第十話 乙女の心、女の心

【Side 純情剣聖】



 アベルの姿が見えなくなった頃。

 ボクのパーティーメンバーである双子の姉妹が、ジト目でこっちを見ながら呟いた。


「へたれ」

「日和ったね」

「いきなりは無理だよぉ!?」


 ボクの心を知っている二人はズカズカドスドスと言葉の刃を飛ばしてくる。


「攻めようとしたのはよかったけど、日和ったら駄目でしょ。抱かれはしないまでも、甘やかすくらいは頑張ればよかったのに」

「きっと凄く悲しくて寂しがってるから、エルミーが誘惑すればコロッと惚れ直してくれたかもよ?」

「ゆうっ、う、わぁ〜〜〜〜…………!」


 ちょっと想像してみて、すぐに顔が熱くなってしまった。

 そんなの急に無理だよ! 今日アベルと会えたのだって偶然なんだし!

 心も体も準備が……って体は駄目なんだって!

 一瞬そんなことを思っただけで、ボクの頭にはアベルの――


「うゥウ〜〜〜…………!!!」

「あらら、初心ねぇ」

「まあ、これがエルミーの可愛いとこだけどね」


 二人はエールを飲みながら、真っ赤になったボクを見てにやにやしている。


「そういうことになったら私が教えてあげるわよ? キスのテクとか、えっちなところのコスり方とか……♪ マリアを鳴かせてる凄・テ・ク♡」

「あたしは誘い方を教えてあげようか? 姉さんが野獣になっちゃう――エッロぉいポーズ♪」


 互いに抱き合いながら、蕩けるような声で言ってくる。

 まあつまり、この二人はで、姉妹でだ。

 二人で部屋をとったとき、ボクは隣からの声や音に耳を塞ぐことになる。

 ――あんまり激しい時はそれでも突き抜けてくるけど。


「まったくもう」


 叶いもしないことでからかってくるから、ボクで遊んでるのが丸わかりだよ。

 二人にペースを乱されたけど――そう、ボクは昔からあの人に――アベルに、こ、恋を、している。

 好きだ、うん。彼のことを……愛してる。

 それは今も変わってなくて、むしろ想いは強くなっていた。


 っていうか、久々に会ったけどなにあれ! 噂では聞いてたけど、ほんっとうにすっっっごく強くなってるし!

 もう師匠なんて名乗れないよ! たった一つのミリアと同じくらい強い繋がりだと思ってたのに〜!


 この想いがいつからだと言えば……もう最初からだ。

 出会ってからずっとアベルに惚れている。

 だって、あんな鮮烈な出会いを経験したんだ。

 女だったら、惚れないわけがないと思う。



 ・ ・ ・ ・ ・



 フレイとマリアとは冒険者になる前から知り合っていて、ずっとパーティーを組んでいた。

 でも、あれは駆け出しの頃。

 ボク達は薬草採取の依頼の最中で、ゴブリンの群れに襲われたんだ。

 緑色の肌、醜悪な見た目。人型の魔獣として最も有名で、最悪だと言われている、ゴブリンに。


 最弱の魔獣候補だけど、最悪になりうる初心者冒険者の試金石。

 単独ではそれほど強くないけど高い繁殖力を持っていて、進化した種のいる群れは一人二人の冒険者じゃ手に負えない。

 奴らの母はゴブリンの雌と、他種族の雌。 

 特に好むのは――人間の女だ。


 ゴブリンは人間の女を攫って犯す。

 巣に攫われた女の子は悲惨だ。

 行き着くのは終わりのない凌辱と虐待。


 代わる代わる犯されて、休む間もなく子供を産み落とすための苗床。そして奴らの嗜虐性と性欲を満たすためだけの肉道具にされて死ぬまで使

 ちなみにこの習性は人型魔獣だとたまにある。


 ゴブリンの大きさは子供くらいだけど、当時はそんなに体格差もなかった。

 ボク達は泣きながら必死に逃げたけど、やがて囲まれて体中を掴まれた。

 もう終わりだって思った。


 そんなときだ。

 ――アベルと出会ったのは。


 当時、同じ駆け出しだった彼はゴブリンに掴まれて攫われそうになっていたボク達を助けに来てくれた。

 ゴブリンにとって男はただの肉だ。

 餌でしかないからその場で殺して食われるか、持って帰って踊り食いにされるか。


 そんな危険があったのに、アベルはたった一人でゴブリンの群れの中に突っ込んでボク達を引っ張り出してくれた。

 ミリアが学校に行っていて一人で薬草採取に来ていたアベルは、自分の身も顧みずに助けに来てくれたんだ。


 駆け出しアベルにゴブリンを薙ぎ倒す力なんてなかった。

《剣士》の頼りないスキルと、魔力量に物を言わせた魔法で体を強化して傷だらけになりながら。


 それからは、四人で撤退戦。

 追ってくるゴブリンに必死で剣を振って、命からがら逃げ切った。


 アベルが来てくれなければ、ボクもフレイもマリアも女として最悪の最期を迎えてただろう。


 よくあることだって言えばそう。

 だけど、ボクは同じくらいの実力の彼が危険も顧みずに助けに来たことが凄いと思った。

 憧れると一緒に、気付けば好きになってしまっていた。


「でも、あの頃からあっくんはミリアちゃんにゾッコンだったからねぇ」

「おまけに結魂の誓いまで交わしちゃって、本格的に手が出せなくなっちゃったんだよね」


 うっ、そうだ。

 アベルはずっとミリアと一緒にいて、ボク達が入る余地もなかった。

 ミリア……あの頃からアベルにあんなに想われておいて、アベルの努力を無視して裏切るなんて……!

 思わず拳に力が入る。


「あの頃からグイグイ押してればねぇ」

「ハーレムにできたかもしれないのに」

「うっ!? ちょっ、ちょっとぉ!」


 からかってくる二人にボクは大声を出した。 

 それにボクのことばかり言ってくるけど、二人だって!


「二人もアベルのこと、好きじゃん。なんでボクばっかり責めてくるんだよ……!」

「ん〜……そうねぇ。たしかにわたしたち、あっくんのことが好きよ」

「そうだね。男の人に興味はないけど……アベル君だけは、欲しいって思っちゃうよ」


 いつも余裕な二人らしくもなく、ちょっと顔を赤くしている。

 いわゆる同性愛者でシスコンの二人だけど、アベルのことだけは特別に思ってることは知ってる。

 だってアベルへの距離感が互いに対するものなんだもん。


「でも、わたし達は愛しい人がもういるもの。友達の想いを無視して、さらに欲張ろうなんて思わないわ」

「だから、あたし達がアピールするのはエルミーが結ばれてからでいいと思ったんだよ」


 人の心をこそ尊いとする教義の、二人の信教である『蒼天教』の教え。

 同性愛と姉妹愛という二重苦に苦しんでいた二人を認め受け入れ救ってくれた教義だ。

 自分たちはもう一人の恋人がいるから、さらに好きな人を手に入れるよりボクの想いを優先してくれるのか。


「ふたりとも……!」

「ま、エルミーがアベル君といい仲になったらあたしたちも入り込みやすいしね」

「そうねぇ〜、いつかは四人でって……うふふ♪」


 ろくでもないことを考えてた。

 いつかアベルを中心としたハーレムを作ってみんなでって……!

 まあ、ハーレムではよくあることらしいけど……っ!


「それにしても、今日はエルミーが手を出さなくてよかったわね」

「そうね。アベル君も裏切られたばかりで傷心でしょうし、ミリアちゃんがあんなことをしたとはいえ、まだ結魂ゆいこんは結ばれてるしね」

「あのね!」


 普通逆じゃない!?

 それに今のアベルとそういう関係になったら、悪者になるのはアベルだ。

 結魂を誓ったのに他の相手と関係を持つのはとても責められることだから。


「焦らないほうが良いわ。あっくんに寄り添いましょう」

「今日の様子を見る限り、三年前までみたいなスキンシップは大丈夫そうだったけど」

「……そうだね。昔っから二人って、むっちむちの身体をアベルに押し付けてたもんね」


 思わずジト目で、双子の身体を眺める。

 ほとんど同じものを食べてるはずなのに、なんで二人はあんな――ばいんばいんなの?

 ボクなんて剣士として鍛えてるからか、筋肉ばかりで柔らかいお肉が少ないのに。


「むちむちは失礼よ〜?」

「エルミーだって、女の子として理想的なスレンダーボディじゃない。おっぱいもあるし」

「そんなデカいのを前に言われても……」

「でも、今なら狙えるかもしれないわよ」

「? なにをだよ?」


 フレイがボクの目を見て、言う。


結魂ゆいこんの、解消」

「それ、は……」


 ゴクリ、とつばを飲んだ。


 相手を裏切る行為をしたり、どうしても関係の継続が困難だと判断された場合、結魂は解消できる。

 今回のミリアみたいに罪を犯したら、誓いを結んだ教会が罰を与えると言われている。


 教会が提供する炊き出しや治療行為などの恩恵を受けられなくなったり。

 ジョブ、スキルの測定や婚姻……人生において必要なことすらできなくなると。

 あまりにも悪質な裏切りだった場合、教会の暗部が動くなんて根も葉もない噂もある。


 けれどアベルがフリーになれば、ボクらにとってどんなにいいか。

 でも、それは。


「結魂の解消には、そうしなきゃいけない理由。それか有責側の絶対的な証拠が必要なんでしょ? 例えば……ミリアが浮気してた証拠」


 ゴシップ記事じゃ、とても証拠として扱われない。

 それに結魂の解消というのは、有責じゃない方にも誓いを守れなかった罰が与えられることがある。

 アベルにそんなリスクは負わせられないよ。


「それに勇者パーティーには、蒼天教の《聖女》がいる。同じパーティーだったんだし、下手な証拠じゃ嘘だって突っぱねられちゃうよ」

「あー……そう、かもね」


 ボクの言葉に、マリアは目を逸らした。

 聖女は蒼天教の高位な地位にいる。二人は複雑な心境だろうな。

 でも同じパーティーだったってことは、浮気だって知っていて見逃していた可能性が高い。

 そんな人が教会の偉い人なんじゃ、結魂の解消も難しそうなんだから。


「はぁ……考えていても仕方ないわ。今日は、もうお開きにしましょ?」


 浮かない顔でジョッキの縁を指先で撫でていたフレイが、ため息と一緒に立ち上がった。

 たしかに気付いたらもういい時間だ。


「久しぶりにぃ、お姉ちゃん、教会へお祈りに行ってくるわね〜」

「あっ、あたしも行く!」


 結構飲んでいたけど、しっかりとした足取りで宿の出口に向かうフレイを追いかけてマリアも立ち上がる。

 教会ってこんな夜に行って大丈夫なのかな。


「お金は払っておくから、エルミーは先に寝ててね!」


 そう言って、ボクらの財政担当は姉のあとを追っていった。


「はぁ……」


 一人になったボクは両手で頬杖をつくついでに、むにゅ〜っと顔を揉みほぐした。


「アベル、どんなこと考えてんだろ。……支えてあげたいな」

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