第5話 突撃&ザマァ②
「だって、だって、寂しかったんだもーーーーーーん」
妻は両手で顔を覆い、声を上げて泣き始めました。
一瞬、現場は凍り付きましたが、口を開いたのは、リナです。
「寂しかったっていうのは、夫の帰りを一人で耐えた女性が言う言葉よ。不倫の言い訳にしないで」
ナイフのように尖った口調でした。
一瞬、リナの身の上も、もしかしたら複雑なんだろうか。
そんな想いが過りました。
「二人はいつから関係があったんですか?」
リナは間男に向かってそう訊ねました。
額を掻きながら、青ざめた顔で間男は
「ちょっと、よく覚えてない……です」
「奥さんがファミレスでパートを始めたのは1年前。同じような時期に、あなたアルバイトでそのファミレスに入店してますよね?」
「はい」
「彼女が妊娠してから付き合い始めた、なんて事はないですよね?」
間男は、ますます顔を青くして俯きます。
「は? まさかそんな前から……」
田所さんの顔色が変わりました。
「博多のみーにゃんってあなたの裏垢ですよね?」
泣きじゃくってた妻の動きがピタリと止まりました。
「は?」
「ツイッターの……と、言えばピンときますか?」
ま、まさか……。
この短期間で裏垢まで特定したとは、リナの手腕に鳥肌でした。
ぐずんと鼻をすすりながら
「それがなんなのよー!」
開き直る妻。
「博多のみーにゃんによると、2021年11月10日。妊娠した! 検査薬で確定。やばい、旦那の子じゃないんだけど」
淡々とツイートを読み上げるリナ。
「でも、相手まだ学生だから言えない。どうしよう。旦那に隠れておろすか、でも産みたい。彼の子供産みたい」
嫌な予感はしてましたが、お腹の子供は田所さんの子供ではなかったみたいです。
「お前、マジか」
田所さんはさすがに呆れた様子で、肩を落としました。
「さっきの寂しかったってなんなの? 俺が夜のバイト始めたのは、お前がファミレス辞めてからだろ」
「そんなの、ネタだから。ネタに決まってるじゃん」
「じゃあ、DNA検査しろ! 明日しろ!」
「いや!」
「拒否する時点でもう黒だろ! 本当に俺の子だって言うなら、普通に検査できるだろ」
「ちょ、俺、その話、知らないんですけど」
間男君も真っ青です。
知らない所で、自分の子供が浮気相手のお腹の中ですくすく育っていたわけなので。
あくまでもシラを切り、謝罪の一つも述べない二人には呆れかえるばかり。
「旦那さん、どうします? 許せますか?」
「いや、無理っす」
田所さんは即答です。
「子供が俺の子じゃないなら、もう今すぐ離婚したいです。お前、こいつと子供の面倒見ろよ」
田所さんが、また間男の肩をどつこうとしたので、僕はそれを制止。
「手は出しちゃダメです」
傷害で訴えられたら元も子もないので。
「いや、無理です。僕まだ学生ですし、彼女、いるんで」
「お前、こいつに好きだの愛してるだの言ってただろ」
「いや、それは、ノリで……」
あくまでも弱弱しく情けない間男君。
「そんないい加減な気持ちで不倫してたんですか? 妊娠してる他人の奥さんと」
「いや、不倫って、認識なかったです」
「遊びだった?」
「はい。あ、いや。好きでした」
「恋愛?」
「あー、そうっすね」
「じゃあ、責任取ろうね。もう二十歳でしょ。成人だよね。あなた旦那さんに訴えられたら慰謝料払う事になるけど、大丈夫?」
「慰謝料って……いくらぐらいですか?」
「まぁ、このケースだと300万は請求可能かな」
「さ、さんびゃく……」
間男は黙り込みました。
「訴えますよね? 旦那さん?」
リナが田所さんに訊ねました。
「はい。訴えます。こいつら二人とも訴えます」
「証拠は十分にありますしね。では、弁護士先生を手配しましょう。行きましょうか」
二人に背を向けた時
「ちょっと待って」
妻です。
「私、離婚するなんて言ってない。離婚だけはいや。親や親戚になんて説明するの? 」
「ありのままを説明するよ」
「やめて。私、死ぬから、そんな事されたら死ぬから」
「それ、卑怯ですよ。その前に言う事ないんですか?」
リナが冷たく言い放ちました。
田所さんの目が、心配とも取れる哀れみに変わったからです。
今、この汚嫁に情なんてかけてしまうと、一番バカを見るのは田所さんなのです。
「ごめんなさい。ごめんなさい。許して」
また泣き落としです。
その場に座り込んで、顔を覆ってます。
「もう、頼むから離婚させてくれ。悪いんだけど、気持ち悪くて一秒たりとも一緒にいれないわ。俺、今夜から実家帰るから、落ち着いたらちゃんと話し合おう」
「いや、いやよ。ちょっと待ってよ」
「奥さん。これ、もう旦那さんの精一杯の優しさですよ。現実を受け止めて、ちゃんと反省して、大人としての責任とりましょうね。君も」
リナは間男君にも諭すような目を向けました。
一応、妊婦さんという事も考慮して、これ以上の刺激は何かあっては困るという判断で、僕たちはその場を後にしました。
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