第3話 夫の反撃準備
黒と確定してしまえば、やる事は一つ。
突撃ですね。
我が社は、土、日曜日は社員は休みですが、案件があれば僕は稼働しています。
大体パソコンでの作業になるので、在宅の事が多いですが、この日は顧客対応と、妻に嘘を吐き、出社しました。
そしてこの日に、僕は自分の身元をリナに明かします。
先ず、自社の傍で、リナと田所さんと落ち合いました。
「僕、実は婚活アドバイザーやってるんですよ」
「へぇ、婚活ですか?」
「はい。で、会社、ここです」
自社が入ってるビルを指さしました。
「え?」
リナは驚いた顔で僕を見上げます。
僕は名刺を差し出しました。
「代表取締役?? 婚活アドバイザー、スタイリスト。色々肩書きがあるんですね。 神田夏樹さん? ですか?」
「はい。ウェブ作家の神楽耶ではなくリアルの友達として、今後はこの名前で呼んでもらえますか」
リアルでの付き合いが主になるリナに、ペンネームで呼ばれるのも若干不都合という想いもありました。
「わかりました。神田さんですね」
「はい。今日は社員は休みで、誰もいないので、どうぞ」
なぜ、こんな危険な事をしたのかと言うと、僕のはらわたは煮えくり返っていたからです。
子供が欲しくても持てない僕にとって、子供を授かった夫婦は神々しく、大げさかもしれませんが憧れの象徴なんですね。
それを穢された気がして。
今考えるとおかしな話かもしれません。
僕はどうしても、間男と田所さんの妻が許せませんでした。
田所さんは、今日、明日出張だと妻に嘘を吐き、突撃準備のため僕たちと行動を共にします。
丸二日、夫が家を空けるとなると、奴らは必ず動き出す。
リナは経験値からそう予測したのでした。
「僕、元美容師で、男性に外見的な事や女性に対する接し方なんかをアドバイスしてるんですよ。要するに女性から好感を持ってもらえるようにプロデュースするんです」
「へぇ」
そう声を上げたのは、田所さんでした。
まだ夜までは時間がある。
「田所さん、かっこよくなって、奥さんを見返してやりましょうよ」
およそ2坪のドレスアップルームのドアを開けました。
「うわぁ、すごい」
「ここは、僕が会員さんをかっこよくしてあげる部屋です。座ってください」
「プライベートサロンみたい」
リナは物珍しそうに部屋を見渡していました。
「美容室とは違うので、あまり手の込んだ事はできないんですが、カラーやパーマ以外なら何でもやりますよ。顔のスキンケアとかも」
「シャンプー台まであるんですね」
「これがないと、保健所の許可が下りませんからね。わざわざ設置しました」
壁にはきちんと美容師免許も営業許可書を掲げてます。
僕は上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げて、シザーケースを腰に装着。
「切っていいいですか?」
鏡の前に座った田所さんに、そう声をかけました。
「切ってもらっていいんですか? 僕、お金持って来てないんですけど」
「いりませんよ。その代わり、僕の好きなように切らせてください」
「お、お願いします。1000円カットに2ヶ月に一回通うぐらいで、なんの拘りもなくて、伸びっぱなしで」
あたふたと、そういいながら、頭をポリポリする田所さんは、本当にいい人なんだろうなぁと思いました。
カットクロスを付ける瞬間、僕のボルテージは一気に上がります。
できれば、美容師として生きていきたかった。
そんな想いがふつふつと沸いてくるのです。
襟足は恐らく刈り上げてたようで、厚みのある毛束が首の半分を覆っている状態でした。
伸びてもそれなりに形になるよう、梳きばさみで襟足を短めに作り、サイドは清潔感を出すため、控えめにツーブロック。
クリップで留め
「この部分だけ半月に一度ぐらいのペースで3ミリのバリカン入れて置くといいですよ」
「なるほど、ありがとうございます」
全体の形を整え、眉をカットし、顔を剃り、沈静作用のある保湿パックで仕上げました。
ワックスでスタイリングして。
「どうですか?」
と合わせ鏡で後ろ姿を見せます。
「すごい! 別人みたい!」
「田所さん、かっこいいじゃないですか!」
リナは目を丸くして、手で口元を覆いました。
田所さんは恥ずかしそうにしながらも、何度も鏡を見て
「こんな髪型にしたのは初めてです。神田さん、ありがとうございます」
「まだですよ」
僕はクローゼットを開けました。
写真撮影の時に使う衣装が入ってます。
いわゆる勝負服。
多くは自前で準備されるのですが、たまに『これでいい』とスウェット姿のまま写真撮影に挑もうのする無頓着な方もいらっしゃるので。
予め、いろんなパターンの服を準備しているのです。
「スーツが一番かっこよく見えると思うんですが、さすがに場違いなので、シャツに薄手のセーター合わせましょうか」
「いつもジーパンにトレーナーばっかりで、シャツなんて久しぶりに着ます」
服を着替え終わった頃。
「そろそろ行きましょうか」
とリナが腕時計を見ながら言いました。
「動きがあるまで、車で待機します。レンタカー借りたので」
「了解です」
という僕の応答の後、田所さんは大きく息を吸い込んで吐き出し
「ゲロ吐きそう」
とまた顔を青くしました。
「大丈夫ですよ。私達がついてます」
リナはそう言って、田所さんの背中をパンと叩きました。
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