第五章:クロッシング・トライアングル/10
――――その頃、全く別の場所では。
「だから、俺はもう降りるぜ! あの
「そうだそうだ! 俺も一抜けさせてもらうぜっ!」
郊外にある廃ビル、その片隅で男たちがひと悶着を起こしていた。
その騒動の切っ掛けは、あの男――昼間ショッピングモールで琴音たちを見張り、戒斗に諭されたあのスイーパーの男だった。
顔を青くして戻ってきた彼が、取りまとめ役の頭目に直談判し、戒斗の伝言を伝えたことが切っ掛けで起きた騒動だった。最初の一言も、その男が嫌になって吐き捨てた台詞だった。
「――――チッ」
やいのやいのと騒ぎが大きくなっていく中、頭目の男が苛立たしげに舌を打ちながら椅子から立ち上がる。
その男もスイーパーだった。右目を隠すほど長く伸ばした真っ赤な前髪を揺らしながら、面倒くさそうに立ち上がった男。内に秘めた残虐性を隠そうともしない目つきで、彼は騒動の発端となった男をギロリと睨み付ける。
「てめえ、ビビってんのか?」
「っ……! 当たり前だろ! 幾らなんでも相手が悪すぎる!」
「面倒くせえな、ったくよォ……」
男はペッと唾を吐き捨てると、苛立たしげな目つきでまた発端の男を睨む。
「用はねえんだよ、てめえみてえな腰抜けにはなァ――――ッ!!」
瞬間、男の右腕が閃いた。
一瞬の内に距離を詰めれば、バッと右ストレートを繰り出して。そうすれば……どういうことだろうか。今まで言葉を捲し立てていた発端の男はダンっと殴り飛ばされると、弾丸のような勢いで彼方に吹っ飛んでいった。
それも数メートルとかじゃない。物凄い勢いで数十メートル……短く見積もっても50メートル以上の距離を吹っ飛ばされれば、そのままダンっと壁に背中を叩きつけられる。
壁がドコンっとクレーターのように凹むぐらいの衝撃で背中を叩きつければ、そのまま発端の男は床に崩れ落ちたっきり……ピクリとも動かなくなる。
どう見ても、即死だった。
「ひゅーっ……」
突き出していたまま残心していた右腕を下ろし、男が小さく息を吹く。
その右腕からは、何故か小さな蒸気が噴き出していて……破れた黒い革ジャケットの合間からは、どうしてだか繋ぎ目のようなものが垣間見えていた。素肌の上に、銀色のとても異質な……直線の繋ぎ目が。
「で? 他に腰抜けが居るんなら早めに手ェ挙げとけよ」
たった一撃の右ストレートで即死させれば、男は威嚇するような目で他の連中を見る。
この場に居た誰もが、皆が皆一様にスイーパーを生業とする連中だった。ただし大半がフィクサーを介さない一匹狼のフリーランスで、実力も三流そこそこな連中ばかりだったが。
「で、でもよ……相手が悪すぎるってのは流石に分かるだろ? あんたの強さは分かった。だから降りるとは言わねえが……事情が変わったんだ。あの化け物相手にたった二千ドルぽっちの報酬じゃあ安すぎるぜ。せめて十倍は貰わねえと割に合わねえよ」
「ケッ、まあそりゃあそうか……てめえらの言い分にも一理ある。俺だって奴の噂は耳にタコが出来るぐらい聞いてるからな。ったく……しゃーねえな、報酬の件は俺からボスに掛けあっといてやるよ。それで満足か?」
「お、おう! だったらやるよ! 二千ドルならともかく、二万ドルなら俺は乗った!」
「ここでアイツを倒せりゃ、一気に名が上がるってもんだ……!」
暗に脅した効果か、それとも思いがけぬ大幅な報酬アップの興奮からか。険悪ムードだった連中は一気に浮足立ち始める。
そんな皆の様子を見て、単純な奴らだ……と男は失笑していた。
「ヘッ、相手はあの
男は蒸気の立つ右手を撫でながら、不気味な笑みを浮かべる。
彼の名はマティアス、マティアス・ベンディクス……。
不気味な笑みを湛えながら、彼は――マティアスは闇の中で
(第五章『クロッシング・トライアングル』了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます