第十一章:銀色の兄妹/01

 第十一章:銀色の兄妹



「琴音、怪我はないか?」

「う、うん……もう終わったの?」

「はい、どうにか倒しました。もう大丈夫ですよ」

「そっか……ありがと、二人とも」

 悪魔の右手、マティアス・ベンディクスは倒れた。

 奴との激闘が終わり、隠れていた琴音の傍に近づいた二人が呼びかけると、琴音は疲れた顔で微笑みかけてくれる。

「気にするな、俺たちがしたくてやってることだ。……立てるか?」

 戒斗が差し伸べた手を取って、琴音は「うん、大丈夫」と言って立ち上がる。

「見てたけど、すごい勝負だったね……お兄ちゃんと遥ちゃん、まるで映画の主人公みたいだった」

「いいね、だったら俺はブルース・ウィリスばりの大活躍ってところか?」

「……それは、少し誇張が過ぎるかと」

「ひでえな遥!? 俺だって頑張っただろ!?」

「ふふっ……冗談です。戒斗も大活躍でしたもんね」

 楽しそうに薄く微笑む遥に「ったく……」と戒斗は参ったような顔でボリボリと後頭部を掻く。

「それにしても、刀の扱い……随分とお上手でしたね」

「ん? ああ、昔マリアに教わったからな。それが活きたんだろうよ」

「マリアさん……本当に何でもできますね」

「アイツに出来ないことなんてねえよ。マジで恐ろしい女だぜ……」

「それは……ええ、同意です」

 なんて風に二人が妙に間の抜けた会話をしている最中、琴音が「あ、あのー……」と恐る恐る呼びかけてくる。

「ん?」

「どうしました?」

「えっとさ、二人とも……なんか変な音しない?」

「変な音だって?」

「なんかこう、ミシミシって、軋むみたいな……」

「……言われてみれば」

「聞こえるっちゃ聞こえるな……」

 琴音に言われるまで気にもしなかったが、確かに異音が聞こえる。

 何かが軋むような、それこそ倒壊寸前のボロ家みたいな――――。

「……あの、戒斗?」

「遥、皆まで言うな。……崩れかかってんじゃねえかここ!?」

「ええ、間違いなく……!」

「えーっ!? ちょっ、ホントにぃっ!?」

「こんな時に冗談なんか言うかよ! ああ畜生、マティアスの野郎が好き放題にぶっ壊しまくってくれたせいだ……絶対そうに違いねえ!」

「……戒斗も割と撃ってましたよね、グレネード」

「おおっとソイツは言わないお約束だ! ……何て言ってる間に、ああくそっ! 倒壊が始まりやがった……!」

「ちょっ、早く逃げようよお兄ちゃんっ!」

「言われんでもそのつもりだ! 掴まれ琴音、とっととおさらばだ!」

「う、うんっ!」

 話している間にも、廃工場は崩れ始めていた。

 戒斗が言った通りだ。マティアスが支柱やら壁やらを殴って叩き壊したりグレネードを撃ちまくったりしたせいで、ただでさえボロボロだった建物が遂に限界を迎えたのだ。

 ……尤も、グレネードを撃ちまくったという意味では戒斗も同罪なのだが。

 とにもかくにも、さっさと逃げないと建物の下敷きになってしまう。

 戒斗は慌てて琴音を――お姫様だっこの形で抱え上げると、遥と一緒に全速力で出口まで駆け抜ける。

 文字通りの全力疾走で、一気に出口を超えて建物の外へ。

 そうして逃げ切った後で、チラリと後ろを振り返ってみると……ちょうど、大の字に倒れていたマティアスのむくろが瓦礫の下に埋まるところだった。

「……墓標にしちゃあ、チョイと豪勢すぎるかもな」

 消えていくマティアスを見つめながら、戒斗はボソリと呟く。

「お兄ちゃん、何か言った?」

「いや、なんにも。それより立てるか?」

「う、うん。ありがと……」

 琴音は何故だか頬を軽く赤らめたりしながら、お姫様だっこで抱えられていた戒斗の腕から降りる。

 とにもかくにも、無事に脱出は成功だ。

 マティアスを倒し、琴音も無事に救出した以上……戦いは終わった、といってもいい。

 やっとこれで、一息つける――――。

 戒斗がそう思って肩の力を抜いたのも、束の間のこと。

「っ! 二人とも、離れて……っ!!」

 ハッと何かに気付いた遥が、即座に戦闘態勢を取る。

 そのただならぬ様子に、戒斗も咄嗟にバッと琴音を庇うように背に隠す。

 そうしながら、遥が見つめる方に視線を向けてみると――――その先には、いつの間にか見慣れない男が現れていた。

 銀髪の、青年だった。

 背丈は戒斗よりも高く、182センチはある長身痩躯の体格で、白銀の長髪は腰辺りまで伸ばしたストレートロング。刃物のように研ぎ澄まされた切れ長の瞳は……ルビーのような、赤い色をしている。

 そんな青年の髪も瞳の色も、そして整った顔立ちも……雰囲気はどこか、遥によく似ていた。

 黒いカッターシャツの上から藍色のロングコートを羽織り、ズボンも同じ藍色。手には黒の指ぬきグローブを嵌めていて、額には……何故か大昔の武士のように鉢金はちがねを巻いていた。

 そして――――左腰に帯びるのは、一振りの日本刀。

 明らかに、普通の人間ではない。一見すると侍のようにも見える出で立ちの、奇妙な青年だった。

「おい、遥……!」

 そんな青年の容姿を見て、戒斗の脳裏によぎったのはあるひとつの可能性。

「…………ええ、貴方の考えている通りです」

 遥の返答は、それが正しいと暗に告げる。

 戒斗と遥、そして事情が分からぬといった様子の琴音が見つめる先で、青年はスッと目を細めて。

「マティアス殿の報告で、まさかとは思っていたが……本当にそなたであったとはな、我が妹よ」

 遥をじっと見つめながら、氷のように冷えた声音でそう呟く。

 ――――遥のことを、我が妹だと。

「しかし、悪魔の右手と恐れられたマティアス・ベンディクスを退けるとは……我が妹ながら流石だ、と言っておこうか」

「ッ……!」

「そちらのおぬしも見事だ。噂に聞く黒の執行者Black Executerの実力……どうやら本物のようだな」

「てめえは、まさか……!」

 青年はフッと笑うと。

「すまぬ、名乗るのがちと遅れたな。許すがよい。

 ……我が名は長月ながつき八雲やぐも。またの名を元宗賀衆は上忍筆頭、忍名は『極夜きょくや』。

 ――――以後、見知りおくがよい」

 そう、初対面の二人に向かって堂々と名乗ってみせた。

 ――――長月ながつき八雲やぐも

 元上忍筆頭、極夜きょくやの忍名で恐れられた、当代最強の忍者――――。

 宗賀衆の里を滅ぼし、ミディエイターに寝返った裏切り者。長月遥の実の兄が……三人の目の前に突如として現れた、この銀髪の青年の正体だった。

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