聖女マリア編③
「所で、1つだけ聞いても良いか?」
「え……?」
珍しく、今度はジャンゴの方から私に話しかけてきて、窓の外から見える1つの光景を指差した。
相変わらず着替え終わったにも関わらず、未だに全然こっちを見てこないジャンゴが、ようやく私に一瞬だけ視線を移してきて、目線で合図をしながら告げてくる。
「あそこに見える……あれは、一体なんだ?」
彼が、顎をクイっとあげて自分の見ている方角を指し示す。その方角は、町から少し離れた農村地帯を向いていた。麦やとうもろこしの畑がずっと続いている場所。そんな畑が広がる大地の元で必死に逃げている1人の男とその男の後ろで魔法の杖を振り上げている太った髭もじゃの男の姿があり、髭もじゃ男の後ろには沢山の黒いスーツを着た男達や目の部分だけが開いた赤い頭巾を被った男達、更にみすぼらしく肌を露出させた踊り子の衣装のようなものを着た女達が立っていた。
髭もじゃ男は、杖を振り上げた状態で、身体中に流れる魔力を杖の先の一点に集中しながら、逃げている男に視線を向け、よーく狙いを定めていた。畑を走り抜けて後ろを気にしながらも必死に逃げる男に髭もじゃの男は、虎視眈々と獲物を狙う虎の如く、睨みつけている。
髭もじゃの男も逃げている男も私達がいる場所からかなり離れている所にいるはずなのにも関わらず、私の鼻にまで、あの髭もじゃ男の魔力の香りが届く。雷の香ばしい香りで、燃える炎の匂いにも近かった。
その髭もじゃの男は、頭の天辺は眩しく輝いており、光を反射する鏡の盾のようになっている。その周りを覆うように髪の毛を生やしていて、白くて顔からぴょこっとはみ出していた髭が特徴的なのと高級感のある黒いスーツを身に纏っている。
私は、すぐにその高級感のある禿た男の事が誰であるかが分かったし、同時にこの男が今、何をしているのかも理解できた。
私が、ジャンゴに説明してあげようと思って口を開こうとすると、タイミング悪く彼は、更なる疑問を投げかけてくる。
「……あの逃げている男は、農民か? そして、あの太った男は……。なぜ、農民に杖を向けて逃がしているんだ……あれは?」
私は、一度めんどくさそうに溜息をついてからジャンゴに告げる事にした。
「……領主に税金を納めなかった農民は、あぁやって処刑されるの。あの黒いスーツの禿親父は……シャイモン。この町の領主で、ここの支配者よ。彼は、自分に利益をもたらさない者に対しては、ゲームと称して、あぁやって処刑するの」
「……ゲーム?」
「ええ。裏切り者達をわざと逃がして、それを魔法で狙撃するの。シャイモンは、雷の魔法を得意としていて、強力な雷の魔法をかなり遠くまで飛ばす事ができる。だから、ああやってわざと裏切り者を見せしめに逃がして殺すのよ。まぁ、裏切りと言っても大概、シャイモンの課している税金が重すぎて払えなかったか、または単に気に入らない態度をとられたとか、そんな感じのが殆どなんだけどね」
あらかた説明を終えて喉が渇いた私は、すぐにジャンゴの傍から離れて部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上のコップを手に取り水を飲み干した。
……牛乳をもう一本買っておくのだったと、ちょっとばかり後悔した事は心の中に止めておこう……。うん。……もっと、飲みたかった。私の見通しが甘かったわけだ。
──それにしても……こんな遠くのホテルの4階にいる私達にまで魔力の匂いが届いているだなんて……。あのシャイモンのハゲ親父は、魔法使いとして相当な実力を持っているのだろう……。普通は、遠く離れた人間の魔力の匂いなんて感じないものだ。
すると、少し間を開けてから未だに窓の外を眺めているジャンゴは、告げた。
「……それなら、そのシャイモンとかいう男の傍で世話をしているあのヒデェ格好をした女達と一緒に撃たれた男の事を嘲笑ってる黒い服の男達は、何なんだ?」
「……あの男達は、シャイモンの部下達。まぁ、彼の兵隊よ。多額の給料を支払われた傭兵とでも言うべきかしら。女達の方は、おそらくシャイモンの奴隷ね。シャイモンは、大の女好きで特に奴隷階級の女に対しては、ありとあらゆる辱めを強要するとんでもないスケベ親父って噂よ。……ちなみにこれは、あくまで噂だけど……あのエロ親父、自分が気に入った女ならどんな身分であろうと奴隷の階級に落として自分の手籠めにしてしまうんですって。……まっ、実際にそんな例は、これまで全くなかったし、流石にあり得ないとは思うんだけど……。まっ、あくまで噂ね」
「……」
ジャンゴは、何も言わなかった。彼は、口を閉じて黙ったまましばらく動かなかったが突如、ふと手に持っていたコップをテーブルへ戻し、窓を閉めてベッドの上に置いた銃の装填されたベルトと床に置きっぱなしの棺桶を引きずりながらドアの方へ向かって歩き出した。
「……え? ちょっ? 何処に行くつもり?」
今にも外に出ようとしていたジャンゴに私がそう尋ねると彼は、無表情のままこう告げるのだった。
「……少し外を散歩したくなった。それだけだ」
*
フォルクエイヤの町は、西部の広い荒野をずっと進んだ先に存在する。この場所は、魔族領に近く、人類の歴史的にもまだ新しい場所と言う事もあって、まだまだ人の数は少なく、開拓は進んでおらず最低限、人々が生きていける程度のお店と畑が少しばかり広がっているだけだった。
両サイドに木製の建物が並び、そして大きな道が一本通っている。町から離れた場所には、畑が広がっている。多くの者は、畑のある方に住んでおり、町へは仕事や飲食などの用事がある時にしか寄らない。そのため朝の出勤時間、昼のご飯時、夕方の退勤時間は町にも活気が戻るが、それ以外の時間となると人の数も少ない。
そんな建物が並ぶ中、散髪屋と洋服屋の間の少し広めの裏路地を進んだ先に先程、私達がいた奴隷市場があった。市場は、建物同士が両サイドに並ぶ暗い影の向こうで怪しげに行われており、奴隷が並んでいるその場所だけがにスポットライトが当たっているかの如く、太陽に照らされて明るくなっていた。
外を散歩したいと言ってホテルから出たジャンゴは、建物から出て行くと真っ直ぐにこの奴隷市場のある細い通りへ向かいだし、歩いて行っていた……。
「……って、ちょっと待ちなさい! 貴方、どうしてまたあんな所へ……」
彼の事がどうしても心配で、慌てて私も後ろから追いかけて、ホテルを出て来ていた。棺桶を引きずりながら歩いているのに想像以上にジャンゴの歩く速度は、早かった。
なかなか追いつけずに困っていた私だったが、しかし突如ジャンゴの足が止まった。私は、びっくりして大慌てで自分の足にブレーキをかけて、立ち止まった。
今度は、どうして突然立ち止まったりしたのかとジャンゴに文句を言ってやろうと思ったが、私もすぐにその訳を理解した。
私達の目の前の、奴隷市場に向かう道の途中で1人の女奴隷を連れて歩いている太った金持ちの男、シャイモンとその両サイドに彼の部下の黒いスーツを着た男2人が立っていた。
――さっきまでゲームをしていたはずなのに……。しかも、奴隷を買っている? 新しい奴隷? あれだけいるのに……まだ買うなんて流石は、噂通りのエロ親父だ。
シャイモン爺さんが一緒に連れているその奴隷は、エメラルドの瞳とブロンドの美しい髪の毛が特徴的な美少女。
「……って、この子!?」
彼女の大きな胸元を見た時、私は思い出した。なんと、シャイモンが買った奴隷というのは、先程ジャンゴがジーっと見ていたあの女の奴隷だったのだ。彼女は、ボロ雑巾のような布切れを上から着ており、布の隙間から見える谷間が歩くたびにゆさゆさ……と揺れていた。
「……負けた」
またしても敗北感を感じてしまった。……しかし、あの奴隷商人がこの子は、予約済みだと言っていたが、まさかこのエロ親父が既に買っていたとは……いや、しかし確かにエロ親父なら買って当然か。デカいし。
そんな奴隷の彼女の手首、足首とそれから首には、錠のようなものがついており、首につけられたチョーカーから伸びている鋼の鎖を手に持って満足そうに微笑んでいるシャイモンが、私達を見つめていた。彼は、まるでペットの犬を誕生日プレゼントに買ってもらった小さい子供のように大満足そうな表情を浮かべながら私たちに告げてきた。
「……なんだね? 君達は……。見ない者達だ。そこを退きなさい」
「あっ、すいません。シャイモン様。すぐに……」
私は、そんな彼の言う事に従って今すぐに道を開けるどころか、この場から消え去ろうと思って、隣に立っていたジャンゴの手を何度も引っ張った。しかし、いくら引っ張っても彼の体は、ビクとも動かない。まるで、そこに作られた石像みたいに動かず、立っているだけだった。
「……ちょっと、貴方! 何やってるの!? 行くよ……」
小声で彼にそう告げるが、それでもジャンゴの大きな体は、全く動こうとしない。すると、そんな彼の様子に興味を示したのか、シャイモンが自分の髭をいじりながら機嫌良さそうに告げてくる。
「……ほう。ワシの言う事を聞かないとは……命知らずの馬鹿なのか? ……それとも凄まじい度胸の持ち主なのか……」
シャイモンが怪しく瞳を輝かせてそう言うのに対してジャンゴは、表情1つ変えずに真っ直ぐエロ親父の目を見つめながら告げるのだった。
「……その女、買ったのか?」
彼の言葉の中には、少し棘のようなものを感じた。威嚇している感じにも聞こえる声だ。
――すると、瞬く間にシャイモンの後ろに潜むように立っていた彼のボディガードの者達が路地裏の影からさっと姿を現して、杖を構えて牙を剥いた猛獣の如くジャンゴを睨みつける。
「……貴様、シャイモンさんに向かってなんて口の利き方だ!」
ボディガードの1人が、怒った声でそう告げる。シャイモンの両サイドに立っていた2人のボディガードは今にも杖を引き抜いてジャンゴを殺してしまおうとベルトに装填された杖に手が触れかけていた。
そんな彼らの登場には、流石のジャンゴも少し気が引けたのか彼は、足を一歩後退させて、棺桶に結びついている縄を重たそうに腰を上げて、引っ張る素振りを見せた。
――やっぱり、あの棺桶の中に何か入っている……?
両者の目の色が変わり、お互いに目が離せない状況となった。いつ、撃ってくるかそれをお互いに無言で探り合いながら、ジャンゴとボディガードの男達による腹の探り合いが行われる。
しかし、そんな中でシャイモンのエロ親父は、杖に手を触れさせていたボディガードの1人の前に手を差し伸べて、止まるように視線で合図を送り、やがて首を横に振って少し優しさの感じる声で告げた。
「……ここに来たばかりの旅人なのじゃろう。下ろしなさい」
そう言うと、たちまちボディガード達は、杖を下ろして戦闘態勢を解いた。それを見たジャンゴも警戒を解き、両者は睨み合うのみとなった。
そして、女奴隷の首から伸びる太い鎖を引っ張りながらシャイモンは、ジャンゴと私に自慢するかのように女奴隷を自分の傍へまで引っ張って来て見せつけながら説明を始めた。
「……その通り。しかし、買ったというのは、少し違うのぉ。この奴隷は、前から目をつけていた代物でのぉ。北部で見かけた時からずっと欲しくて……。じゃから、予約をしておいたのじゃよ。つまり、コイツは……言うなればここに来る前からずっと……わしのモノじゃったというわけだ」
「……!」
女の私には、すぐに理解できた。この女の奴隷が、間違いなく……この男の慰みモノとして……初めから予約されていた事を……。初めからこの女奴隷は、コイツの元で働かされるべく、北部からこんな辺境の土地へまでやって来る事になった。だから、他の奴隷と違い、少し清潔感があり、見た目が美しく整えられていたのだろう。……このエロ親父が、“すぐに使えるように”。私の女の勘がすぐにそれを理解した。
奴隷の女の目からは、涙が流れていた。ぽろり……ぽろりと、彼女の悲し気な瞳から涙が零れ落ちる。
「……けて……」
「……!?」
私が彼女の美しく儚さを感じる涙に見惚れていた時、突然ボソッと物凄く小さな声だったが、奴隷の女が私達に向かって確かに何かを言っていたような気がした。一体、彼女が何を私達に伝えようとしていたのか……それは聞き取れなかったから分からないが、その表情は悲しみで染まり切っている。
「……分かったら、とっとと失せろ。屋敷に戻ってこの奴隷には、今日からたっぷり働かせるのだからな。たっくさん仕事を覚えさせねばならんし……それにわしは、色々と忙しいのでなぁ」
シャイモンは、少し威嚇するように怒鳴り声も織り交ぜた声でそう告げると、流石のジャンゴもこれ以上は、まずいと思ったのか。彼は、棺桶を引きずりながらシャイモンに背を向けて立ち去ろうとした。私もそんな彼について行って一緒に立ち去ろうとしたが、私達がシャイモンから背を向けて歩き出したその時だった。私達の後ろからシャイモンの声が聞こえてきて、ジャンゴの棺桶をとても興味深そうに見つめながら告げた。
「……その棺桶、泥まみれで汚れ切っておるし、値段もつかない位にボロボロじゃが……なかなか高価な代物じゃのぉ。何処で手に入れた? わしは、そういう貴重なものに目が無くてのぉ。教えてはくれんか?」
シャイモンは、ジャンゴが引きずっていた棺桶を真っ直ぐに見つめながらそう言ってくる。彼のその一言にジャンゴの足は、ピタリと止まる。それから、彼は金持ちのハゲに背を向けたまま告げた。
「……別に何処でもいいだろ」
ジャンゴの言い方は、少し雑だ。雑でぶっきらぼうな感じで、しかし言葉の端々に何処か寂しさのようなものを感じる喋り方のようにも聞こえた。
だが、今回の一言には、流石のシャイモンも少しばかり怒った様子だった。
私がチラッと振り向いてみると彼の顔は、その太った贅肉としわが真ん中に寄って化粧でもしたように肉の線が入っていた。余計に贅肉が寄っている分、少しばかり恐ろしさが倍増しているように思えた。
私は、さり気なく、ジャンゴの服の袖を引っ張って、もう行こうよと顔で伝える。相手は、金持ちの貴族だ。下手に喧嘩にでもなったらそれこそ私達もさっきのゲームで死んでいった農民達のようにされてしまうかもしれない。
しかし、シャイモンはもう一回、今度は怒気の混じった声で話を続けてくる――。
「……その中には、何が入っておるのかな?」
「……俺だ」
「は?」
「……え?」
この瞬間、シャイモンと彼の部下の男達、それから私は口を半開きにした状態でポカーンとジャンゴの事を見ていた。
流石の私も、今回ばかりは、彼が何を言っているのか訳が分からない。つい、声が漏れてしまった。
しかし、私達が固まっている中ジャンゴは、いい加減もう立ち去りたいと言わんばかりに、シャイモン達に背を向けて棺桶を引っ張っているのに、それを感じさせないくらい素早くスタスタと歩き始める。
しかし、そんな彼の後姿をジーっと睨みつけていたシャイモンは、いよいよ我慢の限界に達していた。ここまでのジャンゴの態度が、彼にとっては自分がコケにされたように感じたのだろう。……いや、まぁ私も同じ立場ならそう思っているだろうし。
とうとう怒りを抑えきれなくなったシャイモンは、女奴隷の首輪から伸びている鎖をギュッと握りしめて、怒りに震えた様子で告げた。
「……この穢れた下等王国民が……! わしを馬鹿にしよって……! その生意気な口を……二度と開かせないようにしてやる! ……グラウト!」
シャイモンは、怒りの声をあげて叫ぶ。彼が呼んだ「グラウト」という男の人の名前に私は、覚えがあった。
――確か、シャイモンの傭兵の中でもかなりの実力者……。この辺りでは、むしろ知らない人などいない位に有名な男の名前だ。
「……それって、結構ヤバイじゃない!」
危機を感じた私は、ジャンゴよりも先に逃げてしまおうと走り出したのだが、その時だった……!
「……イエス・ボス」
ちょうど路地裏の先の大通りに繋がっている道の先の明るくなっている場所に何処からともなく謎の男達が集まって来た。彼らは皆、両の目の辺りのみ穴の開いた紅い頭巾のようなものを被って自分の顔を隠した姿で、手には大きな杖を持っていた。その数は、全てで30人程度。
「囲まれた! ジャンゴ……!」
隣にいたジャンゴも足を止めていた。
――まずい……グラウトと言う男は、前にシャイモンの事を興味本位で調べていた時に資料を見た事がある。……元王国の騎士団で次期団長候補とも言われた程の剣聖にして、王国でも5本の指に入る程の魔法使いと一時期は、恐れられた程のとんでもない男だ。
そんなグラウト率いる紅い頭巾を被った恐ろしい見た目の者達を前に私達が、足を止めて立ち尽くしていると、今度は後ろからシャイモン達が歩いてきて、私とジャンゴに告げてきた。
「……わしを怒らせた罰だ。この町で最も力のある人間が誰であるか……これで分かったじゃろ? 今なら……謝れば多少は許してやっても良い。……まぁ、ただしそれにも条件があるが……」
シャイモンの視線が、私に向いたのが分かった。あのハゲ親父は、私の短いパンツと黒く長い靴下の間から露出している生の太ももを凝視して、とても厭らしい視線を向けているのが、私の女の勘ですぐに分かった。
これだけで、あのハゲが言う条件というものが何であるか……何となく察する事ができてしまった。
当然、嫌に決まっている。あんなハゲてて、デブなろくでもないエロ親父に私の体を好き勝手にされる事など……私が今日まで守ってきたものが、こんなハゲに奪われるなんて嫌に決まっている。しかし――。
もしも、ここで言う事を聞かなかったら最悪の場合、私まで巻き添えくらって殺される羽目になる。この赤い頭巾を被った男達の手に持っている杖は、両手で持たないと使えない位、かなり大きくて太い木製の杖。こんなので魔法なんか使われたらそれこそ私達2人とも……跡形もなく消し飛んでしまうに決まっている。
「……ねぇ、ジャンゴ! 謝ろう! こんな数の魔法使いを相手にしたら……流石に私達2人とも……」
こんな所で死んでたまるものか。私には、まだやる事がある。そのために情報集めを始めたのに……私は、まだ何も出来てない。何一つ為せてすらいない。生き残るためなら私は……今ここでどんな事もする。どんなに、はしたない事でもしてやる覚悟だ。
しかし、既に降伏する覚悟を決めていた私に対してジャンゴは、特に何も言わない。彼は、無言のままシャイモンと紅い頭巾を被った男達の事を威嚇するように睨みつけているだけだった。
「……」
「ねぇ! ちょっと……何か答えてよ。2人とも死んじゃうかもしれないんだよ! 分かるでしょう! 杖っていうのは、大きければ大きいだけ魔法の威力も増すの! あんな両手で使う用の大きな杖で30人一斉に攻撃されたらそれこそ私達……本当に終わりなんだよ! だから早く謝ろう!」
「……」
「ねぇ! ジャンゴ!? ……ちょっと、聞いてるの!」
思わず、自分の命の危機に叫んでしまった。しかし、本当に今のこの状況はかなりまずい。この数に前と後ろを挟み撃ちされてしまったら、誰だってどうする事もできない。
それに万が一戦うとなっても私が得意な魔法は、心を読む魔法と潜伏の魔法。こんな数の男達に囲まれてしまったら潜伏なんてしてもすぐにバレてしまうし……それ以外に対抗できそうな魔法はない。つまり、この場で私は、またしても戦力外だ。
ジャンゴだって、リボルバー? という凄い武器は、持っているにしても30人以上を1人で相手する事なんて不可能だ。杖の大きさから察するに間違いなく1発でも魔法の攻撃を受けたら命の危機どころか、一瞬で消し炭と化してしまうかもしれないというのに……。ジャンゴのリボルバーなんてちっこい鉄きれじゃ相手にならない!
なのに……どうしてこの男は、こんな状況だというのに冷静なの? ……どうして、ここまで冷静でいられるの……? もしかして、私を戦力としてカウントしている? いや、でもそうは見えない。そもそも彼の視界の中に私は入ってなさそうだもん……。だとしたら、どうして? ……まさか、本当にこの数を相手できるというの?
その時ふと、ジャンゴが引きずっていた棺桶の縄を手から離し、しゃがんで棺桶のロックを解除し始めた。そんな様子を後ろで見ていたシャイモンは、高らかに笑い出し、大きな声で大爆笑混じりに告げるのだった。
「……ハハハ! 自分が絶体絶命のピンチだというのを悟って、自ら棺桶の中に入ろうとしているのか! バカな奴だ! そんな事しなくともすぐにでもあの世へ送ってやるさ! 全員、杖を構えろ! 一斉に攻撃して奴の命を刈り取ってしまえ!」
「ジャンゴ!」
シャイモンが、部下達に命令すると途端に赤い頭巾を被った男達は、杖をジャンゴの方へ向け始める。心配になった私が、つい大声で彼の名を叫ぶとその時だった。突如、棺桶を開け放った彼の口元がいやらしく釣り上がったのが見えた。
――ジャン……ゴ?
棺桶を開けたジャンゴは、自分の後ろに立つシャイモンの方に視線を向け、そのままジーっと彼の事を睨みつけたまま告げた。
「……悪いな。この町で最も力のある人間の座は、譲り受けるぜ。お前は、せいぜい2番で我慢しな」
彼の舐めた態度にとうとう我慢の限界に達したシャイモンは、唾を吐き散らかしながら全身から溢れ出る「殺意」の感情のままに叫んだ。
「……殺せェェェェェェェェェ!」
その瞬間、赤い頭巾を被った魔法使い達が、一斉に杖の先で魔法陣を展開し、開いた棺桶の後ろにしゃがんでいるジャンゴに向かって炎、雷、水流、突風、氷柱など様々な属性の魔法攻撃を練り始める。彼らの魔法は、大きな杖の先で形成されていき、それらが一斉にジャンゴの方へ襲い掛かろうとした刹那――。
「……シーフェ、伏せてろ」
その一言と共に、棺桶の中から何か大きな鉄の塊を取り出したジャンゴが、その鋭く伸びた蜂の巣のように丸い円状に360度穴の開いた巨大な武器(?)のようなものを両手に持ち、肩から下げると彼は、武器の真横についた手回しハンドルを豪快にグルグル回し始める。
途端に武器の突起した蜂の巣状になっている部分が大きく回転し、穴の中から何かが物凄い素早さで連続して発射されていく。
その様子は、まるで先程、酒場で見たリボルバーでの攻撃ととてもよく似ており、彼の手回し式のおっきなリボルバー?(名前は今、適当につけた)の攻撃によって赤い頭巾を被った男達は、次々と撃ち抜かれていき、瞬く間に彼らの体から血を噴かせ、深紅の色に染め上げるのだった。
彼のその激しい嵐のような殺意の猛攻が、1人1人皆殺しにしていき……その連射攻撃に恐れをなしたシャイモンもびっくりした顔をして、ボディガードの男達に連れられて、女奴隷と一緒に路地裏の闇の中に逃げて行った。
ジャンゴは、一瞬にして目の前にいた敵の魔法使い達を一掃し、その全てが倒れたのを確認すると撃つのをやめるのだった。
それから、私達の周りに静けさが戻って来た頃、地面に伏してうるささのあまり耳を塞いでいた私が、ほんの少しだけ顔を上げる。すると、ジャンゴが棺桶の中に大きなリボルバーをしまおうとしているのが見えたので、私は彼に尋ねた。
「……終わり? ……って、そっそれは一体……?」
「これは、手回し式のガトリング砲。俺のお手製だ」
「はっ、はぁ……」
何処からツッコめば良いのか、本当に分からなかった。だが、とりあえず何とか苦難を乗り越える事はできたみたいだ。しかし、このジャンゴという男……魔法使いを相手に一切、魔法を使わないでたった1人で戦って勝ってしまった……。
――何より気になるのは、さっきの戦闘中も普段も……魔力を一切感じない所。今だって何の匂いもしないし、ホテルだって……ドアのロックは、私の魔力で解除させたし……。彼からは、何も匂わない。無味無臭。……それでいて、全く魔法を使わない。なのに、強い。強力な魔法使い達を相手に……凄まじいスピードで武器を使いこなす。カッコいいけど……。
魔力の匂いもしないし、感じないと言う事は、やっぱり……。
「……いや、まさかね」
私は、考えるのをやめて立ち上がった。まさか……ジャンゴが魔法の使えない”クズ”であるわけ……ないか。
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