第68話 吸血鬼は耐えられない



 龍神を見送る派手な葬式……もとい戦いは終わった。

 その夜、ホテルに戻ってきた俺はベッドに座って人心地ついていた。


 あれからというもの、集まった魔獣は散り散りに逃げていった。

 俺の《海斬り》にビビったようで、魔獣たちの衝動お引越しラッシュは収束した。


「おかげで諸々の後始末も楽だったなぁ。建物も目立った被害はないし、死人も出なかったのは幸いだった」


 これは海岸で食い止めてくれていた冒険者たちの活躍だ。

 ギルドの面子も保たれたと思う。上層部カムルのおっさんの胃にも穴はあかない……はずだ。


「レイナーレのことでも悩ませただろうしなぁ……そういやアイツ、さっさと部屋に戻ってったな」


 街で勝利を祝う宴をしていたのに、早々にホテルに戻っていったんだよな。それにエルミーたちもいつの間にかいなくなっていた。


 俺も食事だけで退散したけど。と言っても十人分くらい食べたせいで帰るのは遅かった。

《回復魔法》って、魔力とは別で体のエネルギー使うから、食い溜めしないといけないんだよなぁ。今回は特に血を流しすぎたし。


「帰ってきても部屋から出てこなかったな……疲れたのかね」


 もう休んだんだろうか。今日は激戦だったしな。

 そうしてやっと、一人になったわけだけど……。


「――幸せになりな、か」


 体を投げ出すように後ろに倒れる。

 静かになった部屋で、クリム婆の最期の言葉を想起する。

 裏切られた俺のことを想った言葉だろう。それはわかる。

 そして、その『幸せ』が意味する、具体的な内容も。


「エルミー、フレイ、マリア、それにレイナーレ、か……つってもなぁ」


 天井の魔力照明が眩しくて、手の甲で額を覆う。

 三人、ついでにレイナーレの想いも理解はしてるんだけど……いまいち、踏み込めないんだよなぁ。


『私は貴方と結ばれることはできないけれど、それでも貴方を愛しているわ』

「……っ」


 の、ミリアの言葉がぶり返す。全身を襲った寒気に、身体が震え上がった。


「――はぁ……」


 後悔がある。

 もし俺の行動をミリアに確実に伝えていたら、浮気なんてしなかったんじゃないか。

 会いに行けるくせに――ミリアが変わっているかもしれないことを恐れて、約束だと言い訳をして、先延ばしにしていたから。

 こんなことになったんじゃないか――そんな後悔が。


「……ミリアの気持ちがいつから離れてたのかも、わからないのに」


 彼女とたもとを分かった時から迷っている。

 一度、全霊をかけた恋愛を失敗した奴が。愛して尽くしていた人に浮気されたような奴が。

 また人を好きになってもいいのか? ――また、裏切られないか?


「……みんなは違うって、わかってるのに」


 目元を抑えながら、自己嫌悪に陥る。


 カーヘルで、肌を見せてまで俺の生きた意味を教えてくれたエルミーたちが、そんなことをするわけがない。


 レイナーレも、まっすぐに伝えてくる言葉に嘘はなく、俺に対する想いは本気だった。本音で語った、あの夜のように。


 わかっているのに踏み込めない。……そんな自分が嫌になる。


「はぁ……さっさと寝よ」


 最悪の気分だ。昼間クロノワールを使った影響もあるかもしれない。

 こんなときは風呂にでも入って寝るに限る。そうと決めて体を跳ね起こした。


「……なんだあれ?」


 立ち上がる拍子に、ふと壁際のキャビネットに置かれているインテリアが目にとまった。

 ちょっと長い……箱型の水晶? こちら向きの面に円柱のように盛り上がる変な形をしている。

 あんなものあったっけ……?


「ホテルマンは入れないようにしてるし……誰かが置いたのか?」


 不在時の掃除なんかのサービスは使っていない。無関係者が侵入とは思えないが、それなら誰が……?

 よく見てみようと歩き寄ろうとした時だった。


 ――ガチャリ。


 扉が開く音がした。


「失礼するぞ、アベル」

「ちょ、レイナーレ……っ!」


 ノックもせずに部屋に入り込むレイナーレの声。それと、無遠慮に部屋に入ることを咎めるようなエルミーの声もする。


「あぁ二人か。早く帰ってたけど、なん……で――」


 振り返って、二人の姿を見た瞬間、言葉に詰まる。

 なぜなら二人が着ていたのは――


「な……っ!?」

「ぅぅ……」

「準備が色々あってな……この、ネグリジェとか」


 思わず呼吸を止めてしまうほど衝撃的な、まさにだったからだ。

 エルミーはまっさらな白、レイナーレは赤い髪に映える黒の、ネグリジェ。


 驚くほど透けていて、大事な所ですらかろうじて隠れている程度だ。

 隠すべき箇所こそ隠しているものの、魅力的……いや、もはや官能的な肢体に薄いカーテンをかけているようなものだ。むしろ中途半端に隠している分、艶めかしさが増している。


「ちょっ、なんだそのかっこ」

「《血糸鋼線ワイヤーブラッド》」


 視線を隠そうか、目を逸らそうかと慌てているところにレイナーレが腕を振る。あっという間に全身が糸に絡め取られていた。


「血糸!? しかもこれ……っ!」


 ジョブのスキルまで使って魔剣でも斬れるかわからない強さじゃないか……!?


「なにすん……だぁっ!?」


 抵抗する暇もなく、縛られたままベッドに引き倒され……そして、二人は何も言わずに、雁字搦めになっている俺の体にのしかかってきた。

 動けないよう押し倒すように、肩を押さえて、足を絡めて。


 レイナーレの巨大でずっしりと重い柔らかさと、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらもぎゅっと押し付けてくるエルミーの柔らかさが伝わってくる。


「な、な……なんだよ、これ。エルミーまで……」


 レイナーレの突飛な行動は今更だけど、エルミーまでこんなことをするなんて考えられなかった。

 抵抗できないでいると、レイナーレが口を開いた。


「我慢できなくなったんだ」

「が、我慢……?」


 赤い髪の美女は、色気を帯びた濡れた瞳で見つめてくる。

 唇が触れそうなほどの距離で、囁くように言った。



「吸血鬼はかわきを嫌う。――お前の渇きに、もう耐えられないんだ」



「――俺が……渇く……?」

「――寂しがってるだろう。ずっと」


 その言葉に、体温が下がった気がした。


「い、いや、そんなこと」

「あるさ。でなければ、あんな味にはならない」

「味……?」

「血の味だ。お前の血は……美味い、はずなんだ。芳醇な魔力を含んで、蕩けるように甘いんだ――なのに、オレにどうしようもない飢えを齎す」


 血の味――吸血鬼にとって、血は嗜好品と言っていた。彼女にとって、血にはそれぞれ味があるのか?

 初めて血を飲ませた時のおかしかった様子も、それが原因?


「愛しい相手の血だ。不味いはずがない……のに、飲むと何日も断食していたかのような飢えを感じる。お前が足りない、苦しい……寂しいと思っているからだ」

「俺はそんなこと思ってなんか――」

「あのクソ女に捨てられて、何も思わないのか?」


 その言葉に黙り込んでしまう。平気なわけが……ない。

 三年間ずっと尽くしてた。でもそれは、彼女が俺を愛してくれていると信じていたからだ。

 それがいきなり無くなった時は、これまでの人生が崩れ落ちるような喪失感だった。

 エルミーたちのおかげで立ち上がれたけど、失った分は、まだ……。


「――ボクも、聞いたんだ。そのこと……アベルが寂しがってるって、レイナーレに」


 何も言えないでいると、俯いて黙っていたエルミーが泣きそうな眼をして話し始めた。


「まだそんなに苦しかったなんて……前と比べたら、ずっと元気になってたから気付かなかった……」

「三人にはこんな状態のアベルを放って置くなど……と、キレかけたがな。これでもマシになっていた方だとは。感謝したものだ」


 どうやら四人で争いかけたらしい……けれど彼女たちを責められるはずがない。

 エルミーたちには充分に救ってもらったんだから。

 ……なのに。


「どうにかしてあげたいんだ。それならボク、なんだってする……!」

「だからオレたちに、その胸に空いた穴を埋めさせてくれ」


 それなのにエルミーは、レイナーレはもっと俺を助けようと――いいや。


「それくらい、好きなんだよ……!」

「オレを全部与えてやってもいいくらい、お前が欲しい」


 


「……俺、は」


 その言葉に、俺は――


「――怖い、んだ」





__________________

助けたいのも怖いのも。

愛ゆえに、ってやつです。


サポーター限定ショートストーリー「ミリアの日記」を公開しています。

まだ読まれていない方は、彼女の浮気に至る思考が知れると、もっと楽しめるかもしれません。

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