第六章:クロース・エンカウンター/04
「来やがれ!」
「ヒャア――――ッ!!」
ダダダン、ダダダンと戒斗が撃ちまくる。
しかしマティアスは飛んでくる全ての弾丸を右手で防ぎ、一切勢いを衰えさせないままの全力疾走で飛びかかってきた。
「ちぃ……っ!」
戒斗は舌打ちをしながらダンっと大きく横に飛び退く。
すると、その直後――爆音が公園に轟いた。
それはマティアスの振り上げた拳が激突した音。今まで戒斗が居た場所のすぐ後ろにあった、石造りの水飲み場が……マティアスの右ストレートを喰らった衝撃でバラバラに弾け飛んだ音だ。
右の義手から繰り出された恐るべきパワーの拳が激突した瞬間、硬い石で出来ているはずの水飲み場が……まるで爆発したみたく粉々に吹っ飛ばされてしまったのだ。
「おいおいおいおい……!?」
その常識外れの威力を目の当たりにして、戒斗も思わず顔を引きつらせる。
「んだよその威力……どんな改造してんだよ!?」
間違いなく、マティアスの義手は違法改造したものだ。
義手を着けたスイーパーだと、戦いやすくするために戦闘用のカスタムを自前で施す者も居る。だが……これはあまりにも常識外れだ。
改造品であろうことは予想していたが、まさかこれほどまでの馬鹿力とは思わなかった。
もしもアレの直撃を喰らっていたら……想像するだけで冷や汗が出てくる。
「絶対に喰らうわけにゃいかねえ、ってか……! 泣けてくるぜ……!!」
戒斗は独り言を呟きながら、一気に公園の中を走り抜ける。
走りながら、P226のマガジン交換。ほとんど弾の残っていないマガジンを潔く捨てて、新しい十五発フルロードのものに取り換える。
「いいねェ、今のを避けるかァ……噂通りで嬉しいぜェェッ!!」
その間にもマティアスはまた飛び出していて、二撃目の右ストレートを繰り出してきていた。
「うおっと!?」
マガジン交換を終えた直後、戒斗はすんでのところでそれを回避。今まで立っていた場所にマティアスの拳が炸裂すれば、砂利の地面がドンっとクレーターのように大きく抉れ飛ぶ。
「まだまだァ、この程度で満足すんじゃねえぞォ――――ッ!!」
その後も、マティアスは二撃、三撃と続けざまに拳を叩きつけてくる。
戒斗はそれを軽快な動きでどうにか回避しつつ、隙を見て至近距離から弾丸を叩き込もうと試みるが……しかしマティアスは素早い反応でそれを察知すると、鋼鉄の右手で全て弾いてしまう。
(野郎、意外にすばしっこい……!)
一見するとマティアスはただ突っ込んで殴りかかってくるだけにも見えるが、しかし意外に攻撃パターンは単調じゃない。基本は真っ直ぐ右ストレートだが、時にフックやアッパーカットも織り交ぜてくるのが厄介だ。
しかもそれだけじゃなく、ちゃんと戒斗の反撃にも警戒している。至近距離からこれだけ撃ち込んでもかすり傷ひとつ与えられてないのが、その何よりもの証拠だ。
流石は右の拳一本だけで『悪魔の右手』と呼ばれ恐れられただけのことはある。マティアス・ベンディクス、やはり只者じゃない――――!
「けどよ、こっちにも切り札ってのがあるんだ……!」
ザッと滑るように立ち止まり、何度目かのリロードを終えたP226を構えながら戒斗は呟く。
迫りくるマティアスに向かって、ダンダンダンと猛連射。マガジンの中身全てを撃ち尽くさん勢いで撃ちまくれば、流石の奴も立ち止まって防御に徹さざるをえない。
「ケッ、んな程度で俺様がどうこうなるわけねえだろうが」
立ち止まり、右手を動かして戒斗の放つ弾丸全てを防御するマティアス。戒斗が破れかぶれの力押しに出たと見たのか、その表情はどこか落胆した風というか、興を削がれたような感じだ。
……だが、戒斗は何もやけっぱちになったのではない。
これが目的、奴の足を止めるのが目的だったのだ。
「よおし、やあっと捕まえたぜ……!」
その目的が達せられた今こそ、伏せていたジョーカーを切るときだ……!!
「やっちまえ! ――――遥ぁぁぁっ!!」
最後の一発を撃ち、ガチンと撃鉄が空を切ったとき。戒斗は大声で叫んでいた。
瞬間――――マティアスの背後から、音もなく飛び出す影がひとつ。
「なっ……んだとォ……ッ!?」
振り返ったマティアスが気付いた時には、既に何もかもが遅く。夕暮れ時の太陽を背にするようにして、天高く飛び上がったその小柄な影は――長月遥は今まさに、逆転の一手を打たんとしていた。
「上出来です、この機を待っていました……!」
今の今まで、遥は公園の生垣の中に隠れて機会を窺っていたのだ。そして最大のチャンスが訪れた今……満を持してその姿を現した。
「ふっ、ざけやがってェ……ェッ!!」
突如として現れた遥を目の当たりにして、マティアスは咄嗟に逃げの構えを取る。
だが――――遅すぎる、何もかもが!
「逃がしません……はぁぁぁっ!!」
首の白いマフラーを靡かせて、飛び上がった遥はバッと突き出した両手をクロスさせる。
すると、両手首の裏から射出されるのは細長いワイヤー。忍者装束のワイヤーショットから放たれたそれで、マティアスの両手を縛り上げた。
クロスした両手を大きく広げれば、ワイヤーで拘束されたマティアスの両腕も連動してバッと大の字に広がる。
「うおおおおっ!?」
「覚悟――――でやあああっ!!」
そのままワイヤーショットが巻き取る力を利用し、加速した遥は……ワイヤーを解いた瞬間、背中の忍者刀をバッと抜き放つ。
逆手持ちに握り締めた刃を閃かせて、すれ違いざまに――――ザンッと一閃。
ザァァっと激しく滑走し、砂埃を上げて遥が着地した時。残心の構えを取った彼女の背後で……がくんと膝を折ったマティアスの右腕が、その肩口からバッサリと斬り飛ばされた。
宙を舞ったマティアスの右腕、ご自慢の改造義手がガシャンと地面に落下する。
「んの、ふざけ、やがってェ……ェェッ!!」
自慢の右手が斬り飛ばされたことに、マティアスが動揺し目を見開いたのも僅かな間のこと。すぐにその顔を怒りの形相に染め上げると、奴は残った生身の左手でリボルバーを抜いた。
ルガーのGP100、強力な357マグナム弾をブッ放すリボルバーだ。
「戒斗、今です……!」
「分かってるよ! ――行くぞ琴音、全力で突っ走れ!!」
「う、うん……っ!!」
しかし、それは二人にとって然したる問題ではない。いくら強力だとしても、あの馬鹿げたパワーの義手よりはよっぽどマシだ。
とはいえ、これ以上ここで奴と戦うのはマズい。更なる追っ手の気配が迫る今、最も優先すべきことは琴音を連れて逃げることだ。
だから戒斗は隠れていた琴音と合流すると、遥も一緒に全速力で走り出す。
公園を横切って、その向こうの通りへ。マティアスがリボルバーの銃口を向けた頃には、もう三人の背中は遙か遠くの射程圏外にまで遠ざかっていた。
「チッ……逃がしちまったか」
戒斗たちが消えていくのを見送りながら、マティアスは舌打ちをしつつリボルバーをしまい直す。
そうした頃に、三人を追ってきたらしい他のスイーパーたちが合流。傷ついたマティアスを見て大丈夫かと声をかけてくる。
マティアスはそれに「義手を一本持ってかれただけだ」と不機嫌そうに答えつつ、よっこいしょと立ち上がる。
「おい、替えの腕ェ持ってこい」
立ち上がったマティアスは斬り飛ばされた義手の基部を外して捨てると、合流したスイーパーの一人に新しい義手を持ってこさせる。
受け取ったのは、さっきまで使っていたのと寸分違わぬ右腕。
それをマティアスは右肩――そこに埋め込まれたソケット部に接続した。
ガシャンと義手を装着した後はぐるぐると肩を回してみたり、手を開いたり閉じたりしてみたり。神経接続が上手くいっているかを確認する仕草をする。
「ヘヘッ、流石じゃねェか
マティアスは戒斗たちが去っていった方に向かって、右腕の義手を突き出し……指でピストルの形なんか作ってみせて。
「楽しみにしてろよ……第二ラウンドの、幕開けだぜェ……」
あまりに不気味で、獣のように獰猛な笑みを湛えながら……青い瞳の奥に、どす黒い闘志の焔を燃やすのだった。
(第六章『クロース・エンカウンター』了)
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