殺意が静かに牙を向く 〜西部劇っぽい異世界に飛ばされて早々に国を追い出されたので元聖女の奴隷と一緒に荒野を旅する事にした。〜

上野蒼良@作家になる

序章

「おい! 童貞豚野郎だ! こっち来んなよ! 童貞が移っちゃうよ!」

 それは、俺にとってはいつも言われている挨拶のようなものだった。俺=佐村光矢さむら こうやは、今日もいつも通り耐えていた。授業開始のチャイムが鳴ったので教室に入ると男子生徒達は、俺を指さして嘲笑ってくる。女子生徒達は、俺の事をまるで便所ネズミでも見るかのような冷ややかな眼差しを向けてくる。

 俺は、ただ普通に中学校教師として仕事をこなしているだけだというのに……。考えてみるとおかしな話だ。仕事をしに来ているのに誰も感謝はしてくれない。生徒達は、勿論の事。教室から出て職員室に戻って来ると同じ同業者であるはずの教員達も俺が戻って来るや否や、あちこちでヒソヒソ話が聞こえてくる。そして、俺の上司にあたる教頭先生……ハゲのおっさんが俺に言ってくる。

「佐村先生! いい加減にしてください! このテストの採点、今日中に仕上げてもらわねば困ります!」

「はい……。すいません」

 放課後になるとバスケ部の顧問として練習に参加した。俺は、生徒達が体育館を走る姿をぼーっと眺めていた。そんな俺の隣では、外部から練習を見に来てくれていた若くて背の高い外部コーチの男がホイッスルを吹いて生徒達に指示を出していた。

「……よーし。次、レイアップ!」

 すると、すぐに生徒達は、黙って練習に取り掛かる。俺が授業を教えに行っている時とは全然違う。凄い集中力だ。

「いいぞ! 良い感じだ! ナイシュー」

 俺も生徒達の士気をより上げるためにそんな事を言ったのだが……正直な所、実は全くバスケなどやった事はない。顧問として大雑把にルールは勉強したが、正直それ以外の事は全然だ。だから、俺の代わりにこのコーチが練習を見てくれているのだ。それなら、顧問は必要ないんじゃないかと俺も思っていたのだが……それは学校のルールとしてダメらしい。

 生徒の練習中は、顧問が19時まで一緒に付き添っていないといけない。

 練習を終えた俺は、ただ立ちっぱなしであったにも関わらず何故か物凄く疲れていた。不思議な事に立っているだけだった俺の足は、悲鳴をあげており、痛くて仕方がなかった。若い男のコーチからは、運動不足ですよ~なんて言われて愛想笑いで返したが……正直、うるせぇよって感じだ。

 時刻は、既に20時になろうとしていたが、職員室に戻ってやらねばならない事が山積みだ。テストの丸付け、日報、明日の授業準備、それから……。

「……はい。はい……申し訳ございません。はい……私の力不足でございます。今後は、もっと生徒達1人1人に向き合えるような素晴らしい教師を目指して仕事により真面目に取り組んで行きたいと……はい。はい……仰る通りです。はい……」

 クレーム対応だ。現代風に言うなら、モンペの相手をしなければならない。それを夜の21時過ぎまでやってから俺は、今日のお昼に教頭に叱られた例の採点を始める。それを終わらせると時刻はとっくに22時を過ぎていた。もう帰らないと……明日も朝は早いのだ。

 俺は、残りの仕事を鞄に詰め込み、家へ帰るのだった。

 自分が中学生の時、教師という仕事がここまで大変な仕事であると思いもしなかった。いや、俺は教師に喧嘩を売るような問題児ではなかったし、むしろ平和な穏健派で毎日1人寂しく誰にも迷惑をかけない真の平和主義者だったのだが……おかしな事に人間というのは、本当に平和な人間に対して牙を向ける生き物なのだ。端的に言うと俺は、学生時代いじめを受けていた。唯一の友人も俺がいじめられていた事が原因で巻き込まれてしまい、最終的に自ら命を絶った。

 以来、学生には二度と戻りたくないと心の奥底で決心するようになったわけだが……大学を卒業してから俺に就職できる場所はなかった。ちょうど、氷河期だったのだ。

 俺は、たまたま親に言われるがままに取っていた教員免許があったので、先生として再び徴兵されて、戦場に戻って来てしまった。当時はまだ転職なんてする人は、ほとんどいない時代。教員になってしまった俺は、ひたすら我武者羅に頑張ったのだ。

 しかし現在、俺は生徒達から「童貞」呼ばわり。……いや、バキバキ童貞だけどさ。大正解ピンポンパンポンなんだけどさ……なぜだか、その噂(マジ)のせいで女子生徒達からもあらぬ誤解を受けている。

 いつも女子の事をスケベな目で見ているとか女子と話をする時だけ息が荒いとか……馬鹿野郎。10年くらいしてから出直してこいクソガキども。

 しかし、まぁ……言葉の暴力と言うのは、言われ続けるとダメージもデカくなっていくもの。傷も広がっていくものだ。

 生徒達からぞんざいな扱いを受けて、同業者達からの視線もよくない……毎日、0時近くに家に帰らなきゃいけないし……やる事は多いし……常に寝不足。

 疲れた……。疲れたのだ。それ以外に言葉なんて出てこない。だって、疲れているのだから。

 神様って言うのは、俺に個人的に恨みでもあるのか……。学校とか言う地獄にいつまでも俺は、囚われ続けなきゃいけないなんて……。

 そんな自分の人生の全てに後悔をしていると、その時電車の中で吊革に捕まっていた俺の耳に電車のアナウンスが聞こえてくる。

「次は……久米川。次は、久米川。お出口は、右側です」

 ようやく地元についた。地元といっても引っ越して来た場所だから本当の地元ではない。故に昔からの友人だって住んじゃいない。公立の学校で教師を始めて既に20年くらいは、経つのだろうか……毎回毎回、転勤の多い仕事故に20年も経つと自分の地元とは一体何処であったのか分からなくなる。特に学生時代いじめを受けていた自分にとっては、余計にだ。

 そういえば最近は、教育現場のIT化といって、俺達教師にパソコンを使った授業をするようにと国もうるさい。そのせいで、いまいち慣れないパソコンを俺は、叩かなければならない羽目になっている。いや、パソコン自体は、俺も叩いた事はあるのだが……深く触れては来なかったんだ。だって、俺達がガキの頃、パソコンに詳しいとかアニメに詳しいと迫害を受けたもんだからな。それが今となっては、逆に尊敬されるべき人扱いだ。本当、時代の流れには、ついていけない。

 真面目に働く事が正義だと言われていたのに……俺達の頃、就職氷河期で仕事に就けなかった者も多い。そのせいで、現在までニートとかフリーターで生きている人もいるが、案外ソイツらは、ソイツらで楽しそうにやっている奴もいる。昔の知り合いのSNSを見てみると思うものだ。

 俺は、真面目に働いたのに人生を楽しいと思った事はない。楽しくないのが、人生。それが当たり前だと思っていた。

 ……すると、ちょうど電車が止まった。身体がカクっと揺れて、目の前の自動ドアが開かれる。俺は、家に帰るべく電車から一歩外へ出て行こうとする。

 スマホを閉じた時、ホーム画面に見えた時刻は……0:00/00秒。きっかけなんかない。ただ、たまたまその時、ドアをくぐっただけだった。

 夜なのに眩しくて……突然、ピカッと目の前が光ったんだ。そのよく分からない光景に俺は、本能的に降りるのをやめようとしたが、しかしもう遅かった。

 ブラックホールに消えた奴がいる。っていう昔やっていた特撮番組の歌詞が頭の中を過った。本当にそんな感じで俺の体は、自分の意志に反して光の向こうに向かって吸い込まれていったんだ。

 気づくと電車の煙を噴き出す音とか止まっている時の音とかそう言った雑音は消えて、今まで吸っていた真夜中の電車の中のしけた空気の味も変わっていた。

「あっ、あれ……?」

 ――この日、佐村光矢はこの世界の……日本国、東京都東村山市栄町、西部本川越線久米川駅の電車の中で姿を消した。









次回『転移編』

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