第七章:束の間の安息/04
夜が、更けていく。
どんな時だろうと、誰であろうと、十二の針が刻む時間の呪縛から逃れることはできない。それはこんな状況にある三人も同じこと。セーフハウスで三人が過ごす夜も、だんだんと更けていく……。
「…………」
時刻は午前二時、草木も眠る丑三つ時。そんな深夜の頃合いに、戒斗はセーフハウスで黙々と作業をしていた。
近くの客席ソファでは琴音が横たわって、少し離れた壁際では遥が座ったまま壁にもたれて、二人とも寝息を立てている。琴音は毛布を被り、遥は薄手のブランケットにくるまって眠っていた。
そんな風に二人が眠る中、カウンター席で戒斗は無言のまま手を動かしていた。
武器のメンテナンスだ。さっきP226の分解整備が終わったところで、今はそれのマガジンに新しい弾を込めているところだった。
紙箱から取り出した9ミリパラベラムの+P+強装弾を、パチンパチンと一発ずつマガジンに込めていく。こうして黙々と弾込めをしている時、どこか精神統一に近い感覚が得られるから……戒斗は嫌いじゃなかった。
「……眠れないのか?」
そんな作業の最中、ふと視線に気づいた戒斗がチラリと横目に視線を流す。
すると――ソファに横たわる琴音が、じっとこちらを見つめていた。
「……うん」
ガーネットのような真っ赤な瞳で見つめながら、琴音が小声で頷く。
「寝れる時に寝ておいた方がいい」
「……お兄ちゃんは?」
「全員寝入ったら無防備にも程があるからな、三時間ずつ遥と交代しながら睡眠はとるつもりだ」
言いながら、戒斗は全弾込め終わったマガジンをトントン、と手のひらに軽く叩きつける。
薬莢の尻がちゃんと真っすぐ揃うように、弾詰まりが起きないように……という、まあおまじないみたいなものだ。
「少し、隣いいかな?」
「……眠たくなったら、すぐに寝ろよ?」
うん、と頷いて、ソファから起き上がった琴音が彼の隣席に腰掛ける。
無言で見つめてくる彼女の視線を浴びながら、次に戒斗はショットガン――ベネリM4に取り掛かる。
やはり紙箱から取り出したショットシェル……ショットガン用の弾を、ベネリの下から一発ずつ込めていく。
シャコッ、シャコッとプラスチックの薬莢がチューブマガジンのバネを押し込んでいく音が、どこか心地いい。
七発の弾を込め終わると、ベネリを傍らに置いて。今度はサブマシンガン……UMP‐45の弾込めを始めた。
「…………」
そんな彼の仕草を、琴音はずっと黙ったまま見つめていた。
別に視線は気にならなかったが、でも彼女がずっと無言なのが気になって。戒斗は思わず「見てて楽しいのか?」と訊いてみる。
それに琴音は「まあね」と頷いて。
「でも……ホントなんだね、お兄ちゃんが殺し屋さんなの」
と、淀みない手つきで弾込めをする彼を見つめながら……少しだけ寂しそうな顔で、そう呟いた。
「……色々あったのさ、俺にも」
「うん、知ってるよ。全部マリアさんから聞いたから」
「お前も……大変だったんだろ?」
「えっ?」
「聞いたよ、親父さんのこと。その……残念、だったな」
「……ありがと。でも私のお父さんはただの事故。お兄ちゃんとは比べものにならないよ」
「同じだ、原因がどうであれ……その重さは、悲しさは変わらない」
「…………だったら、ひとつ約束してくれる?」
「俺に出来ることであれば」
「私を置いて、勝手に一人で死んじゃったりしないこと。私をちゃーんと守り抜いてくれるって……約束して?」
ガーネットの瞳で、真っすぐ戒斗の横顔を見つめる琴音。
戒斗は弾込めの作業の手を止めないまま、チラリと彼女を横目に見て。
「…………分かった、約束する」
そう、言い切ってみせた。
「ん、なら安心した。ふわぁぁ……眠たくなってきたし、寝直すね?」
「おやすみ、ゆっくり寝ろよ」
小さなあくびをした琴音はまたソファに戻ると、毛布を被って……程なく寝息を立て始めた。
そんな彼女をチラリと横目に見ながら、戒斗はまた作業に戻っていく。
「…………」
独り黙々と作業を続ける戒斗と、また眠りに就いた琴音。
そんな二人の背中を――――薄目を開けた遥は、何も言わないまま見つめていた。
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