第七章:束の間の安息/02
「マリアか、遅かったな」
彼女の姿を認めて、ピストルを懐に収めながら戒斗が言う。
「……なにか、あったんですか?」
遥も忍者刀の
「いやあ、色々と準備するものがあってね。だからちょっと遅れちゃったよ、ごめんね」
あははは、と笑いながら、マリアは後ろ手にドアを閉めた。
見ると……彼女は肩に黒いボストンバッグを担いでいた。彼女の言う準備するものというのは、きっとアレのことだろう。
「いやあ、でも随分と派手にやらかしたみたいじゃないか」
「俺が原因みたいに言うんじゃねえ、真っ昼間っからドンパチ始めたのは向こうの方だ」
「はははっ。しかし見事にそれを退けてみせるとは、流石は僕の自慢の息子だね」
「息子……って、ええぇっ!? お兄ちゃんの……おっ、お母さんっ!?」
いつものノリで戒斗のことを息子呼ばわりするものだから、真に受けた琴音がひっくり返りそうになって驚く。
戒斗は「馬鹿っ、マジで受け取られちまっただろうが!」とマリアを怒鳴りつけた後で。
「待ってくれ琴音、俺がコイツの子供なわけあるか。コイツは成宮マリア、俺のフィクサー……あー、雇い主みたいなもんで、俺と姉ちゃんの育ての親だ」
「お兄ちゃんと……雪乃さんの?」
「育ての親、って意味では別に間違ってないだろう? 現に僕は君のことも雪乃ちゃんのことも、実の子供同然に思っているのだからね」
「だーかーらー! お前はちょっと黙ってろマリア! 話が余計にこじれるだろうがっ!!」
いつもの調子で冗談を言うマリアをまた怒鳴りつければ、彼女は「ああ、悪い悪い」と……口先だけで一切悪びれた様子もなく詫びると。
「名乗るのが遅れたね、僕は成宮マリアだ。改めて……よろしくね、琴音ちゃん?」
と言って、スッと手を差し出した。
「あ、はい。折鶴琴音です……って、やっぱりもう知ってますよね」
琴音はその手を握り返して握手を交わしつつ、マリアの顔を見上げてみる。
「あの、マリアさん? 今お兄ちゃんたちの育ての親って言ってましたけれど……それってどういう?」
「……なんだいカイト、まだ彼女に話してなかったのかい?」
「これから話そうとしてたところだったんだ。ものの見事に邪魔されちまったけどな」
「じゃあ、僕から話しても?」
「好きにしてくれ、誰が言ったって一緒だ」
言って、戒斗はやれやれと肩を竦めながらテーブルに両手を突いて、大きく背中を反らす。
それを見てマリアも小さく肩を揺らすと、担いでいたボストンバッグを置いてから……また琴音の方に向き直ると。
「小さい頃、カイトが急に引っ越したことがあっただろう?」
と、琴音の問いに対する答えを提示し始めた。
「えっと、はい。よく覚えてます。すっごく寂しかったの……今でも、昨日のことのように」
「表向きにどういう理由にしたかは、僕もよく覚えてないから……要点だけ話すよ。カイトが引っ越す少し前にね――――死んだんだ、彼の家族が」
「えっ……!?」
「正確には殺された、と言った方がいいね。ある凶悪な男が引き起こした飛行機の墜落事故……それに巻き込まれて、彼の親御さんと弟の……暁斗くんだっけ。その三人が
「そんな……」
想像を絶する彼の過去に、琴音は絶句していた。
言葉すら出ないといった様子の彼女をチラリと見つつ、マリアは更に話を続けていく。敢えて淡々とした口調で、事実だけを述べるように。
「事故で生き残ったのは長女の雪乃ちゃんと、彼女に庇われていたカイトだけだった。そして……その場所に、僕も居たんだ」
「……だから、お兄ちゃんたちを?」
マリアは「ああ」と頷いて、
「僕はその事件を引き落とした男――
目を細めながら、そっと白衣のポケットから出した煙草を咥える。
普段なら煙草嫌いな戒斗が吸わせないところだが、でも今は……それを言う気にもなれなくて。ただ彼女のしたいようにさせようと思った。こんな話をするのなら……煙草の一本ぐらい吹かさないと、マリアも辛いだろうと思ったから。
カチン、とジッポーライターの音が鳴る。
ふぅ、と煙草を吹かす彼女の、アークロイヤル銘柄の匂いがほのかに漂う中……マリアは咥え煙草をしながら話を再開した。
「僕にできることは、生き残った二人を育てて……復讐の機会を与えてやることだけだった。だから僕は持てる技術の全てをカイトと、彼の姉の雪乃ちゃんに叩き込んだんだ。僕もそういう生き方しか知らない、だから……そんなことしか教えてあげられなかったんだ」
「…………」
「もう何年も前のことだったかな。カイトと雪乃ちゃんはその浅倉って男をFBIと一緒に追い詰めて、見事に引導を渡している。だから……今回の一件とは何も関わりはない。それだけは断っておくよ」
「……そう、だったんですね」
マリアの語った話を、琴音はどう受け取っていいか迷っているようだった。
同じように……傍らで静かに話を聞いていた遥も、複雑な表情を浮かべている。幼馴染の琴音ですら知らなかった、戒斗の壮絶な人生に……彼女はただ、静かに胸を痛めていた。
「さて、辛気くさい昔話も終わったところで、これからの話をしよう」
マリアはそう言うと、短くなった煙草を携帯灰皿に放り込みつつ、話をガラリと切り替えた。
「カイト、彼女にはどこまで話した?」
「今お前が話した昔話以外、一通りのことは」
「じゃあ狙われてるってことも知っているんだね。オーケイ、前提条件は把握した。今度は僕が聞かせてもらう番だ」
「分かった――――」
今度は戒斗の方から、マリアに事のあらましを説明する。
といっても、襲撃を受けてからここに至るまでのことだけだ。特に相手が『悪魔の右手』ことマティアス・ベンディクスであることは、念入りに伝えておいた。
「ふむ……あのマティアスか。ちょっと厄介な相手だね……」
「あの義手は厄介だぜ。正直言って、遥が居なかったらヤバかった」
「へえ、遥ちゃんが?」
意外そうな顔をするマリアにああ、と戒斗は頷き。
「――――その刀、高周波ブレードだろ?」
と、遥の方を見ながら言う。
「お兄ちゃん、高周波ブレードって?」
「目に見えないぐらい細かく超高速で振動して、おっそろしい切れ味でなんでも切り刻む刃物だよ。琴音に分かりやすく言うと……歯医者でたまにある超音波ドリルみたいなもんだ」
ま、切れ味は比較にならねえけどな――――。
簡潔に説明した戒斗に、琴音は「へー」と、分かったんだか分かってないんだか微妙な感じの、でも感心している風な反応を示す。
「で、そうなんだろ遥?」
戒斗がまた視線を流して言うと、遥はコクリと頷いて……背中に背負っていた忍者刀を、鞘ごと両手に持って見せてくれる。
「貴方の仰る通りです。これは『
言いながら、遥はその忍者刀――『十二式隠密暗刀・陽炎弐式』を鞘から抜く。
ブゥゥン……と低くささやかな音を立てて露わになった白銀の刀身、その刃は……よく観察してみると、ほんの僅かに震えている……ようにも見える。
――――高周波ブレード。
戒斗が琴音に説明したように、目に見えない微細な超音波振動をする刃であらゆるものを切断する振動剣のことだ。
その切れ味は凄まじく、例え分厚い鋼鉄だろうが薄紙を切るみたく簡単に両断してまうほど。マティアスの硬い金属義手をああも簡単に斬り飛ばせたのも、彼女の忍者刀が高周波ブレードだったからこそだ。
「ああ、そういえば宗賀衆の刀はそうだったね……これなら確かに『悪魔の右手』だろうが問答無用で叩き斬れるはずだ」
「……あの男と対峙する上で、この刀が役に立つのは確実かと」
マリアが思い出したように言う中、遥はチャキンと鞘に納めながら呟く。
「しかし……あの男も馬鹿ではない。同じ手は二度も通じないでしょう」
「結局は、出たとこ勝負ってか……」
「なんだい、カイトってば珍しく弱気じゃないか」
「弱気にもなるさ、あんなびっくり人間が相手なら尚更な」
「あはは、しかし流石じゃないか。あのマティアス・ベンディクス相手にこんな装備で互角に立ち回るなんて、
マリアがいつもの飄々とした態度で、お気楽そうに笑う中。ふと気になった遥は「あの……」と小さく手を挙げて。
「その、前から気になっていたんですが……その
と、今更な質問を投げかけてきた。
それに対しマリアは、
「ああ、彼に付けられた異名……通り名みたいなものだよ。マティアスが『悪魔の右手』と呼ばれているのと同じようなものさ」
あっけらかんとした態度で、そう答える。
「異名……ですか。ちなみに由来を訊いても?」
「これさ」
と言って、マリアはボストンバッグから黒いロングコートを取り出してみせる。
戒斗がいつも着ている、半ばトレードマークのようなものだ。
「なんだ、持ってきてたのは着替えだったか」
「そうだよ? 制服じゃ締まりがないからね、後で着替えておくといい。――そう、こういうことだよ遥ちゃん」
そのロングコートを彼に放り投げつつ、マリアは言う。
「カイトってば、仕事の時はいっつもこれ着てるからね。まして戦い方が……僕譲りで一切の情け容赦がないときた。相手からしてみれば、カイトは黒衣の処刑執行人も同然。だからいつの間にか囁かれるようになったのが――」
「……
「そういうことさ」
「俺は嫌なんだがな、その名前で呼ばれるのは」
「いいじゃないか、格好良いだろう? なんだか厨二っぽい響きが素敵だ」
「呼ばれる側は小っ恥ずかしいんだよ、それ」
参ったように肩を竦める戒斗に、フフッと笑いかけるマリア。
彼女は「さてと――」と言いながら壁にもたれかかると。
「とりあえず、状況整理はこんなところにしておこう。皆も疲れているだろうし、今は休むといい。あとカイトはさっさと着替えておいで」
そう言って、ひとまずこの場での話を区切るのだった。
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