第五章:クロッシング・トライアングル/04

 いつものロングコートを羽織った私服に着替えた戒斗は、制服姿の遥を連れて自宅マンションを出ると……近くにある貸しガレージに足を運んでいた。

 ガラガラとシャッターを開け、格納されている自分の車――シボレー・カマロSSと対面する。

「これは……随分と大きいですね」

「アメ車だからな。暖機せにゃならん、ちょっとだけ待っててくれ」

 その大柄なボディを見た遥が目をぱちくりさせる中、戒斗は運転席に滑り込む。

 最近は気温も大分暖かくなってきたし、チョークを引く必要はないだろう。戒斗は鍵穴に差し込んだキーを前に捻り、エンジン始動。バララッと乾いたけたたましい音を立ててV8エンジンが目を覚ますと、それが暖まるまでの時間をしばし待つ。

「道具も一通り揃っていますし……趣味、なんですか?」

 そうして暖機が終わるのを待つ中、ガレージを眺めていた遥がポツリと言う。

 戒斗はそれに「まあな」と返しつつ、カマロの長いボンネット――オレンジと黒のツートンカラーが眩しいそこに軽く腰掛ける。

「ある程度の細かいメンテナンスは自分で、な。大抵はこれから行く先に丸投げしちまうが」

 カマロを格納している貸しガレージには一通りの工具が揃っている。彼が言ったように、ある程度のレベルまでの整備は戒斗が自分でこなしているのだ。

 尤も、あくまで趣味の域は出ていない。だから専門知識の要る難しい作業は……この後の行き先に丸投げしてしまっているのが実情だ。

「良い趣味だと思います、少なくとも私には」

「ありがとよ。――――っと、暖まったみたいだ。そろそろ行こうぜ」

「……はい」

 話している内に、エンジンは十分に熱を帯びていた。

 右側の助手席に遥を乗せて、戒斗はカマロを貸しガレージから発進させる。

 上手くクラッチを繋ぎながらローギアに入れてやれば、年代物のアメ車は滑るように走り出す。

 ある程度の回転数まで回ったところで、ギアを2速、3速と上げて……スピードが乗ったところで4速トップギアに突っ込み、後はゆったりとクルージングだ。

「…………」

 そうしてカマロを街中に走らせながら、ふと戒斗は何気なく隣をチラリと見てみる。

 助手席には、大きなシートに制服姿の遥がちょこんと座っている。大柄なアメ車にこんな小柄な、それも制服の少女というのは……なんだかミスマッチにも思えるが、でもこれがどうしてか絵になっていた。

 それはひとえに、彼女が可愛らしいからに違いない。

 制服の首に白いマフラーを巻いて、開けた窓から吹き込んでくる風に銀色の髪をさあっと靡かせている遥。微かに細めた瞳は、真っ赤なルビーにも似た色に煌めいている……。

 こんなに可愛らしい少女なのに、歳は自分より一つ上だそうだ。未だに信じられない気持ちの方が強くて、戒斗は運転中に思わずそんな彼女の方に視線を流してしまっていた。

「……? 私の顔に何か付いていますか?」

 とすれば、視線に気づいた遥がきょとんと首を傾げる。

 戒斗は「いや、なんでもない」と誤魔化しつつ、視線を前の方に向け直した。

 ――――と、そうしてカマロを走らせること数十分。

 辿り着いた目的地は、とある修理工場だった。

 街外れの横丁、その片隅にある小さな自動車修理工場だ。どこにでもあるような、ありきたりといえばありきたりな個人経営のそこの前に、戒斗はカマロを停めた。

「……ここ、なんですか?」

 首を傾げる遥にそうだと頷きつつ、戒斗は車を降りる。

 そのまま彼女を引き連れて、工場の中へ。半開きになった大きなスライドドアを潜りながら「おい一誠いっせい、居るんだろ?」と声を掛ける。

 すると――――奥から現れたのは、戒斗にとって馴染みの青年だった。

「あーはいはい、来たッスね戒斗さん。待ってましたよー」

「頼んどいた奴が全部揃ったってマリアから聞いて来たが」

「ちゃーんと全部揃えてあるッスよ、抜かりはないですから」

「あの……戒斗、この方は?」

「ああすまん、紹介が遅れたな。コイツはみなみ一誠いっせい、俺の昔馴染みだ」

 見知らぬ彼に戸惑う遥に、戒斗は簡潔に説明してやる。

 ――――みなみ一誠いっせい

 それがこの、見るからに気さくな性格の彼だった。

 背丈は166センチと戒斗より低く、油にまみれたオレンジ色のツナギを着ていることから……この修理工場のメカニックだということは一目で分かる。ただマリアの名前を出した辺り、単なる整備工ではないのだろう。

「あのあの戒斗さん、こちらの大変お可愛いお嬢さんはどなたで?」

 そんな一誠を遥が見ていると、今度は彼の方から訊いてくる。

「ん? あー……色々と複雑なんだが、まあ俺の相棒みたいなもんだ」

「……一誠さん、でしたね。長月遥と申します。以後……お見知りおきを」

「へー! あの一匹狼の戒斗さんがねえ! ああっと失礼、俺は南一誠と申しますッス。ええっと呼び方は長月さん……うーん、遥ちゃんでいいかな?」

「あ、はい。お好きなように呼んで頂ければ」

「じゃあ遥ちゃんッスね! これからよろしくっス!」

 どうやら見た目通り、気さくな性格の持ち主らしい。

 遥の手を取って、ぶんぶんと振り回すように握手をする一誠。そんな彼に遥が微妙な顔で戸惑っていると、横から戒斗が「いいから奥に連れてけ」と彼を軽く小突く。

 すると一誠は「分かってますよー」と遥の手を離して。

「んじゃ、奥までご案内ッス」

 と言って、二人を工場の奥にいざなった。

 何台も車が入っている広い工場、その奥まった場所にある床に触れると、そこにあった隠しハッチを一誠が開ける。

 すると姿を見せたのは、地下へと続く隠し階段だ。

 その隠し階段を、一誠の先導で二人は下へと降りていく。

 そうして行きついた先は――――簡単に言えば、武器庫だった。

「これは……」

「表の顔は修理工、裏の顔はガンスミスで武器屋。それがコイツだ、遥」

「ふふーん、もっと褒めても良いッスよー?」

 隠し階段の先にあった広い部屋、そこに所狭しと並べられているのは……大量の銃器だ。

 壁にはアサルトライフルにスナイパーライフル、大きな軽機関銃までがズラリと掛けられていて、その傍にあるショーケースには大量のピストルやリボルバーといった小型の銃が納められている。

 それ以外にもスコープやレーザーサイトのような後付けアクセサリー類や、クリーニングキットにオイルなどの小物類。弾を手込めするためのローダーといった機械の他に……少しだがグレネードランチャーや重機関銃、ロケットランチャーなんかの重火器類まで揃っている。

 どうやら、これがこの南一誠という人懐っこい彼の裏の顔らしい。

 表の顔はしがない修理工、しかしその実は戒斗たちスイーパーに武器を提供するガンスミス――銃器職人。それがこの彼、南一誠なのだった。

「で、ご注文の品ッスね。ちょっと待っててくださいよ」

 言って、一誠は奥のバックヤードらしき区画に引っ込んで……それから幾つかの品を戒斗たちの前に持ってきた。

 真ん中にある一際大きなショーケースをテーブル代わりにして、一誠は持ってきたそれらを広げていく。

「まずはUMPッスね、45口径のモデルで良かったですよね?」

「ああ、その方が都合がいい」

 最初に一誠が出したのはUMP‐45、ドイツ製のサブマシンガンだ。

 ありふれたサブマシンガンで、使うのはドングリのように太く大きな45ACP弾。近距離での火力は折り紙付きだ。

「で、次はベネリM4……あー、やっぱり良いッスよねえこれ。俺も毎回オススメしてますよ」

「イタリア製の傑作だからな」

 次に取り出したのはショットガン、ベネリM4だった。

 イタリア製の自動式で、戦闘用としてはこれ以上ない逸品。色々と細かい違いのあるショットガンだが、戒斗がチョイスしたものはコンパクトに縮める伸縮ストック装備、七発装填の軍用チューブマガジン仕様のものだ。

「後はUMP用のマガジンが五本に弾が三〇〇発、ベネリ用の弾が……バックショット二箱、スラッグ一箱で間違いないッスか?」

「ああ、それでいい。注文通りだな」

「安心安全、信頼第一が俺のモットーですから」

 最後に予備マガジンと大量の弾箱を並べながら、一誠が嬉しそうに笑う。

「他に何か入り用なものはあります?」

 ひとまず注文の品を揃えた後で訊いてきた一誠に、戒斗は「俺は特にない」と答えた後で。

「……そうだ、遥も何か貰っていくか?」

 と、思いつきで訊いてみる。

「私が、ですか?」

「折角の機会だからな、いくら忍者っつってもハンドガンの一挺ぐらいあっても困らないだろ?」

「遥ちゃんって忍者なんすか!?」

「まあな、その辺は追い追い話してやる。それより……新規のお客さんだ、分かってるだろうな?」

「もちろんッスよー! ご新規さんと美人さんには特にお安くするのも、俺のモットーですから!!」

「び、美人さん……ですか」

 調子のいい一誠の言葉に、少しだけ照れくさそうにする遥。

 そんな彼女に「で、どうする?」と戒斗が問うと、遥は「そうですね……」と思案し。

「でしたら、ハンドガンを一挺頂きたいです。ちょうど欲しいなとは思っていましたから」

「りょーかいッス! 何かご要望はあったりします?」

「オートマチックで、出来たら軽いものがいいです」

「わっかりましたぁーっ! ちょーっと待っててくださいねぇーっ」

 バタバタと騒がしく足音を立てて、一誠は近くにあったピストルのショーケースに駆けていく。

 そこから見繕った数挺を、一誠はショーケースの上に並べていく。遥と一緒に近寄って見てみると、その全てが注文通りにオートマチックのピストル、軽くて持ち運びやすい樹脂製のものばかりだった。

「ウチに今ある在庫だと、ファイブセブンにSIGシグのSP2022、ベレッタのAPXに定番のグロック19、あとは……これぐらいッスかね」

「これは……」

「スプリングフィールド・XDM‐40。この中だと遥ちゃんに一番合う気はしますね。あくまで俺の第六感ッスが」

 遥が興味を示した一挺を手に取って、一誠が彼女に手渡す。

 それはここに並べられた数あるピストルの中でも、特に優れたものだった。

 ――――スプリングフィールド・XDM‐40。

 物自体はグロックシリーズから続く樹脂製ピストルの定番に倣った構造で、細身なグリップはよく手に馴染む。信頼性も高く、実戦向きな一挺だ。

 XDMは様々な弾に対応するピストルだが、今チョイスしたのは40S&W弾仕様のもの。9ミリと45口径の中間的なスペックの拳銃弾で、威力は折り紙付きだ。

「ファイブセブンは遥ちゃんのちっちゃな手には大きすぎますし、XDMが丁度いいと俺は思うッスよ」

「ふむ……」

 ピストルを受け取った遥はそれを構えてみたり、ガチャガチャと軽く動かしてみたりして具合を確かめている。

 そうしてしばらく試してみた後、遥は無表情のままコクリと頷いて。

「……いいですね、これにしましょう」

 と、XDMを貰うことにした。

「毎度ありーっす。支払いは……」

「いいよ、俺が払う。その代わりマガジンと弾は付けてくれ」

「そんな、貴方に払って頂くわけには……」

「気にするな、俺から言い出したことだ。少し遅いが、お近づきの印代わりのちょっとしたプレゼントとでも思ってくれればいい」

「……すみません、感謝します」

「えーっと、じゃあ支払いは戒斗さん持ちってことで良いっすね?」

「そうしてくれ。あと忘れてたが俺の弾も三箱頼む」

「はいはい、9ミリパラベラムの+P+弾ッスね。にしても相変わらずエッグい弾使いますよねえ……」

「実戦用でケチってどうする。武器ってのは最大火力をブチ込むもんだろ?」

「そりゃそうっすけどね」

 言いながら、一誠は遥のXDM用の予備マガジンと弾箱、あとは戒斗に追加注文された9ミリ強装弾の箱をドンっと置く。

 その後でパチパチと電卓を叩き、合計金額をサッと計算。その後で「お代はこんぐらいッス」と見せれば、戒斗は用意しておいた札束を彼に手渡す。

「ほらよ、ピッタリ丁度だ。ドル払いで良かったか?」

「毎度助かるッスよー。やっぱ取引はドル建てが多いッスからね。正直こっちの方がありがたいんスよ」

「だろうな」

「ところで戒斗さん、カマロの調子どうッスか?」

「最近暖かくなってきたからかな、ちょっとアイドリングがバラつく感じがする。一応出来る範囲でキャブの調整は試してみたが……餅は餅屋だ。今度また調整を頼むかもしれん」

「任せてくださいよ、キャブの調律は大得意ッスから。――うし、これで全部ッスね。例のセーフハウスの場所さえ教えて貰えれば、良ければ俺が持ってくッスよ?」

「いや、いい。自分でやるから。そのために車で来たしな」

「んじゃあ、上まで運びましょうか」

「ああ、毎度世話をかけるな」

「いいんスよ、お得意様ッスから。次も遥ちゃん連れてきてくれるなら、それで十分ッスよ」

「……遥、随分と気に入られたみたいだな?」

「えっと……はい、また来ますね……?」

「はーい! またどうぞッス―!!」

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