第一章:サイレント・ミラージュ/04

 夜が、訪れる。

 空を照らしていた太陽は西の彼方に没し、青かった天球が夜闇に染まる頃。日没を迎えた街は、昼間とはまた違ったもうひとつの顔を見せる。

 煌びやかな街明かりと淫靡いんびなネオンが誘蛾灯のように誘う、摩天楼ひしめく夜の街。眠らない街、不夜の街とはよく言ったものだ。

 そんな夜を迎えた東京の街中を、戒斗はシボレー・カマロSSで独り突っ走っていた。

 行き先は夕方にマリアから聞いた場所。なんとも眠たくなるような野暮仕事を済ませようと、戒斗は夜の街にカマロを走らせていた。

 そうして走ること十五分から二〇分。目的地近くまでやって来ると、適当な大通りの路肩に車を停める。

 路駐したカマロから降りた戒斗は、そのまま大通りを抜けて奥まった方へ。何度も角を曲がり、狭い横丁へと歩を進めていく。

 歩いて行けば、賑やかな街の喧騒は段々と遠くなり。人の気配もまばらな、薄暗い細道へと導かれる。

 そんな細道の片隅にある、ボロっちい雑居ビルが目的地――今夜の仕事現場だった。

 厳密に言えば、その雑居ビルの地下にある小さなクラブ。そこに集まっている連中を片付けろというのが、マリアを通じて戒斗に与えられた仕事だった。

「マリア、着いたぞ」

 左耳に着けた小振りなインカムをトントン、と指先で叩きながら、小声で話しかける戒斗。

『オーライ、じゃあ早速仕事に取り掛かってくれ』

 そうすればインカムを通してマリアの声が聞こえてくる。この場には居ないが、遠隔で支援をしてくれるとのことだ。尤も……この程度の仕事で必要とは思えないのだが。

『周囲に通行人の姿は無し、現場にも標的しか入っていないことは確認済みだ。後は君の好きなように暴れてくれればいい』

「仕事がやりやすくて助かるな」

『期待しているよカイト。『黒の執行者Black Executer』の実力を見せてやってくれ』

「その名前で呼ぶな、嫌いなんだ。――――任せろ、報酬分はキッチリ働くさ」

 マリアに呟き返しながら、戒斗は懐からピストルを――P226を右手で抜く。

 装着済みのマガジンを一度抜き、残弾チェック。その後でスライドを軽く引いて、弾が装填されていないことを確認。またマガジンを銃に叩き込み、ガシャンと鋭くスライドを引いて弾を装填する。

 いつでも撃てる状態にしたP226を片手に、戒斗はゆっくりとした足取りで雑居ビルに近づいていく。

 ロングコートの長い裾を夜風に靡かせながら、そのまま戒斗は地下に続く外階段を降りる。突き当たって左側の入り口ドアに手を掛けると……僅かにだが、人の気配がした。

 ズンズンとした重低音がドアの隙間から漏れ聞こえてくる。その傍に立った戒斗は、一度深呼吸をしてから――意を決して、そのドアを蹴破った。

 バァンっと激しい音を立てて、蹴破られたドアが派手に吹っ飛ぶ。

 突然のことに店内の連中が驚いた顔をする中――戒斗は電光石火の勢いでクラブに飛び込んでいった。

「はいはい、そう慌てない!」

 飛び込んだ戒斗はすぐさまP226を構え、連射。ダダダンっと銃口でなぞるように素早く狙い定め、まず中に居た三人の青年を――明らかに標的と分かるチンピラ風の奴らを撃ち抜いてやる。

「なっ――――!?」

「畜生、なんだか分かんねえがやっちまえっ!!」

 轟いた銃声が壁に反響し、仲間の三人が撃たれて倒れた。

 とすれば呆然としていた他の連中もハッと我に返り、叫びながら隠し持っていたピストルを抜く。

 構えて狙う格好も、トリガーに指を掛ける動作も。その全てに一切の躊躇が見られない。確かにマリアの言っていた通り、人を撃つのは初めてじゃないらしい――――。

「よっとっと!」

 だが、それだけだ。

 撃ち込まれる反撃の弾丸の嵐を、戒斗は軽く飛び退くことで回避。近くにあったソファの後ろに転がり込むと、その陰に隠れながらまたP226をブッ放す。

 銃口で激しい火花が瞬いて、激しく動くスライドから金色の空薬莢が何度も吐き出される。

 宙を舞った空薬莢がカランコロン、と床に転がり落ちる度、銃口が睨む先でチンピラ風の男たちが二人、三人とまた倒れていく。直径9ミリの風穴をあちこちに穿たれながら、真っ赤な血のしぶきをブチ撒けて。

「思ったより数が多いな……ま、でもこんなもんか」

 だが、撃っていればいずれ弾は尽きる。

 八人ばかしを仕留めたタイミングで、撃ちまくっていたP226が弾切れを起こした。戒斗は一度身を引っ込めてマガジン交換。古いマガジンは懐に収めて、新しい十五発フル装填のマガジンをグリップの底から叩き込む。

 クッと後ろに軽く引いて、下がったままのスライドを前進。これでリロード動作は完了だ。

「野郎ぉぉぉぉっ!!」

「ッ――――!」

 リロードに要した時間は、ほんの五秒程度の短い時間。

 しかしその間にチンピラの一人がソファの横を回り込み、戒斗の目の前まで突っ走ってきた。

 血走った眼でピストルを構えながら、チンピラ風の男が大声で叫ぶ。

 だがその男がトリガーを引くよりも早く、戒斗は片手でP226を連射。胸に二発に頭に一発、的確にバイタルゾーンを撃ち抜いて返り討ちにしてしまう。

(これで、残るは四人ぐらいか)

 ソファを飛び越えながら、銃火の中を潜って走り抜ける。

 そんな中でも戒斗は冷静なまま、落ち着いて残敵の数を数えていた。

 柱の陰に一人、バーカウンターの後ろに二人。後はステージ近くにもう一人……。

 残った標的はたった四人。この程度なら――三〇秒もあればカタが付く!

「折角の機会だ、良いことを教えてやる――――」

 ダンッとテーブルを踏み台に高く飛んで、空中から三連射。まずはステージ近くに居た一人を頭上から撃ち抜いてやる。

「生き残るために必要な要素、その四割は運だ。最後にはラッキーな奴が立ってるものさ」

 着地し、すぐさま身を低くして飛び込む。柱の陰に隠れていた奴に向かって勢いよくタックルを仕掛け、怯んだところに至近距離からダンダンダン、と三発を叩き込む。

「だが――――」

 そうした時に、バーカウンターの後ろに隠れていた残りの二人が、叫びながら飛び掛かってきた。

 カウンターを乗り越えて、右手のピストルを乱射しながら戒斗に向かって突っ込んでくる。

 戒斗はそんな銃撃をヒラリヒラリと身を捩って避けると、サッと右手一本でP226を構えて――――。

「――――真っ先に死ぬのは、ヤケを起こした奴からだって相場が決まってるんだ」

 クラブの壁に跳ね返る、銃声の二重奏。

 火薬の爆ぜる激しい音が響けば、戒斗の向けたP226、白煙漂うその銃口が睨む先で……突っ込んで来ていた二人のチンピラが、眉間に風穴を開けながら倒れていた。

「これで全員、ってところか」

 眉間に血の花を咲かせた二人がバタンとうつ伏せに崩れた頃、戒斗はふぅ、と息をつきながらひとりごちる。

 間違いなく、今の二人で最後のはずだ。一応バックヤードの方も確認してみたが……他に人の気配はなかった。

 とすれば、これで仕事は完了だ。戒斗のやるべき仕事はここまで、後は依頼主の公安に何もかも任せておけばいい。

「……にしても、一体どこから仕入れてきたのやら」

 小さく息をつきながら、戒斗はクラブの床に転がる遺体……その傍らに投げ出されていた、彼らのピストルを爪先で軽く小突きながら呟く。

「こんなもん使ってるようじゃ、生命いのちが幾つあっても足らないだろうに」

 適当に見て回った程度だが、彼らが振り回していたピストルはどれもこれも粗悪品ばかりだ。

 どこのメーカーの品かも分からない、出所の怪しすぎるものばかり。いつ暴発して自分に牙を剥くか分からないようなもの、逆によく使えるものだな……と、眺める戒斗は呆れ返ってしまう。

 が、心配するだけ無意味だろう。暴発しようがしまいが、彼らに失くして困る生命いのちはもうないのだから。

「マリア、掃除は一通り終わらせたぜ」

 だから戒斗はそれきり興味を失うと、インカム越しにマリアを呼んだ。

『――――オーケィだ、案外早かったね』

「マジの野暮仕事だったな。俺が出張るまでもなかったんじゃないか?」

『かも知れないね。けれど先方としては確実さを取りたかったんだろうさ。今のこの界隈、カイト以上に確実な選択肢はそう多くないから』

「確実な代わりに、懐は痛むだろうがな。……まあいい、俺はもう帰るぞ」

『オーライ、後は僕に任せてくれ。じゃあお疲れさま、カイト』

「ああ、じゃあなマリア」

 通信を終えて、左耳からインカムを外し。戒斗はふぅ、とまた小さく息をつく。

 血の臭いの混ざった死臭漂うクラブの中、生者は彼を除いて他に無く。大勢のむくろが血溜まりに沈む中、賑やかなクラブミュージックだけが虚しく響いていた。

 戒斗はくるくる、と西部劇よろしく手の中で回したP226を懐にしまい、踵を返すと出口に向かって歩き出していくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る