血染めのサム編

 クリストロフ王国西部。そこは、まだ人の手で開拓されきっていない無法地帯であった。元々、このクリストロフ王国は別の土地に住んでいた移民達によって作られた国であり、先住民である魔族と領地を巡る激しい戦いを繰り広げていった果てに現在の広大な土地を手にした歴史を持つ。

 クリストロフ王家は、元々クリストロフ王国があるこのクリストロ大陸よりもっと東側の大陸の果てにある小国の王家。しかし、人間同士の戦争の果てに滅亡の危機に瀕し、大昔にこの大陸に辿り着き、ここを新たな拠点として新生クリストロフ王国を建国した。当時の王達が大変有能であったがために瞬く間に先住民である魔族達から土地を奪う事に成功し、現在ではとうとうこの大陸の土地の半分以上を手にするに至っている。

 しかし、いくら土地は広くとも開発は、一部の北部、東部のみしか進んでおらず、南部では未だ都市化の流れは来ておらず、農業地帯が広がっており、また西部はそもそも土地を手にしたものの未開の土地とされ、辺り一面が砂漠となっていた。現在では無法者や出稼ぎに来た者達で溢れかえっていた。何とも西部では、貴重な魔法石である「オリハルコン」が手に入るらしく、それを求めて人々は「クリストロフドリーム」を掴むために西部へやって来るのだった。


 この西部では、日差しが強く気温も高い、そして何より乾燥しているため多くの人々は、帽子を被る。勿論被らない者も多いが、男性の場合はほとんどが帽子を被り、服装も王都に住む人々に比べて貧困であるが故に少し汚い。また、これは男性でも女性でもそうだが、多くの者は、いつでもすぐに杖や魔法剣などを抜く事ができるように腰に杖を収納するベルトを巻いている。


 クリストロフ王国では、大昔から”決闘”の文化が存在し、これは魔法の早撃ちによって勝敗を決める。どちらが先に腰に差した杖を引き抜き、魔法を撃つ事でができるか、それによって勝敗を決め、勝った者の要求を叶えるのだ。法による整備がまだ敷かれ切っていない未開の地、西部において力で相手を屈服させる決闘の文化と杖を常に携帯して、いざという時に備える事は、理にかなっていると言えた。


 そんな時代に……クリストロフ王国西部の小さな町、フォルクエイヤでは今日も無法者達が酒場に押し寄せて酒やギャンブルに明け暮れていた。



 荒くれ者達が昼の時間から酒を浴びるように飲み、店で働く女達と賑やかに楽しむ。まさに酒池肉林の四文字がぴったりな光景。その様子が広がっている酒場の真ん中から少し離れたカウンター席に1人の少女が座っていた。


 彼女は、短い銀髪が特徴的で身長は小さめ、更にその顔もまだ幼く歳は、たったの14歳くらい。幼い少女の見た目をしていたが、しかし大きなジョッキを手に持ち、中に入った真っ白いミルクを豪快に飲み干しながら足を組んで新聞を読んでいた。その自信たっぷりの飲みっぷり、飲んでいる時の貫禄ときたらそこいらの中年男にも引けをとらないくらいのものだ。ジョッキから口を離して、少女は「ぶはぁ!」と息を吐き捨てると豪快にゲップをかます。


 年頃の少女なら誰だって恥ずかしがるような事を平然とやり遂げ、自信たっぷりにミルクを酒のように呷るその姿に店の店主は、拭いていたグラスを1つ落として割ってしまった。それに気づいた少女は、親切心からマスターに告げる。


「……? 落としたよ? 拾いなよ」

 店主は、慌てて割れたグラスの破片を拾って掃除をした。彼が箒とちりとりでささっと手際よく掃除をし終えると、カウンター席に座って新聞を読んでいた少女は、ジョッキに入ったミルクを全て飲み終えて店主におかわりの注文をした。


 すぐに彼女の為にミルクを入れてあげると少女は一言だけ「サンキュー」と軽く返してそのまま新聞を黙読する。


 彼女の事がどうにも気になって仕方のなかった店主は、試しに声をかけてみる事にした。



「……嬢ちゃん? 新聞はよく読むのかい? この辺だと珍しいよ。文字が読める人っていうのは」


 すると、ミルクを飲んでいた少女の視線がマスターに向き、彼女はグラスから口を離すと口を開いた。


「……まぁ、仕事だからね。羊飼いが、羊の飼いならし方を知っているのと同じようなものよ」


「新聞を読む事が仕事って……アンタ、一体何者さね?」


「……おじちゃん。ボケたフリはなしね。一度しか言わないから……」


 少女は店主に顔を近づけて小声で告げた。


「私、情報屋よ。シーフェって言うの。その世界ではそこそこ名の知れた情報屋なのよ」


 店主は、その名を当然知っていた。彼もまたこの西部で酒場を営む人間だ。同時に様々な情報を扱い、それを裏の商売にもしている。シーフェという名の情報屋は、最近この辺りで有名な情報屋だ。


 彼女の商売の最大の売りは、その圧倒的報酬の安さにある。なんと、ミルク5杯分の金かミルク5杯で情報提供をするという破格の安さだ。




 ただし、彼女にとって気が乗る仕事内容かによって受けるかどうかを判断するという気まぐれさがあり、そこが厄介な所でもあった。



 そんな少女を目の前にして店主は自分の口元に生えた白い髭を触りながらあたふたした様子で告げた。



「……そっ、それでその……嬢ちゃんは何を読んでいるんだね? ワシは、文字は読めなくてね。少し喋って貰えると嬉しいんじゃが……」



 銀髪の少女シーフェは、最初こそめんどくさそうな様子でいたが、すぐに新聞を持ち直してざっくり目を通した新聞の一面を彼に見せながら告げた。


「……今、西部で流行りのこの男の事よ。正体不明で誰もその姿を見た者はいないって呼ばれてる西部の亡霊。頬に一筋の切り傷を負った謎の男。その名も……血染めのブラッディ―サム。おじちゃんも名前くらいは知っているでしょう? 彼、またとある銀行強盗団を壊滅させたみたいなの。それも1人で……」


 シーフェの顔は、新聞の一面を飾っている血染めのサムへの愛情にも似た憧れと尊敬の念でいっぱいになっていた。頬を赤く染め、瞳の奥を輝かせている。まるで、ヒーローに憧れる少年のような……はたまた、白馬の王子様に憧れる幼い少女のような顔だった。


 カウンターの向こうでグラスを拭きながらシーフェの話を聞いていた店主は表向きは、やれやれと呆れた様子だったが、内心ではこの少女の年相応な部分を見れた気がしてホッとしていた。


「……それにしても、血染めのサムかぁ……。奴め、もしかして今はこの辺りに……」


「……ん? どしたの? おじちゃん?」



「いっ、いやぁ! 何でもないよ」


 店主は、慌ててグラスを拭く事に集中し始めて、わざとシーフェから視線を逸らした。



 ……と、2人が話を終えてそれぞれの仕事に戻りかけたその時だった。シーフェの後ろから1人の男が彼女に話しかけてきた。


「……おい! シーフェ。こんな所にいやがったか」


 彼女が新聞を手に持った状態で後ろを振り返って見るとそこには、後ろに4人の男達を引き連れた髭もじゃのカウボーイハットを被った西部劇のガンマン風の格好をした男が立っていた。彼は、シーフェと目が合うと口元をいやらしく吊り上げた。



「……アンタ達。こんな所まで……」


 シーフェの掌の中が一気にぶわっと汗まみれになった。少女は、目を合わせるとすぐに視線を新聞に戻して逸らした。すると、男は彼女の傍へ近づいて行って話しかけ続けるのだった。


「……おいおい。冷てぇじゃねぇか。前の町で一緒に飲んだ中だろう?」



「ふん……。言っておくけど、アンタ達の仕事なんて受けやしないよ。どうせまた、金がお望みだろうけどね。私は、何も知らないよ!」


 シーフェは、全力で拒否をして顔を背けるようにして新聞をジーっと見つめていたが、彼らは話を止めるどころか、しつこく彼女に付き纏い続けた。髭もじゃの男が告げる。


「つれねぇな。別に良いじゃねぇか。この世界は、金持ってる奴が、過剰に持ちすぎてんだよ。少しくらい俺が取りに行ったって問題はねぇはずだぜ? だって、金は皆のもんだ」



「……ふん。アンタ達のその義賊を気取ってる感じが気に入らないね。だいたい、一緒に飲んだとか言っているけど、私は、別にアンタ達に何の借りもないんだ。付き纏わないでちょうだい」


 シーフェは、そう言って彼らを拒絶する。


 彼女とこの髭もじゃ男達は、フォルクエイヤに来る前にたまたま別の町で一緒だった。その時、男達は彼女に町一番の金持ちの家に潜入するために屋敷の中についてや、抜け道についてなどを聞き出そうとした。


 しかし、いくら情報屋であっても自分自身が乗り切れない依頼は、受けないとしているシーフェは、彼らの依頼に来た時の態度や義賊ぶっている所が気に入らず、依頼を拒否した。そのため、彼らに飲みに誘われてミルクをご馳走になったが、その分のお金も後から彼女は自分で支払っていた。


 シーフェにとっては、既に終わったはずの彼らとの関係だったが、以後目をつけられるようになり、前の町を逃げてきても……今ここに再び彼らは出会ってしまったのだった。


 髭もじゃの男は、シーフェに告げた。



「……そうかよ。テメェが、そこまでして俺達を拒絶しようとするのなら仕方ねぇな。せっかく、今度の依頼では……テメェに ミルクを20杯恵んでやろうと思ったのによ」


 ――この瞬間、シーフェの目の色が変わった。彼女は、肉を与えられた腹ペコの犬の如く物凄い勢いで話に食いついた。



「……ミルク20杯!? ちょっと待ちなさい! その話、もう少し聞かせなさいよ」


「……あぁ? 付き纏って欲しくないんだろう?」


「ミルク20杯なら別よ。言いなさい」


 彼女は、瞳を輝かせて、まるで金に目のくらんだ人のように全身から自分の欲望を垂れ流した状態で告げるのだった。すると、そんな彼女の様子を見て男は、口元をいやらしく吊り上げてから説明を始めた。


「……へっ、まぁいいぜ。依頼内容は……簡単だ。前と同じ。この町で一番の金持ち……シャイモンとかいうジジイの家にある金庫の鍵の開け方と家の中の地図だ。報酬は、ミルク20杯。……いや、調子が良けりゃそれ以上かもな」


 髭もじゃ男が、そう言うと彼は自分の後ろに立っている4人の男達と更に後ろに座っている無法者の男達に視線を向けてお互いに笑いあった。



 すると、シーフェは少し悩んだ様子で腕を組み気難しい表情をしていた……。しかし、やはりミルク20杯の誘惑には勝てなかったのか彼女は、零れ落ちそうな頬っぺたを両手で抑えながら蕩けそうな顔で髭もじゃ男に告げた。



「……うっ、うーん。依頼内容は相変わらずって感じだし、アンタ達の事はぁ、やっぱ嫌いだけどぉ~……まっ、まぁ、でもミルク20杯なら……。ねぇ、本当にミルク20杯もくれるのよね?」


 すると、シーフェの質問に対して髭もじゃ男は、再び後ろに立っている4人の男達と周りで座っている男達に視線を移して厭らしく笑いながら告げるのだった。


「……あぁ、くれてやるぜ。俺達のミルクを……たっぷりとなぁ」


 そのとても厭らしい視線。まるで、シーフェの全身を舐めまわすような背筋がゾッと凍り付くような狂気的な視線。股の辺りをむず痒そうに気にした様子。彼女は、そんな彼らの怪しい様子に何か違和感を感じる。



 しばらくして彼女は、髭もじゃ男が言っていた言葉の意味について、ふと考えだして……後ろに座っている男達も合わせて髭もじゃ男の仲間らしき者達の数を数えてみると……その数は、ちょうど20人。


 シーフェは、そこでようやく彼らの20杯のミルクの意味について理解したのだった。


「……アンタ達、まさか……!?」


 彼女が睨みつけるのを髭もじゃ男達は、ただニヤニヤと笑い続けるだけだった。その様子にとうとうシーフェの我慢は限界に達した。




「……ふざけるな! 私の前でミルクを侮辱しやがって……テメェらの依頼なんて絶対に受けない! いや、ぶっ殺してやるんだから!」


 シーフェの瞳の中は、殺意に満ち溢れており、今にも彼ら全員を根絶やしにしてやろうという男勝りどころか悪魔をも恐れてしまいそうな意志を感じたが、しかしすぐにシーフェの両手は、髭もじゃ男とその仲間達の力によってねじ伏せられるように両手を掴まれ、体を後ろから抱き上げられて身動きをとれなくさせられていた。



「いつの間に後ろに……」


 驚く彼女に髭もじゃ男は、冷たい刃で突き刺すような鋭く差し込むような声で静かに告げた。


「いい加減にしろよ。シーフェ。そうやって……何回俺達との約束を破るつもりなんだよ? あぁ? お前、俺達のミルク20杯でも満更じゃなさそうだったじゃねぇか……。突然、ころころ意見変えやがってよ。……へへへ、今度こそ言う事聞いてもらうぜ。もし、それでも俺達に反抗しようってんなら……どうなるか分かってるよな? お前……ガキのくせに見た目は良いからよ。俺の仲間達も喜ぶと思うぜ……」


 シーフェは、この時本能的な恐怖を感じた。体は、震えて最早動けない。力も入らず、いや力を入れても自分じゃ勝てないと分かってしまう。恐ろしさと……どうしようもなさが彼女の心を襲う。


「……」


 最早、何も言えなかった。自分の口が開かなくなった事に気付いた時にシーフェは、店の中もすっかり静かになっていた事に気付いた。店で働いている女達は全員、2階へ走っていき、店主でさえもグラスを投げ捨てて店の奥へ避難していた。完全に自分と彼らだけの空間となり果てて……余計にそれが彼女の恐怖心を煽る。


 1人の男が舌で口の周りを舐めまわし、彼女に手を伸ばしかけたその時だった――。




 突如、酒場のウエスタンドアがギィィィィと音を立てて、開けられる。外から1人の男が店の中へ入って来たのだった。その男は、黒いカウボーイハットを被り、紺色のコートと頬までびっしり生えた髭が特徴的なダンディな見た目をした男だった。


 彼の見た目の中でも特に特徴的だったのは、彼がロープで引きずっている大きな棺桶。十字架が刻まれており、持ち運びがとても不便そうな大きな棺桶。それを引きずりながら酒場に入って来る謎の男に髭もじゃ男とその仲間達の視線が一気に集中する。


 彼は誰なのか……。その正体を誰も知らない。やがて、彼らはこの町の人間ではない事を理解する。



 棺桶を引きずっていた男は、そのまま真っ直ぐにシーフェ達のいる隣のカウンター席にやって来て、棺桶のロープを片手で持ったままカウンターに置いてあったお酒の瓶を手に取り、そのまま口をつけて一気に飲み干した。その豪快な飲みっぷりに髭もじゃ男達は、余計に彼の事が気になって仕方がなかった。


「……おい、お前。そこのお前だ。棺桶を引きずったお前!」


 やがて、自分が呼ばれている事に気付いた男が顔を向けてくると彼は告げた。


「……見ない顔だな? お前、今ここがどういう状況になっているのか分かってて入って来たのか? 棺桶引きずった間抜けめ……」


 髭もじゃ男が、棺桶男を威嚇するように睨みつける。しかし……。


「……」


 棺桶を持った男は、特に何も答えない。ただひたすらに酒をゴクゴク飲み続けるだけだった。そんな彼の様子に髭もじゃ男は、とうとう我慢の限界を迎えて棺桶男の事を睨みつけた。



「……テメェ、舐めやがって……。テメェが、入ってきたせいでメチャクチャじゃねぇか。あぁ? この町で今、一番怖い男ってのが、誰だか……分かってて俺を無視したんだろうな? あぁ?」



 しかし、棺桶の男は相変わらず何も言わず酒を飲み続けた。髭もじゃ男のイライラは、どんどん増していき、それと同様に彼の周りにいた男達も腰にしまってある杖を抜いて魔法攻撃をしかけようとしていた。


 髭もじゃ男は、更に告げる。


「……良いか? テメェ……。俺はな、西部1のギャング。ビリィ・ギャングのボス。ビリィ様だ! 俺様の炎の魔法はな、どんなものだって消し炭にできるくらい超火力が出せるんだぜ! 魔法の早撃ちだって負けねぇ。俺は、西部1の早撃ちだからなぁ……。テメェみてぇなポッと出の男なんか一瞬で――」


 と、髭もじゃ男のビリィが続きを喋ろうとしていたその時、棺桶を持っていた男が物凄いスピードで腰に巻き付けたベルトから一丁の拳銃を取り出し、目にも止まらぬ速さで銃口を次々と目の前にいる男達に向けて、電光石火の如く撃ちまくっていった。



 彼のその流れるような超スピードの早撃ちに20人近くもいたはずの男達は、一気に6人倒れる。仲間達が一瞬にして6人死んでいく様にびっくりした他の仲間達が、オドオドしていると、その間に物凄く手早くスムーズに弾丸をリロードし終えた棺桶男が、更に6発弾丸を撃ち込む。この瞬間、更に6人と流れ弾が当たった3人の男達が倒れていく。



「てっ、テメェ! ふざけやがって!」


 ここまで自分の仲間を壊滅まで追い込んだ彼に怒りを剥き出しにした髭もじゃ男のビリィは、とうとう腰から魔法の杖を抜いて杖の先端を棺桶男に向けると彼は、告げた。



「……俺は、最強の炎魔法の使い手だ! オメェみてぇな野郎は、俺の敵なんかじゃ――」



 しかし、またしても彼がその先を言おうとした次の瞬間、棺桶男の事を攻撃しようと杖を振り上げていた仲間の1人を男は、容赦なく撃ち抜き、更に彼の後ろから襲い掛かろうとしていた者もノールックで引き金を引いて倒した。


 棺桶男は、流れるように更に他の仲間達も次々と撃ち殺していき、そして、いつの間にやら……とうとう最後の1人、ビリィのみとなった。



「……ヒッ!」


 ビビりまくっていたビリィは、手に握っていた杖を震えさせていた。そんな小鹿のようになってしまった彼に向かって男は、冷酷な声で告げた。



「……悪いな。西部1の早撃ちの座は、譲り受けるぜ。お前は、せいぜい2番で我慢しな」


 男は、そう告げるとスマートに引き金を引く。しかし、ビリィも負けじと魔法で攻撃をしようと全身の魔力を練り上げて、杖の先に集中させて、魔法の早撃ちを完成させようとした。


 だが、ビリィが魔法を撃つよりも先に弾丸を撃ち込んでいた男は、撃ち終えるや否やそのまま銃を腰に巻き付けたガンベルトのホルスターへクルクル回しながらしまう。


 そのあまりに手慣れた早撃ちの後、嵐の後の静まり返った酒場の中で杖を持ったビリィが口から血を吐いて倒れる。


 戦いが終わると、ビリィの隣にいた1人の少女と男は、目が合う。彼女は、恐怖に染まった顔で男の事をジーっと見つめていたが、しばらくして少女の瞳の色が変わっていく。それは、まるで尊敬する者へ向ける敬意の籠った瞳で、シーフェの目は、前に立っている棺桶男の頬についたナイフで抉るように斬り裂かれた一筋の傷に向いていた。



 彼女は、口をパクパクさせてやがて声にならない声を振り絞って告げた。



「……そっ、その……その傷は……」


 シーフェに指摘をされて初めて男は、自分の頬の傷に少女が視線を向けている事に気付き、そして彼女の手に持っている新聞に視線が移った。その一面には、大きな文字で「血染めのサム」と書かれており、彼はそれをチラッと見た後すぐに視線をシーフェの顔に戻して、彼女の傍へ近づき、告げた。



「……俺は、ジャンゴだ。安心しろ」


「……」


 シーフェは、彼の事をジーっと見つめ続ける。彼女の瞳の奥は、強く輝いており、尊敬の念は崩れそうにもならない。



 ジャンゴと名乗ったその男は、冷たい視線をシーフェに向けたままそれ以上は、何も言わなかった。



 突如、酒場に現れたこの謎の男……彼の巻き起こした旋風の中でシーフェは、感じ取った。静かな殺意を……。獲物を狩る猛獣の如く、彼の心の奥底に眠る殺意が、静かに牙を剥いたのを。











 to be continued.




 





次回『聖女マリア編』

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