第五章:クロッシング・トライアングル/08
そんなちょっと遅めの昼食を摂った後、ファミレスを出た三人はまたあちこち遊びまわった末に……今度はちょっと離れた場所にある大きなショッピングモールを訪れていた。
「ねえお兄ちゃん、これどうかな?」
「ん? ……いいとは思うが、時期的にちょっと暑くないか?」
「大丈夫だいじょーぶ、これ冬場に着ようかなって思ってるから。遥ちゃんはこれなんて似合うと思うよ?」
「キャミソールですか……いいですね。でも、これはちょっと肩が出過ぎているような……」
「いいのいいの、もうしばらくしたら夏になるじゃん? だったらこれぐらい露出してた方が涼しそうで良いって! 絶対似合うから、ねっ!?」
「あの……戒斗、出来れば助けて頂けると……」
「悪いが諦めた方がいい、こういうテンションの琴音には俺も勝てた試しがないんだ……」
「そんなぁ……」
「うーん決めた決めた! これもう私が買ってあげちゃうっ!」
「琴音さんっ!?」
「だって絶対似合うもんっ! 下は黒かグレー系のスカートなんか合わせちゃってさ、後は黒ニーソにして……くぅーっ超かわいいっ! 想像しただけでご飯三杯いけちゃうっ! もういい決定事項! 早速お会計してくるねーっ!!」
「あのっ、そんなっ、悪いですよっ!!」
「いいからいいからーっ!!」
ショッピングモールに入っていけば、琴音はその中にある服飾店にまた二人を連れ込んでいて。これだ、と思った服を一着、遥に押し付けた後……興奮したテンションのまま、それを有無を言わさず会計に持って行ってしまう。
ちなみに遥が押し付けられたのは白いオフショルダー・キャミソール。これからの時期にピッタリな薄手のもので、肩が大きく露出している、ちょっとだけ大胆なものだ。
琴音はそのキャミソールを遥から奪い取ると、一緒に組み合わせられそうなグレーのスカートも適当に見繕い、自分の服と一緒にさっさと会計を済ませてしまった。
「はいこれ、私から遥ちゃんにプレゼントっ!」
会計を済ませた後、例のキャミソール一式が入った紙袋を遥に手渡す琴音。
「あの……すみません、頂いてしまって……」
それを戸惑いながら受け取った遥は、大きな紙袋をぎゅっと抱えて恐縮した風に呟く。
琴音はそれに「いいのいいのっ!」といつもの無邪気な顔で笑って。
「遥ちゃんならきっと似合うと思ったからさー。お兄ちゃんもそう思うよね?」
「ふむ……そうだな、確かに似合うんじゃないか? 相変わらずいいセンスしてるよな、お前って」
「んふー、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「遠慮させてもらう。お前は褒めすぎると図に乗るからな」
「うわー! お兄ちゃんひどーい! 事実だけどー!!」
「いや自分で認めてんじゃねえか……」
「……ふふっ」
きゃぴきゃぴとはしゃぐ琴音と、それにニヤニヤとしながら応じる戒斗。
そんな二人のやり取りがなんだかおかしくて、遥はいつもの無表情の上で、ほんの小さな笑顔を浮かべていた。琴音からプレゼントして貰った服の紙袋を、小さな胸にぎゅっと抱き締めて。
「んじゃあ、次行こっか!」
そうしていれば、琴音はまた二人の手を引いてどこか別の場所に歩き出す。
「次はどこに連れて行く気だ?」
「んーとね、このショッピングモールに美味しいお好み焼き屋さんがあるらしいの」
「お好み焼き? おいおい……さっきファミレスでたらふく食ったばっかだろ?」
「違うの違うの! そこのたい焼きがね、すっごい美味しいって評判なんだって!」
「いや食い物ってことに変わりはねえだろ……」
「何言ってんのお兄ちゃん、女の子は甘いものは別腹なのっ! そうだよね遥ちゃんっ!」
「……そうなのか?」
「あ、その、えっと……それは、はい。甘味は別腹です」
「そうなのか…………」
「ってことで、イザれっつごー!!」
「おー……って言ってやった方がいいのか、これは?」
「さ、さあ……?」
ということで、妙に張り切っている琴音に連れられて向かったのはお好み焼き屋だ。
ショッピングモールの三階にある店で、歩きながら遠目に見ると……ちょうど仕上がったタイミングらしく、中の店員が焼き立てのたい焼きを次々とケースに補充しているところだった。
焼き立てのたい焼きの香ばしい匂いが、遠くからほのかに漂ってくる。
そんな、いかにも美味そうな香りに鼻孔をくすぐられると……戒斗もなんだか食欲が湧いてきてしまう。甘いものは別腹と今まさに言われたばっかりだが、意外にその通りかもしれない。
「んー、どれにしよっかな」
そうしてたい焼き屋の前に立ち、さて注文しようといった頃。琴音がどの味のたい焼きにしようと悩んでいる傍ら、何かに気付いた戒斗がスッと目を細めた。
「……戒斗」
同時に遥が、琴音に聞こえないようにボソリと小声で話しかけてくる。
戒斗はそれに「気付いてる」と低い声で頷いて。
「俺が相手をしてくる、君は琴音についててくれ」
と言って、静かに歩き出した。
「んえ? お兄ちゃんどこ行くの?」
「ちょっと野暮用がな。すぐに戻るから、俺の分も頼んでおいてくれ」
「おっけー。どれにする?」
「そうだな……カスタードにしとくか」
「分かったー。じゃあ遥ちゃんは?」
「では、私もカスタードで」
「じゃあ店員さんっ、あんこひとつにカスタードふたつお願いねっ!」
店員にたい焼きを注文する琴音たちを背にして、戒斗は彼女たちから遠ざかっていく。
――――あの時、ひりつくような熱い視線を背中に感じていた。
間違いなく、その視線の主は琴音を狙ってきたミディエイターの手先だろう。長いスイーパーとしての経験から、戒斗はすぐに感付いていた。
(にしても、こんな時にまで来なくってもな……)
ショッピングモールの中を歩きながら、戒斗は内心で毒づく。
今は日中、それも人目の多いショッピングモールの中だ。相手は直接的に何かする気はなく、ただ琴音や自分たちの様子を観察しているだけだってことは疑いようもない。
だが……こんな時にまで、来て欲しくはなかった。
今日も例によって琴音に引っ張りまわされてばかりだが、しかし戒斗も戒斗で割に楽しんでいたのだ。猫みたいに気分屋な彼女に、妹みたいな琴音に振り回されることが、意外に彼は好きだった。
だから、今はすごく水を差された気分だ。
しかし……対処しておく必要はある。それに戒斗には考えがあった。そろそろ奴らのしつこさにもうんざりしてきたところだったし、この辺りでこちらからアクションを起こすのも悪くない。
そう思い、戒斗は同じく気配に感付いていた遥に琴音のことを任せて、自分一人で視線の主に接触しようと試みていた。
大体の居場所には見当がついている。戒斗は一度逆方向に歩き去ってみせてから、大回りしてその場所へと回り込んでいく。
そうして多少の時間をかけて足を運んでみれば……居た、ビンゴだ。
壁に半身を預けながら、曲がり角からさりげなく琴音たちの方を見つめている男が一人。一見すると誰かと待ち合わせしているようにも見えるが、しかし戒斗はその男の顔に見覚えがあった。
「――――よう、元気そうだな」
その男の背後に忍び寄って、戒斗は至近距離から声をかけてやる。
突然後ろから聞こえてきた、低く唸るような声。
それに男はハッと驚いた顔で振り向いたが、しかし戒斗は「落ち着けよ」と彼の肩を掴む。男は至近距離で戒斗の顔を目の当たりにして、やっと彼が誰だかを思い出したようだった。
「おっ、お前は……!?」
「遠目じゃ分からなかったみたいだが、この距離ならハッキリ見えるだろ? 久しぶりだな、前に何度か一緒に仕事をしたが、覚えてるか?」
「冗談だろ、
目を見開いて絶句するその男は、簡単に言うと同業者だった。
戒斗と同じスイーパーを生業にする男で、前に何度か一緒に仕事をしたことがある顔見知りだ。腕はよく言っても三流がいいところだったが、しかし気のいい奴だったことはよく覚えている。
「俺もおたくも知らない仲じゃない、今日はこの辺りで引き下がってくれるか?」
「わ、分かったよ……あんたが関わってる相手って知ってたら、最初からこんな仕事断ってたさ」
「一応訊いておくが、なんて言われて雇われた?」
「単なる調査だよ。理由はよく知らねえが、あの
「嘘じゃないだろうな?」
「馬鹿言わないでくれ! あんた相手に嘘ついたら後が怖いっての。成宮マリアの懐刀の一人、
「それを聞いて安心した。ついでにひとつ頼まれてくれるか?」
「な、なんだよ……無茶は言わないでくれよ?」
「簡単なことだ。おたくの雇い主に伝言を頼まれてくれ。あの
「……分かったよ。それだけ伝えたら、俺も手を引くぜ」
「それがいい、賢い判断だ。今度一杯奢らせてくれよ」
「よく言うぜ、お前は呑まないくせに。――それじゃあな」
男は大きく肩を竦めると、そのままどこかへと立ち去っていった。
――――話が早くて助かった。
去っていく男の後ろ姿を眺めながら、戒斗は内心でホッとしていた。
最初はどうやって引かせてやろうと思っていたが、しかし相手が知り合いのスイーパーだったから話が早かった。お互い知らない仲じゃないし、彼もこちらの流儀を心得ている。何よりこういう局面で無駄な嘘をつくほど、愚かな奴じゃない。
それにあの様子だと、本当に嘘は言っていないようだった。
今まで始末してきた他の連中はさておき、少なくとも彼は琴音について何も聞かされていないようだ。素直に雇い主に伝言を伝えたら、後はもう関わってこないと見ていい。
(問題は、この程度で引き下がるような相手かどうか……)
そう、そこが問題だ。
これで自分が――『
戒斗と対立することは、それ即ち彼のフィクサーの成宮マリアを敵に回すのと同じこと。
彼自身は当然として、有力フィクサーの彼女を敵に回すことの愚かさは、この界隈に生きるスイーパーなら誰もが知っていることだ。知らないのはモグリぐらいなもの。普通の相手ならこれで引き下がるはずだ。
…………そう、普通の相手なら。
しかし遥の話を聞く限り、琴音を付け狙っているミディエイターという組織はどうも普通じゃない。一筋縄ではいかない相手なのは確実……そんな組織が、この程度で引き下がるような相手かどうか。
確率としては五分五分がいいところか。だから戒斗はこれで引き下がってくれ……と祈りつつも、しかしそう簡単にはいかないとも同時に感じていた。
「……まあ、いいか」
何にしても、賽は投げられたのだ。後は敵の出方を見るだけ……。
そう思いながら、戒斗は琴音たちの待つたい焼き屋に戻っていく。
「んもー、お兄ちゃんってばおそーい! 折角のたい焼きが冷めちゃうよ?」
「結構美味しいですね、これ。もう一個欲しくなっちゃいます」
「いいんじゃない? だったら私も追加で頼んじゃおっかなー。遅れた罰として二個めはお兄ちゃんの奢りね?」
「マジかよ? まあいいけどさ……」
「やっりぃー♪ じゃあさ遥ちゃん、今度は私がカスタードで、遥ちゃんがあんこ頼むってのはどう?」
「いいですね、そっちも気になっていましたし」
「じゃあ決まりだね! おにいさーんっ! あんことカスタードもういっこずつくださーいっ!」
……といった具合に、追加の二個を奢らされた後で、戒斗はベンチに座って二人と一緒にたい焼きを食べることに。
たい焼きは多少冷めてしまっていたが、それでも焼きたてだけあってまだほんのり温かかった。
「んー♪ おいしっ♪」
「あんこの方も美味しいです」
「マジで美味いな、俺も二個目いっちゃおうかな」
包み紙に包まれたたい焼きを片手に、ベンチの左右に座る少女二人に挟まれながら。戒斗はさっきまでの冷たい表情が嘘のように緩んだ顔で、温かいカスタードたい焼きのクリーミーな味わいに舌鼓を打つのだった。
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