第六章:クロース・エンカウンター/02
学園中にチャイムの音が鳴り響く。
それは六限目の終わりを告げる音色。後はちょっとしたホームルームを挟めば、これで今日一日の課程は終わりだ。
教壇に立った担任が連絡事項を伝えて、ホームルームは滞りなく終了。そうすればやっと学園から解放される。
「んー! 終わり終わりっ! はーつかれたー!!」
ホームルームが終わるや否や、ガタッと席を立った琴音。うーんと伸びをしながら戒斗の方に振り向くと。
「じゃ、行こっか!」
と言って、座ったままの彼に手を差し伸べる。
「エラく張り切ってるな」
「だってだって、楽しみなんだもんっ! ほら、早く行こっ!」
「分かった分かった。……じゃあ行くか、遥も」
「ええ、参りましょうか」
斜め前に座る遥にチラリと目配せをしてから、差し出された琴音の手を取って席を立つ戒斗。
サッと帰り支度をして、重いスクールバッグを肩に担いだ三人が教室を後にしていく。
帰路を急ぐ学生たちの群れに混じって廊下を歩き、階段を下って昇降口へ。そこで上履きから学園指定のローファー靴に履き替えて、校舎の外に出ていく。
「ところでお兄ちゃん、さっきの約束……」
校門まで続く長い坂を三人並んで歩きながら、そっと耳打ちしてくる琴音。
戒斗も同じように小声で「分かってる」と囁き返すと。
「よく分からんが、大事な話があるんだろ?」
「……うん、約束ね?」
「お二人とも、どうされたんですか?」
「いや」
「なんでもないよ、遥ちゃんっ! それより行こ行こっ!」
「わわっ、そんなに押さなくても……っ!!」
きょとんとした遥を誤魔化すように言って、そのまま彼女の背中を押しながら琴音が小走りで駆けていく。
そうして長い坂を登って校門を潜り、学園の外へ。いつもならそこから徒歩で家まで帰るところだが、今日の行き先は繁華街のショッピングモールだから、そこまで一本で向かえる電車の最寄り駅を目指して歩いていく。
その駅は学園からはちょっと距離があることもあり、同じ方向に歩く学生の姿はそう多くない。それも何度か角を曲がれば、すぐに学生たちの姿は見えなくなった。
人通りの多い通りから脇道に逸れて、
「ねぇ遥ちゃん、今度の休みにもお出かけしようよっ」
「でしたら、土曜日はどうでしょう」
「んーいいねいいね! だったらさ、折角だしこの間の服着てきてよっ!」
「そ、それは……」
「おねがーいっ、絶対似合うからっ!」
「うぅ……どうしたらいいんですか……」
左右にブロック塀が延々と続くその細道を、楽しくお喋りしながら歩く琴音と遥。戒斗も特に何も言わないものの、隣を歩きながら二人の楽しそうな会話に耳を傾けていた。
――――――が、事態はあまりに唐突に訪れる。
「…………」
ちょうど交差点に差しかかろうとした時、前から横一列になってやって来た数人の男たちが……三人の行く手を遮るように立ち止まった。
「っ……」
引き返そうと戒斗は振り向いたが、しかし背後にも似たような一団が立ち塞がっている。
どちらも明らかに普通の人間じゃない。戒斗と同じ匂いを漂わせた――そう、きっと裏通りに生きるスイーパーだ。
「ちょっ、何なんですか……っ!?」
その異様な光景を前にして、琴音もこの異常事態に気づいたらしく……怯えた目で男たちを見る。
「あの、退いてもらえますかっ!?」
言うだけ言ってみる琴音だったが、しかし彼らが素直に退いてくれるはずもない。
だって――――彼らの目的は、その琴音の身柄なのだから。
「……遥」
「ええ、分かっています」
二人で頷き合い、さりげなく琴音を庇う位置に着く戒斗と遥。
戒斗が前に立って、遥が背中を守る構えだ。どちらも目を細めて、ピリッとした緊張感を漂わせている。
「大人しくその
そうすれば、行く手を塞いでいた男の一人が呼びかけてくる。
戒斗はそれに対して「誰に言ってるか、分かってんのか?」と凄んでみせる。すると男はニヤリとして。
「分かってるよ
そう言うと――――前後の男たちが、懐から一斉に得物を抜いた。
抜いた得物は、物言わぬ冷たい武器……ピストル。
「ちょっ……!?」
それを見て、琴音はさあっと顔を青くした。
驚きと恐怖のあまり、悲鳴も上げられないでいる。この異様な雰囲気の中、奴らが握り締めるそれがオモチャやモデルガンの類でないことぐらい……言わずとも、聡明な彼女は理解していた。
「さあ、大人しく折鶴琴音をこっちに引き渡せ。そうすればお互い無傷で帰れる」
「そう言われて、ハイどうぞって渡すヤツが居ると思うかい?」
「……戒斗」
銃口を向けて脅してくる男に凄み返せば、背中越しに遥がポツリと呟く。
戒斗はそれに「合図で頼む、隙を見て離脱するぞ」と囁き返した。
「ねえお兄ちゃん、怖いよ……っ!」
「こりゃあマジにヤバそうな雰囲気だな……琴音、絶対に俺たちから離れるなよ」
言って、戒斗は左手で琴音の手を握り締める。
「う、うん……っ」
「手を離すな、何があってもついてこい」
「よ、よく分かんないけど……わ、分かった」
恐怖の中、琴音が勇気を振り絞ってコクリと頷く。
そんな気丈な彼女を見て、戒斗は「いい子だ」と言ってフッと小さく笑うと。
「――――やれ、遥っ!!」
背中越しの彼女に向かって、叫んでいた。
「心得ました……!!」
「琴音、目を閉じろっ!」
「えっ!?」
「いいからっ!!」
言われた琴音が訳も分からず目を閉じた瞬間、遥は懐から取り出した玉のようなものをバンッと地面に叩きつけた。
瞬間、その玉が弾けて――――辺りに強烈な光を撒き散らす。
「うおっ!?」
「ま、眩しっ……!?」
その閃光をモロに見てしまった男たちが、あまりの眩しさに思わず顔を背ける。
――――今のは閃光玉、目くらましだ。
時代劇なんかで忍者がよく使うアレ、と言えば分かりやすいだろうか。遥はそれを地面に叩きつけたのだ。
「今がチャンスだ……走れ、琴音っ!!」
「わわっ!?」
とにかく、これで奴らに隙ができた。
男たちが目くらましを喰らって視界を奪われた隙に、戒斗は琴音の手を引いて全速力で走り出す。
車道を斜めに横切って、交差点の向こう側へ。
「っざっけんな……待ちやがれっ!!」
そうして戒斗たちが交差点を渡り切った時、正気を取り戻した男たちが罵声を上げながらピストルを撃ち始める。
住宅街の細道に、乾いた銃声が何度も木霊する。
ろくずっぽ狙わない破れかぶれの射撃だったが、しかし何発かは走る戒斗と、そして琴音の近くを通り過ぎていく。
音の壁を突き破った速さで飛ぶ弾丸がひゅんっと空を切り、チュンっと甲高い音を立ててブロック塀に小さな弾痕を穿つ。
「きゃぁぁぁっ!?」
銃火に晒されながら、全力疾走で街中を駆ける。
そんな異常事態の真っただ中で、琴音はただただ悲鳴を上げることしか出来なかった。
前を走る戒斗の手を離さないように、強く握り締めながら……必死に駆ける琴音。
「なんなのよ、もぉぉぉぉっ!?」
「いいから、今は前だけ見て走れ! ――――遥っ!!」
「ここは私が……貴方は一刻も早く!」
琴音を連れた戒斗が走り抜ける中、それを追って駆けてくる男たちの前に……遥が躍り出る。
今度は彼女が奴らの行く手を阻むように立ち塞がりながら、遥は背にした彼に叫んでいた。
「分かった……ここは頼むぞ!」
「お任せください……!!」
二人を逃がしつつ、遥はバッと両手を閃かせる。
瞬間、ひゅんっと風を切って何かが飛翔した。
すると、向かってきていた男たちの内三人の首に何かが突き刺さる。
深々と男たちの首に突き刺さった、鋭い刃が四方向に伸びたそれは――――十字手裏剣だ。
首に手裏剣が突き刺さった男たちが倒れる中、遥はどこからか取り出した忍者刀を右手でカチャっと逆手に構えて。
「ここから先は、通しません……!!」
迫りくる刺客の男たちを、そのルビーの瞳で鋭く睨み付けるのだった。
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