第七章:束の間の安息/01

 第七章:束の間の安息



「ここだ、急だから足元に気をつけろよ」

「う、うん……ホントに急だね」

 ようやく戒斗たちがセーフハウスに辿り着いた頃には、もう辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 昼と夜が織り交ざる、薄闇の境界線上。そんな薄暮はくぼの時間になってから、やっと三人は例のセーフハウスに逃げ込んでいた。

 外階段を昇り、二階の店舗スペースへ。ガチャリとドアを開けて入ると……どうやらマリアはまだ来ていないらしく、中は真っ暗なままだった。

 壁のスイッチを手探りで押し、電灯を点ける。

 チチッ……と点滅しながら頼りなく蛍光灯が灯ると、ひとまず手近な客席に琴音を座らせてやった。

「大丈夫か? どこか痛むところは?」

「なんとか平気……みたい。ありがとお兄ちゃん」

 あはは、と琴音は疲れた顔で苦笑いする。

 あんなことがあった後だというのに、琴音は意外と落ち着いた様子だ。普段はそういう風には全く見えないが、割と肝が据わっているタイプなのかもしれない。

 何にせよ、変に取り乱されるよりはよっぽどいい。

「……周囲に敵の気配はありません。ひとまず安全は確保された……と、見ていいでしょう」

 窓際に立っていた遥は呟いて、ゆっくりと近くの壁にもたれかかる。

 戒斗は彼女に「了解だ」と頷いてから、自分も琴音の傍のテーブルによっこいしょと浅く腰掛けた。

「転ばぬ先の杖、ってな。マリアには感謝しねえとな……」

「…………お兄ちゃん」

 疲れた顔で大きく息をついた戒斗の顔を見上げながら、琴音が話しかけてくる。

 戒斗が「なんだ?」と彼女をチラリと見下ろすと、琴音は少し間をあけてから……思い切って、彼に問いかけた。

「色々と……訊いても、いいよね?」

 その言葉が意味するところは、言われずとも分かっていた。

 どうして襲われたのか、なんで自分が狙われているのか。そして――何故、二人は武器を持って戦っていたのか。

 あんな状況の真っただ中だったから、先延ばしにしていた疑問。やっと落ち着ける場所に逃げ延びた今、琴音がその説明を求めるのは必然だった。

 だから戒斗は「ま、訊きたいわな」と小さく肩を揺らしつつ、チラリと遥に目配せする。

「…………」

 コクリ、と静かに頷く彼女の――真っ赤なルビーの瞳が、話して構わないと暗に告げていた。

 それを見た戒斗は「……分かった」と深く頷いた後。

「今から話すのは、多分お前にとっては信じられないような話だ。それでも……落ち着いて、聞いてくれるか?」

 と、最終確認じみたことを訊く。

「信じられないことなら、今まで十分すぎるぐらいに味わってきた。だから――話して。お兄ちゃんたちのこと、今なら何聞いても信じられるから」

「分かった。まずは―――――」



 戒斗は何もかもを琴音に打ち明けた。

 自分がスイーパーという闇の稼業であること。遥と偶然出会ったことが切っ掛けで、ミディエイターという謎めいた組織の存在と、奴らに琴音が狙われているのを知ったこと。琴音を守るために、遥が先んじて潜入していた神代学園に自分も一緒に潜入したこと。二人で陰ながら琴音を守り続けていたこと――――。

 ここに至るきっかけと、今日までの出来事を、戒斗は包み隠さず彼女に打ち明けた。

「……そっか、そうだったんだ。二人が私のことを…………」

 話を聞いた琴音はやっぱり驚いていたが、でも納得してくれたようで……複雑な表情を浮かべながらも、でも少しだけ嬉しそうな顔でポツリ、と呟く。

「すまなかった、今まで隠していて」

「ううん、いいよそんなこと。二人が私のためを思って秘密にしてたことぐらい……私にも、分かるから」

 頭を下げて詫びる戒斗にそう言ってから、琴音は「ええっと――」と言葉を続ける。

「……もうひとつ、訊いてもいい?」

「俺に答えられることであれば、なんでも」

「お兄ちゃんは、どうしてその……殺し屋さん、じゃないや。スイーパーだっけ? そんなお仕事をしてるの?」

 これは本当に訊いてもいいことなのか、自分が踏み込んでもいい領域なのだろうか。

 そう思いつつ、琴音は恐る恐るといった調子で問いかけた。

「それは――――」

 答えるべきか否か、戒斗は一瞬だけ迷った。

 でも、話す必要があると直感的に感じた。

「――――こういう生き方しか、知らないから……かもな」

 だから僅かな間を置いた後で、戒斗はそう――少しだけ哀しそうな横顔で、ポツリと呟く。

「……そっか」

 その言葉に込められた感情を、彼が内に秘めた哀しさを暗に悟ってくれたのか、琴音は小さく頷いただけで……それ以上、何も掘り返そうとはしなかった。

 そんな彼女の優しさが、戒斗には嬉しかったが――――でも少しだけ、胸の痛みも感じていた。

「――――ッ」

 としたタイミングで、ガチャリと物音が聞こえてくる。

 玄関のドアの鍵が開いた音だ。ハッとした戒斗はピストルを抜き、遥も即座に戦闘態勢を取る。

 しかしピリッと空気が張りつめて、緊張感が漂ったのも一瞬のこと。

『僕だ、入るよ』

 ドアの向こうから聞きなれた声が聞こえてくると、二人はすぐに戦闘態勢を解いた。

 ガチャリ、とドアが開かれる。

「やあお二人さん、ひとまず無事でなによりだ。それと……初めましてだね、お姫様?」

 よれよれの白衣を翻しながら、飄々とした台詞を吐きながら入ってきたのは――――他でもない彼女、成宮マリアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る