第八話 暖かい食事は嵐の前に
「ワイバーンをこれほど綺麗に仕留めるとは兄ちゃんたちすげぇな。こりゃ高く売れるぜ?」
「それはどうも」
「ただ、こっちのタイタングリズリーは
ギルドの隣に併設された解体場にいたスキンヘッドのおっさんに指輪から出した素材を査定してもらっていた。
「そっちは期待してないから大丈夫だ。一応持ってきただけだしな」
「ま、加工するなら小せえ方が都合がいいこともある。売れねえってことはねぇだろうがな。しかしタイタングリズリー、『巨人熊』なんてヤツは岩より硬えんだぞ。こんな八つ裂きにされた状態初めてだっての」
タイタングリズリーの別名は巨人熊というらしい。
巨人のような熊、じゃなくて巨人から見た熊、という意味で付けられたんだと。
そりゃデカかったもんな……デカいだけで普通の熊と変わらなかったけど。
「んなこと言われても俺だって初めてだ。八つ当たりでこんなにしちまったからなぁ」
「八つ当たりでこれかよ……しかし、兄ちゃんらみてぇな連中からすりゃ、巨人熊も八つ当たり相手か」
おっさんは俺の剣をチラッと見ながら毛のない頭を
「デケェのが大漁だ。時間かかっから、明日それ持ってギルドに来い。間に合ったら換金できんだろ。ったく、今夜からかかりっきりだぜ」
「すぐに金が欲しいんだけど」
「なら牙でも剥いで持っていけ」
にべもなく背を向けたおっさんの、スキンヘッド後頭部を見送った。
さてどこを剥ぎ取るか。爪でも牙でも売れるだろう。
「アベル君、あたしは手続き終わったよ。そっちはどう?」
離れたところでまた別の解体師に話をしていたマリアが寄ってきた。
「査定は何日もかかるって、金が欲しいっつったらどこか取ってけって言われたところ」
「そっか。じゃあもう一回さっきの受付に――」
「アベル!!!」
マリアと話していると、突然響き渡る声。
それは、ギルド本館へ続く廊下から姿を見せた、エルミーのものだった。
こっちにエルミーがただならぬ様子で進んでくるのを、フレイが焦った様子で止めようとしているが気にする様子がない。
「おお、エルミー。そっちはもう終わったのか?」
「アベル! これ、どういうこと!?」
無視された。
俺の目の前に来たエルミーは、勢いよく紙の束を突きつけてくる。
その紙面には――
『かのSランク冒険者《四剣》のアベル、まさかの失恋か』
そんな見出しとともにミリアが、勇者と腕を組んで歩いている写真が写っていた。
「……っ」
「さっき出たばかりのギルドニュース。どうなってるの、これ!? なんでこんなところに居るのか気になってたけど……なにがあったの!?」
エルミーの顔色から伺えるのは困惑。
記事を覗き込んだマリアも、驚いた様子で俺の顔を見てくる。
「あぁ、もう……気になるのはわかるけど」
「え、これ……ミリア? なんで?」
「なにがあったのか……絶対に、聞かせてもらうよ。アベル」
そうして、俺は三人に夜の街へ連行されていった。
金は、換金させてもらえなかった……。
・ ・ ・ ・ ・
ギルドニュース。
冒険者ギルドと提携している新聞社が発行している新聞だ。
全世界のギルドに置かれた魔道具によって広く拡散されるその情報は、稼ぎ時の場所や地方で発生した美味しい依頼情報などなど、冒険者狙いの内容で埋め尽くされている。
有名な冒険者の情報やインタビューなんかも取り扱ってて面白いときもあるんだが……まさかゴシップも好きだったなんてなぁ!
エルミーが持ってきた紙面には勇者とミリアの記事が一面になっていた。
そして二人がすっぱ抜かれたおかげで、ミリアとの仲を仄めかしていた俺にフォーカスが当てられていた、と。
やれ、『Sランク失恋!』だの、『さすがに勇者には敵わないか!』だのと好き勝手なことを書いている。
冒険者向けの新聞社がSランクのゴシップ記事を書くなんて、いい度胸じゃないか……!
おかげで……浮気されてたことがエルミーたちにバレて大変なことになっている。
「さぁ、アベル。もうキリキリ吐いて? 逃さないよ?」
「席について早々ってのはどうなんだ、まだ何も食べてない……なんか食べてからにしないか?」
「お姉ちゃん、無駄な悪あがきは嫌いだなぁ♪」
「悪あがきだなんて、そんなそんな……ほら、フレイにマリア。隣同士がいいんじゃないか? 俺どくよ?」
「今日はあたしたち、アベル君の隣がいい気分なんだよね!」
「どうして」
ここはエルミー達オススメの宿屋、『大地の寝床亭』の食堂だ。
宿に着きすぐに三部屋を取り、なのに直行で宿の飯屋に連行された。
現在、壁際の席で正面をエルミー、両隣を双子に囲まれ尋問中である。
クソッ、力ずくで突破できない環境に追い込まれた!
「勇者パーティーの旅が終わって、ミリアが王都に帰ってきたっていうのは知ってる。なのに、なんでアベルがこんな所にいるんだろうって、ずっと思ってたんだ」
真正面から俺の目を見て話すエルミー。
それは真剣で、俺たちのことをよく知ってるからこその質問だった。
「そんなときにあのギルドニュースだよ。ねぇ……アベル。なにか知ってるんじゃない? ボク達に……なにか、隠してるんじゃ……ないの?」
「…………」
正面からエルミー。
両隣からも、双子姉妹が見つめてくるのがわかる。どこにも逃げ場がない。
無理矢理聞き出してこないのが、純粋な心配をされているのがわかって、もう隠せないのがわかった。
「わかった。もう話すよ……でもちょっと、本当に話しづらいことで……その、心の準備というか、整理もしたくて……」
「アベル……」
「だからさ……飯、食べないか? おすすめなんだろ? ここ。食ったら話すからさ」
そう言って、にへらと笑いつつ、俺はエルミーに問いかけた。
「――はぁー、もう……絶対だからね?」
「悪いな」
「これ以上無理に聞いたらボク達が悪者だよ……だから、食べながらじっくり聞いてあげる」
「ふふ、よかった。お姉ちゃんにちゃんと聞かせてね?」
「食べ終わってからにして?」
「えー? アベル君逃げるかもしれないからなぁ~」
「こうやって捕まえておかないと、ね?」
「フレイ! マリア! 二人もくっつくのやめて!」
「「うふふふ」」
ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる双子の姉妹。
ぎゃーぎゃー騒ぐエルミー。
この空気は、昔から変わらないなと、そう思った。
「「天の恵み、人の努力に感謝を」」
宗教家二人の食前礼を皮切りに、食事が始まった。
料理に関しては、さすが国境の街。
注文、調理、配膳まで爆速だった大地の寝床亭の料理はどれも美味そうだった。
南国から流れ込む塩と魚介類、シルディエル王国から集まる豊富な食材を使った料理。
塩と胡椒で焼き上げられた豚や牛のステーキ。
ハーブの匂いが香るウサギ――おそらくツノトビウサギという魔獣肉のソテー。
ぐつぐつと煮込まれた魚――ほろほろに崩れてる魚型魔獣のシチュー。
シンプルに焼かれた見ただけでぷりっぷりの、拳より大きいホタテなどの貝類。
久しぶりに見る、湯気の立った料理に
冒険者というのは大食いだ。
テーブルに所狭しと並べられたこれらもあっという間になくなってしまう。
「はむっ――んっ……むふっ」
エルミーは自分の前に並ぶ大量の肉とパンをどんどん口に運んでいる。
冒険者というのは粗暴な奴が多く、食事のマナーもあったもんじゃないが……彼女のそれは、綺麗だった。
無駄に食い散らかしたりせず、上品というか丁寧に食べている。
付け合せの酒はワイン。樽ジョッキだから品もなにもないが、エルミーは前からワイン派だった。
美味しさに頬を膨らませた笑顔が映える。
「はい姉さん、あ〜ん」
「あ〜むっ、ん〜! ありがとマリア。はい貴女も、あ〜ん」
「んっ!」
フレイとマリア――双子姉妹は二人でイチャイチャ食べさせ合ったりしてる。
瓜二つの美人姉妹たちが互いにフォークを運びそれを頬張るのは、ただならぬものを覚える。
もう見慣れた光景だが、まだソフトな方だ。
酷いときはエールを……いやよそう。
でもそれぞれ好みも少し違い、フレイはガッツリした肉料理と、肉厚な貝や魚型魔獣の魚肉。
マリアはチキンサラダや、シチューなどをよく食べていた。
塩と並んで、魚介類が特産の南国に近いカーヘルだからこそのメニュー。
聞けば、ここの宿は足のはやい輸入品を安く仕入れているらしい。
「さっきからボクらの食べるとこ見てて、どうしたの? ……食欲とか、ない?」
「ん? あぁ、いや大丈夫。腹は減ってるよ、疲れてるし」
三人が食べているところを見ていると、眉を下げたエルミーに聞かれてしまった。
「ただ、人と食べるのは久しぶりだったから、つい」
「あっくん……」「アベル君……」
「あとここんとこレーションばっかで、温かいご飯も食べてなかったからさ。ちょっと体がびっくりしちゃって」
「……アベル、これも食べなよ」
「お姉ちゃんがあ~んしてあげる」
「あたしのホタテもおいしいよ?」
「お、おう……ありがとう?」
なぜか三人が自分の皿から食べていたものを俺の皿に盛ってくる。
そんな謎がありつつも口に運んだ久々の塩辛い料理は、じわじわと唾液を流させてきた。
味なんて最近まったく気にしてなかったから、久しぶりな感覚に戸惑う。
ぱさぱさの全く味のしないレーションなんかよりも、美味かったと思った。
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どうも、赤月ソラです。
なんの奇跡かわかりませんが……この始めたばかりの小説でなんと、ジャンル別、そして総合の週間ランキングで、一桁に入ることができました。
実は今月バースデーだったので、過去にない最強の誕プレになりましたこと、感謝します。
たくさんのPV、評価、コメントをありがとうございます!
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