第五章:クロッシング・トライアングル/05

 そうして車のトランクに買った武器弾薬を詰め込み、一誠の修理工場を出る頃にはもう随分と外は薄暗くなっていた。

 こういう頃合いを薄暮はくぼ、というのだったか。太陽が西の彼方に殆ど没し、夕焼けの茜色よりも夜闇の方がずっと濃くなった空模様。あと少しもすれば完全に真っ暗な夜が訪れるような……そんな昼と夜の狭間の、僅かな時間だ。

 そんな薄暮の空を眺めながら、戒斗はもうひとつの目的地に向かって車を走らせていた。

「セーフハウス……ですか」

「万が一の備え、転ばぬ先の杖ってやつさ。琴音を逃がすための避難所みたいなもんだ。マリアがやっと用意できたっていうからな、今日買った武器はそこに置いておく非常用の備えってわけさ」

「なるほど……」

 車を走らせながら、戒斗はサイドシートに座る遥と言葉を交わす。

 そうして薄暮の下をカマロで突っ走ること少し、すぐに目的地は見えてきた。

 そこは、二階建ての元店舗だった物件だ。

 かつては喫茶店か何かだったらしいそこは、一階部分は吹き抜けの駐車スペースになっている。二階の店舗スペースには外階段でアクセスする方式のようだ。

 ――――そこが、目的地のセーフハウスだった。

 万が一、琴音を狙うミディエイターの手先と本格的な戦闘になって、一刻も早く彼女を逃がさなければならなくなった時、駆け込むための緊急避難所。それがこの元喫茶店らしいセーフハウスだった。

 時間をかけてマリアが用意しただけあって、立地条件も悪くない。学園や琴音のマンションから徒歩で十分に逃げ込めるぐらいの距離にあって、かつ人通りもそんなに多くない一帯にある。ここなら一旦逃げ込んで彼女を避難させるにはうってつけの場所だ。

 加えて、一階吹き抜けの駐車スペースには逃走用の車も用意されている。どこにでもあるような、白い没個性的な大衆セダンだ。

 セーフハウスは既にほとんどの用意がマリアの手で済ませられている。後はここに非常用の武器弾薬を置いておけば、それで準備は完了だ。

「ここだ、足元には気を付けてな」

「はい」

 車を降りた戒斗は遥と一緒に外階段を昇り、二階の店舗スペースへ。

 事前にマリアから預かっていた鍵で玄関ドアを開けて、電灯を点けてから中に入っていく。元は喫茶店だったから、そのまま土足で上がれるようになっていた。

 中は店が廃業した時のまま、客席の椅子やテーブルが置きっぱなしになっていたが……中は荒れ果ててはいないようだ。大きなガラス窓もちゃんと原形を保っているし、床やテーブルにもそんなに埃は積もっていない。

 きっとマリアが何度か訪れて、ある程度の掃除はしていたのだろう。そんな感じの気配を戒斗は感じていた。

「よっ、と……」

 担いでいた大きなボストンバッグを、戒斗はカウンターの上に置く。ガシャンと重そうな音を立てて黒いバッグを置くと、戒斗はその中に入っていた武器弾薬を取り出し始めた。

「ここを使わずに済めば、それが一番良いんですけどね」

 そうして荷物の整理を始めた戒斗の傍ら、カウンターに軽くもたれかかりながら遥がポツリと呟く。

 戒斗はそれに「そうだな」と作業の手を止めないまま頷いて、

「本当に、使わずに済むなら一番なんだがな……」

 と、窓の外に広がる景色を見つめながら、どこか遠い目で呟く。

 いつしか太陽は西の彼方に没し、窓越しの景色は――真っ暗な、夜の闇色に変わっていた。

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