第二章:白銀の少女/01
第二章:白銀の少女
カチン、コチンと秒針が鳴る。
一秒ずつ、ゆっくりと壁掛け時計が
そんな一人暮らしの住処に今、この真夜中に……何故か彼以外の客人の姿があった。
「…………」
ソファの上に小柄な身体を横たえて、少女が静かに寝息を立てている。黒い忍者装束を身に纏い、身体のあちこちに白い包帯を巻かれた……銀髪の少女が、彼の部屋のソファで眠っていた。
「とりあえず、やれる限りの手当てはしたが……一体どこの誰なんだ?」
そんな彼女の傍らで、戒斗は低いテーブルに腰掛けたまま彼女をじっと見下ろしていた。
少女をここに連れてきたのは、他でもない彼自身だ。
傷だらけの彼女をあのまま路地裏に放っておくわけにもいかず、仕方なしに自宅に連れ帰って手当てをしてやったというわけだ。
幸いにして彼女はかなり小柄で、体重も軽かったから車に担ぎ込むのは苦労しなかった。むしろ問題は……少女が未だに目を覚まさないこと、彼女がどこの誰なのか全く見当もつかないことだ。
ひとつ言えることがあるとすれば、間違いなく普通の人間じゃない。
忍者のコスプレか何かかと一瞬疑いはしたが、だったらあんな満身創痍で転がっているはずもない。間違いなく自分と似たような稼業なのだろうと、戒斗は直感していた。
…………だが、分かっているのはそれだけだ。
忍者が実在している、というのは前にマリアから聞いているから知っている。尤も、こうして直にお目に掛かるのは初めてだが。
何にしても――――彼女が目覚めないことには、これ以上何も分からないのだ。
「こりゃあ、とんだ厄介事に首突っ込んじまったかもな……」
ソファで眠る少女を眺めながら、戒斗は今更ながらな独り言を口にする。
が、今になって後悔しても先に立たず。彼の言う厄介事に首を突っ込んだのは、他ならぬ彼自身なのだ。だったら……何が起きるとしても、ある程度の覚悟はしておかなくては。
「とりあえずマリアには連絡してあるし、後はアイツが来てからだな……」
一応、ここに来るまでの道すがらでマリアには連絡を取っておいた。さっきの仕事の後処理とかで少しの間だけ手が離せないらしいが、すぐに彼女もこの部屋まで来てくれるそうだ。
気になるのは、どうやらマリアがこの少女について何やら思い当たる節がありそうなことか。
電話口でそんなことを言っていたのが、戒斗はどうにも気掛かりだったが……待っていれば答えは分かる。彼女が来てくれるまで、気長に待つとしよう。
「――――……ん」
と、戒斗がそう思った矢先のことだった。
今まで寝息を立てていた少女が、小さなうめき声を漏らし。その直後に閉じていた目を……ゆっくりと、開いたのだ。
「ここ、は……わた、しは……どうして……?」
重たそうに瞼を開けて、虚ろなルビーの瞳を動かす少女。見覚えのない天井、知らない景色に戸惑っているらしい。
……この感じだと、どうやらさっきみたいにすぐ気を失うことはなさそうだ。
「気が付いたか?」
だから戒斗は、落ち着いた声色でそう彼女に呼びかけてみた。
――――の、だが。
「ッ……――――!!」
戒斗に呼びかけられた瞬間、彼の顔を一目見た瞬間。ハッとした少女は瞬時に飛び起きると、テーブルに置かれていた自分の忍者刀を掴み取り……バッと大きく飛び退く。
部屋の端っこで姿勢を低くした少女が、右手で抜いた忍者刀をキッと逆手持ちに構えた。
――――カランコロン、と投げ捨てられた鞘がフローリングの床に転がる。
その格好は、明らかな戦闘態勢。表情こそ氷のような無表情だったが……しかし戒斗を鋭く見つめるルビーの瞳に映るのは、強い動揺と警戒心の色。彼女は間違いなく、彼のことを敵と認識していた。
当然の反応だろう、と戒斗は急な行動に驚きこそしたが、しかし理解もしていた。
意識を失った状態から目覚めていれば、知らない部屋に見ず知らずの男が居るような状況。こんな風な反応を示すのも至極当然のこと、理解はすれど責める理由は全くない。戒斗が同じ立場だったとしたら、絶対に彼女と同じことをしていたはずだ。
「落ち着け、俺は敵じゃない」
だから戒斗は出来るだけ優しくした口調で、あくまで冷静に……諭すような口調で話しかける。
「……信用できない」
無論、少女の返答はこんな警戒心マックスなものだ。
表情と同じように、声にも抑揚が少なくて感情が読み取りづらい。だが強く警戒していることぐらいは読み取れた。
「君の気持ちは理解できる、だがまずは刀を収めてくれ。俺を斬るのは話を聞いてからでも遅くはない」
「戯言を……!」
「あー……分かった分かった。じゃあこうしよう、な?」
尚も殺気を向けてくる少女に言いつつ、戒斗は懐のホルスターからP226を抜く。
彼がピストルを出したのを見て、少女は一瞬キッと目を尖らせたが……しかし直後、戒斗が銃からマガジンを抜くのを見て、今度は驚いたように目を丸くする。
P226からマガジンを抜き、スライドを引いて装填済みの一発も捨てる。マガジンは遠くに放り捨てて、そのままP226自体もガシャッとバラバラに分解してしまう。
こうしてしまえば、もう撃ちたくても撃てなくなった。戒斗が再びピストルを組み立てるよりも、彼女が斬り捨てる方が圧倒的に早いだろう。
「ほらお嬢さん、これで俺に敵意が無いってことは分かってくれたか?」
「ッ……分かり、ました」
少女は戸惑いつつも、投げ捨てた鞘を手繰り寄せると……ひとまず忍者刀を鞘に納めてくれた。
が、右手はまだ刀に触れたまま。いつでも斬り捨てると言わんばかりに警戒心を滲ませている。
…………しかしまあ、これで多少の警戒は解けたはずだ。
彼女が形だけとはいえ刀を納めてくれたことが、その何よりの証。だから戒斗はふぅ、と小さく息をついた後で、改めて彼女に話しかけてみることにした。
「まず最初に言っておくが、俺は君がどこの誰かは全く知らない。ボロボロになって倒れてたのを放っておけなかったから、連れてきただけのことだ」
「……つまり、この包帯は貴方が?」
自分の二の腕や身体のあちこちに巻かれた真新しい包帯を見て言う少女に、戒斗は「そうだ」と肯定の意を返してやる。
「でも、どうして私を?」
「ああっと、それはだな――――」
そのまま彼女が訊き返してきたのをいい機会と思い、戒斗は彼女を見つけるに至った経緯をざっくりと説明してやった。
自分がスイーパーで、仕事終わりにたまたま剣戟の音を聞きつけたこと。何かと思い行ってみれば、そこに彼女が倒れていたこと。
「…………そういう、ことでしたか」
一通りの話を聞き終えた頃、少女はすっかり警戒を緩めてくれていた。
どうやら理解してくれたらしい。刀に掛けていた右手も、今はもうぶらりと下がっている。
「分かってくれたみたいだな」
「ええ、貴方がミディエイターの手先でないことは理解しました」
「ミディ……なんだって?」
聞き慣れない単語にきょとんと戒斗は首を傾げたが、しかし少女は答えずに「少なくとも、貴方は敵ではないようですね」と呟く。
「あ、ああ……。ところで今言ってたミディなんたらってのは、一体?」
戸惑いながら戒斗は頷き、改めて問うてみる。
すると彼女は「それは――――」と答えようとしたのだが、しかし直後に鳴り響いたインターホンのチャイムが言葉を遮った。
「っと、もう来たか……」
どうやら、マリアが来たらしい。カメラ付きのインターホンだから、わざわざ玄関でドアスコープを覗かずに確認できる。
「お客人ですか?」
「まあな、アイツも敵じゃないことは確かだ。話の続きは後にしよう」
「……はい」
少女が頷くのを見て、戒斗は腰掛けていたテーブルから立ち上がり、玄関の方に歩いて行こうとする。
「――――そうだ」
だが途中で立ち止まると、何かを思い出した戒斗は少女の方に振り返り。
「そういえば、お互い名前も知らなかったな。俺は戦部戒斗……君は?」
と、名乗りながら問うてみる。
すると少女はほんの少しの間だけ
「私は――――
ルビーの瞳で真っ直ぐに戒斗を見据えながら、彼女は――遥はそう、名乗り返してくれたのだった。
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