第四章:日常の中に潜むもの/01
第四章:日常の中に潜むもの
そんな神代学園への転入から一週間、戒斗は実に平穏そのものな日々を過ごしていた。
退屈な授業を上手く適当に過ごし、昼休みになれば遥や琴音と毎日のように屋上に行って昼食を摂り。放課後になれば、これまた毎日のように琴音にあっちこっち連れ回される日々……。
何もない、本当に何もない、ただただありふれた日常の繰り返し。でもそんな生活が、戒斗にとってはどこか新鮮で……特別なようにも思えてしまう。
それはきっと、彼が普通の人間じゃないからだ。こんなごく普通の生活なんて、送ったことがなかったから……だから新鮮で特別に感じてしまうのだろう。
――――でも、それはあくまで仮初めの姿だ。
彼の仕事はあくまでスイーパーであって、そして学園に居る真の目的は、琴音をミディエイターという謎の組織の手から守り抜くことなのだ。
それは、遥とて同じこと。故に二人は琴音と楽しい学生生活を送りながら、同時に人知れず戦いを続けていた。
そう、こんな風に――――――。
「それじゃあ二人とも、また明日ねー!」
「おう、気を付けて帰れよ」
「では……また、明日です」
転入から一週間が経ったこの日、金曜日の放課後。もう陽が落ちて薄暗くなった
今日も今日とて、彼女に連れ回されてあっちこっち遊び歩いていた。でも流石に遅くなってきたからということで、やっとこさ解散したといった具合だ。
……が、むしろ二人にとってはここからが本番だった。
「琴音さん、今日も楽しそうでしたね」
「ああ、そうだな。……遥、ここからはいつも通りに」
「心得ました。では戒斗――参りましょうか」
「このまま無事にお家まで帰ってくれればいいがな」
「そうはいかないのが、いつものことですから」
去っていく琴音に背中を向け、別方向に歩き出していた二人は……あるとき急に立ち止まると、今度は琴音の後を追って歩き出す。
言ってしまえば、彼女の後をつけるのだ。
全ては彼女を危険から遠ざけるため。現に琴音は何度も、こうした夜道で何者かに襲われかかっている。
無論、その全てを遥が、そして今は戒斗も一緒に退けてきた。琴音本人には気取られぬまま、音もなく静かに……。
これもまた、毎日のルーティンワークのひとつ。琴音を無事に家まで送り届けるため、二人の放課後はもう少しだけ続くのだ。
「……! 戒斗、あちらの方に不穏な気配が」
「分かってるよ、そっちは俺に任せろ。君は――」
「私はあちらのもう一人を。……では」
「こっからがお仕事タイムってわけだ」
薄暗くて
遠くからその背中をさりげなく追いかけていた二人は頷き合い、バラバラの方向に歩き出す。
一度全く別方向に曲がり、そのまま大きく回り込んで。琴音を暗い路地から覗き込む――片手にピストルを持った、見るからに怪しい男の後ろに戒斗は立つ。
「なっ――――!?」
「おおっと、静かにしてな。お姫様に気付かれちゃ面倒だ」
音もなく忍び寄った戒斗は、そのままガッと男の首に両腕を回してグッと締め付ける。
男は抵抗を試みようと、手に持っていたピストルを振り回すが。
「だから静かにしろって」
戒斗はそのまま両腕を力いっぱい回すと、ゴキンと男の首をへし折った。
首の骨を折られた男が、泡を吹いてその場に崩れ落ちる。明らかに即死だ。
足元に転がる男の顎先をコツンと爪先で小突きながら、戒斗はふぅ、と息をつき。路地の向こうにサッと手を掲げて合図を送る。
すると、少し離れた場所――真っ暗な別の路地から、遥が静かに出てきた。
――――その右手に、血に濡れた忍者刀を携えながら。
「こっちは終わったぜ」
「……こちらも片付けました。マリアさんに連絡を」
「俺がやっとく。そっちも……どうやらミディエイターの奴で間違いなさそうだな」
「はい、明らかに琴音さんを狙っていました。恐らく、奴らに雇われた小物でしょうが」
「何だろうが一緒さ、敵であることにゃ変わりねえよ。……行こうぜ、琴音からちょっと離されちまった」
「ええ、参りましょうか」
とまあ、これが今の二人の日常だった。
忍び寄っていた二人の刺客を音もなく排除し、すぐさま琴音の後を追って駆け出していく。姿は見えなくなったが、彼女の帰宅ルートは把握済みだから問題ない。
走っていけば、すぐに彼女に追いついた。軽快な足取りで歩く後ろ姿は、何にも気付いていない様子。背後で二人が助けてくれていたなんて、とうの本人は思ってもみないことだろう。
だが、それでいい。
彼女が知らずに済むのなら、それが一番だ。闇から闇へ、人知れず何もかもを片付けることが出来たのなら……それが一番だというのが、戒斗と遥の共通認識だった。
「……無事に、帰りましたね」
そうして彼女の後を追うことしばらく、琴音が無事に自宅マンションに戻っていったことを確認した遥がホッと胸を撫で下ろす。
琴音の住むマンションは割とセキュリティがしっかりしていて、玄関もオートロック式だ。ここまで厳重な警備であれば、敵もそう易々と入り込めないだろう。仮に侵入したとしても、それはそれで対処のしようは幾らでもある。
「今日のお客さんは二人だったか。珍しく多かったな」
「はい。いつもは居ても一人ですから」
「……ま、これで今日のお仕事は完了だ。マリアが呼んでる、顔出していこうぜ」
「ですね」
こんな日々が、いつまで続くのかは分からない。
だが彼女がミディエイターに狙われている以上、幾らでも付き合う覚悟は……遥も、そして戒斗もできていた。奴らが一体どんな組織で、なんで琴音のことを付け狙っているのかは分からない。だが……やれるだけのことをするまでだ。
とにかく、ひとまず今日の護衛任務はこれで終わりと見ていいだろう。このまま直帰しても良かったが、生憎と今日はマリアに呼び出されている。
だから今日は二人とも、ちょっと寄り道をしてからの帰宅になりそうだった。
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