第十二話 魔剣がなければ
【Side サレ冒険者】
「ふわあー……ねむ」
寝ぼけ眼を擦る。
飲み終えて空になった瓶が、テーブルを転がってかちゃんと音を立てた……あとで片付ければいいか。
「《
まだ休みたいと駄々をこねる体に魔法を流し、さっさと動けとムチを打つ。
全身に栄養を行き渡らせ、それを元に体調を整える魔法でなんとか動くようになってきた。
剣を留めるベルトを体に取り付ける。
右腰に
右後ろに
これでいつもの両腰二本、腰の後ろにクロスするように二本の《四剣》姿になった。
そうして身支度を整えて、宿の下の階へ降りた。
「あ、おは……おはよう、アベル」
「おう、おはようエルミー」
食堂にはエルミーが座っていた。
顔が少し赤い。……ちょっとよそよそしい感じがするのは、気の所為か?
「二人は?」
「まだ起きてないよ。昨日、遅くまで教会に行ってたみたい」
「相変わらず信心深いなぁ」
蒼天教はこの大陸で最大の宗教だ。
俺も何かあれば蒼天教に頼っているしその都度お布施もしているけれど、そこまで敬虔じゃない。
「それよりアベル。一緒に行動するって話だけどさ、また昔みたいにパーティーを組まない?」
「いいぞ。前の時と同じ、臨時加入だな」
パーティーは本来四人で組む。一時的に同行したり、暫定メンバーにするときはこの臨時加入枠を使ったりするんだ。
五人目の荷物持ちなんかもこの枠だ。
昔っから三人で組んでたパーティーに、邪魔する気はないしな。
「ボクは本加入でもいいんだけど――」
「あら、遅れちゃったかしら〜」
「ごめーん! 二人とも、おはよう!」
エルミーの声を遮って、姉妹が食堂に入ってきた。
防具なんかつけてない、二人のボディラインが出る服だ……ちょっと目を逸らして挨拶を返した。
「おはよう、二人とも」
「んふふ、あっくんにそう言ってもらえるのって久しぶりね〜」
「なんかいいね、これ」
二人はなぜかはにかんでいる。
普通に挨拶しただけなんだけど……顔が赤くなって無いようでよかったな。
「そういやエルミー、なんか言いかけた?」
「なんでもないよ! ほら、二人も来たし、ご飯を頼もう!?」
なぜかエルミーはそっぽを向いて、顔見知りだという看板娘に慌ただしく注文しに行ったエルミーだった。
しばらくして、パンと焼かれた肉にスープとサラダ。シンプルながら、大量に並べられていく朝食。
俺はレーションを……食べないって。指輪から出した途端にそんなジト目で見てくるなよ三人とも。
さすがに昨夜の夕飯の直後でレーションは嫌だ。
俺も三人と同じような朝食を頂くことにしたのだった。
「朝食を食べたらギルドに行こう。俺の臨時加入手続きと、昨日預けた素材の金も回収したい。昨日今日の宿と飯代、返したいしさ」
食事中、さっきエルミーと話していたことをフレイとマリアに伝えるついでに、金がなかったから出してもらったお金を返すと言ったのだが。
「いいよそんなの! ボク達Aランクだからさ、これくらいのお金なんて大したことないから!」
「でも、お金のことは」
「じゃあ、師匠から弟子への奢りってことでいいんじゃないかしら?」
「そうそう! 今まで頑張ってきたアベル君へのささやかなご褒美ってことで!」
首を横に振るエルミーに食い下がろうとしたら、フレイとマリアが押してくる。
結局、お金は受け取ってもらえずに頑張っていたご褒美ということで奢られることになった。
もうご褒美って歳じゃないんだけどな……。一つ、二つ上のお姉さん方には敵わない。
そんなこんなで朝食を終え、俺たちは冒険者ギルドに向かうことになった。
・ ・ ・ ・ ・
「エ、Sランク《四剣》のアベル様の、臨時加入手続き、ですね……ッ!」
ギルドに着いた俺達は、すぐに二階の総合受付に行って手続きをした。
担当した金髪ロングの、フレイに似た雰囲気な受付嬢だ。
率直に言うと色っぽいのだけど……見かけによらずめっちゃガクブルしてる。なんでだよ。
というか、今日はギルド全体がざわざわした雰囲気になっているな。
なぜかそういった奴らは俺の方を見ている。隠してるつもりらしいけどバレバレだ。
「これ俺のせい?」
「昨日アベル君がこの街にいることがわかって、あのニュースがさらに話題になったとかじゃない?」
ちょっと聞いてみたらマリアが答えてくれた。
そうか、あのニュースってあの日の次の日くらいに出たんだっけ。
一昨日公開されて、昨日話題の俺がいることが広まってさらに周知されたってことか。
俺の恥がどんどん広まっている、泣きたい。
「おおまおまたせしました! 加入手続き完了です! はい!」
「よっしゃ!」
「はいはい、待ってないですよ」
エルミーは飛び上がってるし俺も怒ってないですよ?
だから泣かないで……いや凄く悲しくなるからマジで涙溜めないで……?
とまあ、これでギルドに来た目的の半分くらいは終わったな。
素材の代金が気になるけど居心地悪いし、とっとと出たくなってきたな。
「じゃあアベル! 依頼探しか、一階に降りて素材の買い取り確認しに行く?」
「そうだなー、今日さっさと依頼に――」
行こうと、そう言おうとした時だった。
「オイオイ、噂のSランクは女に捨てられたってのにすぐに女連れでいやがるぜ!」
突然、俺達が受付をしている近くからやたらデカい声が上がった。
見れば人相の悪い巨漢が、ニヤニヤと気持ち悪い笑い方をしながら俺をがっつり見てる。
……俺に因縁をつけに来たのか?
Sランクに?
「げ、ゲランドさん!? やめっ止めてください! この人を誰だと――」
「うるせぇよアマ! んなこたぁ知ってるぜ――ギルドニュースにオモチャにされた、Sランクのクソガキだろ!」
背中に戦斧を背負っている大柄の男だ。身長は二メートルくらい。
腕は丸太のように太く、体も分厚い。
筋肉の塊のような奴だった。
そりゃ百七十センチくらいの俺はガキに見えるのかもしれない。
信じられないがこんなのはどこにでも居る、黙らせてきたが……。
「こんな小せえガキがSだとよ。やっぱりSランクってなぁ嘘っぱちだ! どいつもコイツも、馬鹿みてぇなことをできるってホラ吹いてる嘘つきばっかだろ!」
「ああ……?」
だがその言葉に、胸がざわざわした。
なんだ、これ。
「こんなガキがオレ様より強い魔獣を倒せるわけねぇじゃねえか。そうだろ? ガキ。それとも怖くて口も聞けねぇか? その魔剣に頼ってばっかじゃ肝も小せえよな!」
「聞いてればアベルを馬鹿にして! いったい何様のつもりなのさ!」
俺が黙っていると、たまらずエルミーが食ってかかった。
だが大男はそれも引き合いに出して盛大に笑う。
「ハッ! おい聞いたか、Sランク様は女に守ってもらわなきゃ怖くてなんもできねぇってよ! そりゃあ他の男に女取られても仕方ねえな!」
大男は大袈裟に俺を嘲る。
周囲に自分が大きいと見せたいようだ。
「おい、おい、ゲランド! やべぇって!」
「うるせぇ!!!」
連れらしい冒険者が男……ゲランドだったか? を諌めているのに、聞く耳も持たず一喝して黙らせてしまった。
「気に食わねぇんだよ、Sランクだなんだってチヤホヤされやがって! この腰抜けならオレも女を奪えるぜ !? お前らも上玉じゃねぇか、どうだ? オレ様が抱いてやろうか?」
「お断りだよ。ボク達、君みたいなのは好みじゃないんだ」
「ケッ、生意気な女だぜ。お前ら、このあたりでチョーシに乗ってる三人組の女パーティーだろ?」
ゲランド――いやクソ野郎でいいか。奴は下卑た視線を、舐め回すように三人に向けた。
「ジョブが《剣聖》とか、Aランクとか、いい気になりやがってよ! 女なんざブン殴ってヤっちまえばおとなしくなるくせにな!」
「慣れてるような言いぐさだね。アベルや、ボク達みたいな小娘に先を越されたのが悔しいだけだろ? 僕も聞いたことがあるよ、声が大きいだけの万年Bランクで有名な人」
「あア!? んだとゴラ!!」
エルミーの口調がいつもよりボーイッシュになっている。あれは相当イラついてるな。
みれば双子姉妹もかなりお
だが俺は……別のことが気になっていて黙っていた。
違和感。
欠けていた何かが一つ埋まったような、だけどそれが久々すぎてわからないもどかしさに悶々とする。
その間もエルミーとゲランドとかいうクソ野郎の言い合いは過熱する。
「どうせツラで貴族やギルドに媚でも売ったんだろ、淫売どもがよ! そこのガキもぶん殴ってから相手してやるよ、ビッチども!」
「――は?」
…………いま、なんて言った?
オレの恩人に、大事な人たちに何を言った?
「それにこんなのがSランクなんざ、ほかのやつらも程度が知れるぜ! それならオレが全員ぶっ殺してやるよ!」
ずっと、憧れていたSランクが。
あの人たちが弱いって?
――ああ、なるほど。
「こんのッ……!」
「エルミー」
俺は剣に手をかけたエルミーの肩を抑える。
「アベル……?」
「聞いてりゃ好き勝手言いやがってんな? 俺の大事な人たちに向かってよ」
一瞬ぎょっとしたようだが、すぐに醜悪な笑みを浮かべる。
「ハハッ、なんだ、やんのか? だがよぉ、ここはギルドだぜ? 魔剣なんざ使えねぇだろ、大問題になっちまうからよ! 素手じゃ怖くて喧嘩もできねえだろ、ギャハハ!」
「……いやぁ、お前凄いな。Bランク如きが、Sランクに喧嘩を売るだなんて」
「ブァーカ、てめぇみたいなガキが、強えわけねぇだろ、どうせ魔剣に頼り切りの素人が。ほれほれ」
男は平手で俺の頬をぺちぺちと叩いてくる。
背後でエルミーがアクションを起こしそうになったが、なんとか踏みとどまってくれたらしい。
「オレ様はチューコクしてやってんだよ、ガキがハッタリかますなってな」
「優しいなぁ! じゃあ、俺もお前に優しくしよう」
右手を握った拳を左手でポンポンと叩く。
「今からお前を殴るぞ?」
「は?」
たっぷり待った一秒後、コイツの腹に俺の右拳が深々とめり込んだ。
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