聖女マリア編①
クリストロフ王国西部、魔族領に近いその場所には、1つの小さな町があった。木製の家や建物が縦一直線に並び、乾いた風が建物の間にできた大きな道を走り抜ける。広大に広がる荒野の果てに見えるその場所こそ、フォルクエイヤの町だった。
そんな西部の辺境にあるような町の中を私=シーフェは、知らない男性と2人で歩いていた。文字だけで見ると私が、まるで誘拐でもされたのかのような字面だが……そうではない。私は、今自分の隣を歩いているハットを被り、頬の切り傷と地面を引きずる棺桶が特徴的なその男の姿をチラッと見つめながら男にこの町について知っている事を説明してみせた。
「……ここは、今から30年位前にできた町らしいよ。まぁ、西部自体開拓が進みだしたのは、ここ数十年辺りの話なんだけどさ。魔族領に近い事もあってあんまり観光客とか旅人みたいな人は、来ないらしいんだけど……それでも元々住んでいる人がかなり長い事暮らしている事が多いみたいで経済的には、そこそこ回っている方らしいよ。実際、酒場以外にも散髪屋とか服とか色々店も充実してるしね」
そんな説明を私が、してあげていると隣を歩いていた濃い顔をした男性は、渋い顔を浮かべながら一言だけ告げてきた。
「……詳しいな。この町の観光ガイドなのか? それで、鍛冶屋は何処にあるんだ?」
「……あっ、ごめん。もうすぐ着くから待ってて」
私が困った顔を作ってその場を誤魔化しながら鍛冶屋のある方へ男を連れて歩いて行く。頬に切り傷を負ったその男が私の後を追いかけるように歩いて来る。
ついさっき、酒場の中で私は、ビリィの連中に絡まれていた。絶体絶命のピンチに駆けつけてくれたのが、今隣を歩いているこの謎の男で、彼の見た目は、私が最近新聞で読んでいたあの西部の伝説「血染めのサム」そのものだった。引きずっている棺桶は……ちょっとよく分からないが……。あの頬の傷は、新聞で見た通り。
しかし、男はサムではなかった。彼は、自分の事を「ジャンゴ」と名乗った。
西部では、よくある事で……結局、新聞に載るような人の顔なんて人ずてに噂として流れてきた情報を頼りに似顔絵が描かれるわけなので、実際のその人に会ってみると全然違うなんて事は、よくある事だった。
私も、いつぞやに依頼をしに来た男の顔が手配書にある屈強な体をした若い男ではなく、全然違うひょろひょろのお爺ちゃんで、呆然としてしまった事がある。
おそらく「血染めのサム」が事件を起こした町にたまたま居合わせてしまって、それであまりに特徴的な見た目をしていたからコイツがサムだ! と勝手に酷いレッテルを貼られたのだろう。可哀そうに。
まぁ、しかし棺桶なんか引きずっているから目立つのだろう。
――それに……このジャンゴという男……どうしてだか、魔力を感じない。普通の人なら誰しも持っているはずの魔力を彼から全く感じない。先程の戦いの時も魔力を使った感じはしなかった。普通は皆「人」であれば、魔力を持ち、それが匂いや雰囲気の中に現れるもので……魔力のない人間は「クズ」と呼ばれ、この世界では奴隷として扱われる。
この男が目立ってしまうのは、そう言った「魔力を感じない」という部分も含めてなのだろう。悲しい話だ。
――まぁ、そんな事は今は、どうでも良くて、それよりも……。
私は、このジャンゴという男にさっき助けてもらったお礼を返す事になった。何ともこのジャンゴ、フォルクエイヤは初めてという事で町を案内して欲しいのと、先程の戦いで使ったミニボウガンの弓が切れてしまったので、魔法が使える鍛冶屋に寄りたいとの事。そのためにこの町について詳しく知っている情報屋の私が案内をしているのだ。
「……ところで、あなたのその腰に収納されているその……ミニボウガン? 変わった形の杖? は、一体何なの?」
すると、男はちょうどポケットから煙草を1つ取り出して今から吸おうとしていたみたいで、少し迷惑そうな顔をしながら、やれやれといった様子で説明してくれた。
「……これは、リボルバーだ」
「リボルバー?」
「……俺がいた故郷で使われていた武器さ」
「……?」
リボルバー……。そんな武器は聞いた事がない。一応、クリストロフ以外の海を越えた大陸の情報というのも少しだけ漁っていた事があるが……そう言った武器の情報は、今まで1つも入所した事はない。
本当に……不思議な形状をしている。
しかしジャンゴは、そう告げるとそれ以上はもう何も言わず、マッチに火をつけて煙草を吸い始めた。そんな男の姿を後ろ目に見ながら私は、歩き続けた。
そして、数分もしないうちに私達は、鍛冶屋に到着した。
店の中に入ると、そこには様々な剣や槍、ハンマーなどの鈍器や魔法の杖が飾られてあった。お店の奥では、鍛冶屋の店主が剣を打っている。
「……最近は、随分と物騒な世の中になったもんだ。棺桶なんか持ち歩く奴がうちの店に来るとは……。誰を殺った?」
少し毒舌気味にそう言いながら鍛冶屋の職人である5、60歳くらいの見た目をした白髪の男は、真剣に仕事に熱中していた。そんな彼の姿を私が眺めていると隣に立っていたジャンゴがゆっくりと店主に近づいて行き、話しかける。
「この町1の腕を持つ鍛冶屋は、アンタか?」
すると、一定のペースで剣を打っていた鍛冶屋の男がムッとした表情になって告げる。
「そうじゃなかったら?」
しかし、男は店主の様子を全く気にする事もなく平然と話の続きを言った。
「……コイツに装填する弾丸をいくつか作って欲しいんだ」
ジャンゴは、ポケットの中から金属でできた先の尖った金色の小さな鉄の塊を3つ取り出し、それを鍛冶屋の男に見せた。
鍛冶屋の白髪の男が、ジャンゴからその鉄の塊を受け取るや否やマジマジと見つめて……。
「なんだこりゃ? こんなもん、初めてみるぞ?」
「……弾丸だ。俺のいた故郷で使われていた武器の一種だ。ところで……モノの中身を見る魔法は、使えるかい?」
「……透視魔法の事か? バカにしてるのか? 俺は、この道50年以上の鍛冶屋だぞ。確かに作る時にゃ、錬成魔法は使わないって掟が、我が家にはあるが……透視魔法くらい使える」
「……では、作れそうか?」
「……まぁ、初めてみるもんだから多少時間はかかるだろうが……同じ形のものは、できると思うぞ」
「ありがとう。……それじゃあ、また後で来る事にするよ」
ジャンゴは、そう告げて店を出て行った。私も後から彼を追いかけるようにして鍛冶屋から出て行き、先を歩くジャンゴの元まで走って行った。
「ちょっと待って!」
走りながらジャンゴを呼ぶと彼は、こちらを振り向き様に少し呆れた様子で告げてきた。
「……なんだ? いたのか?」
今のは、少しカチンときた。
「……いたのか? じゃないよ。元々、鍛冶屋に連れて行くのもこの町を案内しろって言ってきたのも貴方でしょうが……」
問い詰める感じで強く言ってみたのだが……このジャンゴという男は、特に気にする素振りもないまま……表情1つ変えずに告げるのだった。
「……そうだったな」
まるで、何にも興味がないみたいだ。町を案内する人も私じゃなくても別に良いって感じだ。最初から他人に対してそこまで興味がないって感じ。
でも、なんだかそれだと鍛冶屋までの道のりの中で私が、生真面目に解説し、案内した事がまるで全て無駄にされたみたいで……なんだかちょっと……余計にイライラする。
私は、心の奥底から燃え始めた怒りの炎をグッと抑えて、作り笑顔を絶やさずにジャンゴの目を見て話した。
「……そういうわけだし、とりあえず町もあらかた案内し終わったから……今日の宿とかって……」
と、言いかけたその時、ジャンゴの視線がゆっくりと右にズレていくのが分かった。彼の顔の向きが完全に右を向いた頃、私も彼の見ている方にあるものが何であるかが気になって、ジャンゴと同じ方角を見つめた。
すると、そこには薄汚い馬車の中から首輪や足枷をつけた様々な年齢の男女が、素っ裸の状態で歩かされている様子があった。
彼らが歩いている列の隣では、大きな鞭を手に持って地面に何度も打ち付けている商人の男の姿があり、足枷をつけた者達に向かって罵声を浴びせていた。
「……あれは、なんだ?」
ジャンゴが、そう問いかけるのを聞いて私は、一瞬戸惑いながらも言葉にした。
「……見れば分かるでしょ? 奴隷よ。この世界じゃよく見る光景じゃない。魔力を持たない最下層の人間。おおよそ、人として本来生まれてきてはならないはずの存在」
「……なぜ、こんな所に……?」
「決まってるでしょ? 今日は、奴隷の定期販売日。定期的にあぁやって奴隷商人が奴隷を売りに来るのよ。この町だって一応、人界領なんだから当然でしょう?」
「そうか……」
ジャンゴの顔は、この時彼自身の濃い影と重なってよく見えなかった。しかし、その顔は明らかに下を向いており、角度からどちらかというとマイナスの印象を受けた。
しかし、少しするとジャンゴの足が動いた。彼は、奴隷商人達のいる方へと向かっていたのだった。その突然の方向転換に私は、慌てて彼の後を追いかけようとする。
「ちょっと、何処に行こうとするの! 貴方、まさか奴隷を買うつもりじゃないでしょうね?」
「まさか……。ただ少し気になっただけだ」
奴隷商人達のいる場所。そこには、ずらっと横一列に陳列された足枷をつけた奴隷たちが並んでいる。彼ら彼女らの表情と目は完全に死んでいる魚のそれだ。
しかも全身の至る所に傷がつけられており、体臭も酷い。奴隷なのだから当然ではあろうが、おそらくもうかなり長い事お風呂にも入っていないのだろう。
そんな奴隷たちの傍までやって来たジャンゴが、そこに並んでいる奴隷たちを1人1人見つめる。
「……」
「何やってるのさ? こんな所、早く……」
「まぁ、良いだろう? 鍛冶屋が弾丸を完成させるまで時間はたっぷりあるのだから……」
ジャンゴは、私の注意など聞こうともせず、ただ真剣に奴隷を1人1人見つめるだけだった。彼の興味をそこまで引き付けるものが、この奴隷たちに果たしてあるのだろうか……その答えを私は、到底理解できなかった。
と、その時私達の元に1人の奴隷商人が近づいて来て、ジャンゴに告げた。
「……えーっと、お客様。その……ユニークな箱でございますね。ハハハ……」
奴隷商人、物凄く困った顔してるよ……。そりゃあ、自分のお店を尋ねてきたお客さんが棺桶引きずってたら……まぁ、そりゃあドン引きだよねぇ……。
商人に少し同情しつつ、私は市場の辺りを適当にキョロキョロ見渡していると、ジャンゴと商人は、気を取り直してビジネストークを始めるのだった。
「いっ、いかがでしょう? 私どもの扱う品物の数々……。どうか、ごゆっくり見ていってください。……ちなみにお客様は、本日……お買い物にお越しくださったのですか?」
「いいや。……少し興味があっただけだ」
「ほほ~、これはこれは……。でしたら……」
そう言うと奴隷商人は、とても嬉しそうにしながら、並んでいる奴隷達の中から1人、背が高い強靭な肉体をした男性の奴隷を連れて来て、それを私達に見せてきた。
「……こちらは、どうでしょうか? 名前は、D-693。通称、ダニエル。これは現在、私どものおすすめ商品となっております。前は、王都に住む厳しいマダムの家に仕えておりまして、その時に掃除、洗濯などの家事雑用全般は叩き込まれておりますし、奴隷デスマッチの出場経験もございます。いかがでしょう?」
商人は、営業スマイルを一ミリも崩す事なく丁寧な接客でジャンゴにそう告げる。しかし、彼は商人が持ってきた奴隷とは全く違う場所を指さし、商人に告げた。
「……あの子は、どうだ?」
商人が、ジャンゴの指さす方向にいる奴隷を発見するや否や彼は、感心したような顔でジャンゴに言った。
「……ほほ~、あれを選ぶとは……お客さまもお目が高い。あちらは最近、王都から入荷した奴隷でございまして……名は、D-1945。通称、マリア。これといって何かができるというわけではございませんが……まぁ、確かに……我々のような男にとって、それは問題外かもしれませんね」
ジャンゴと商人の見ている先には、女の奴隷が立っていた。しかも若い。歳は、私と同じ位か、それより少し上といった所だろうか。白くスベスベした肌と青く美しい瞳を持ち、綺麗なブロンドの髪の毛を下ろしている。何より、真っ裸だからこそよく分かるが程よく肉のついた体をしており、同じ女である私でさえも若干、エロスを感じてしまう程、官能的な容姿をしていた。
ハリと弾力の両方を併せ持っているであろう顔より大きな2つの胸。前から見ていてもはっきりと分かる後ろに隠したもう一つの顔より大きな尻。そして、両足を内股にする事で両サイドからギュッと押し潰されるむっちりと肉のついた太もも。
――負けた……。と、奴隷に対して思ったのは、人生で初めてだった。しかし、それほどにこのマリアという奴隷の容姿は、同じ女である私にとっても凄いと思った。
「……」
私は、ジャンゴ達に気付かれないようにチラッと自分の胸元を確認し、そして溜め息をついた。
――負けた……。
商人の言う通り、世の男性が喜びそうなものを3つ取り揃えた欲張りハッピーセットであるにも関わらず、そこに大きな胸からは想像もできないくらい胸元から腰にかけての美しい曲線の描かれたくびれと、か弱さを感じる細い腕、小さな肩。そして、幼さをも感じ取れる少女の顔。したたる汗が余計にその極上の女体の素晴らしさを掻き立てる。
同じ女である自分でさえ、極上の女体というものを本能的に感じ取れてしまう程に美しいその容姿に私までも一瞬、目を奪われそうになった。
気が付くとジャンゴは、その彼女のすぐ傍まで近づいて行っており、彼女の体の隅々を見渡していた。彼の隣には、商人が立っており、彼に色々話をしていた。
「……とても魅力的な商品であると私も思うのですが、残念ながらこちらの商品は……既に予約が入っておりまして……」
と、そんな内容の話を商人がしている横から私は、ジャンゴに近づき、彼の手を引っ張り、奴隷市場から彼を引き離そうとした。
「……ほら。もう行こう。あんまり、こんな所にいても……気分が悪くなるだけだし……」
良い気分のしなかった私は、そう言ってジャンゴの手を引っ張り、迅速に且つ、ちょっと強引に大通りに戻ろうとした。その際に、奴隷のマリアの事を改めて一瞬だけ近くで目にした。
――他の奴隷と違って臭いがきつくない。しかも、何処か……清潔感があるというか……。
そんな違和感を覚えながらも私は、ジャンゴの手を引っ張って奴隷市場から離れて行った。
この時、私=シーフェは、ジャンゴが例の奴隷少女マリアからこっそり何か言われていた事に全く気付きもしなかった。
マリアは、ジャンゴが私に引っ張られて立ち去ろうとする直前、ジャンゴの耳元まで首を伸ばして、小声で囁いていたのだ。
「……助けて」
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