第三章:ボーイ・ミーツ・ガール/01
第三章:ボーイ・ミーツ・ガール
――――私立
郊外の小高い丘を切り拓いたような立地にある、自然に囲まれた緑あふれる穏やかな環境の私立学園。近隣では名門校として知られている他に、女子制服の可愛らしいデザインを目当てに入学を志す女子も少なくないらしい。
そんな神代学園、早朝の二年E組の教室。朝のホームルームを間近に控えた騒がしい教室の中、少女――
「はぁ……っ」
頬杖を突きながら、琴音はぼうっと窓の外の景色を眺めている。口からは自然と溜息が漏れ出てしまっていた。
それは何も、込み入った事情から来る溜息じゃない。単に早朝から妙に気怠いだけの、なんとも下らない理由から来る溜息なだけ。要は朝がすこぶる弱いのだ、彼女は。
――――が、そんな物憂げな表情も不思議と画になる。
背丈は163センチとまあまあ高めで、起伏に富んだスタイルのモデル体型。顔つきも美少女だと誰もが口を揃えるほどに整っていて、ぱっちりとした魅惑の瞳はガーネットのように真っ赤な色。肌は白磁みたいに透き通っていて、腰まである真っ青な髪は枝毛ひとつないサラサラなストレートロング……。
と、琴音はこんな絵にかいたような美少女なのだ。そんな彼女だったら、物憂げな顔を浮かべているだけでも絵になって当然。もしこの瞬間をカメラで切り取ってみれば、きっとその一枚は大会で金賞が取れること間違いなしだろう。
――――と、折鶴琴音という少女はそれほどまでに美しい少女だったのだ。
「……おはようございます、琴音さん」
「ん、遥ちゃんか。おはよー」
そんな彼女に話しかけてくる、小さな影がひとつ。
少し前に転入してきたクラスメイトの少女……長月遥だ。たまたま席が隣同士になった縁で、何だかんだと仲良くしてもらっている。
ちなみに席配置は琴音が窓際最後尾で、遥がその右隣だったり。更に琴音の後ろにはもうひとつ、真新しい空席が増えているのだが……ま、これに関しては分かり切っている。
「ねえねえ遥ちゃん、新しく転入生が来るって噂、もう聞いた?」
そう、このクラスにまた転入生がやって来るのだ。
遥に続いて、これで二人目の転入生。こんな微妙な時期にやって来るのが、まさか二人も居るとは。
その物珍しさからか、既にクラス中が何日も前からその話題で持ちきりだった。
「ええと、確か今日でしたよね」
当然ながら遥もその噂のことは知っていて、コクコクと頷きながら言葉を返してくる。
なんだかいっつも無表情で、口調も抑揚が少ないから感情が分かりにくい彼女だが……こういう些細な仕草がどうにも可愛らしくて、琴音は割と好きだった。
「そうそう、なんでも今度は男の子なんだって。イケメンだと嬉しいよね?」
「……ええ、そうだといいですね。私も楽しみです」
無表情の上でほんの微かな笑みを浮かべながら、遥がスッと席に着く。
とした頃にチャイムが鳴り響き、程なくガラリと戸を開けて担任教師が入ってきた。それを合図に、騒がしかったクラスメイトたちは次々と自分の席に着いていく。
教壇に登った担任が、本日の連絡事項を淡々と伝えていく。でも教室の誰もがそんなことは上の空で、噂の転入生がやって来るのを今か今かと待ちわびている様子。どこかソワソワした雰囲気なのは、琴音も他の皆と一緒だった。
「――――よし、じゃあ今日は転入生を紹介するぞ」
その一言で、教室が一気にざわめく。噂通りだ、やっぱり転入生がやって来るのは今日だった……!
誰が来るのかな、どんな奴が出てくるのかな。ひそひそと小声で話す噂話が、琴音の耳にもよく聞こえてくる。
が、そんな浮ついた雰囲気をコホンと担任が咳払いして鎮める。
「はいはい、静かに。それじゃあ――戦部、入ってくれ」
(…………えっ?)
廊下の方に向かって、手招きをしながら担任が転入生の名を呼ぶ。
でも、聞き間違いじゃなければ――――今、戦部って聞こえたような?
驚いた琴音の胸がドキッと高鳴るのも束の間、ガラリと引き戸が開いて。その向こうから転入生が堂々とした足取りで入ってくる。
教壇の上に立ったのは、噂通りの男子だった。
長身痩躯で、セミショートの黒髪は何故だか跳ねっぽくボサボサ気味。顔立ちはまあ整っている方だが……皆が期待した甘いマスクのイケメンというより、むしろ男前といった方が適切な感じだった。
転入早々から妙に着崩したブレザー制服に、どこか気怠そうにしながらも鋭い眼光。そんな転入生の顔を、琴音は何故かよく知っているような気がしていた。遠い昔に、ずっとずっと昔に――――。
ああそうだ、間違いない。彼は、そうだ彼は…………!!
「それじゃあ戦部、適当でいいから自己紹介を」
「初めまして、俺は――――」
「――――――お兄ちゃんっ!?」
気付けば琴音はガタッと立ち上がり、転入生の彼に――戦部戒斗に向かって叫んでいた。
「ねえ、お昼一緒にどうかな?」
午前の授業が一通り終わって、昼休みが訪れた。
チャイムが鳴るや否や、琴音はすぐに真後ろの彼に――新しく増えていた新・窓際最後尾に座っていた転入生、戦部戒斗に声を掛けていた。
「うん? ……まあ、構わんが」
「それじゃあ、折角だから屋上行こうよっ! あそこならあんまり人も来ないし……ねっ?」
「……でしたら、私もご一緒させて頂けると」
「遥ちゃんも? うーん……まあいっか! じゃあ行こっ!」
「お、おい引っ張るなって!」
どこか困惑気味な彼の手を強引に引っ張って、遥も一緒に……琴音は教室を飛び出すと、タッタッタッと階段を昇っていく。
そうして琴音が二人を連れて行った場所は、校舎の屋上だった。
まあ屋上といっても、そう大したものじゃない。余った机の置き場所と化した踊り場を抜けて、妙に建てつけの悪いドアを潜った先。転落防止のフェンスと、後は申し訳程度のベンチがあるぐらいな……そういう屋上だ。
「見ての通り、ウチの屋上って貧相だからねー。一応開放はされてるけれど、基本誰も寄り付かないのよ、ここ」
「確かにな。しかし……景色は最高だ」
琴音の言う通り、屋上そのものの設備は貧相もいいところだ。誰も寄り付かないのだって無理もない。
――――だが、景色の良さは見事なものだった。
小高い丘を切り拓いているという立地だからか、遠くの方の景色までよく見える。近くを見れば学園周辺の街並みが一望できて、遠くまで目を凝らせば、都心のビル群もうっすらと見える。耳を澄ましてみると、まるで都会の喧騒までもが風に乗って聞こえてきそうな気がするほどだ。
「いい眺めでしょ? ここに吹く風はすっごい気持ち良くってね……こっちに短期留学で来たときに見つけて、暇を見てはよく来てるのよ」
吹き付ける穏やかな風にさあっと靡く髪を、そっと指先で押さえつけながら。琴音は改めて戒斗の方に向き直ると。
「……で、本題なんだけど」
と、どこか真剣な面持ちで彼を見つめる。
「お兄ちゃん……戒斗お兄ちゃん、だよね?」
恐る恐るといった風に、確かめるみたいに琴音は問いかける。
そんな彼女に、戒斗はフッと小さく笑いかけて。
「――――久しぶりだな、琴音」
そう、昔懐かしい彼女の名を呼んだ。
「! じゃあ、それじゃあやっぱり……!」
名を呼ぶことは、暗黙の肯定に他ならない。
だから緊張っぽかった琴音の表情はみるみるうちに明るくなっていって。
「もう……っ! 今まで、今までどこで何してたの……っ! 急に居なくなっちゃうから、寂しかった……ずっと会いたかったんだよ……っ!!」
「色々あったんだ、色々とな。まさかこんなところで琴音に会えるとは思わなかった」
「それは私の台詞だよっ……! っていうか、お兄ちゃんって私より年上だったはず……なんで同じクラスなの?」
「ずっとアメリカに居たからな。色んな事情でハイスクールからやり直しだってよ」
「ふふっ、そっか……じゃあ私とおんなじだね」
「琴音と? 俺が同じ?」
「私も、ずっとイギリスの大学に居たから。こっちには短期留学みたいな扱いって感じ。これでも飛び級でちゃーんと大学院まで出てるんだからね? どう、凄いでしょう?」
「飛び級か……それは凄いな。昔から琴音は頭良かったもんな」
「ふふっ、もーっと褒めても良いのよ?」
「……あの、戒斗と琴音さんってもしかして……お知り合い、なんですか?」
「うん? そうだよー。っていうか遥ちゃん、もしかしてお兄ちゃんのこと知ってるの?」
「あ、はい。といっても少し前からですけれど」
「街で偶然、たまたまな。それより琴音、さっさと昼飯にしようぜ。ボーっとしてると時間が無くなっちまう」
「んだね、じゃあ皆で食べよっか」
言いながら、琴音はベンチに腰掛けて持ってきたお弁当を広げ始める。
戒斗もフェンスに背中を預けながら菓子パンの包みを破り、遥も琴音の隣にちょこんと腰掛けながら……メロンパンを頬張っていた。
「ふふっ、遥ちゃんってホントにメロンパン好きだよねー」
「……そう見えますか?」
「うん、しょっちゅう食べてる気がするもん」
ベンチに腰掛けながら、楽しそうに話す少女二人。
そんな二人をチラリと横目に見ながら、戒斗は何気なく頭上の空を見上げて。
(これで、ひとまず第一段階はクリア――――)
真っ青な昼間の青空を眺めながら、内心でそうひとりごちるのだった。
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