてからジャンゴに告げるのだった。
「……領主に税金を納めなかった農民は、あぁやって処刑されるの。あの黒いスーツの禿親父は……シャイモン。この町の領主で、ここの支配者よ。彼は、自分に利益をもたらさない者に対しては、ゲームと称して、あぁやって処刑するの」
「……ゲーム?」
「ええ。裏切り者達をわざと逃がして、それを魔法で狙撃するの。シャイモンは、雷の魔法を得意としていて、強力な雷の魔法をかなり遠くまで飛ばす事ができる。だから、ああやってわざと裏切り者を見せしめに逃がして殺すのよ。まぁ、裏切りと言っても大概、シャイモンの課している税金が重すぎて払えなかったか、または単に気に入らない態度をとられたとか、そんな感じなのが殆どなのだけどね」
あらかた説明を終えて、喉が渇いた私は、すぐにジャンゴの傍から離れて部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上のコップを手に取り水を飲み干した。
……牛乳をもう一本買っておくのだったと、ちょっとばかり後悔した事は心の中に止めておこう……。
──それにしても……こんな遠くのホテルの4階にいる私達にまで魔力の匂いが届いているだなんて……。あのシャイモンのハゲ親父は、魔法使いとして相当……。
すると、少し間を開けてから未だに窓の外を眺めているジャンゴは、告げた。
「……それなら、そのシャイモンとかいう男の傍で世話をしているあのヒデェ格好をした女達と一緒に撃たれた男の事を嘲笑ってる黒い服の男達は、何なんだ?」
「……あの男達は、シャイモンの部下達。まぁ、彼の兵隊よ。多額の給料を支払われた傭兵とでも言うべきかしら。女達の方は、おそらくシャイモンの奴隷ね。シャイモンは、大の女好きで特に奴隷階級の女に対しては、ありとあらゆる辱めを強要するとんでもないスケベ親父って噂よ。……ちなみにこれは、あくまで噂だけど……あのエロ親父、自分が気に入った女ならどんな身分であろうと奴隷の階級に落として自分の手籠めにしてしまうんですって。……まっ、実際にそんな例は、これまで全くなかったし、あくまで噂なんだけれどね……」
「……そうか」
ジャンゴは、それだけ告げるとすぐに手に持っていたコップをテーブルへ戻し、窓を閉めてベッドの上に置いた銃の装填されたベルトと床に置きっぱなしの棺桶を引きずりながらドアの方へ向かって歩き出した。
「……え? ちょっ? 何処に行くつもり?」
今にも外に出ようとしていたジャンゴに私がそう尋ねると彼は、無表情のままこう告げるのだった。
「……少し外を散歩したくなった。それだけだ」
フォルクエイヤの町は、西部の広い荒野をずっと進んだ先に存在する。この場所は、魔族領に近く、人類の歴史的にも最近、開拓された場所と言う事もあってまだまだ人の数は少なく、開拓は進んでおらず最低限、人々が生きている程度のお店と畑が少しばかり広がっている程度だった。
両サイドに木製の建物が並び、そして大きな道が一本通っている。町から離れた場所には、畑が広がっている。多くの者は、畑のある方に住んでおり、町へは仕事や飲食などの用事がある時にしか寄らない。
そんな建物が並ぶ中、散髪屋と洋服屋の間の少し広めの裏路地を進んだ先に先程、私達がいた奴隷市場があった。市場は、建物の影で怪しげに行われており、奴隷が並んでいるその場所だけが暗い。
外を散歩したいと言ってホテルから出たジャンゴは、再びこの奴隷市場のある通りを進もうとしていた……。
「……って、ちょっと待ちなさい! 貴方、どうしてまたあんな所へ……」
棺桶を引きずりながら歩くジャンゴの後ろを追いかけていくと、彼は一瞬だけ道の真ん中で立ち止まる。今度は、どうして突然立ち止まったりしたのかと彼に尋ねようとしたが、私もすぐにその訳を理解した。
私と彼の目の前、奴隷市場に向かう道の途中で1人の女奴隷を連れて歩いている太った金持ちの男、シャイモンが立っていた。
――いつの間に? さっきまでゲームをしていたはずなのに……。しかも、もう買い物を終わらせている……?
シャイモン爺さんが一緒に連れているその奴隷は、エメラルドの瞳とブロンドの美しい髪の毛が特徴的な美少女。
「……って、この子!?」
先程、ジャンゴがジーっと見ていたあの女の奴隷だ。彼女は、ボロ雑巾のような布切れを上から着ており、布の隙間から見える谷間が歩くたびにゆさゆさ……と揺れていた。
「……負けた」
またしても敗北感を感じてしまった。
そんな奴隷の彼女の首と足と手首には、錠のようなものがついており、首につけられたチョーカーから伸びている鋼の鎖を手に持って満足そうに微笑んでいるシャイモンが、私達を見つめて言ってきた。
「……なんだね? 君達は……。見ない者達だ。そこを退きなさい」
私は、そんな彼の言う事に従って今すぐに道を開けるどころか、この場から消え去ろうと思っていたが、隣に立っていたジャンゴの体は、いくら引っ張っても動かない。
「……ちょっと、貴方! 何やってるの!? 行くよ……」
小声で彼にそう告げるが、それでもジャンゴの大きな体は、全く動こうとしない。すると、そんな彼の様子に興味を示したのか、シャイモンが告げてくる。
「……ほう。ワシの言う事を聞かないとは……馬鹿なのか、それとも凄まじい度胸の持ち主なのか……」
シャイモンが怪しく瞳を輝かせてそう言うのに対してジャンゴは、表情1つ変えずに告げるのだった。
「……その女、買ったのか?」
すると、瞬く間にシャイモンの後ろに潜むように立っていた彼のボディガードの者達が路地裏の影から現れて杖を構えて牙を剥いた猛獣の如くジャンゴを睨みつけ始める。
「……貴様、シャイモンさんに向かってなんて口の利き方だ!」
ボディガードの1人が、怒った声でそう告げる。ジャンゴは、そんな彼らの登場に対して足を一歩後退させて、棺桶に結びついている縄を引っ張る素振りを見せた。
――やはり、棺桶の中に何か入っている……?
しかし、ジャンゴとボディガードの男達による一触即発の決闘は始まる事はなく、シャイモンのおじさんは、杖を向けているボディガードの1人の前に手を差し伸べて、止まるように視線で合図を送る。
「……ここに来たばかりの旅人なのじゃろう。下ろしなさい」
そう言うと、たちまちボディガード達は、杖を下ろして戦闘態勢を解いた。そして、女奴隷の首から伸びる太い鎖を引っ張ってジャンゴと私に自慢するかのようにシャイモンは、女奴隷を見せつけながら説明を始めた。
「……その通り。しかし、買ったというのは、少し違うのぉ。この奴隷は、前から目をつけていた代物でのぉ。北部で見かけた時からずっと予約をしておいたのじゃよ。じゃから、コイツは……言うなればここに来る前からずっと……わしのモノじゃったというわけだ」
「……!」
女の私には、すぐに理解できた。この女の奴隷が、間違いなく……この男の慰みモノとして……初めから予約されていた事を……。私の勘がすぐにそれを理解した。
奴隷の女の目からも涙が流れていた。
「……けて……」
「……!?」
ボソッと物凄く小さな声だったが、私には奴隷の女が私達に向かって確かに何かを言っていたような気がした。一体、彼女が何を私達に伝えようとしていたのか……それは分からないが、その表情は悲しみで染まり切っている。
「……分かったら、とっとと失せろ。屋敷に戻ってこの奴隷に仕事を覚えさせねばならんし……それにわしは、色々と忙しい」
流石のジャンゴもこれ以上は、まずいと思ったのか。彼は、棺桶を引きずりながらシャイモンに背を向けて立ち去ろうとした。私もそんな彼について行って一緒に立ち去ろうとしたが、私達がシャイモンから背を向けて歩き出したその時だった。私達の後ろからシャイモンの声が聞こえてきて、ジャンゴの棺桶をとても興味深そうに見つめて告げた。
「……その棺桶、泥まみれで汚れ切っておるが……なかなか高価な代物じゃのぉ。何処で入所した?」
シャイモンは、ジャンゴが引きずっていた棺桶を真っ直ぐに見つめながらそう言ってくる。彼のその一言にジャンゴの足は、一瞬だけ止まり……彼は金持ちのハゲに背を向けたまま告げた。
「……別に何処でもいいだろ」
ジャンゴの一言に流石のシャイモンも今回は、少しばかり怒った様子で、私がチラッと振り向いてみるとその太った顔に贅肉としわが真ん中に寄っていた。贅肉が寄っている分、余計に恐ろしさが倍増しているように思えた。
私は、さり気なく、ジャンゴの服の袖を引っ張って、もう行こうよと顔で伝える。しかし、シャイモンは話を続けてくる――。
「……その中には、何が入っておるのかな?」
「……俺だ」
「は?」
「……え?」
彼の一言には、流石の私も訳が分からず、声が漏れてしまった。それからジャンゴは、いい加減もう立ち去りたいと言わんばかりに、シャイモン達に背を向けて棺桶を引っ張っているのに、それを感じさせないくらい早くスタスタと歩き始めた。
しかし、ここまでのジャンゴの態度に、とうとう怒りを抑えきれなくなったシャイモンは、女奴隷の首輪から伸びている鎖をギュッと握りしめて、怒りに震えた声で告げた。
「……この穢れた下等王国民が……! わしを馬鹿にしよって……! その生意気な口を……二度と開かせないようにしてやる! グラウト!」
シャイモンが呼んだ人の名前に私は、覚えがあった。
――確か、シャイモンの傭兵の中でもかなりの実力者……。
「……って、ヤバイじゃない!」
危機を感じた私は、ジャンゴよりも先に逃げてしまおうと走り出したのだが、その時だった……!
「……イエス・ボス」
ちょうど路地裏の先の大通りに出る明るくなっている場所に何処からともなく謎の男達が集まって来た。彼らは皆、両の目の辺りのみ穴の開いた紅い頭巾のようなものを被って自分の顔を隠した姿で、手には大きな杖を持っていた。その数は、全てで30人程度。
「囲まれた! ジャンゴ……!」
隣にいたジャンゴも足を止めていた。私達が、前方に現れた紅い頭巾を被った恐ろしい見た目の者達を前に足を止めて立ち尽くしていると、今度は後ろからシャイモン達が歩いてきて、私達に告げてきた。
「……わしを怒らせた罰だ。この町で最も力のある人間が誰であるか……これで分かったじゃろ? 今なら……謝れば多少は許してやっても良い。……まぁ、ただし条件があるが……」
シャイモンの視線が、私に向いたのが分かった。あのハゲ親父は、私の短いパンツと黒く長い靴下の間から露出している生の太ももを凝視して、とても厭らしい視線を向けていた。
それだけで、あのハゲが言う条件というものが何であるかが何となく分かってしまった。
当然、嫌に決まっている。あんなハゲ親父に私の体を好き勝手にされる事など……私が今日まで守ってきたものが、こんなハゲに奪われるなんて嫌に決まっている。しかし――。
ここで言う事を聞かなかったら、私まで殺される。この赤い頭巾を被った男達の手に持っている杖は、両手で持たないと使えない位、かなり大きくて太い木製の杖。こんなので魔法なんか使われたらそれこそ私達2人とも……。
「……ねぇ、ジャンゴ! 謝ろう! こんな数の魔法使いを相手にしたら……流石に私達……」
こんな所で死んでたまらない。私には、まだやる事がある。そのために情報集めを始めたのに……私は、まだ何も出来てない。生きるためなら私は……。
しかし、既に降伏する覚悟を決めていた私に対してジャンゴは、特に何も言わないのだった……。
「……」
「ねぇ! ちょっと……何か答えてよ。2人とも死んじゃうかもしれないんだよ! 分かるでしょう! 杖っていうのは、大きければ大きいだけ魔法の威力も増すの! あんな両手で使う用の大きな杖で30人一斉に攻撃されたらそれこそ私達……」
「……」
「ねぇ! ジャンゴ!? ちょっと、聞いてるの!」
思わず命の危機に叫んでしまったが、しかし本当に今のこの状況はかなりまずい。私が得意な魔法は、心を読む魔法と潜伏の魔法。こんな数の男達に囲まれてしまったら潜伏なんてしてもすぐにバレてしまうし……それ以外に対抗できそうな魔法はない。
ジャンゴだって、リボルバー? という凄い武器は、持っているにしてもこの数を1人で相手する事なんて不可能だ。杖の大きさから察するに間違いなく1発でも魔法の攻撃を受けたら命の危機どころか、一瞬で消し炭と化す事だろう……。ジャンゴのリボルバーなんてちっこい鉄きれじゃ相手にならない。
なのに……どうして、この男はこんな状況だというのに冷静なの? ……どうして、ここまで冷静でいられるの……?
その時ふと、ジャンゴが引きずっていた棺桶の縄を手から離して、しゃがんでロックを解除し始めた。そんな様子を後ろで見ていたシャイモンは、高らかに笑い出し、大きな声で告げるのだった。
「……ハハハ! 自分が絶体絶命のピンチだというのを悟って、自ら棺桶の中に入ろうとしているのか! バカな奴だ! そんな事しなくともすぐにでもあの世へ送ってやるさ! 全員、杖を構えろ! 一斉に攻撃して奴の命を刈り取れ!」
「ジャンゴ!」
心配になった私が、つい大声で彼の名を叫ぶとその時だった。突如、棺桶を開け放った彼の口元がいやらしく釣り上がったのが分かった。
――ジャン……ゴ?
棺桶を開けたジャンゴは、自分の後ろに立つシャイモンの方に視線を向けたまま告げた。
「……悪いな。この町で最も力のある人間の座は、譲り受けるぜ。お前は、せいぜい2番で我慢しな」
我慢の限界に達したシャイモンは、唾を吐き散らしながら叫んだ。
「……殺せェェェェェェェェェ!」
その瞬間、一斉に開いた棺桶の後ろにしゃがんでいるジャンゴに向かって炎、雷、水流、突風、氷柱など様々な属性の魔法攻撃が大きな杖の先で形成されていき、それらが一斉にジャンゴの方へ襲い掛かろうとした刹那――。
「……シーフェ、伏せてろ」
その一言と共に、棺桶の中から何か大きな鉄の塊を取り出したジャンゴが、その鋭く伸びた蜂の巣のように丸い円状に360度穴の開いた巨大な武器(?)のようなものを両手に持ち、肩から下げると彼は、武器の真横についた手回しハンドルを豪快にグルグル回し始める。
途端に武器の突起した蜂の巣状になっている部分が大きく回転し、穴の中から何かが物凄い素早さで連続して発射されていく。
その様子は、まるで先程、酒場で見たリボルバーでの攻撃ととても似ており、彼の手回し式のおっきなリボルバー?(名前は今、適当につけた)の攻撃によって赤い頭巾を被った男達は、次々と撃ち抜かれていき、瞬く間に彼らの体を深紅の色に染め上げるのだった。
彼のその激しい嵐のような殺意の猛攻が、1人1人皆殺しにしていき……その連射攻撃に恐れをなしたシャイモンもびっくりした顔をして、ボディガードの男達に連れられて、女奴隷と一緒に路地裏の闇の中に逃げて行った。
ジャンゴは、一瞬にして目の前にいた敵の魔法使い達を一掃し、その全てが倒れたのを確認すると撃つのをようやくやめるのだった。
私達の周りに静けさが戻って来た頃、地面に伏してうるささのあまり耳を塞いでいた私が、ほんの少しだけ顔を上げる。すると、ジャンゴが棺桶の中に大きなリボルバーをしまおうとしているのが見えたので、私は彼に尋ねた。
「……そっ、それは一体……?」
「これは、手回し式のガトリング砲。俺のお手製だ」
「はっ、はぁ……」
何処からツッコめば良いのか、本当に分からなかった。しかし、このジャンゴという男……魔法使いを相手に一切、魔法を使わないでたった1人で戦って勝ってしまった。
――何より気になるのは、さっきの戦闘中も普段も……魔力を一切感じない所。今だって何の匂いもしないし、ホテルだって……ドアのロックは、私の魔力で解除させたし……。
「……いや、まさかね」
私は、考えるのをやめて立ち上がった。まさか……ジャンゴが魔法の使えない”クズ”であるわけ……ないか。
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