第八章:STILL ALIVE
第八章:STILL ALIVE
「お兄ちゃんっ!」
「野郎、琴音を離しやがれっ!!」
「おおっと、動くんじゃねェぜ。お嬢ちゃん……あんたもだ」
「きゃっ……!?」
「琴音さん……っ!!」
叫ぶ戒斗を釘付けにするように、マティアスは拘束した琴音のこめかみに右手のリボルバーを押し付ける。
ルガ―のGP100。六連発の357マグナム・リボルバー。
妖しく黒光りするそれの銃口が琴音に突き付けられたのを見て、戒斗はビクッと動きを止める。背中の忍者刀を抜きかけていた遥も、同じように硬直していた。
「そうだ、それでいい……安心していいぜ、おめえらが大人しくしてる限り、このお嬢ちゃんには傷ひとつ付けやしねェ」
「畜生……!」
琴音に銃を突きつけたまま、くつくつと舌なめずりするように嗤うマティアス。
そんな奴を相手に、戒斗と遥は何もできないまま、ただ悔しそうに歯噛みしかできないでいる。
――――琴音が捕まっている以上、下手に手出しできない。
彼女が拘束されているという事実そのものが、二人に身動きを取れなくしていた。
「怖いよ、お兄ちゃん……っ!!」
「待ってろ琴音、今助ける!」
「おおっと、だから動くなって」
涙目で震える琴音を前にして、思わず飛び出しそうになる戒斗だったが……しかしマティアスの親指がカチリ、とリボルバーの撃鉄を起こすのを見て、動きかけた足が再び止まる。
「安心しろって、お嬢ちゃんには何にもしねえよ。約束する」
「信じられるものか、貴様のような男の言う台詞……!」
「……ま、信じねえならそれでも構わねえ。ただしお嬢ちゃんは頂いていくぜェ……取り戻したけりゃ、ついてきな」
ニヤリと不敵に笑んでマティアスは言うと、リボルバーの撃鉄を戻しながら――――琴音を連れて、割れた窓から飛び降りた。
「お兄ちゃん、遥ちゃん――――っ!!」
「琴音ぇぇぇっ!!」
「琴音さんっ!!」
マティアスが飛び降りて、琴音の叫び声が木霊する中。戒斗と遥は反射的にその窓に駆けていこうとしたが。
「っ、戒斗っ!!」
「ああくそ、そうなるよな……!」
しかし直後にバァンっと蹴破られた玄関ドアから、敵の群れが店舗スペースに雪崩れ込んできた。
その数は六人、いや七人……昨日襲ってきたのと同じスイーパー連中か。しかし得物はピストル一挺なんかじゃなく、長く威圧的なアサルトライフルで武装している。
それに気付いた遥が叫んだ直後、戒斗は彼女と一緒に踵を返し、咄嗟にカウンターを飛び越えた。
転がるようにカウンターの裏側に飛び込むと、同時にけたたましい銃声が鳴り響く。
一斉に撃ち始めたスイーパーたちの手元、構えたアサルトライフルから放たれた高速ライフル弾の雨が、床や壁、椅子にテーブルなんかの調度品をめちゃくちゃに破壊する。
二人が盾にしたカウンターには特に濃い弾丸の雨が注がれていて、戒斗たちは顔も出せないまま、ただ耐えることしかできない。
「ショットガンが要る……遥、例のワイヤーで取れねえか!?」
「できます!」
「やってくれ!」
「心得ました……!!」
そんな銃火から身を隠しながら、戒斗に頼まれた遥はバッと遠くに右手を伸ばす。
伸ばした右手の裏側、ワイヤーショットからバシュンっと細いワイヤーが放たれる。
緩い放物線を描きながら射出されたそのワイヤーは……少し離れた床に転がっていたショットガン、ベネリM4に絡みつき。遥がワイヤーを巻き取れば、それに引っ張られたベネリが彼女の手元に引き寄せられた。
「戒斗っ!」
「オーライ、いい仕事だ!」
彼女が投げ渡してきたベネリを受け取った戒斗は、ガシャンとボルトを引いて初弾装填。縮めてあった伸縮ストックを目いっぱいまで伸ばせば、それを構えてカウンターから身を乗り出す。
「散々やってくれたな! こっからは……ペイバック・タイムだ!!」
安全装置を解除。戒斗はニヤリと獰猛な笑みを見せながら、ベネリをブッ放した。
ズダァァン、と重たい銃声。ピストルとは比べものにならない大音響の銃声が響けば、ベネリの銃口からパッと強烈な火花が散る。
そうすれば、銃口の睨む先で一人の男が盛大に吹っ飛んだ。
まるで巨大なハンマーで殴られたみたいに、物凄い勢いで男の身体が後ろに吹き飛ぶ。
ベネリM4から放たれた散弾を腹に喰らった男が……バリィン、と背中でガラス窓を突き破って、そのまま外に転落していった。
「オーライ、まずは一人だ!」
確かな手ごたえを感じつつ、戒斗は続けてベネリを発砲。二人、三人と更に吹っ飛ばしてやる。
が、三人目を始末したところで弾が切れてしまった。
「くそ……! 遥、援護してくれ!」
「はい!」
「そこのUMPを使えっ!!」
リロードのために戒斗が身を引っ込めると、遥はまた遠くに転がっていたサブマシンガン――UMP‐45をワイヤーで手繰り寄せ、それを使っての援護射撃を始める。
タタタン、タタタンと一定のリズムを刻む遥の射撃音を聞きながら、戒斗は新しい散弾をベネリに込めていく。
まず一発をオープンしたままの排莢口から放り込み、ボルトストップを叩いて閉鎖。後はベネリの下側からシャコッ、シャコッと一発ずつ赤いショットシェルを装填する。
「交代だ、遥っ!!」
「分かりました!」
そうしてチューブマガジンに七発、チャンバーに一発……合計八発をベネリに突っ込んだ戒斗は、遥と入れ替わりになって再び身を乗り出した。
弾を切らした遥が入れ替わりでリロードする傍ら、戒斗はベネリを連射して更に二人を派手にブッ飛ばしてやる。
(残るは……一人!)
一人は遥が倒してくれていたから、残ったのは一人だけだ。
それを見ると戒斗はバッと身を翻しカウンターを乗り越えて、その最後の一人に突っ込んでいく。
奴は……横倒しにしたテーブルの裏に隠れている。
戒斗が走ってくるのを見て、迎撃のためにアサルトライフルを構えかけたが、しかしリロードを終えた遥の援護射撃がそれを許さない。
「よっと!」
遥の援護射撃で奴がテーブルの裏から出られない間に、距離を詰めた戒斗が横から滑り込む。
膝からスライディングするように床をザッと滑ってテーブルの横へ。滑り込んできた戒斗と目が合った男が、ハッと顔を青ざめさせるが……もう遅い!
「くたばりやがれ!」
奴がアサルトライフルを慌てて構えるよりも早く、戒斗のベネリが火を噴いた。
ズドンと一発。散弾を腹に喰らった男がバンッと殴られたみたく派手に吹っ飛ぶ。
更にそこから二発、三発と叩き込んでやれば、空中で男はぐるぐると何度もきりもみをして……最終的には窓ガラスを突き破って地面に落ちていった。
「これで全部か……!」
「しかし、琴音さんが奴に……!!」
遥の言葉に「分かってる!」と叫び返しつつ、立ち上がった戒斗は左耳にインカムを着ける。
秘匿回線ブラボーで接続。高度に暗号化された通信を繋いだ先は……困った時の成宮マリアだ。
『――――僕だ、何かあったんだね?』
そういうことだ、と戒斗はベネリに弾を込めつつ、インカム越しに話すマリアに言う。
『状況はなんとなく把握している。琴音ちゃんが奴に連れ去られた……そうだね?』
「話が早いってレベルじゃないぜ、よく分かったな」
『実はこっそり彼女の服に発信機を仕掛けておいたからね。少し前からその反応が妙な動きを見せていたから……なんとなくそうじゃないかとは思ってたよ』
流石はマリアだ、こういう用意周到さが彼女らしい。
『琴音ちゃんの位置ならこっちでトレースしている。そっちはもう片付いたんだろう? だったら早く追ってくれ。道案内は僕がするから』
「言われんでもそうするつもりだ。――――遥!」
ベネリを肩に担ぎながら、手招きをする戒斗。
すると遥はカウンターを飛び越えて、すぐ傍まで駆け寄ってくる。手にはちゃんとUMP‐45サブマシンガンを持っていた。
「予備のインカムだ、持っておけ」
「……はい」
『僕だよ遥ちゃん、聞こえるかな?』
「感度は良好、問題ありません』
戒斗から受け取った予備のインカムを左耳に嵌めつつ、コクリと頷く遥。
それにマリアは『オーライだ』と返すと、
『じゃあ、すぐに彼女を追ってくれ。こういう事態も想定して車を用意しておいたんだ』
「よし……運転は俺がする!」
「心得ました!」
蹴破られたドアを潜り抜けて、二人はセーフハウスの外に出る。
外階段を駆け下りて、一階吹き抜けの駐車スペースに置いてある白いセダンに飛び乗る。キーは既に戒斗が持っていた。
運転席のシートに滑り込み、エンジン始動。いつも乗っているカマロとは比べものにならないほど静かで、安っぽい音を立てて白いセダンが目を覚ます。
「右ハンドルなんて久しぶりだな……ま、やってみるさ!」
エンジンが暖まる時間なんて待っている暇はない。乗り込んですぐに、戒斗はオートマのギアをDレンジに突っ込んでアクセルを吹かす。
「飛ばすぜ、掴まってろ!」
ガゥンッとエンジン回転数が上がり、ギャアアッと後輪を軽く空転させながらセダンは急発進。攫われた琴音を取り戻すべく、戒斗と遥は……消えたマティアスを追撃する。
(第八章『STILL ALIVE』了)
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