第五章:クロッシング・トライアングル/06

 ――――それから時間は過ぎて、週末の日曜日のこと。

「お兄ちゃーん! こっちだよこっちーっ!!」

 朝も早くから待ち合わせ場所の最寄り駅を訪れると、もう既に待っていた琴音が大声で戒斗を呼び、手招きをしてくる。

 呼ばれて気付いた戒斗が「もう来てたのか、早いな」と言って近寄ると、琴音はえへへーと無邪気に笑い。

「だって、休みの日に皆でお出かけだよ? なんだか楽しみになっちゃってさ、つい張り切っちゃって」

 なんて風に、まあ緩み切った顔でそう言う。

 そんな琴音の格好は、いつも見慣れた学園の制服姿とはちょっと違っていた。

 白いTシャツに紺のジャケット、下はデニム地のショートパンツに黒いニーハイソックスといった感じ。休日にお出かけなのだから当たり前といえば当たり前だが、今日の彼女は私服姿だ。

 いつもの制服で慣れ切っているからか、ちょっとだけ違和感というか新鮮さを感じるが……しかしこれはこれで、彼女の魅力がよく出ている。幼馴染だとついつい忘れがちだが、琴音も遥に負けず劣らずのスーパー美少女なのだ。

 ちなみに、戒斗はいつものロングコートを羽織ったお馴染みの格好だ。こういう時でもブレないのは、ある意味で彼らしいというか、なんというか。

「遥はまだ来てないのか?」

「んー、私はまだ見てないかなー。遥ちゃんって小っちゃいけど、可愛いから遠目でもすぐに分かるし。多分まだ来てないんじゃない?」

「待ち合わせの時間まではまだあるからな。俺たちが無駄に早く来過ぎただけだ」

「いやあー……ほんっと張り切っちゃってさ」

「正直驚いたぞ。俺もかなり早めに来たつもりだったんだがな……」

 と、そんな風に琴音と話していると、こっちに向かって走ってくる足音がひとつ。

「――――すみません、お待たせしてしまいましたか……?」

 息を切らして駆けてきたのは、今ちょうど噂をしていた遥だった。

「ううん、ぜーんぜん大丈夫っ!」

「俺も今来たところだ。……なんだかベタだな、この台詞」

「そ、そうでしたか……なら良かったです」

 小さく肩で息をしながら、ホッとした様子の遥。

 そんな彼女の格好も、当然なのだが私服の出で立ちだった。

 薄いオレンジ色のキャミソールに黒いジャケット、下はグレーのプリーツスカートと黒いニーハイソックス。首元には制服の時と同じように、白い薄手のマフラーを巻いている。

 こちらはこちらで、小柄な遥の可愛らしさと絶妙にマッチしている。おしゃれなコーディネートに彼女の綺麗な銀髪がよく似合っていて、戒斗も思わず見とれてしまったほどだ。

「あー、お兄ちゃんってばまーた遥ちゃんのこと見てるー」

「そ、そんなことはないぞ?」

「またまたぁー、嘘ばっかりぃ。でも仕方ないよね、だって遥ちゃん超可愛いもんっ!」

「ふふっ……ありがとうございます」

 慌てて目を逸らした戒斗を琴音が茶化す傍ら、遥がいつもの無表情の上で小さく微笑む。

 ――――実際、なんでこんなに彼女が気になるのか、戒斗自身にもよく分からない。

 例えば今のように、気付けば無意識のうちに遥を目で追っていることがある。別にそういうつもりは一切ないのに、何故だかそうしてしまう自分が居るのだ。

 ……それはきっと、あんな出会い方をしたから。

 あの時、あの雨の路地裏で出会った時、戒斗は遥のルビーみたいに真っ赤な瞳に心奪われていた。あんな状況だったのに、自然とその瞳を綺麗だなと思っていた。

 だから、切っ掛けがあるとすればあの時じゃないか……と、戒斗は何気なしに思う。

 思いはするが……でもどうして彼女を目で追ってしまうのか、その理由は自分でもよく分かっていなかった。

「じゃあ三人揃ったことだし、ちょっと早いけど行こっか!」

「……そうですね」

「で、どこに行くってんだ?」

「ふふーん、それは着いてのお楽しみだよっ!」

 そんなことを何気なく思う戒斗と、そして遥の手も一緒に取って、琴音は駅の構内に飛び込んでいく。

 交通用のICカードを自動改札に通し、丁度ホームに滑り込んできた電車に三人で乗り込んで。そうして行き先も知らぬままに揺られていると、あるとき琴音は急に二人を連れて電車を降りる。

 そうして連れて来られた場所は、都内にある繁華街だった。

 背の高いビルの群れが天高くそびえ立つ合間を、多くの人々が行き交う賑やかな街。日曜日だけあって遊びに出掛けてきたらしい着飾った少年少女の姿が多く見受けられる。まさに若者の街……といったところか。

「じゃじゃーん! 今日はまずここで目いっぱい楽しんじゃおっ!」

 そんな繁華街に着くや否や、琴音は二人の手を取ってぐいぐいとあっちこっちに引っ張り回していく。

 最初は服飾店が軒を連ねる大通りに繰り出して、定番のウィンドウショッピング。店頭のショーケースに飾られた流行のコーディネートを眺めて、あれがいい、これが可愛いなんて言って琴音は遥を連れ回し、しまいには目に付いた店に飛び込んでしまう。

「遥ちゃんにはこれなんか似合うんじゃない?」

「いえ、私はこういうのは……」

「いいからいいから、いっぺん着てみてよっ! 組み合わせはあれとこれに……あーそうだ、私はこれ試着してみよっかな」

「あの、琴音さん……?」

「ささっ、入った入ったっ! じゃあお兄ちゃん、ちょーっと待っててねーっ!!」

 飛び込んだ先の店で、見繕ったコーディネートを遠慮がちな遥に押し付けて、そのまま琴音は彼女をぐいぐいと試着室に押し込んでいく。

 そうすれば琴音は一緒にしれっと手に取っていた自分のチョイスを手に、遥とは隣の試着室へ。

 そうして二つの試着室のカーテンがサッと閉じられるのを、一人取り残された戒斗はなんとも言えない表情で見つめていた。

「あのー……」

 試着室に入った二人を待っていれば、横から戒斗に声を掛けてくる人影がひとつ。

 どうやらここの女性店員のようだ。二人を接客しようにも琴音がさっさと試着室に入ってしまったため、手持ち無沙汰だったのか戒斗に話しかけてきていた。

「ん?」

「ひょっとして、彼氏さんですか?」

「そう見えるか?」

 はぐらかすように答えた戒斗に店員は「はい」と頷く。

「でも、お二人のどちらでしょう……」

「さあな」

 腕組みをして二人を待つ戒斗の横で、店員はうーんと唸り悩んで。

「……もしかして、銀髪の可愛らしい方ですか?」

 と、戒斗に訊いてみる。

「どうしてそう思った?」

「うーん、強いて言うならなんとなく、です。なんだかお兄さんがあの方を目で追っているような感じがして。もう一人の青い髪の方は、もしかして妹さんかなって。……えっと、違ってました?」

「さて、どうだろうな」

 イエスともノーとも答えず、またはぐらかすように戒斗は言う。

 そんな彼に、店員はふふっと小さく微笑み。

「もしそうだとしたら、少し羨ましいですね」

「羨ましい……?」

「こういう仕事ですから、色んな方と接する機会があります。ですから、お兄さんの人柄も何となく分かるんです。優しい方なんだなって。だから……少し、羨ましいなって思っちゃいました」

「買い被り過ぎだ、俺はそんなんじゃない」

「さて、どうでしょうか……♪」

 肩を揺らす戒斗にまた店員がふふっと笑いかけたとき、シャッと音を立てて試着室のカーテンが開かれる。

「見て見てお兄ちゃんっ! どう、似合ってるー?」

「あの……やっぱり似合わないですよね、私にはこんなの……」

 自信満々といった感じで胸を張る琴音と、その横の試着室で恥ずかしそうに、自信なさげに頬を朱に染める遥。

 そんな二人に向かって、戒斗が言える答えといえば一言。

「あー……まあ、良いんじゃないか?」

 こんな風な、どこかはぐらかすような言葉だった。

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