転移編

 目が覚めるとそこは、何かの儀式をする場所のようだった。自分が横になっている地面には、大きな魔法陣のようなものが描かれていて、周りは少し暗い。端っこに等間隔に置いてある炎の灯で最低限明るいって感じの場所だった。

「……ここは?」

 俺が、辺りを見渡していると魔法陣の外側にいた中世の貴族みたいな恰好をした人達が……魔法陣の真ん中で寝ていた俺を見て喜んでいる様子だ。

「やったぞ! 成功だ!」

「勇者様の降臨よ!」

 勇者様……? いや、それよりも明らかに魔法陣の外にいる中世の貴族みたいな見た目の人達は、外人っぽい顔をしているのだが……自然と彼らの言葉が頭に入って来る。なんなんだ? 彼らは……。俺の事をまるで動物園のパンダが生んだ赤子の如く嬉しそうに……しかし、珍しいものを見るかのように珍妙にこっちを見てくる。

「……何なんだ? ここは……俺は一体どうしてこんな所に……」

 おそらくあの時の光やブラックホールみたいな感覚がしたあれが関係しているのだろうが、ここが何処なのかいまいち状況が飲み込めない。突然の事過ぎて……おっさんには、難易度が高いよ。

 すると、そんな魔法陣の中の俺の元へやって来て、目の前でしゃがみ、こっちを見てくる1人の女性が現れた。

 その女性は、頭に王冠をつけていて、モデルのような……いや、それ以上の何か底知れない美しさを持っていて、行動の1つ1つに気品と気高さのようなものが感じられる如何にもお嬢様って感じの女の子だった。

 美しい……。何というか、俺達日本人は女の子を最初に見た時、最初に必ず「可愛い」を使うが、この女性には「美しい」が似合うって感じた。見た目からしてまだ20歳もいってないだろうに……この大人の貫禄。そして、何より……しっかりと育った胸。なるほど……ふつくしい。

 白いドレスを身に纏い、ロングスカートとおそらくコルセットも身に着けているのだろう。かなりキュッと引き締まったその女性が、自身のその長いエメラルドの髪の毛を耳にかけながらしゃがんで、俺の目線と同じ高さになって話しかけてきた。

「……大丈夫ですか? わたくしの言葉が分かりますか? ご安心なさって……わたくしもここにいる者達も決して貴方に危害を加えるような真似は、致しません。わたくしの命に代えてでも……お約束いたします」

 やはり、言葉がすんなり入って来る。口の動きとか……明らかに日本語じゃないのに……日本語としてしっかり脳内変換されて入って来る。

 女性の言葉に俺は、ひとまずコクリと頷く事にした。すると、王冠をつけた女性は、次に優しく微笑みかけ、胸に手をあててとても嬉しそうに告げた。

「……申し遅れましたわ。わたくし、この国の……クリストロフ王国第五王女のエカテリーナと申します。皇女と言いましても私は、まだまだ幼いのです。王宮の者達からは、エリーと呼ばれて親しまれています。どうか、そう呼んでいただけると嬉しいですわ。貴方は、なんて言いますの? 召喚の時にちゃんと翻訳魔法を施してありますので、普通に話しかけてみてくれませんか?」

 翻訳魔法……? 魔法……。彼女は今、そう言ったのか。というと……ここは、魔法の世界と言う事か? 俺は、そんな魔法の世界に飛ばされてしまったというのか……。

 いや、おいおい……流石に夢だろう? ……いや、けど夢だとすぐに否定するには、あまりにも目の前に見えるエカテリーナ王女の姿がリアル過ぎる。それに空気の味も……吸った事のない味だが、しっかりとリアリティーのある空気の味だ。自分の太ももをつねればちゃんと痛いし……。何よりこの地面に広がる魔法陣の輝き……なるほど。魔法の世界か……そして、目の前の王女様の風貌と周りにいる中世ヨーロッパ風の貴族の格好から察するにここは所謂、異世界。飛ばされてしまったのか。俺は……。魔法のファンタジーに。

 そうと分かれば、今のうちに色々とこの王女様からこの世界の事について聞いておかないとダメだろう。

「その……こんにちは。おr……じゃなくて私は、佐村光矢と言います。日本から来ました。よろしくお願いします」

 すると、エカテリーナ王女は、とても興奮したような嬉しそうな様子で俺の手をとり、告げた。

「……はい! よろしくお願いします。サム・コーヤ」

 伝わったのだろうか。俺の名前は……ちゃんとこの子の耳に届いたのだろうか? なんか違う気がするのは、気のせいだろうか? いや、多分この子のエカテリーナって名前から察するに日本語っぽい名前は、聞き取りづらいのだろう。それで、あのように変換されてしまったと……。

 まぁ、良いか。この際、名前なんてどうでもいい。魔法の世界に来てしまったんだ。新しい世界で新しい名前でやっていけばいいさ。

 すると、そんな俺にエカテリーナは、慌てて恥ずかしそうに俺の手を離して一度咳払いをして間を開けてから告げた。

「……サム。貴方は、私達の世界の危機を救うためにこの世界に召喚されたんです」

「危機……?」

「はい。魔王からこの世界を守るために……勇者として貴方をその候補の1人として私の父上……つまり、国王が貴方を召喚しました」

「なるほど……」

 設定は、よくあるファンタジーもの。俺がガキの頃からファミコンのゲームとかで出ていたような感じだし、現在でも流行っているようなファンタジックな感じの設定だ。それは、分かったのだが……どうしてだか、魔王の名前を出した時のエカテリーナの顔は、何処か悲しそうだった。それだけが、凄く印象に残った。

「……魔王を倒すには、勇者候補となる者とそして、勇者候補にしか扱う事のできない神具アーティファクトが授けられます。貴方は、それを使って……戦うのです」

「……」

 やはり、悲しそうだ。設定は、結構すぐに飲み込めたが……やはりエカテリーナの悲しそうな顔が気になる。

 すると、そんな俺のいる地面に描かれた魔法陣が急に強く脈打つように光り始めて……エカテリーナがすぐに走って俺の傍から離れて行く。

「あ? え? ちょっ!? これ、やばいんじゃ?」

 どう見たってこれから爆発しますよって感じに魔法陣が点滅し始めて危機を感じる俺がそう言うと、ちょうど走り終わった皇女様が告げた。

「大丈夫ですわ。魔法陣が今、貴方の神具アーティファクトを召喚している所です。心配ありません」

 なっ、なるほど……。つまり、この魔法陣の中から俺の武器が生まれるわけだ。

 いやぁ、どんな武器だろうか。やっぱり、剣? 日本男児ならやはり、剣を一振りって……いや、魔法の世界だし、ただの剣じゃなくて魔法剣とか? いや、もしかしたら槍かな? グングニール! みたいな……。弓矢もありだな。なんにしても魔法が使える強い武器だと尚嬉しい。

 まぁ、こういう時……大抵、与えられるものって、なんとチートでしたパターンとか最初からチートでしたパターンとか、はたまたチートなんだよパターンの3つでしかないと思うのだけれど……。今回は、一体何が出て来てくれるのだろうか……。

 期待に胸をわくわくさせていた俺だったが、次の瞬間魔法陣の光の中から姿を現したのは、それはそれは……鉛臭くて魔法の匂いなんて微塵もしないゴッツイ武器が3つも置かれていた。それは、1つが掌にギリギリ収まる位の大きめのリボルバー式拳銃が2丁。(学生時代、多少ガンマニアだった俺が見るに……S&W 44マグナムかな……)それから、大きくて銃身の長いショットガン(アー〇ルド・シュワル〇ェネッ〇ーが持ってそうなやつ)が姿を現した。

「あぁ……え?」

 この瞬間、俺の脳みその中が少年の頃の熱い思いに染まったのと同時に一瞬でフリーズした。

 ……って、いやいやちょっと待て。ちょっと待つんだ。俺は、冷静になるために一度だけ深呼吸をして、目を閉じてもう一度目の前の光景を見てみた。しかし、そこには依然として3丁の銃が置かれているだけだった。

 えーっと……これが、その…… 神具アーティファクトか? 神様もなかなか人工的な武器を用意するなぁ……。もっとこう、カラドボルグ! みたいな神聖な感じのを想像していたのだが……。

 しかし、周囲の反応を見てみるとどうやら周りにいる異世界人達も皆、いきなり銃が出てくるとは予想できていなかったみたいでなんだか……微妙な顔をしている。

 少ししてエカテリーナお姫様がこちらにやってくる。

「……えーっと、わたくし……戦に関しては全くの無知で……こちらのものがどのようなものであるか存じませんが、その……とってもユニークな神具アーティファクトですね!」

 王女様……アンタが良い人だって事はよく分かったよ。けど、ごめん。この場は静かにしてもらえると助かる。というか、この人……銃を知らないのか? いくら、戦に無知であっても一度くらいは、見た事あっても良いと思うのだけれど……。

 その後もエカテリーナは、何とか俺の前で苦笑いみたいな苦し紛れの笑顔を絶やさず「大丈夫ですよ」「だいじょうぶですよ」と励ましてくれてる感じだったが、彼女以外の他の異世界人達は、明らかに先程までと様子が変だった。俺の事を見てまるで、動物園にいるサルを指さして笑っているような感じだ。

 1人の異世界人の男が、何かの紙を持ってきて、それを他の男達と一緒に見て俺を指さし、冷めた目つきで笑っているのが特に印象的だ。

 何が……あったんだろうか? そんな時だった。突如、後ろが騒がしくなった。

「……うわぁ! すっ、凄い! なんて事だ!? あの伝説の……神話の世界にしか存在しないとされた伝説の神具アーティファクト時制剣バックロノクルをお持ちになるとは……!」

 貴族の1人が、興奮気味にそう言っている様子を俺は、後ろを振り返って見ていると、その貴族の男の隣に立っている王冠をつけた髭もじゃの明らかにこの国の王様って格好をした老人が、もう1つの魔法陣の真ん中に立っている男の前へ行き、嬉しそうな様子でこう語った。

「魔力の量も尋常ではないな! ここまで破格の力を持った方が我が国にお越し下さるとは……国王として……感激!」

 王様がそう告げると、目の前に立っていた1人の男は、自身の前髪をサラッと掻き分けて自分自身を誇るような顔つきで告げた。

「……いえいえ、そんな……。私は、大した事はしておりません。陛下……」

 男と俺の目線があった。背が高くて体つきもそこそこ良い。日本でいう所の細マッチョって所だろう。歳は、見た感じ……20代の前半。大人になったばかりって感じだ。新卒の社会人か大学生って感じだ。髪の毛は、茶髪でこれは明らかに染めたのだろう。お洒落に髪型も整っている。

 その男は、俺と同じく魔法陣の真ん中に立っていたが俺と違って既に鎧とそれから大きなヨーロッパ風の剣を手に持っていた。

 おそらくあのヨーロッパ風の剣こそが、王様や他の人達が騒いでいる神具アーティファクトなのだろう。

 それにしても……なんだか、あの男。凄く嫌な感じだ。明らかにこちらを見下してきているのが丸わかりな感じ。俺も40年ほど生きてきた人間だからある程度、顔を見ただけでその人がどういう人なのかは察する事ができるが……あぁいう顔をする人間は、大概性格がな……。女癖も悪そうだ。まっ、そういう人の方が色んな人からモテモテなんだけどねぇ……。


 しばらくして、周りの人達が皆、あのイケメンの所にいってチヤホヤ褒めたたえていると王様が告げた。

「……皆の者! 勇者の召喚は、成功した! これからこの偉大なる勇者様が来てくれた事を祝して今日は、盛大に祝おうではないか! 勇者様万歳!」

「「勇者様万歳!」」

 この場にいる貴族全員が盛り上がっている所へ先程まで俺のすぐ傍に立っていたはずのエカテリーナが王の所へ駆けて行き、真剣な顔でこう告げた。

「……お父様。勇者様をもてなすのは素晴らしいお考えだと思います。しかし、その前にあの方の事も……。彼もこちらの世界に召喚されて来た者。ここまでのあの御方の旅の苦労を労うべきであると私は、思うのです」

 エカテリーナが真剣な顔でそう言うと王様は、自分の口元に生えた髭をぴょこぴょこ触りながら家来を呼んで、何かが書かれた紙を受け取り、それを一目見てすぐに嘲笑し告げた。

「あの男をもてなすべきであると……お前は、言ったな? エカテリーナ。確かにそこの者もこの世界のピンチに駆けつけてくれた偉大な男だ。それは認めよう。……しかし、魔力が0ではないか」

「え……?」

 誰よりも最初にその声を漏らしてしまったのは、俺だった。魔力が0? だって、この世界は……魔法の世界なはずだろう? 魔力が0って……それって……。

 すると、そんな俺に王は更に続けて言った。

「お前もいい加減、学習しろ。エカテリーナ。……魔力のないものなど人ではない。それは、例え別の世界から来た人間であろうとな。ただの奴隷だ。故に勇者候補としてこちらの世界に来て貰ったそこの男には、申し訳ないが……不必要と言わせてもらおう。魔法も使えぬものなど不用である」

 国王は、冷徹な目で俺を見てきた。それは、まさにゴミを見るような目。自分が今まで味わってきた事がないくらいの酷い顔だった。意識が芽生えていない子供が無意識に遊べないおもちゃを部屋に投げ捨ててしまっているそんな自然に出来上がった残酷さが滲み出ていた。

 しかし、そんな国王に対してエカテリーナは負けじと告げた。

「……でしたら、せめてあの御方を故郷へ帰してあげてください! お父様! お父様の魔力であればそれが可能なはずです!」

「それも無理な話だな。エカテリーナよ。わしは、もう歳なのだ。昔のように魔法をそう何度も使う事はできぬよ」

「でしたら、明日や明後日にでも……」

「そのような暇は、国王にはないのだよ。エカテリーナ。……お前もいい加減学ぶのだ。姫としてな」

 エカテリーナは、最早何も言い返せない様子だった。そんな彼女に国王は、小さな声で耳打ちした。

「……分かるであろう? 1人の命よりもこの国の民全員の命の方が優先である。この男1人を国に帰してやるよりも……他にもっとわしの魔力の使い道は、ある。そう言う事だ」

 幼い頃からいじめられっ子で、地獄耳な俺には、国王の小さい声での耳打ちくらい余裕で聞く事ができた。

 なるほど。そう言う事か……。運悪く魔力0な俺は、ここで切り捨てられると……。きっと、何処か遠くの土地に飛ばされるのだろう。

 そう思っていると次の瞬間に国王は、周りにいる家臣達と貴族たちに向けて告げた。

「……この男とそこにある神具アーティファクトを西部へ運べ」

 やっぱり。俺は溜め息をついて魔法陣の真ん中で体育座りをしたまま国王とイケメン勇者どもがいなくなる様を見ていた。途中、何度もエカテリーナ王女が国王を説得しようとしていたが、全て無駄なようだった。

 しばらくして魔法陣の真ん中に座っている俺の元に筋肉質なゴツイ体をした中年のおっさん騎士達が現れる。

「……さぁ、行こうか。魔力のない兄ちゃんよぉ」

「って、おいおい。この兄ちゃんの。神具アーティファクトなんか、3つもあるぜ?」

「あぁ? ったく、魔力0の”クズ”のくせに武器だけ一丁前に3つも持ちやがって……しかも、なんだこりゃあ? こんなヘンテコな形した武器は初めて見たぜ。一体何に使うってんだ」

 騎士の1人、特に大きなお腹をした中年の男が俺の神具を1つ手に取って嘲笑いながらそう言う。

 ――やはり、銃を知らない? どうして……。

 すると、隣に立っていた同じく中年の騎士が告げた。

「……まっ、とにかく魔力のない神具なんてただの武器と何ら変わりねぇ。意味分かんねぇ形してやがるし……コイツは、そこの”クズ”と一緒に西部にお払い箱だな。武器の数が多いから……おい。”クズ”」

 その男が俺に話しかけてきた。ていうか……人をクズ呼ばわりって何なんだ。コイツら……。

「この武器、しまいな」

 そう言って男は、雑に投げ捨てるように俺に銃を一丁を渡して来た。しかし……しまいなと言われても……しまう場所など何処にもない。ガンベルトは持ってないし……俺は、何処ぞの猫型ロボットと違って不思議なポッケで叶えられないんだ。と、困っていると太った中年騎士の男は、大爆笑しながら俺を指さして言った。

「……おいおい! やめてやれよ! コイツ、魔法が使えない”クズ”なんだぜ! 収納魔法が使えるかよ! ”クズ”の分際で」

 おっさんの騎士達は、大爆笑。しばらくそのまま笑っていると、太った男が俺に言ってきた。

「……収納魔法使えないテメェの為に俺が国王に頼んで、その鉄カス3つを収納できるような入れ物を持ってきてもらうよ。感謝しろよ。”クズ”」

 俺は、いい加減我慢ができなかった。

「……人をクズ呼ばわりするのは、やめろ! 俺には、ちゃんと佐村光矢という名前があるんだ」

 しかし、この言葉におっさん騎士達は、突然目つきを変えて怒りの眼で俺を睨みつける。太った男が、俺の胸ぐらを掴んで来て言った。

「……おい? 口の利き方に気ぃ付けな。兄ちゃん……。この世界じゃあな、オメェみたいな魔力も持ってないようなヒトカスの事を”クズ”って言うんだよ。分かったか? 分かったなら……二度と俺達にそんな口聞けないように……体に刻み込まなくちゃあな! ”クズ”は、いくら傷つけてもクズなままだしよ!」

 そう言って、太った男は、懐から小さいナイフを取り出し、俺の左目の真下から顎の辺りにかけてを勢いよく斬り裂いた。

 その突然の強烈な痛みに耐えられなかった俺は、悲鳴をあげる。すると、男はナイフを俺の首元に突きつけて告げた。

「……喚くなよ。クズってのは、鳴き声がうるさいから嫌になるぜ。良いか? 次は目だ。今度、生意気こいたら、テメェの目ん玉を掻っ切って潰す。分かったか?」

 恐怖に震える俺は、ただひたすら頭を上下に振る事しかできなかった。


 ――それから程なくして俺は、着ていた服を脱がされた。せっかく仕事用のスーツを着ていたのにそれらを全て脱がされて、ボロ雑巾のような大きな布を一枚着せられた。それは、まるで古代ギリシャ人のような恰好で、まるで本当に自分が奴隷になったような気分だった。

 そして、おっさんの騎士達によって俺は手錠をかけられ、王城の外の門のすぐ目の前まで連れて行かれると、馬車のようなものに乗せられた。小さい馬車で中には俺1人だけが乗る事ができる程度の大きさ。馬を操縦するのは、俺の頬っぺたを斬り裂いた太った中年の男の騎士。名前をマクドエルというらしい。

 マクドエルは、馬車に乗る直前の俺に告げた。

「……西部までこの俺様が送ってやる。着くまで何も喋るんじゃねぇ。良いか? これは、国王からの命令だ」

 そして、馬車に入れられると物凄く勢いよく雑にドアを閉められて、鍵をかけられた。馬車の中は、暗くて教科書に載っているような奴隷船貿易の船みたいだった。

 俺は、長い長い旅の中、言いつけ通り一言も喋らず、外の景色を拝む事もできず、ひたすら目的地に着く事だけを待ちながら空腹と退屈に耐えた……。







 ――そして、ようやく目的地に着いた時、馬車の動きが止まり、ロックが解除されてドアが開いた。マクドエルが少し疲れた顔で俺に告げる。

「……お疲れさん。目的地に着いたぜ。今日からオメェは、この西部で適当に暮らすんだな。国王から水と食料を少しだけ預かっている。コイツで数日は生きられるが……まっ、その先は自分で何とかするんだな」

 相変わらず適当な説明だったが、俺はマクドエルの言葉が途中から耳に入って来なくなっていた。それは、目の前の景色を見て絶望したからだ。

「ここって……砂漠じゃないか」

 そこには、赤い砂とサボテンと所々に木が生えた景色が無限に広がる広大な砂漠の景色があった。いや、砂漠というよりも西部劇に出てくるような荒野というべきだろう。とにかく何もない。サボテンとほんの少しの木だけがオブジェクトのように点々と置いてあるだけの荒野だった。

 既に腹ペコな俺は、この景色を見た瞬間に絶望した。こんな所で生きていけるわけがない。こんな何もない場所をこれから1人で彷徨って生きていけるわけがないと……。すると、その時後ろに立っているマクドエルが告げた。

「……それから、お前さんの使えねぇ神具アーティファクトをしまうものなんだが……国王に頼んだらこんなもんをくれたぜ」

 彼は、馬車の上に紐で結ばれていた大きな木箱(?)のようなものを投げ捨てるように俺の前に置いた。

「……こっ、これって…………棺桶?」

 その木箱には、十字架が描かれており、人が1人入れそうなスペースまで用意されていた。驚く俺だったが、マクドエルの口元はいやらしく悪魔のように微笑んでいた。

「そういえば、”クズ”。俺は、国王からもう1つ伝言を預かっていてなぁ。この棺桶をもらったのも単にテメェのお荷物を心配したってだけじゃねぇんだ」

「え……?」

「分からねぇか? こんな棺桶までしっかり用意してよ。んで、こんな何もない西部の未開の地にぶち込まれて……水も食料もろくに与えて貰えない。お前、死んで欲しいんだとよ。国王の立場的に身勝手に殺せないからこんな回りくどい事をしてるけど……本心では、今すぐくたばって欲しいんだとよ」

「え? え?」

 状況を理解できない俺が本能的恐怖に心を支配されかけると、マクドエルは腰から剣を抜き、その剣先を俺に向ける。

「……だが、俺も一応騎士だ。いきなり背後からズドンみたいな事はするつもりは、ねぇ。この国の決闘のルールに基づいて殺すとするぜ。良いか? お互いに魔法の杖や魔法剣を構えて魔法の早撃ちをするんだ。たったそれだけだ」

 魔法の早撃ち? って、まさか……それって……。奴の狙いに気付いたその瞬間、俺の頭上から強烈な電が降り注ぎ、体のあちこちがビリビリと焼かれて、痺れて、どうしようもないくらいに痛み、悲鳴をあげた。

 全てが終わった頃、俺は棺桶を枕のようにして地面に倒れた。薄れる意識の中、俺は剣をしまうマクドエルを見つめた。彼は、言った。

「……そうだった。忘れてたぜ。テメェは、魔法が使えない”クズ”だもんな。決闘もクソもねぇか。まっ、良かったな。形式上は、決闘で名誉の戦死を遂げられるんだ。元勇者様としちゃこの上ねぇよな。さて、と……これで俺の仕事は、終わり……。国王からボーナスが貰えるし、早く帰るとするかぁ~」

 そう言って、マクドエルは馬車に戻っていき、やがて俺の前から姿を消した。俺は、1人この荒野のど真ん中に取り残されて……それから、意識を失っていった。



 くっそ……。結局、俺みたいな人間には……何処にも居場所なんて……ないのか……。



 しばらくしないうちに、意識は完全に遠退いて……永い眠りにつくのだった。









次回『血染めのサム編』

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