第九章:FULL THROTTLE/01

 第九章:FULL THROTTLE



『カイト、誘導は僕に任せてくれ。いつものサングラスは持っているね?』

「あんたのお手製だ、肌身離さず持ってるよ」

 早朝の街にセダンを走らせながら、戒斗はロングコートの懐から黒いスポーツサングラスを取り出す。

 いつも愛用の品だ。それをスッと掛けると……レンズの内側、視界の端に小さなマップが表示される。

 ――――スマートグラス。

 これは単なるサングラスじゃない、マリアが製作した拡張デバイス――視界に様々な情報を投影することのできるサポート機器なのだ。

『琴音ちゃんの現在位置も表示してある。ルートは最短距離だ……構わず突っ走れ!』

 レンズの内側に小さく投影されたマップには、行き先を示すマーカーが重ねて表示されている。それと一緒に、高速で遠ざかっていく光点もだ。

 きっとこの光点が示すのが……琴音の位置のはず。

 戒斗は「了解だ!」とインカム越しにマリアに答えると、アクセルを床まで踏み抜いた。

 タコメーターが左から右にグンっと跳ね、車はフルスロットルで急加速。法定速度なんて軽くぶっちぎった猛スピードで朝の街中を駆け抜ける。

 サングラスに映るガイドマーカーに従い、戒斗はセダンを走らせる。

 時に真っすぐな幹線道路をフルスピードで、時に交差点をギャアアッとドリフトしながら滑り抜けて……琴音を示す光点との距離は、加速度的に縮まっていく。

「……! 戒斗、後方から来ます!」

「チッ、やっぱり来るよなお客さんが……!!」

 助手席の遥に言われて、チラリとバックミラーを見る。

 すると――猛スピードで突っ走るセダンの後方から、更に高速で迫る機影が目に飛び込んできた。

 車種はセダンにハッチバック、そのどれもがBMWやベンツといった外車ばかり。少なくともこの型落ちセダンより圧倒的に速いのばかりだ。

 そして、追いかけてくるということは即ち――――あれは敵だ。

「遥、できるか!?」

「応戦します……サンルーフを!」

「あいよ!」

 開けたサンルーフから乗り出して、遥がUMP‐45を構える。

 狙うは後方、迫る追っ手の車だ――――!

「この……っ!!」

 タタタン、と銃声が響く。

 追っ手に向かって、遥はUMPを連射。しかし高速で走る車同士、その速度差もあってか思うように当たらない。

 そうして遥が撃ち始めれば、追っ手の連中も反撃してきた。

 窓から身を乗り出してピストルを構える奴、同じようにサンルーフから身を乗り出してアサルトライフルを撃ちまくる奴。追ってくる車の全てから、戒斗たちのセダンに向かって反撃の銃火が降り注ぐ。

「ちぃっ!」

 そのほとんどは当たらずに掠めるだけだったが、しかし数発がセダンに命中。一発はリアガラスを突き抜けて、もう一発は右のサイドミラーを吹き飛ばした。

 サイドミラーが弾け飛んだのを見て、戒斗が小さく舌を打つ。

「ッ、弾切れ……!?」

 それと同じタイミングで、遥のUMPが弾切れを起こした。

 そんな彼女に、戒斗は左手で「ほらよ」と予備のマガジンを手渡してやる。

「すみません、助かります……!」

「ソイツで品切れだ、終わったら俺のベネリを使え!」

「心得ました……!!」

 遥は頷きながらUMPをリロード。新しいマガジンを差し込めば、追っ手に向かって再び撃ちまくる。

 タタタン、と軽快な銃声を立てて放たれるのは、どんぐりのように大きな45口径弾の雨あられ。

 走る車同士で距離もあるから、やっぱりその大半はあらぬ方向へと飛んでいったが……しかし一発が運よく命中。黒いBMWのセダンのサンルーフから身を乗り出していた奴を見事に撃ち抜いた。

 太い45口径の弾丸を眉間に喰らったソイツが、がくんっとエビ反りになってアサルトライフルを取り落とし、ずるずると力なく車内にずり下がっていく。

「戒斗、スラッグ弾を!」

「あいよ!」

 それに一瞥もくれないまま、一旦車内に身体を引っ込めた遥はUMPを捨てて、後部座席に放ってあった戒斗のベネリM4を手に取った。

 装填済みの散弾を全て捨てて、代わりに戒斗から受け取った別の弾――青色のショットシェルを装填する。

「スラッグはそれっきりだ、よく狙えよ!」

「やってみます……!」

 装填作業が終わると、遥は再びサンルーフから身を乗り出す。

 小さな身体で大きなショットガンを構えて、慎重に狙い澄まし……ここだ、と思ったタイミングでトリガーを引く。

 ズダァァン、と木霊するのは強烈な銃声。

 銃口から吹く盛大な火花に送られながら、撃ち出された巨大な弾はひゅんっと風を切って飛び……追っ手のベンツのハッチバック、その運転手の胸を正確にブチ抜いた。

 フロントガラスが砕け、弾丸を喰らった運転手の胸が爆発したみたいにダンっと弾ける。

 ――――スラッグ弾。

 遥が今撃ったのは普通の散弾じゃない。ただ一点のみを貫くことを目的とした……まさにリーサルウェポンといえる強力な弾丸だった。

 さっきまで装填されていたのは、広範囲に散らばるバックショット散弾。しかしこれは射程距離も短く、正確な射撃にはあまり向いていない。

 だが、スラッグ弾は違う。

 本来はクマのような大型の獣を仕留めるための弾丸で、ショットシェルには散弾のように幾つも小さな弾が入っているのではなく、巨大な弾丸が一発だけ封入されている。

 弾道が安定していて射程距離も長く、そして威力はご覧の通り。だから、狙い澄まして撃つにはぴったりなのだ。

「よし……!」

 運転手をやられてコントロールを失ったハッチバックが、ふらふらと左右に蛇行し……電柱にぶつかって大破する。

 これで、まず一台は撃破だ。

 確かな手ごたえを感じながら、遥はまた別の車に狙い定めてベネリを撃つ。

 二発、三発とブッ放すが、しかし遥の撃ったスラッグ弾は空を切る。四発目はどうにか命中したが、しかし片方のヘッドライトを叩き割っただけだった。

(残りは……三発だけ……!!)

 手持ちのスラッグ弾は渡した分だけだと戒斗は言っていた。つまり撃てるのはベネリに残ったあと三発だけしかない……!

「外せませんね、これ以上は……!」

 呟きながら、慎重に狙い定めて――遥はトリガーを引く。

 早朝の空気を切り裂いて再び木霊するのは、ショットガンのけたましい銃声。

 撃ち放たれた五発目のスラッグ弾は、風を切って真っすぐに飛翔し――迫っていたBMWのセダン、そのフロントグリルを見事にブチ抜いた。

 冷却用のラジエーターを叩き割り、そのままエンジンブロックに突入し内部構造をズタズタに破壊する。

 瞬間、バンッとBMWのボンネットが浮いた。

 同時に噴き出すのは真っ白い蒸気。エンジンを破壊されたBMWはガンっと急ブレーキをかけたように失速し……そのままコントロール不能に陥ると、近くにあった深い用水路の中に飛び込んでいった。

「よし……!」

 そのまま遥は残った二発もブッ放し、更にもう一台のフロントタイヤを弾き飛ばして行動不能にする。

 これでスラッグ弾は打ち止めだ。まだ追っ手は残っているが……戦果としては上々だ。

「戒斗っ!」

「ま、このオンボロじゃ追いつかれるわな……!」

 弾切れのベネリを車内に投げ捨てて、遥は自前のピストル――戒斗に買ってもらったスプリングフィールド・XDM‐40を抜き、追っ手の車に向かって撃ちまくる。

 だがその間にも、残る追っ手は戒斗たちのセダンとかなり距離を詰めてきていた。

 理由は明白、車の性能差だ。

 こっちは型落ちの大衆セダン、向こうはパワーのある外車ばかりだ。むしろ接近されるのにここまで時間が掛かった辺り、戒斗の技量がかなりのものである証ともいえるが……。

 何にしても、スペックの差はどうしようもない。遥が上手く応戦してくれているが、しかしすぐに追いつかれてしまう……!

「くっ……!」

 ダンダンダン、と遥は撃ちまくって、身を乗り出していた数人を40口径の弾丸でブチ抜いて倒していく。

 だがその間にも追っ手の車は更に加速。遂にはその内の一台が、戒斗たちの右隣で並走を始めた……!

「ああ、くそっ!」

 咄嗟に戒斗はハンドルを振り、敵の車にガンっと体当たりを仕掛ける。

 それに動揺して向こうは一瞬だけスピードを落としたが、すぐに急加速。再び並走しようとする。

「おいマリア、なんかねえのか!?」

『弱音を吐くんじゃないよ、男の子だろう?』

「ンなときに言ってる場合か!」

『……ダッシュボードを開けてみるといい、僕からのプレゼントがあるから』

 インカム越しにマリアに言われて、戒斗は助手席のダッシュボードに手を伸ばす。

 パカッと蓋を開けば――そこには小さなサブマシンガンの姿が。

 SIGシグのMPX‐Kだ。片手でも扱いやすいよう、ご丁寧にストックは外されている。

『こんなこともあろうかと、ってね』

「ああ、最高だぜマリア……!」

 マリアがニヤリと笑う気配をインカム越しに感じつつ、戒斗はダッシュボードの中からそのMPXを引きずり出した。

 こんな事態まで予期していたとは、流石の用意周到さだ。これがあれば十分に戦える……!

「遥、掴まってろ!」

「えっ!? ……は、はい!!」

「目にもの見やがれ、これが腕の見せどころだ……!」

 不敵な笑みを浮かべながら、戒斗はサイドブレーキを目いっぱいまで引き切る。

 するとセダンの後輪がロックされて、車体が途端に大きく滑り始めた。

 ギャアアッと激しい音と白煙を立てるセダンを、戒斗はハンドルをぐっと大きく捻ることで動かして……くるりと180度ターン。追っ手の車たちと鼻先を合わせる形で、セダンを後ろ向きに走らせ始めた。

「遥、合わせろっ!!」

「心得ました!」

「喰らいやがれ――――ッ!!」

 戒斗は窓から右手を突き出して、遥はサンルーフの上でピストルを構えて、二人で息を合わせて撃ちまくる。

 伸ばした右手が握るMPXが吠え、猛烈な勢いで9ミリ弾をバラ撒いていく。

 それに合わせて遥もXDM‐40を連射し、狙い澄ました一撃を別の追っ手のフロントタイヤに叩き込む。

 そうすれば――戒斗の掃射を喰らった追っ手はフロントガラスが粉々に砕けて、その向こうで真っ赤な鮮血が激しく散らばる。

 遥も正確にフロントタイヤを撃ち抜いていて、もう一台の車の制御を完全に奪い取った。

 戒斗が中に居た連中を一網打尽にした方と、遥がフロントタイヤを破壊した方。二台の追っ手がほぼ同時にコントロールを失い……片方はガードレールに真っ正面から突き刺さり、もう片方は激しくスピンしながら街路樹に激突する。

 ――――これで、追っ手は全滅だ。

「よし……! ナイスだ遥!」

「貴方こそ、お見事でした……!」

 戒斗はまたサイドブレーキを引いて180度ターンし車の向きを戻しつつ、車内に引っ込んできた遥と互いに称賛し合う。

 とにかく、これで追っ手は全て片付けた。後は琴音を追いかけるだけだ……!

「ッ――――いけない戒斗、避けてっ!!」

 しかし安心した直後、ハッとした遥が血相を変えて叫ぶ。

 見ると――――左の曲がり角から、大きな四駆が猛スピードで突っ込んできていた!

「んなろ……ぉぉぉっ!!」

 咄嗟に戒斗は回避行動を取るが、しかし完全には避け切れず……セダンの左後方に激突されてしまう。

 巨体に衝突したセダンのボディが激しく揺れて、ひしゃげたリアバンパーが外れて道路に落下する。

 しかし戒斗は必死にハンドルを動かし、コントロールを取り戻す。スピンして行動不能……という最悪の結果だけはどうにか避けられた。

「野郎、ハマーか……いや違う、ハンヴィーか!」

 突っ込んできた四駆はギュッと急旋回し、戒斗たちを追撃してくる。

 カーキ色のその巨体は、一見するとアメ車の大型SUV、ハマーに見えたが……しかし少し違う。あれはハマーの元になった軍用車――ハンヴィーだ!

「このままでは……!」

「分かってる! 付き合い切れねえ……振り切るぞ!」

 そんなハンヴィーを引き連れて、いつしか戒斗たちは街を超えて……人気ひとけのない山道に入っていく。

 小高い山を登る、曲がりくねった峠道。琴音を追う最短ルートで突っ込んだ峠だったが……しかし好都合だ。あの鈍重なハンヴィーでは、いくらこちらが型落ちの大衆セダンといっても付いてこれまい……!

 実際に奴とこちらとの距離は、一秒ごとに離れていっている。

 これなら、逃げ切れる。

 だが、そう思ったのも束の間――――。

「嘘……っ!?」

 何かを目の当たりにした遥が、ハッと顔を青ざめさせる。

 戒斗が「どうした!?」とハンドルを激しく動かしながら問うと、遥は血相を変えて叫んでいた。

「後ろっ! 見てくださいっ!!」

「なっ――――!?」

 言われてバックミラーを見た戒斗が、驚きのあまり言葉を失う。

 バックミラーに映るのは、追ってくるハンヴィーの上部ハッチから身を乗り出してきた男の姿。そして……その男が肩に担いだ、巨大な筒のようにも見える重火器のシルエット。

 ニヤリとしてそれを男が構えると、数秒後にバシュンっと何かが撃ち出される。

 一度ふわりと上方向に上昇してから、放物線を描きつつセダンに迫るそれは――――。

「嘘だろ、ATGM対戦車ミサイルかよ――――!?」

 FGM‐148ジャベリン。赤外線誘導の……対戦車ミサイル――――!!

 戦車ですら一撃で吹き飛ばす強力なミサイルが、戒斗たちの白いセダン目掛けて迫っていた――――!

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