第66話 蒼き命脈は誇りを繋ぐ・9

【Side サレ冒険者】



 体中から血を流し、目が傷つけられたせいで視界が霞む。

 そんな、満身創痍という言葉がぴったりと当てはまり、凍った海に倒れていた俺は――


「あ~痛ってぇ……容赦ねぇな、ホント」


 痛みに呻きつつ、だがしっかりとした意識を以て跳ね起きる。

 飛ばされてきた氷にぶっ飛ばされるとは……パン生地よろしく地面に叩きつけやがって。


『……本当に人間なのかしら。呆れるほどしぶといわね』

「うるせぇ。昔から弱かったからな、慣れてんだよ」


 四肢が千切れ飛ぶ、目が潰される、体中の骨が砕かれる――そんな地獄を生き抜いてきたから、Sランクにまで至ったんだよ。

 あの鋭利な氷の羽根ブレードで斬り落とされ、転がっていた左腕の断面同士を押し付ける。


「《超回生リ・ジェネト》……よし、繋がった。動く動く」

『龍でも腕をくっつけるなんてしないわ、気持ち悪い』


 失礼な。回復魔法でおっこちた腕を繋げただけだろうが。

《回復魔法》で繋げた手の具合を確かめる。

 弱い頃から格上相手に戦い続けて、強くなってからも無茶ばかりしていた。

 そんなだから、とれた手足を治すなんて慣れたものだ。うん、違和感もない。


「俺の《金剛身》は人類で一番硬いまであるんだぞ? それを厚紙でも切るみたいに突破しやがって……」


 おかげで傷だらけだ。

 凄まじい切れ味とパワー、だけじゃないな。極度の低温で皮膚を凍らせて、防御を脆くしているのか……。

 溜めこんだ魔力量に物言わせて、そのレベルの出力を常に垂れ流してるってことか。。


「思ったより強いなオイ……」


 もう全身の傷は治したけど、《回復魔法》は魔力と一緒に体力も相応に持っていくんだぞ。

 いつまでもサンドバックになって血を流し続けるのは不味い。


『アナタにいつまでも構っていられないのよ、ワタシは。早く御婆様のところに行って、魔力を頂きたいの』

「御婆様、ねぇ……まったく――はぁ」


 俺は深くため息をついた。


『あら、諦める気になったのかしら。もう面倒だから見逃してあげてもいいわよ』

「ちがうよ。呆れてんだ」

『……呆、れる?』


 そうだよ、呆れてるんだ。

 だって好きな相手のことは、その好きがどんな感情であろうと……知りたいって思うだろ。なのに――


「お前、クリム婆のこと慕ってるくせに、クリム婆のこと知らねぇだろ」

『は? ……知ってるわよ。御婆様のことなんて、子供の頃から――』

「クリム婆の作った、シチューの味は知ってるか?」

『シチ……何、ソレ?』

「あの岬の家は? どんな調度品があって、どんな思いで、どうやって建てたのかは知ってるか?」

『……チッ、だから何を言ってるのよ!』

「御婆様、御婆様と言っておきながら、お前は〝最近〟のクリム婆をどれくらい知ってるんだって聞いてるんだよ」

『――っ!?』


 俺は知っている。

 クリム婆のシチューがどれだけ美味いか。岬の家を建てるためにどんな大騒ぎがあったか。

 話を聞いた。一緒に食べた……だから知ってる。


『違う……それは御婆様が、御婆様が人間の真似事をし始めたからであって……!』

「大好きな人が自分が知らないものに興味を持って、悔しかった……だろ」

『っ……!?』


 俺にも身に覚えがある。

 あれはたしか……ミリアが女の子らしくなってきた頃だったか。

 化粧品とか美容アイテムとか、お洒落な服とか……そんなのに興味を持ちだしたっけ。

 最初はあんまり面白くなかった、話も合わなくなっていったし。


「自分がそれに興味を持てないから悔しい。あんまり構ってもらえなくなって寂しい。だから子供のようにヘソを曲げている……それをクリム婆のせいにしてるだけだ」


 要は、カリナはその頃の俺と同じようなもの。

 自分の興味のないことばかり話すもんだから面白くない。子供の幼稚な感情だ。

 わかるよ、その気持ちは……だけど。


「そんなに大事に思ってる相手が好きなものなら、知ろうとしろよ。そんな努力を少しもしないから、今はもう知らないことばかりになってるんだ」


 俺は、知ろうとした。ミリアの好きなものだったから。

 男なりに勉強して、知り合いの女性に聞いてみたりして知ろうとした。

 その甲斐あってミリアと仲が悪くなることも無かったし、今ではそれなりに詳しい方になったからな。

 ほんの少し共感を覚えていたが、彼女は――。


『なによ! ワタシたちは誇りある龍! 生物の頂点! その中でも偉大な御婆様が、下等な人間を面白がるなんて、認められるはずが!』

「それなら自分の理想……無慈悲に全てを薙ぎ払う御婆様以外は認めないってことか? そんな考えでクリム婆を慕ってるって言ってたのかよ」

『そ……んな、ことは……!』

「もしそうなら、お前が憧れたのはクリム婆じゃない。ただ、圧倒的な暴力を欲しただけだ!」


 彼女には認めがたい言葉を突き付ける。

 カリナは苦悩するように頭を振り、「違う、違う……」と繰り返し始めた。


『ち、ちがう……! 御婆様は、いつも優しくしてくれた……! ワタシは、憧れたのよ! 違うちがうチガウ! そんなのじゃないぃぃイイイイ!!!!!』


 途端に、カリナの魔力が高まる。

 腹に集中する魔力、凝縮される冷気……切り札のブレスを吐く気か!

 対抗して、クロノワールとヒードライズの二本に魔力を喰わせる。

 海をも凍らす氷龍のブレス――上等だ、叩き斬って……。


『ギュァァアアアアア――――!!!!!』

「……ちっ、くそ――」


 氷晶龍クリスタリアドラゴンのブレスは氷などではなく、すべてを凍てつかせる力の塊。

 一瞬遅れて双刃を振る俺の視界は、白銀の光に覆われた――



 ・ ・ ・ ・ ・



『フッ、ハァ……』


 荒い息をつく美しい龍……感情のままに吐き出したブレスは、祖母が作った氷海をさらなる銀世界へと変えていた。

 彼女が見下ろす先には、体の大多数が氷に覆われた、半氷像となったアベルの姿だった。


『――半分以上が氷漬け。もう動けないわ……これしきで死ぬ人間は、やっぱり下等なの――』

『カリナ』


 その声で、敬愛する祖母――クリムが近くに寄ってきていたことに気付く。


『御婆様……!』

『強くなったもんだ。まさかここまで魔力を溜めこんでるなんてねぇ……ふぅ……悪かったねぇ、無茶言って。――〝もういいよ〟』


 誰に言っているのかわからないが、クリムが独り言ちる。

 カリナはそれよりも、久しぶりの会話に胸が躍る。


『御婆様、御婆様! ようやく、この姿をお見せすることができました! ワタシ、強くなったのです! もう幾ばくかも猶予は無さそうですが……最期にこの力を見せられてよかった!』

『あぁ、確かに凄かったよ――カリナ。死ぬ前に、祖母として教えてやろう。最期に伝えられることをね』

『わぁ……! ついに、魔力をくださる決心がついたのですね! ええ、大好きな御婆様のお言葉、しかとお聞きします……!』


 太い尻尾を振りだしそうなほど弾む声のカリナに反し、クリムは静かに語りだした。


『アベル坊のような、人間のSランク冒険者ってのはね。魔獣の中でも最上級……S級に分類される魔獣にも対抗できる奴らだ。そこにはアタシたち……ドラゴンも含まれるんだ』

「ええ、ワタシたちは最強の種族ですもの。……対抗できる、というのも、今は理解しましょう。その人間は、まあまあやりました――でもドラゴンには及ばな」



「S級魔獣には、古老龍アタシも含まれるんだよ? 神にも近い龍に対抗できる――アタシの命に届きうる、を持っているってことなのさ」



「――――え?」


 ……聞こえてきた言葉に、カリナは愕然とした。

 ありえない。

 古老龍エルダードラゴンに、龍の神に、御婆様の――命に届く?

 そんなの――


 ――ガ、チンッ。

「二色混じりて、剱を砥ぐ――」


 思考の海に叩き落された意識を引き上げたのは……剣同士を、擦り合わせる音。

 そしてたった一文の……詠唱決意だった。



__________________

魔剣技は、格ゲーで言うところのゲージ技です。

では、必殺技ウルトは?



63話、一部の表記が間違っていたので「魔剣術→魔剣技」を直しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る