第十一話 元鞘を狙う【Side シタ賢者】
【シタ賢者 Side】
「やばい、ヤバい、ヤバイ――――!!!」
その頃。
大陸中央部、大国シルディエル王国の王城にて。
勇者パーティーの賢者、ミリア・クセレイはベッドで頭を抱えて蹲っていた。
「色んな人にバレちゃった……! 何してくれてんのよ、ギルドニュース!!」
暗い部屋でヒステリックに叫ぶミリアは、国王ランデッドから謹慎を言い渡されていた。
理由は、ギルドニュースから広く拡散された、彼女と勇者ユートの浮気写真を乗せた記事。
それによって各国に情報が知れ渡り、シルディエル王国は説明を求められている。
「まさかアベルがSランクになってるなんて……しかも、なんで私を助けるとか周りに言っちゃってるのよぉ!」
アベル達やSランクという馬鹿げた存在を、よく知らない平民からすればそこまで影響は少ない。
大騒ぎなのは冒険者と貴族、権力者だ。
ただでさえ冒険者からは畏怖の存在として見られているSランクが、恋人を奪われたなんてセンシティブな話が出回っている。
おまけに王都の冒険者や一部の住人は昔から二人を知っている顔見知りもチラホラ。
そんな彼らから大バッシングを喰らい、パレードに出ようものなら石を投げられかねない険悪な雰囲気となっていた。
「あんなに強くなれたんなら私の代わりに魔王討伐に行けばよかったじゃない! いろんな人に嫌なこと言われるし、もう最悪……!」
ミリアはそう言うが、そもそも三年前はアベルも強くなかった。
ミリアよりも弱かったくらいだ。
彼が誰のために、なんのために強くなれたのかをまったく考えずに、八つ当たりでマットレスをボスボスと叩く。
「もうっ! もぉっっっ!!! パーティーの皆とは会えなくなるし、この部屋から出してもらえなくなったし! 陛下も気にしすぎでしょ!」
勇者ユートは婚約者の王女――シルディエルの姫に不貞がバレてミリアと同様に謹慎。
アッドは騎士団を動かしてアベルの足取りを追っているが芳しくなく。
親友のシエルは、自らの父である蒼天教の教皇に呼び出されて王都の大教会に行った。
シルディエル王国出身の冒険者なので快適な王城に世話になっているが、好きに過ごせないのではむしろストレスだ。
「もうっ、私は世界を救った勇者パーティーよ? 浮気くらい大目に見なさいよ……」
魔王討伐の旅はかなり厳しいものだった。
召喚されたばかりで弱い勇者を育てながら、あちこちで必要な物を、人を集め、事件を解決して回って。
最後は魔王軍が攻勢に出ていて不在な魔王城に攻め入った。
まだ残っていた大量の魔獣を薙ぎ倒し、激戦の末に魔王を殺すことができたのだ。
そんな想いをしたのだから、何故責められなきゃいけないのか。
「あーもう、やってられない……」
ぱっと立ち上がって部屋を歩く。
棚からワインを取り出し、テーブルの上にグラスと共に並べ、それをかぱかぱと空けていった。
謹慎中とはいえ王城のもの。
品質もそれなりのもので、その味にほんの少し溜飲を下げる。
「ふーっ……でもいいもの。アベルとよりを戻せば、この騒ぎもきっと収まるよね。そうすれば、陛下もみんなも喜ぶわよ」
ようするに、アベルがミリアの浮気を飲み込んで元鞘に戻れば、全部丸く収まるのだ。
そう、ミリアは考えた。
「Sランクって言っても、あのアベルなのよ? いっつも優しいから……今回も、ちょっと落ち込んでるかもだけど、謝ればすぐ許してくれるわよ、きっと」
ミリアは昔の、アベルと付き合っていた頃を思い出して気にすることはないと考える。
物心付く前から自分に好意を寄せて、互いの両親を説得して婚約までして。
魔法の才能を見出されて、魔法学校に入学したときも。
本人には才能なんか無かったくせに、追いかけてきたのがアベルなのだ。
「きっと、今はショックで何処かに隠れているだけ。会って謝れば、また許してくれるよ」
あのアベルが、浮気くらいで怒るはずがない。
そう、ミリアは自分勝手に決めつけていた。
この三年で変わった自分のことを棚に上げて。
「それでも拗ねるんなら……まぁ、抱かせてあげればイチコロでしょ」
アルコールで気分がノッたミリアは部屋にある姿見の前に立つ。
映るのは栗色の髪を肩甲骨くらいに伸ばした、大きな目は強さとともに愛らしさを思わせる女の姿。
胸や尻は控えめだがほどよく肉がつき、全体的にバランスの取れたスタイル。
ユートとの関係を持ってからさらに変化が著しく、三年前より魅力的な女になった身体だ。
「アベルって下手だったから、どうせあれから女の子とシたことも無いだろうし」
ミリア自身も初めてだったこともあって、痛い思いしか残っていない。
旅に出て一年くらいしてからユートの誘いに乗ってしまったが……そのときは、熱い夜を過ごすことができた。
きっとアベルが下手で、だから痛い思いをしたんだろう。
「ユートも私のはよかったって言ってくれたし……ほぼ童貞くんのアベルなら楽勝よね。それで私は、Sランクが愛する女……!」
ミリアは先を見据える。
ユートは異世界から召喚された《勇者》で、シルディエルに代々伝わる『聖剣』を扱うことができる。
聖剣は唯一、魔王の力を絶ち切ることができる剣。
それが《勇者》と揃うことで、誰も成し得なかった魔王討伐を果たすことができた。
――だが、普通に魔獣や人と戦うのであれば、その強さはAランク上位といったところ。
一握りの上澄みとも言える強さだが、伝え聞くSランクには遠く及ばない。
魔王が死んだ世界で、勇者とSランク、どちらが重宝されて頼られるのかは明白だ。
「アベルがどれだけ強いのかわからないけど……名前だけでも絶対Sランクの方がいいよね!」
勇者の第二夫人と、Sランクの唯一の妻。
強さに財力、影響力など全てSランクの方が勝っている。
どちらが魅力的かを比べれば、圧倒的に後者だ。
「それに、許してくれなくっても大丈夫! 結魂しておいてよかった! 昔の私グッジョブ!」
ミリアは最高の笑顔でグイッとグラスを傾ける。
結魂を結んでしまえば絶対に結婚しなければならない。
だってそうしなければ、教会が間違っていることになるんから。
「っぷは。旅の途中は早まったかなって思ったけど……これでアベルを逃さずに済む! ――ん、あれ? 遠見水晶に連絡……これって!」
一人、ワインを片手に過去の自分のファインプレーを褒め称えていると、テーブルに放っておいた水晶が光を発していることに気付いた。
慌てて魔力を通して起動すると、映し出されたのは銀髪の美女。
『ミリア。ようやく連絡が取れました』
「シエル!」
そう、蒼天教のトップであり、実父である父に呼び出されていった、《聖女》シエル・アルファナム。
ミリアの親友だった。
『すみません、
「うん、全然大丈夫! あ、でも……その、大丈夫だった?」
『いえ……今回の件はさすがに《聖女》の私でも処罰を受けることになるかと』
「そっか……そんなに?」
『えぇ、ミリア。貴女がアベルさ……《四剣》と結魂の誓いを結んでいると、知りました。そのこともあって、私も暫くは自由に動けそうにありません』
「そっか……。その、やっぱりマズい、よね?」
『とても。見逃してしまった私も――《聖女》の私でも、立場が危うくなるでしょう』
「うっ……その、ごめん。アベルのことを黙ってて」
蒼天教において、《聖女》というジョブは絶対的なものとして伝えられる。
何故なら、神にしか不可能な奇跡を行使できるのだから。
ジョブを持って生まれ落ちるだけで祝福され、教会でも重要な立場を任される。
しかもシエルは現教皇の実子。
そんな彼女がただでは済まないとは……ミリアは思っていたより、結魂の誓いが重いことを改めて思い知った。
『ミリア。結魂とは、古くから戦いに赴く者が「必ず生きて帰る」という強い意志を持つために行われてきた、神への誓いです。それを無下にするということは、先人たちと神を軽んじることと同義です』
「ご、ごめん……私、とんでもないことしちゃったね」
『それも、アベルさんは貴方のことを片時も忘れずに私たちを助けてくださいました。状況と双方の行いを加味しても、許されることではないかと』
「うぅ……」
会えなかった期間、アベルの行動、世界の状況。
客観的に見れば二人それぞれに原因があるだろう。
だが、アベルのひたむきな想いを無視することは、蒼天教の教義に反する、とのことだった。
(けれど、状況的に仕方なかったじゃない……ずっと寂しかったんだから。手紙だって気付かなかっただけだし……!)
だからミリアは諦めない。
シエルがなんとかしてくれれば……まだ結婚できるかもしれない……! と。
「私、とんでもないことしちゃった。シエルまで巻き込んで……でもね!? 私、アベルと元のようになりたいの!」
『ミリア……』
「そうすれば、みんな元のように戻れるから! アベルが私と一緒になれば、全部うまくいくの! ねえシエル、私に協力してくれない? なんとか私がアベルと結婚できるようにしてほしいの!」
『…………』
シエルの《聖女》としての権力に頼りたいと、親友への謝罪をしながら必死に呼びかけるミリア。
俯いたシエルの視線と表情がどうなっているかはわからない。
長い沈黙が流れる。
やっぱりダメかなとミリアが思った頃に、シエルが口を開いた。
『ミリア……貴女は浮気のこと、心から反省していますか?』
「えっ? うん……シエルの言う通り、ダメなことをしちゃってたよね……シエルにも迷惑かけてごめんね? だから私、アベルに謝るよ。謝って……また昔みたいに戻りたいの!」
『そうですか……貴女は間違いを犯しました。ですが貴女は私の親友です。親友として、貴女を応援しましょう』
水晶に映るシエルは、深い慈悲の微笑みを浮かべて言った。
『私のできる限り、助けになりますよ。ミリア』
「やった! シエル大好き!」
結魂を結んだ女の浮気を見逃したという大きな失態を犯しても、きっとシエルの声は鶴の一声だ。
きっとこんな状況もどうにかしてくれる……!
ミリアが安堵のため息を吐いたところで、シエルが『あっ……』と声を漏らす。
『すみません、わたしの知り合いの方から連絡が……ミリア。彼への贖罪、考えておいてくださいね』
「うん、大丈夫。しっかり考えてあるから! アベルをまた虜にしちゃうかもしれないけどね!」
先程の必死な様子とは裏腹に。
声を弾ませるミリアを尻目に、シエルは静かに水晶を切った。
「えぇ、本当に……――――だったのに。残念です、ミリア」
空には、暗雲が立ち込めている。
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