第七話 国境の街『カーヘル』


 カーヘルに入った頃には、空は赤く染まっていた。

 街に入れば依頼達成、ハリストンさんとはそこでさよならだ。


「《四剣》のアベル様。改めて、この度は大変お世話になりました。お礼申し上げます」

「俺は本当に、知り合いを手助けしただけなんだけどな」

「それでもです。なにかご入用になりましたら、是非とも私共の商会――『ベリアン商会』をご利用ください。私のできる限り便宜を図らせていただきます」


 そう言って紹介状まで渡して去っていった。

 最後までスマートだ。

 誠意でもあるが、Sランク冒険者とのパイプが欲しいって打算もありそうだけど。


 さて、依頼を達成した冒険者がまずどこへ行くか?

 飯屋か? 鍛冶屋か? いやそれよりも先に行くところがある。


「依頼、達成! 冒険者ギルドに行こう!」

「教会に行きたかったけれど、さすがに先にギルドに行っておいたほうがよさそうねぇ」

「しばらくちゃんとしたお祈りができてないのにぃ!」


 エルミーが依頼者から受け取った証明書を突き上げて元気よく叫ぶ。

 そう、冒険者ギルドだ。つまり金の調達。

 依頼の報酬を受け取ったり、何かしらの素材を売ったりできるからな。

 フレイとマリアの二人は『蒼天教』という宗教の熱心な信者だから教会に行きたがるけれど、普通はギルドが先だ。


「そうだな。俺も金が無いから、なにか換金しないといけないし……」

「お金がないって……アベル君Sランクでしょ? 報酬とか高いんじゃないの?」

「いいや。手に入ったお金はほとんど勇者パーティーに送ってたからさ。あんまり手持ちも貯金もないんだよね」

「えぇ!? あーくん、どうやって生活してたの!?」


 マリアの疑問に答えたらフレイが大声をあげた。

 冒険者はランクが高くなればそれだけ難しい依頼を回されるが、その分報酬額が高くなる。

 俺はこの三年間、依頼の報酬を得た時点で冒険者ギルドを通して勇者パーティーに渡るようにしてたんだ。

 その金は一度シルディエル王国でまとめられて、勇者パーティーに送られていた。

 勇者パーティーはシルディエル王国が主導していた。

 古から聖剣を保管していて、そして勇者召喚を成したのは、シルディエルだったからな。


「そんな状況でよく生きてこられたね」

「移動は魔剣を使えばよかったし、宿は安宿で……腹が減ったらレーション食ってれば金がなくてもなんとかなったんだよ」


 携帯食の一種、レーション。

 ポーションと同じように錬金術師が作る固形栄養食だ。

 手のひらサイズで二食分の栄養を摂れる、機能だけで見れば優れたものだ。

 もっとも評価は最悪だ。何故か?

 そりゃもちろん――とても不味いからだ。


「レーション!? あんなの新人やヤブ下手くそが大量生産するレンガじゃん!」


 エルミーからはこの評価である。

 色々な食物からを搾り取り、家畜の餌の穀物と固めた物が美味いはずもない。

 しかし簡単に大量生産できるから安く、貧困層には需要があるから新人やヘボが練習がてら生産する。

 買う必要のない奴からの呼び名は食えないレンガ。

 それただのレンガじゃん。


「コスパはいいんだよ。二個食べれば一日は持つし」

「食べれたらの話でしょ。スラムの人たちだって顔をしかめながらかじる最悪の食べ物じゃないか」


 俺のメインフードそこまでこき下ろすか。

 事実だからなんも言えねえ……!


「もう! 久しぶりに会った弟子がまともな生活をしてなかった! これは師匠としてちゃんとしたご飯を食べさせる必要があるね!」

「いや、そんな必要ないんじゃ」

「あーくん?」「アベル君?」


 苦言を呈そうとしたら、双子姉妹が腕を掴んで捕獲してくる。

 何故かフレイは怖い笑顔でつねってくるし、マリアは笑顔でぐいぐい体を押し付けてくる。


「久しぶりに会ったのに、ご飯も一緒に食べたくないなんて……お姉さん悲しいなぁ……?」

「宿も、まともなところで休もう? あたし達の行きつけ紹介してあげるからね」


 いや、掴むどころかむぎゅっと腕を絡めてきてる……ちょっ柔い! デカっ……柔らかい!


「わかった、わかったから……腕絡めないで……!」

「ちょっと! なにしてんの!?」

「お説教〜♪」

「エルミーもやる?」

「やっ、やらないよぉ!!」 


 そうして俺達はカーヘルの街を歩き、冒険者ギルドへと向かうのだった。 



・ ・ ・ ・ ・



 カーヘルは貿易の要の街だ。

 国土の多くを海岸に接する南国から塩を輸入するため。

 そして広大な土地で栽培している穀物を輸出するため、双方向の出入りが多い。

 だからか、この街はシルディエル王国と南国の空気が入り混じったような、おおらかな雰囲気に包まれている。

 通りは騒がしく人は活発で、そこら中で商いのやりとりが聞こえてくる。

 当然、人が多ければトラブルが起こる。なにかしらの問題が表層化する。

 そんなときに頼られるのが、俺たち冒険者だ。


「じゃあボクたちは依頼達成を伝えてくるから」

「ふらふらしてちゃだめよ~?」

「大丈夫、あたしがちゃんと捕まえておくから」


 カーヘルの冒険者ギルドは大きかった。

 三階以上の建物が密集していて、二階まで吹き抜けになっている。

 本館の一階では道具屋や素材などの買取カウンターがあり、二階には依頼の受付と張り紙を張ったボードなどがある。

 エルミーとフレイは依頼の達成報告のために二階へ上がっていった。

 二人とは別行動だ、その代わり。


「さ、アベル君。このギルドの買取カウンターはこっちね」

「あぁ、わかった」


 マリアが俺の腕を引いてくる。

『誓いの輝剣』では彼女がその辺の役割を担っているらしい。

 ギルドでは依頼をこなして得る報酬以外に、魔獣の素材を売却して金を得ることもできる。

 肩にかけたバッグの紐を掴んで、マリアは満面の笑みだ。 


「ふふふー、今回は凄い稼ぎになるだろうなぁ。アベル君のおかげでワイバーンの素材が二匹もまるごと手に入っちゃったし」

「三匹はそっちが倒したじゃないか。俺のおかげじゃないよ」

「ううん、アベル君は頼りになるよ? 昔から、ね」

「昔からだなんて……」


 お世辞だ。

 俺は昔から大層なことはしていないんだから。

 それは今でも……ずっとミリアのことを追っかけて、そして最後は捨てられた、みじめな男なんだから。


「あー……結構並んでるな」

「夕方だからねー」


 そんな心情を隠して、マリアと一緒に並んで、俺達の番がやってきた。


「素材の買取を頼む」

「売却ですね。しかし、あまり荷物が無いようですが? ……実物はあるんですか?」


 怪訝な顔をする受付嬢。

 手ぶらな俺を見て「忙しいときに冷やかすな」という顔だ。

 仕方なく、ランクが記載されているギルドカードを見せながら言った。


「大物だ。どこで出せば良い?」

「はぁ……えっ、ッ!? し、失礼しました! お、大きなものですと、隣の解体場で出していただいておりますので!」


 俺のカードを見た途端、白目をむいて顔を青くした。

 Sランク冒険者を雑に扱ったらどうなるかわからないものな。


「そちらの通路の先にございます! 申し訳ありませんでした!」


 ガクブルに震える彼女はカウンターの隣にある廊下を案内してきた。

 ……別に接客態度が悪いからって取って食うわけじゃないのに。

 俺達は頷いて、示された方の廊下に進んだ。


「あんまり脅かしちゃ可哀想だよ?」

「あれは俺悪くないじゃん。雑な受付するのが悪いよ」


 できれば力にモノを言わせて、っていうのはやりたくなかったよ。

 でも、高ランク冒険者ならだいたい空間拡張した魔法鞄マジックバックやらを持っている。

 誓いの輝剣も数メートルのワイバーンが丸々入るサイズを持ってる。マリアが肩にかけているバッグがそうだ。

 強い奴ほど機能が良い魔道具をもってるから、冒険者は見た目で判断しないのが鉄則なんだ。

 それをしなかった彼女が悪い。


「あたしはアベル君が鞄を持ってないのが悪いと思うんだよなぁ。収納のマジックアイテムはだいたい鞄型だし。アベル君のは、その指輪だっけ?」

「ああ、こう見えて城一つ分くらい入る優れ物だよ」


 名前はたしか、『白幻の宝物庫』。

 念じるだけで物を異空間に出し入れできるとても便利な魔道具だ。


「ねぇ、あたしそれ国宝クラスだと思うんだけどな」

「かもね。伝説の、勇者の鎧を見つけた遺跡にあったから。そりゃ高性能でしょ」

「そんな所に……ていうかアベル君そんなのまで探してたの!?」


 だってそれがないと旅が先に進めないっていうし……見つけて送ったよ。

 ついでに見つかったものもいろいろ送ったけど、この指輪だけは手元に残しておいたんだ。


「それ勇者パーティーに渡した方がよかったんじゃ……」

「あいつらから文句を言われる筋合いはないよ、欲しいなら自分で取りに行けってね」


 勇者パーティーには最初から、国から魔法鞄マジックバッグが渡されていたし。




_______________

先日、初めてギフトをいただきました。

見た瞬間フリーズし、初めての出来事にどう確認すればいいのかパニックに陥りました。

まさかギフトを貰えるなんて思っておらず、まだメッセージ?も設定していなかったくらいなのに。


送ってくれた方へ、読者の方々へ。

わたしの作品をお読みいただき、それを楽しみに思ってくれて、ありがとうございます。

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