第七章:束の間の安息/05
「戒斗、そろそろ交代の時間です」
それから数時間後の夜明け頃。作業もひと段落してボーっと過ごしていた戒斗の肩をトントン、と遥が後ろから叩いた。
どうやらもう交代のタイミングらしい。三時間のほとんどを武器のメンテナンス作業に費やしていたから、体感だとそこまで長く感じなかった。
「なんだ、もうそんな時間か」
「ええ、もうそんな時間です」
「いいよ、なんだか眠る気にもなれない。遥はそのまま寝ててくれ」
「そういうわけにはいきません。……少しでも、眠っておいた方がいいですよ?」
「言われてもな……」
なんだか気が立っているのか、眠れるような気がしない。
だから戒斗は困った顔を浮かべていて、そんな彼の様子を見た遥もはぁ、と小さな溜息をつき。
「……分かりました。でしたら、少し隣いいですか?」
と言って、カウンター席に――戒斗の右隣にそっと腰掛けた。
たった146センチしかない小柄な彼女だから、背の高いカウンター席には半分よじ登るような感じだ。ちょっとだけ難儀しながら戒斗の隣席に座ると、しかし遥は何も言わないまま……じっと無言で彼を見つめる。
「俺の顔なんか見て、そんなに楽しいか?」
そんな彼女の視線が気になって、戒斗は思わず訊いてみたが。
「意外と楽しいかもしれません」
と、遥はいつもの無表情のまま冗談みたいなことを言う。
「おいおい……」
「私も自分で不思議なんです。ただ眺めているだけなのに、どうしてか楽しく感じてしまう。……何故なのでしょうか」
「本人が分からんこと、俺に訊かれても困るな」
「そうですよね。……ふふっ」
相変わらずの薄い無表情、相変わらずの抑揚の少ない声。
でも遥は、ほんの少しだけ楽しそうに小さく笑っていた。そんな彼女の様子を見て……戒斗の顔も、思わず緩んでしまう。
「不思議な
だから戒斗は、らしくもないことを口にしていた。
「私が……不思議?」
きょとんとした遥にああ、と頷いて。
「前にも話したろ? 遥の前だと何故だか本音が出てくる、って」
「……仰ってましたね、そんなこと」
「それだけじゃないんだ……こうしていると、不思議と安らぎを感じてる俺がいる」
「安らぎ、ですか?」
首を傾げる遥に、戒斗はまた「ああ」と頷き返す。
「こんな最悪の状況だってのにな。こうして君が隣に居てくれる今……なんでだろうな、心のどこかで安心してる俺が居るんだ」
「それは……」
「どうしてか、って訊かれたって困るぜ? 俺にだって理由は分かんねえんだ」
「まあ、そうでしょうね」
「……不思議だよ、本当に。こんな気分になったの、姉ちゃんが居たとき以来だ」
「戒斗のお姉さん……ですか」
「もしかしたら、この間のことを真に受けちまってるのかもな」
「この間?」
「遥が年上だから、お姉さんだから頼っていいって言ってくれたろ?」
小さく笑った戒斗に言われて、遥も「……ああ、あのことですか」と合点がいった顔をする。そういえば、そんなこともあったなと。
――――こんな見た目だが、遥は戒斗よりひとつ年上なのだ。
それを知った時に、遥が言ったこと。それを彼は無意識の内に真に受けてるんじゃないか――と、冗談めかしたのだ。
「……だったら、少し嬉しいです」
でも遥はそう言って、いつもの薄い無表情の上に……ほんの少しだけ、笑顔を浮かべる。
「戒斗がお姉さんに感じていたのと、同じ安らぎを……私に感じてくれているのなら。それはそれで……嬉しいです。少しはお姉さんらしく出来ている、ということですから」
「……本当に、変な気分だよ」
「いいと思います、それで。生きる上で安らぎは必要なことですから。今の貴方には……特に」
肩の力を抜いて、自然体で呟いた遥。
そんな彼女を横目に見ながら、フッと小さく笑ったとき――戒斗は自然とあくびを漏らしてしまう。
「いけねえ、安心し過ぎて眠たくなってきちまったか」
「それでいいんです、元々はもう交代の時間でしたから」
「だな。……んじゃあお言葉に甘えて、寝かせてもらうとするさ」
言って、戒斗は席を立つ。
遥はそんな彼の方に振り返って、
「折角ですし、お姉さんらしく膝枕でもして差し上げましょうか?」
なんて、彼女にしては珍しい冗談を言った。
戒斗は大きく肩を揺らしながら「よせやい」と笑い。
「そんなガラじゃねえよ。――――んじゃあな遥、後は頼んだ」
と言って、琴音とは別のソファに横たわると……程なく寝息を立て始めた。
そんな彼に、遥は「……はい、任されました」と呟いて。
「でも……貴方になら、本当にしてあげてもよかったんですよ?」
と、薄い無表情の上でほんの微かに笑いながら――眠る彼に、そっと囁いていた。
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