托卵妻に制裁を

第1話 依頼者との面談

「妻が浮気してると思うんですよ」


 田所実さん(仮名)はそう切り出して、腿の上に乗せた手をぎゅっと握りました。


 依頼人は、29才。

 細身で背が低く、一見貧相に見える男性です。

 どちらかというと、小動物みたいな顔つきでかわいい感じですね。

 顔は青白く、表情はありませんでした。


 カメラは定点で、僕はリナの隣に腰掛け、さもアシスタントかのように、できるだけ堂々とするよう心掛けていました。

 リナの仕事の邪魔にならないよう。かなり緊張してましたね。


「ええ、メール拝見しました。奥様は妊娠中なんですよね?」

 リナのその言葉に僕は思わず

「ええええ???」

 と、声を上げてしまいました。


「あ、すいません」


「いや、いいんです。びっくりしますよね。僕も最初は、まさかなって思いました」


「妊娠8ヶ月、でしたっけ?」

 リナは淡々と話します。


「はい、7月14日が予定日です」


「奥様の様子がおかしいと気付いたのはいつ頃ですか?」


「最近です。妻は立ち仕事……、あ、ファミレスでパートしてたんですよ。切迫早産っていうんですかね。先月だったかな? 出血があって、医者から仕事は控えるように言われたんです。今はもう回復して普通に元気なんですけど、それを機に、仕事を辞めました」


「旦那さんのお仕事は?」


「僕は清掃会社で働いてます。普通に会社員なんですけど、子供が産まれるし、妻はパートを辞めたので、夜もコンビニでバイトしてます」


「大変ですね」


「いえ」


 田所さんは小さく首を横に振って、アイスコーヒーを一口すすりました。


「具体的に、奥様が怪しいと感じたのは、どういった出来事からですか?」


「自宅のゴミ箱に、缶チューハイの空き缶が捨ててあったんですよ」


「缶チューハイですか?」


「はい。僕は飲みませんし、妻ももちろん妊娠中なので、飲むわけないです」


「でも、妊娠中でも飲んじゃう妊婦さんいますよね。少しなら大丈夫なんじゃないんですか?」


「あり得ないです。その缶チューハイ、ストゼロですよ」


「うーん。他には? 怪しいと思われた出来事あります?」


「先週ぐらいなんですけど、けっこう雨が続いてたじゃないですか」


「そうなんですか?」


「はい、福岡はけっこう雨が続いてて、朝方仕事から帰ったら、玄関に明らかに男の物だとわかる靴跡があったんですよ。僕のじゃないです。朝は絶対になかった」


「写真とかは撮りましたか?」


「いえ、そこまでの余裕はありませんでした」


「神楽耶さん、どう思います?」


「え? いやぁ、まだわからないですよね」


 というより、僕はこの件、間違いであって欲しいと願っていました。

 だってあんまりじゃないですか?


 旦那さんが家族のために深夜まで働いてる時に、妊娠中の妻が家に男を連れ込んでるなんて。


「もしかしたら、単に話相手とか。または友達とか兄弟の可能性……」


「妻には妹しかいません。しかも、妻の妹は結婚して大阪住みです。まぁ、友達とかファミレスの時の同僚っていう可能性はあるかもしれませんけど」


「それでも、旦那さんの留守中に、男性を家に連れ込むのはどうなのかな? 奥さんに訊ねた事はないんですか?」


「玄関の足跡を見つけた時、誰か来たの? て訊いたんですよ。そしたら別に誰も来てないよと、平気な顔で言ったので、それ以上は怖くて訊けませんでした」


「なるほど。真実を知る勇気はありますか?」


 リナはこれまでとは少し違うトーンで、田所さんにそう訊ねました。


 彼はしばらく腿の上で拳を震わせていましたが

「はい。勇気はないですが、知りたいです」


 消え入りそうな声でそう答えたのです。


「動画を観られて、連絡して来られたと思うのですが、私は報酬は一切受け取りません。その代わりに、一部始終を動画にして、ユーチューブに公開させて頂くのですが、許諾頂けますか? もちろん顔や声にはプライバシーの配慮はします」


「はい、大丈夫です。お願いします」


「もし、奥様が黒だった場合、どうするか決めてらっしゃいます?」


「…………いえ、まだ、何も」


「その場合、二択だと思うんですよ。離婚するのか、許してやり直すのか」


「……はい」


「答えがない状態で、調査に入るわけにはいきません。この場で決めてもらえませんか?」


 決断がない状態で、真実を突きつけた所で、一番不幸になるのは依頼者なのですから。


「…………もし、黒なら、別れます」


「お子さんはどうしますか?」


「…………引き取りたいです。だって初めての子供なんですよ。子供に罪はないですし、僕の子供をそんな母親に預けたくはないです。引き取れますよね? 親権っていうんですかね? 僕、親権とれますよね? だって悪いのは妻なんだから」


「私は弁護士ではないので、その件に関しては何とも言えません。ただ、良い弁護士を紹介する事はできます。子供さんにとっても一番いい着地点を見つけて行けるといいですね」


「はい」


 田所さんはテーブルに両手を突いて、深く頭を下げました。


「調査を。お願いします」


「わかりました。お引き受けいたします」


 そして、リナの調査が始まります。

 僕の出番はもう少し後になります。


 引き続き、お楽しみください。

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