第三章:ボーイ・ミーツ・ガール/02

「――――幼馴染、ですか」

 午後の授業も終わって放課後。ホームルームも終わり、皆が部活や帰宅のために解散していく中。二年E組の教室に残っていた戒斗はそう、同じく教室に居残っていた遥と話していた。

「まあな。顔と名前でピーンと来たんだ。だからもしかしてと思ったら……見事にビンゴだ」

「……納得しました。貴方が協力を申し出てきたときには、何事かと思いましたが」

「ずっと昔、子供の頃に家が隣同士だったんだ。俺にとっちゃ妹みたいなヤツさ。ま……色々あって、別れちまったんだが」

 窓から夕焼けの差し込む教室で、戒斗が壁にもたれ掛かりながらスッと目を細める。

 ――――折鶴琴音は、彼の幼馴染なのだ。

 本当にずっと昔のこと、戒斗がまだ幼い子供だった頃の話だ。ちょうど琴音と家が隣同士で、その縁もあってかよく一緒に遊んでいた。年下の彼女は……なんというか、幼い戒斗にとって妹みたいな存在だったのだ。

 とはいえ、一緒に過ごした期間はそう長くない。色々と事情があって戒斗が引っ越してしまって、それきり別れたままだったのだ。

 ……しかし、まさかこんな形で再会することになるとは。

 あの夜、遥に彼女の名前を聞いた瞬間すぐに分かった。記憶の中にある幼い少女と、写真に写る今の美しい彼女とが頭の中で結びついた。だから戒斗はすぐに協力を申し出たのだ。彼女をミディエイターとかいう組織から守ることの手助けを。

「ところで、ええっと……」

「戒斗でいい」

「では……戒斗、本当に良かったのですか?」

「何がだ?」

「その、学生になって潜入するなんて……いくら護衛のためとはいえ」

 遥の質問に、戒斗は別に構わない、と答える。

「アイツも学生だ、だったら一番近くで守るにはこれが一番都合がいい」

「ですけど、その……年齢もありますし」

「なんだよ遥、やっぱ制服似合ってないってか?」

「いっ、いえ……! そういうつもりではなく……っ!」

 ニヤリとして戒斗が言ってやると、遥は途端にあわあわと慌てた様子で手を左右に振ったりして。そんな彼女の反応がおかしくて、戒斗はくくっと笑いながら「冗談だ」なんて言ってやる。

 すると、遥は小さく顔を逸らし。

「……意外に、貴方って意地悪なんですね」

 なんて風に、小さく頬を膨らませる。

 そんな彼女に「悪かった悪かった、ほんの冗談だ」と戒斗は言い。

「ま……都合が良いのはホントだが、実際のところはマリアがな」

 と、今度はちゃんと真面目な口調で呟いた。

「マリアさんが……?」

 意外そうな顔を浮かべる遥に、戒斗はああと頷く。

「一度でいいから、普通の学生生活ってのをやってみて欲しい……だとよ」

「……なんというか、あの人らしいですね」

「意外にお節介だからな、あれでいて。確かに俺は学生ってのをやった覚えがない……だからまあ、いい機会だしこっちも楽しむとするさ」

 戒斗が小さく笑いながら言うと、遥もそっと彼の顔を見上げながら――いつもの無表情の上で、ほんの微かに笑ったような気がした。

「ごめーん、二人ともお待たせ―っ」

 ――――とした頃に、琴音が教室に駆けこんでくる。

 担任にちょっと用があって呼ばれていたらしく、二人はその彼女を待っていたのだ。今日は一緒に帰ろうと約束していたから。

「いえ、待ったというほどでは」

「それより大丈夫だったのか? お前のことだ、何かやらかしたんじゃないだろうな」

「もーっ! そんなんじゃないってば! ホントにお兄ちゃんってばいっつも私のことそういう風に……私の大学との細かい手続きだって!」

 いつも通りの無表情で言う遥の傍ら、ニヤニヤとしながら冗談めかす戒斗にぷりぷりと怒る琴音。

 なんだか、こんな風に過ごしていると……自分が潜入している身の上、というのをつい忘れてしまいそうになる。これが普通の学生というものなのか……と、何故か今になって戒斗は感じていた。

「なんだ、ビザでも切れたか?」

「切れてないって―の! とにかく行こっ! 早く行かないと売り切れちゃうからっ!」

「……そういえば、おすすめのクレープ屋さんがあるって仰ってましたね」

「そうそうっ! だからさ、遥ちゃんもお兄ちゃんも、早く行こっ!!」

「分かった分かった! だから手ぇ引っ張んなって! 転ぶからっ!!」

「琴音さん……っ!?」

「ふふん、急がないと待ってくれないよーだっ!」

 ぐいぐいと琴音に手を引っ張られながら、足をもつれさせつつ走り出す戒斗と遥。

 とまあ、こんな風に――――戒斗にとって初めての学生生活。折鶴琴音を守るための、仮初めの日々が幕を開けたのだった。





(第三章『ボーイ・ミーツ・ガール』了)

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