第六章:クロース・エンカウンター/01
第六章:クロース・エンカウンター
「お兄ちゃん、今日の放課後って暇?」
それは、ある昼休みのことだった。
いつものように屋上に出て昼食を摂っていると、箸を片手に琴音が何気なしに訊いてくる。
どうやら恒例のお誘いらしい。今日はどこに連れ出されるのやら……。
「暇だが、またどこかに連れていく気か?」
少しの期待を胸に、戒斗は肯定の意を返す。
すると琴音は「んーとね」と唇の下に立てた人差し指を押し当てる仕草をして。
「今日なんだけど、遥ちゃんと約束しててね。ほら、この間行ったあのお好み焼き屋さんあるじゃない? あそこのたい焼きをまた食べに行こっかーって」
「ああ、あそこのか。美味かったよな」
「お兄ちゃんも気に入ってたみたいだし、良ければ一緒にどう?」
「いいな、それなら俺も賛成だ」
「いえーい、じゃあ決まりねっ!」
ということで、今日のお出かけ先は例のショッピングモールのようだ。
ちなみに、この場には珍しく遥は居ない。四限目の社会教師に頼まれて、ちょっとした雑用を手伝っているところだ。もうしばらくしたら屋上に上がってくるだろうが、今は戒斗と琴音の二人きりだった。
「でさお兄ちゃん、ひとつ訊いてもいい?」
そうして放課後の予定がばっちり決まったところで、琴音がまた別の話を振ってくる。
いつもお気楽な彼女にしては珍しく、ちょっと真剣な面持ちだ。そんな彼女の横顔を見下ろしながら、菓子パン片手に「なんだ?」と戒斗が返す。
すると琴音は「えーっとね……」と少しだけ躊躇するように前置きをしてから。
「……遥ちゃんのこと、どう思ってるのかなって」
と、意を決した様子で問いかけてくる。
「どう、って訊かれてもな……」
「なんだかお兄ちゃん、転入してきてからずっと遥ちゃんと仲良さそうだしさ。それに遥ちゃんと話してる時のお兄ちゃん、すっごい楽しそうだし……もしかして、好きなのかなーって」
「そう見えたのか?」
少しだけ驚いた顔をした戒斗に、琴音は「……うん」と小さく頷いて返す。
「あははっ、多分私の勘違いだね。ごめんね? 変なこと訊いちゃって」
でもその直後、まるで誤魔化すようにわざとらしく笑うと、次はそう言って詫びてきた。
戒斗はそれに「いや、それはいいんだが」と戸惑いがちに返し、
「なんで急にそんなことを?」
と、問うてみる。
そうすれば琴音は少しの間だけ無言になった後、
「……あのね、お兄ちゃん」
箸を動かす手を止めて、真剣な表情で彼の顔を見上げる。
「後でなんだけど、少しだけ時間もらっていい?」
「っていうと、放課後に出かけた後でか?」
琴音はうん、と頷き。
「大事な話があるの。だから……二人っきりで、静かな場所で話したい」
そう、真剣な表情で言った。
――――どういうつもり、なんだろうか。
琴音がなんで急にそんなことを言い出したか分からないが、しかし大事な話なのは本当なのだろう。琴音がかつてないほど真剣な顔をしているから、冗談とかからかっているとか、そういうわけではないらしい。
「……なんだかよく分からんが、構わない」
だから戒斗は彼女の意図を掴み切れないながらも、それを了承した。
すると琴音は「そ、そっか!」と途端に顔を明るくして。
「じゃあ、後でねっ! 絶対約束……だよっ!」
と、いつものような能天気な笑顔を見せてくれた。
――――そうしたタイミングで、屋上の扉がキィっと軋む音がする。
「すみません、遅れてしまって」
遥がやっと来たみたいだ。控えめにドアを開けながら、レジ袋片手に屋上に入ってくる。あの袋の中身は……きっと好物のメロンパンだろう。
「んー! 待ってたよぉ遥ちゃんっ!!」
「災難だったな、雑用なんざ押し付けられて」
「いえ、大したことではありません。……琴音さん、隣いいですか?」
「もっちろん! 遥ちゃんならいつでも大歓迎だよぉ! ささ、座って座ってーっ」
「では……お邪魔します」
琴音の横にちょこんと腰掛けて、包みを破ったメロンパンを頬張り始める遥。
そんな彼女の可愛らしい仕草を、琴音は楽しそうな笑顔で、戒斗も小さく表情を綻ばせながら見つめていた。
…………何も変わらない、ありふれた日常。
戦いの中ではついつい忘れがちだった、幸せな時間。きっとこれが、人間が本来あるべき姿なのだ。
こんな時間が、いつまでも続けばいいのに――――。
頭上の真っ青な空を見上げながら、戒斗は何気なしにそう思っていた。
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