第十章:GUARDIAN ANGEL/03

「な、んだとォ……ッ!?」

 ザンっと振り下ろした忍者刀、戒斗が握り締めた『十二式隠密暗刀・陽炎弐式』の刃が、マティアスの自慢の右腕をバッサリと斬り裂いた。

 完全に意識外からの不意打ちだ。気付く間もなく義手を叩き斬られたマティアスが、驚愕の表情で右手と……そして背後の戒斗を睨む。

「はっ!」

 そのまま戒斗は刃を返して二の太刀を閃かせるが、しかしマティアスはすぐに横へ飛んで回避。そのまま大きく間合いを取ると、刃の射程圏外まで離れていく。

「野郎、やりやがったなァ……ッ!!」

 怒りの形相を浮かべたマティアスは、残った生身の左手でリボルバーを連射する。

「油断するお前が悪い、だろ?」

 だが戒斗は涼しい顔で忍者刀を振るい、迫りくる六発のマグナム弾を全て空中で斬り払ってみせた。

 カンカンカン、と甲高い音を立てて、高周波振動する刃に弾丸が弾かれていく。

 それを見たマティアスは「ケッ……!」と悔しげな表情を浮かべるが、しかしその場から動けずに立ち止まる。

 ――――下手に動けば、今度こそ確実にやられる。

 そのことを暗に理解していたからこそ、マティアスは動けないでいた。

「遥、大丈夫か?」

「ええ、どうにか。……流石ですね、私の意図をこうも汲んで頂けるとは」

「わざと自分に注意を向けた、だろ? そうだろうとは思ってたさ」

 戒斗が差し伸べた手を取って、遥がよろめきながら立ち上がる。

 そうして彼女を立ち上がらせてから、戒斗は歯噛みするマティアスに向き直り。

「遥の忠告の意味、教えてやろうか?」

 と、不敵な笑みを浮かべながら語り掛ける。

「……いいぜェ、聞かせろよ」

「てめえは目の前の獲物にばっかり気を取られる癖がある。ソイツはお前の悪癖だ、マティアス・ベンディクス」

 そう、それこそがマティアスの弱点だった。

 奴は目の前の獲物に夢中になると、それ以外の注意が散漫になるところがある。

 琴音を連れて逃げている最中、公園での戦いがそうだった。マティアスは目の前の戒斗との戦いに夢中になるあまり、遥の存在を失念していた。だから隠れていた彼女に奇襲されて、義手を斬り飛ばされている。

 そして、今回もそうだ。

 遥の方がより脅威だと認識して、彼女を優先的に狙ったマティアスの判断は正しい。彼女の忍者刀はあの無敵の右手にとっての天敵。彼女を先にどうにかしようという奴の判断は適切だった。

 だが――――彼女に気を取られすぎた。

 虎の子のグレネードランチャーを撃ち尽くしていたから、無意識に脅威ではないと認識したのか。それとも単に悪癖が出ただけなのか……マティアスは戒斗のことも忘れて、目の前の遥にばかり気を取られていたのだ。

 だから、戒斗が忍び寄っていたことにも気づかなかった。

 だから彼が遥の落とした忍者刀を拾い、奇襲を仕掛けてくることにも気づかなかった。その可能性を……考えもしなかった。

 ――――そして、その状況を作ることこそ遥の狙いでもあった。

 空中でマティアスに襲われ、忍者刀を落としてしまったのは想定外だったが……しかし彼女は上手くアドリブを利かせた。わざと劣勢に陥ったふりをしてみせたのだ。

 彼女ならばワイヤーを使って逃げることも、ワイヤーで忍者刀を手繰り寄せることもできたはずだ。

 だが……それでは勝てない、と遥は踏んだのだ。奴の悪癖を利用した、虚をつく攻撃でなければ決定打は与えられない……瞬時にそう判断したからこそ、遥は敢えて追い詰められたのだ。

 ただし、それは戒斗が意図を察してくれるのが前提だった。

 彼が理解してくれなければ、それで終わりの賭けだったのだ。

 しかし――戒斗は遥の意図を汲み取った。

 戒斗はこっそり忍者刀を回収して、絶好のタイミングまで息をひそめていたのだ。

 彼なら必ず察してくれるだろうと、彼女ならきっとそう考えているだろうと。互いを信頼していなければ絶対に不可能だった戦術。

 遥と戒斗、二人のスタンドプレイの結果で生まれた最高のコンビネーション。それに負けたのだ……あの悪魔の右手は、マティアス・ベンディクスは。

「それでも並大抵の相手なら、ご自慢の右腕でなんとでも捻じ伏せられたんだろうが……相手が悪かったな、俺たちには通用しねえよ」

「ケケッ……なるほどなァ。言われてみりゃあその通りかもしれねえ。次から気をつけるとするぜ」

「残念だったな、次の機会は二度と訪れない」

 言いながら、戒斗は遥に忍者刀をそっと返し。空いた右手で静かにピストルを抜く。

 ――――SIGシグ・P226、Mkマーク.25。

 構えたその銃口が、奴を……マティアスを睨み付ける。

「いくぜ、遥」

「ええ……!」

 傍らの彼女と頷き合えば、タンっと地を蹴って遥が飛び出す。

 逆手に握り締めた忍者刀を手に、飛び込むのはマティアスの懐。義手を失い、リボルバーの弾も切れた奴が歯向かう術は――もう、残されていない!

 瞬時に踏み込み、懐に飛び込んだ遥の右手がひゅんっと閃いて。

「どうか覚悟を……懺悔とともに、眠りなさい…………!!」

 その刃で以て、ザンっとマティアスを叩き斬る。

「あ、が…………っ!」

 胴体を斬られたマティアスは、唇の端から血を流しながら……それでも一矢報いんと、ダンっと大地を踏みしめる。

 だが、もう奴は何もできない。

「……戒斗、最後は貴方が」

 斬り抜けた遥が、マティアスの背中の向こう側でそっと呟く。

 戒斗はそれに「ああ」と頷き返して。

「俺を――――」

 よろめきながら突っ込んでくるマティアスに向けたP226、そのトリガーにそっと人差し指を触れさせる。

「ウオアアアアア――――ッ!!」

「……いいや、俺たち・・・を敵に回したこと」

「ただじゃ死なねえ! 俺ァてめえを――――」

「それがお前の犯した――――デカいミスビッグ・ミステイクだ」

 タァン…………ッ、と廃工場に一発の銃声が木霊する。

 その後で響くのは、カランコロン……と金色の空薬莢が足元に落ちる音。

 その音が木霊したとき、奴の眉間には……直径9ミリの風穴が穿たれていて。

「――あァ、悪くねえ……いい勝負、だった……ぜ――――」

 最後にニヤリ、と満足げに嗤うと……マティアスはバタリ、と仰向けに倒れた。

 眉間の風穴から血を流しながら、大の字に倒れたマティアス。それきり奴は二度と動くことはなく、至極満足そうな顔のまま……静かに、事切れていた。





(第十章『GUARDIAN ANGEL』了)

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