第67話 蒼き命脈は誇りを繋ぐ・10
――魔道具は、魔力さえあれば誰でも扱える便利な道具だ。
触れた個所から魔力を引き出し、決められた機能を発揮する。
だがその機能はその道具の域を出ない。
つまり「上限以上の性能」は出ないということ。
俺の持つ魔剣は強力だ。引き出せる魔力、魔力出力、攻撃力の高さ。どれをとっても一級品だ。
だが、いかに強いとはいえ一定以上の攻撃力は、無い。
旅の途中、その壁に突き当たった。
どれだけ魔力を注ぎ込もうとも、魔力操作で効率良く威力を引き出そうとも、いくら剣技を磨こうと……一本の魔剣では、その壁は越えられなかった。
そう、
「二色混じりて、剱を砥ぐ――」
この世には、合成魔法というものがある。
二つの魔法を合わせて強力な魔法として放つ。簡単な例を挙げれば、炎の竜巻。
《
だが、威力としては後者の方が高い。
「二色反して、魔を磨く――」
――なら、魔剣でも同じことが出来るのでは?
そう考えた。
魔法を磨いた。属性による力の相乗を、反発を、考え尽くした。
剣技を研いだ。百の力を、千の威力になるように、振り続けた。
磨いて研いで、合わせてようやく届いたのがこの、俺だけの奥義だ。
『オマエ、凍ってたはずじゃ』
「溶かした。それより、全力で守れよ」
体はとっくに黒刀と業炎剣で解凍済みだ。今この手には違う魔剣が握られている。
――穿風剣、そして蒼氷剣。
左手に持つブレスレイトは腰に手を付け、敵に向けて。
右手に握るグランシャリオは、緑の魔剣と刀身の根元同士を擦り合わせるように。
まるで刀による抜刀術。しかし鞘から抜くのではなく、曲剣の峰を走らせる構え。
「こいつは死ぬぞ。ただ、そのためだけの技だ」
この技に、加減なんてものはない。
彼女との再会を、恋人への最愛を阻むものを――伝説だろうがドラゴンだろうが、魔王だろうが斬れるように、編み出した技なのだから!
『ッッッッッ!?!?』
魔剣が耐えられる限界ギリギリの魔力が、双剣に込められる。
全力で魔力を込めながら……俺は俯いて呟いていた。
「もういいよ、か。情けねぇな……」
クリム婆のあの言葉は、俺に向けたものだ。
「もう孫を殺さないように、手加減しなくていい」……そういう意味の言葉だ。
俺がもっと強ければ。カリナを圧倒できるくらい強ければ。恩人に、孫を諦めさせる必要も無かったのに……。
「この後悔は、いつまで経っても無くならないなぁ……!」
もっと強かったら。三年以上前から何度も繰り返した言葉。それはいつだって手遅れだ。
このままカリナを放置すれば、辺り一帯が壊滅する。
街も、人も、クリム婆の家すらも。
だから斬る。
『させ、るか――!』
再度カリナが魔力を集め、再び白銀のブレスを吐き出した……が、無駄だ。
視界を埋めて迫りくる光。それに向けて穿風剣の上を滑らせた蒼氷剣を――世界一の斬撃の集大成を、振り抜いた。
『ァァアアア――――!!!』
「《
――その一刀は。
白銀の光を両断し。
氷の龍すら斬り裂いて。
海の彼方、天の暗雲すら断ち斬った。
・ ・ ・ ・ ・
分かたれた雲の合間から、輝くような日差しが差し込んでくる。
俺は軽く息を吐きながら二本の魔剣を納刀した。
「ふぅ」
《四剣》の奥義――《双色覇剣》。
魔剣の性能限界に達した俺が、さらなる力を求めて至った技。
二本の魔剣を接触させながら繰り出し、二つの属性を混ぜ合わせることで本来の何十倍もの威力に跳ね上がる。
その一つ、緑と蒼の魔剣から放つ《海斬り》は至極シンプル。実態は《
水の刃を風の力でより遠くへ、より速く。
高速で射出される水の刃は、俺のスイングスピードもあって途轍もない加速を生む。
その威力は――
「えぇ……? なにこれ……」
「あ、エルミーたち。来たんだ、無事でよかった」
振り返れば、少し離れたところでエルミーと、フレイにマリアもが呆然としていた。
怪我も無さそうでよかった、が。三人は呆気にとられていて返事もできない。
彼女たちが見ている俺の後ろには――水平線の先までパックリと割れた海と、真っ二つに分かたれた雲があるだろうから。
「海が、斬れてる……?」
「いや、海どころか空、まで真っ二つ……あはは」
「――見たなお前たち。これが、Sランクだ」
「レイナーレもか。お疲れさん」
割れた海が元に戻ろうとする波の音を聞いていると、いつも通り突然現れたレイナーレが、この光景を見ながら三人に語り掛けた。
「オレもそれなりに強いが、彼らに唯一かつ圧倒的に及ばないのが、『殲滅力』。Sランク冒険者の面々は、地形すら書き換える力を持つ」
その内容はレイドレーク――以前にレイナーレと戦った時にどうやって引き分けに持ち込んだか、に繋がる。
《変身》と回復で傷つかない……だけどいくら回復したところで、全身を周囲ごと一撃で消し飛ばせば死ぬだろう?
それを察して、最後まで戦わずレイドレークが引いてくれたのがあの夜の戦いだった。
「地形を変える。つまりは、都市を容易く滅ぼせる力。それがSランク冒険者の最低ラインだ」
「「「……っ!」」」
レイナーレの言葉に、三人はごくりと息を飲んだのがわかった。
『グゥ、ゥゥゥ…………』
そんな場に微かな、本当に僅かにしか聞こえない唸り声が響く。
エルミーたちの声に振り向いた体を、元の方に向き直した。
「ギリッギリ生き残ったか。とはいえもう虫の息だろうが……なあ、カリナシャリオ」
『オ、オマエ……!』
そこには猛禽のような鋭い顔つきのカリナが、白い氷龍がまだ生きていた。
「な……っ!? アレを受けてまだ生きてたの!?」
「いいや。もう、起き上がる力もないよ」
かろうじて一命を取り留めたようだったが、カリナの震える身体はその身を起こすことができない。
彼女に力は残っていなかった。
『ヒュウ、ヒュッ――イヤ、イヤ……! ワタシは……! 御婆様みたいに、なりた――』
『無理だよ、カリナ……今のアンタじゃ、どうしたってね』
まだ足掻こうとするカリナに、決着を見届けて近づいてきたクリム婆から声がかけられた。
龍形態の巨大な体が宙に浮き、倒れ伏したカリナを見下ろす。
『お、御婆様……わ、ワタシは――』
『未熟だったんだよ。アンタには、もっと広い世界を知ってほしかった。自分がまだまだ未熟だってことや、アタシたちですら図り切れない人間がいることもある』
面白いことも。ためになることも。たくさんある。
そして魔力の扱い方も……と。クリム婆は孫娘に想いを話す。
だが非情にも……全てを語りきる前に、時間がやってきてしまった。
『もっと色々なことを教えてやりたかった。だが……もう、さよならだ』
「っ、クリム婆……!?」
『御婆様……!?』
突然、クリム婆の龍の体が輝き出した。
薄く――そう、クリム婆がそこに居るという存在感が、薄くなっていく。
「おい! それって」
『お迎えの時ってだけさ。慌てるんじゃないさね……もう、受け入れてくれたことだろう?』
穏やかに語るクリム婆の声を聞きながら、俺は拳を握った。
たくさん話して覚悟は出来た。だけど、いざ土壇場になると……!
『さぁ、依頼の報酬だ。アベル坊、魔剣を貸しな』
「でもっ! でも俺、依頼を完璧には……」
『馬鹿言うんじゃないよ。アンタは精いっぱいやってくれたじゃないか。ほら、寄越しな』
「おい……っ!」
まだ言いたいことがあったのに、ぐぐぐっ……と、鞘に収まっていた蒼氷剣がクリム婆の方へ引っ張られて飛んでいった。
『さぁ……アタシの全部を注ぎ込む。アタシの魔法を受け継いで、アタシを……アンタの旅に連れて行っておくれ』
「クリム、婆……」
胸元に浮かぶ蒼い魔剣に
周囲が暗く感じるほどの眩い輝きが剣に注がれるのと並行して、クリム婆の意識はカリナへ向く。
『――カリナ、焦るんじゃないよ。色んなことを知りな。そして、魔力を極めな。そうすれば、アンタは絶対、強くなれるからね……!』
『御婆、様……』
『一番の近道は、人間を知ることかね。アタシの好きだったもの……見ておくれよ。そして……アベル坊!』
完全に青い光そのものと化した龍が、今度は俺に顔を向ける。龍の身体として残った魔力が、世界に弾けるその刹那。
最期に……本当に最期。クリム婆は、俺に笑って言った。
『どうか――幸せになりな』
それが恩人――俺の祖母のような相手からの、最期のメッセージだった。
クリム婆そのものだった光が弾ける。
魔力が拡散し、地域一帯に降り注ぐ……だがその後には、巨大なクリム婆の姿は消えていて。
数枚の鱗が残り――一本の魔剣が、氷に突き刺さっていた。
「……逝ったか」
「クリムさん……」「……冥福を祈るわ」
空に立ち昇る淡い光をレイナーレ、マリアにフレイたちは、静かに見送る。
「クリムさん……アベルも、大丈夫?」
「――あぁ、大丈夫」
俺はエルミーの心配げな声に応えながら、ゆっくりと歩いていき、魔剣を引き抜き空に掲げた。
形は以前と少し変わり、以前より少し緩やかになった波打つ刀身。
だけど、今までとは似ても似つかない深く輝く群青色に変化していた。
そして、その根本には――。
「『
偉大な龍の名を冠した新たな銘が、刻まれていた。
「……ありがとう、クリム婆」
そうして。
雲が斬り払われ、晴れ渡った空の下。
伝説の
__________________
どうも、寝不足の赤月ソラです。
この戦いだけで約4万文字ほど? すごい文字数になりましたね。
これにてクリムという恩人を巡る戦いは終了です。長々と戦いに付き合ってくださってありがとうございました。
ただし、不穏なレイナーレの言動やアベルの踏ん切りなど……それらと2章はもうちょっとだけ続きます。
《緑蒼覇剣・海斬り》
四本の組み合わせ、6種ある奥義のうち一つ。
鋭い水の刃を風の力で加速して射出、剣を振る速度も含めて断ち切る。その速度と射程と斬れ味は海をも斬るから《海斬り》。
左腰から風の魔剣を突き出すよう構え、その上を水の魔剣が滑るように振る抜刀術のような技。
その実態は超大規模なウォーターカッター。ダイヤすら切るヤツを大きくして再現したものになります。
あとこれら、 連 発 で き ま す 。(タメは要るけど燃費良し)
もう一つ、ノートに一言だけ更新しました。気が向いたら確認してください。
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