第二章:白銀の少女/02

「邪魔するよ」

「挨拶ならいい、それよりこっちだ」

「分かってるよカイト、事情なら把握している。――――ああ、やっぱりそうか」

 ドアを開けて、玄関先で待っていたマリアを招き入れる。

 そうして遥の居るリビングルームまで入ってくると、マリアは彼女を一目見るなり……予想通りだ、と言わんばかりの反応を示した。

「貴女は……マリアさん?」

 すると遥の方もどうやら彼女を知っているのか、驚いた顔でマリアを見上げている。

「おい待てよ、知り合いなのか?」

「まあね、友達の妹さんだよ」

「こんなところで、マリアさんにお会いするなんて……でも、どうして?」

「僕は彼のフィクサーなのさ。カイトから忍者の女の子を拾ったって聞いた時点で、まさかとは思っていたが……本当に遥ちゃんだったとは、僕も驚きだよ」

「おいおい……こんな偶然ってアリかよ?」

 ……どうやら遥もマリアも、お互いに知り合い同士のようだ。

 これには戒斗も驚いていた。たまたま出くわして拾ってきた遥が、まさかマリアの知り合いだとは思いもよらなかったことだ。

 世間は狭い、とはよく言うが……狭すぎるにも程があるだろう。

 だが何にしても、二人が知り合いなら話はスムーズに進むに違いない。驚きはしたが、しかし僥倖ぎょうこうだった。

「あの、マリアさん――――」

「皆まで言わなくていい、僕の耳にも宗賀衆そうがしゅうの件は入ってきている。……大変だったみたいだね、本当に」

「……お気遣い、痛み入ります」

「君に何があったのかは知らない。だがカイトが拾ったのも何かの縁だろう。袖振り合うもなんとやら……僕らで力になれることがあったら、喜んで協力させて貰うよ」

「! しかし……!!」

「気にしなくていい、僕と君ら兄妹の仲じゃないか」

「あー……すまん、盛り上がってるところ悪いんだが。俺にも分かるように説明してくれないか?」

 二人の間では会話が成立しているようだが、事情も何も知らぬ戒斗にはちんぷんかんぷんだ。

 だから敢えて話の腰を折るように呼びかけると、遥は「……すみません、つい」と小さく詫び、マリアは「ああ、ごめんごめん。カイトは何も知らなかったね」と苦笑いしながら頷く。

 頷きながら、マリアは勝手知ったる顔でソファに腰掛けて。それから改めて戒斗にこう説明をしてくれた。

「――――端的に言うと、遥ちゃんは忍者の女の子だ」

「知ってるよ、見りゃ分かる」

「彼女は宗賀衆そうがしゅうっていう忍者一門の出身で……って、僕が話すより本人に聞いた方が早いか」

「……では、ここからは私が」

 と、マリアは話の続きを遥にバトンタッチ。ここからの事情は彼女本人の口から、ということのようだ。

「…………改めまして、私は長月遥と申します。宗賀衆は上忍、忍名しのびなは『雪華せっか』……戦部さん、助けてくださったことに改めてお礼を」

「戒斗でいい。……その忍名しのびなってのは?」

「宗賀衆の上忍、つまり忍の最高位を授かった者に与えられる……コードネームのようなもの、と思って頂ければ」

 呟く彼女に「なるほどな」と戒斗が相槌を打つと、遥はそのまま話を続けていく。

「……宗賀衆とは、古来より歴史の影にあった忍の一門です。歴史を遡っていけば、その始まりは戦国時代に行きつく……と言われています。やがて戦国の世が終わり、徳川の築いた天下泰平の260年、そしてその後の維新を経て現代まで……私たちは常に歴史の影に在りました」

「お、おお……続けてくれ」

 急に話のスケールが大きくなったからか、戒斗は戸惑いつつも……ひとまず、言葉通りに受け入れていく。

 それを見て遥はコクリと頷けば、更に宗賀衆についての説明を続けてくれる。

「……ですが、その宗賀衆も今はありません」

「無くなった……?」

「はい。お恥ずかしながら、突然の裏切りにより……里は壊滅に追い込まれてしまいました。生き残ったのは私を含めてごく僅かのみ。宗賀衆は……もう滅んだ、と言い換えてもいいでしょう」

 と言った後で、遥は一呼吸を置くと。

「その滅びの原因となった裏切り者が―――長月ながつき八雲やぐも、私の兄です」

 そう、表情は薄い無表情ながらも……微かに悔しげな色を滲ませながら、呟いた。

「マジかよ……」

「残念だけどカイト、事実なんだ。かつて宗賀衆最強と呼ばれた凄腕の忍者、『極夜きょくや』の忍名で恐れられた元上忍筆頭……僕も彼とは友達だったからね。未だに信じられない気持ちだよ」

 ――――遥の兄が裏切り者で、宗賀衆を滅ぼした元凶。

 それを聞いて絶句する戒斗に、マリアが溜息交じりの声で呟く。彼女にしては珍しく……どこか気落ちした声だった。

「で、遥ちゃんはその八雲の行方をたった一人で追っかけていたと。……そうだろう?」

「ええ、マリアさんの仰る通りです。里を滅ぼし離反した兄様にいさまと今一度会い、その真意を確かめること……それが、今の私の生きる理由です」

「……事情は分かった。それで遥……だったか? さっき言ってたミディなんとかってのは?」

 戒斗の問いに、遥はコクリと頷き。

「『ミディエイター』……兄様が寝返った組織、正体不明の秘密結社です」

「おいおい、忍者の次は秘密結社かよ……」

「ふむ、ミディエイター……いわば『調停者』といったところか。全く大層な名前を付けたものだね」

「兄様の行方を追う中で、私はそのミディエイターという組織に辿り着きました。そして彼らが、ある女の子を狙っているということを知った。私はあの時、そのを狙って現れた刺客と戦っていました。退けることは出来ましたが……しかし私も手傷を負ってしまい」

「そこに俺が偶然出くわした……と、そういうことだな?」

 確認するような戒斗の言葉に、遥は「はい」と頷いて肯定する。

 ――――ここで一度、状況を整理しよう。

 長月遥は、宗賀衆という古くから暗躍し続けてきた忍者一門の出身。しかしその宗賀衆は裏切った遥の兄・長月八雲によって壊滅させられてしまった。

 数少ない生き残りの一人だった遥は、裏切った兄の行方を追っている最中、彼が寝返った『ミディエイター』という謎の組織について知る。そのミディエイターがとある女の子を狙っていることを知った遥は、そのを狙う奴らの刺客を退けたが……しかし自分も手傷を負ってしまった。

 で、そこに偶然出くわしたのが戒斗だったというわけだ。

 …………改めて整理すると、こんな感じか。

「なるほどな……状況は理解できた」

 と、頭の中でざっくり整理し終えた戒斗は言うと、続けてこう遥に問いかける。

「それで、連中に狙われているっていう女の子は?」

「……このです」

 そう言って、遥は懐から取り出した一枚の写真を戒斗に差し出してくる。

 写っていたのは、10代後半の少女だった。

 長身でモデル体型、長い髪は海のように綺麗な青い色。瞳は赤く、顔立ちも恐ろしいほどに整っている。どこかの学園の制服を着ている辺り……学生だろうか?

「これは……」

 その顔に、何故だか戒斗は見覚えがあるような気がしていた。遠い昔に、ずっとずっと昔に会ったことがあるような……。

「なあ遥、一応訊いておくが……このの名前は?」

 だから戒斗は、何気なく少女の名前を問うてみる。

 そんな彼の問いかけに、遥はコクリと頷いた後。

「――――折鶴おりづる琴音ことねというそうです、彼女の名前は」

「ッ……!?」

 ああ、通りで見覚えがあるわけだ――――。

 遥の口から出てきた、少女の名前。折鶴琴音という彼女の名前を聞いた時に、戒斗の心はもう固まっていた。

「なあ、遥」

「……はい」

「このの護衛――――俺にも手伝わせてくれ」





(第二章『白銀の少女』了)

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