第六話 気まずい再会



「三人とも会えて嬉しいよ、本当に。なんでこんなところにいるんだ?」


 沈んだ気分は横に蹴っ飛ばしておいて、三人に聞いた。

 魔王は北の大地を根城にしていた。

 その影響を受けて事件を起こす魔獣も北に多かったはずだ。


「魔獣が暴れて、仕事が多いのは北だったろ? 冒険者として稼ぎたい奴ならあっちに行ってたのに」


 勇者パーティーを助ける旅をしていた3年間でも何回か会ったけど、北では顔を見なかった。

 シルディエルは大陸中央部。ここらはその南端なんだから、北に比べて稼ぐチャンスが少ない。

 そう……勇者あいつの活躍に便乗して、北に行く冒険者が多かったんだよな。


「だからだよ。大陸の南に強い冒険者がいなくなっちゃったら、ここに住む人たちが大変でしょ?」

「勇者さまが魔王を倒しても人がいなくなったら本末転倒じゃない? Aランクパーティーとして、この辺に残ることにしたの〜」

「エルミーが決めたんだよ。力のない人たちのための力になりたいって」

「ちょ! 言わないでよマリア!」


 エルミーが恥ずかしそうに叫んだ。

 彼女たちのパーティー『誓いの輝剣』のリーダーはエルミーだから、その方針なんだな。


「やっぱりエルミーは優しいな。俺に剣を教えてくれた時もそうだった。さすが師匠」

「アベルまで!? それやめてって言ってるじゃん! Sランクの師匠だなんて、恐れ多くて言えないよ!」


 エルミーは顔を赤くして恥ずかしそうに身をよじった。

 三年前、Cランクだった俺がミリアを支えるために必要なことは、少しでも強くなることだった。

 弱いままじゃ何もできない。だから、既にAランクで同じ剣士系統のジョブ最強格の《剣聖》を持つエルミーに頼み込んで、三ヶ月も剣を教えてもらった。

 そのときの結果は振るわなかったけど、そのおかげで俺はここまで強くなれた。

 エルミーは俺の、剣の師匠でもある。


「そうだよな、剣技がダメで魔剣に頼るような不肖の弟子ですまない……」

「そういうことじゃなくって! も〜!」

「うふふっ!」「あはは!」


 それはそれとしておちょくる。

 やっぱりエルミーはイジり甲斐があるな。

 昔から変わらない光景で、思わず笑みが浮かんだ。


「そ、そういえばアベルだって、なんでこんなところにいるのさっ!? てっきりミリアと会うために王都――シルデントにいるんだと思ってたよ!」


 おっと、強烈なカウンターパンチが飛んできた。

 ちなみにシルデントとは王都の正式名称だ。


「ほら! 護衛依頼の出発前に、勇者様が凱旋したってギルドニュースで見たよ!? ならミリアだって帰って来てるだろうし今頃会えなかった分……いやそういうこと考えてたわけじゃなくて!?」

「あー……うん、いや、その……ああ」


 エルミーが慌てふためいてるけど、俺は気にしなかった。できなかった。

 そうだ、エルミーも協力してくれた一人じゃないか。平凡CランクにトップAランク冒険者がつきっきりで三ヶ月も鍛えてくれたんだ。

 そのあとも何回か助けてくれたし、離れる以前から俺たちの仲を知ってて応援してくれていた。

 お礼と謝罪を、言わなきゃいけない。


「ミリアは……うん、えっと――ああ」

「あ、アベル……?」


 でも、喉が強張って、言葉が出なかった。

 こんな結果になった、情けなくて、ごめんって言わなきゃいけないのに。


「どうしたの? まさか、ミリアと何か――」

「はい、エルミー。そこまで!」


 歯切れの悪い俺になにか言おうとしたエルミーが開いた口を……マリアが後ろから塞いだ。


「アベル君と積もる話があるのはわかるけど独り占めしないでね! それに今はお仕事でしょ、リーダー? 依頼人が来てくれって、馬が落ち着いたから進めるみたいだよ?」


 ワイバーンが去って、被害を確認していた商人に話を聞いてきたらしい。

 慌ててそちらに向かったエルミーを見送って、マリアはこっちを向いた。


「あたし達はカーヘルまで護衛しなきゃなんだけど、アベル君はどうする? カーヘルに行くんだったら一緒にいかない?」

「ああ、じゃあ、そうさせて貰おうかな。カーヘルに行くし、ちょっと疲れてたから……」

「そっか、夕方くらいには着くと思うから、ご飯でも行こうね?」

「うん……わかった」


 そう言って、マリアは姉と一緒にエルミーを追いかけていった。

 ――きっと、気を使ってくれたんだろう。

 姉のフレイはああ見えて押しが強いタイプだけど、妹のマリアは周りをよく見てバランスを取るタイプだ。

「今はいいから、あとでご飯のときに聞かせてくれれば嬉しいな」――ということだろう。


 その気遣いが嬉しくて、同時に情けなかった。



・ ・ ・ ・ ・



「まさかあの《四剣》のアベル殿とお会いできるとは思ってもみませんでした。先程のご助力、重ね重ねお礼申し上げます」

「いや、気にしなくていい。知り合いの助けに入っただけだし」

「しかしそれでは当商会の立つ瀬がありません。Sランクへの依頼料には到底足りませんが、なにかお礼を差し上げたいのですが――」

「ワイバーン2匹分の素材でトントンだから、大丈夫だよ」


 エルミー達の依頼主、商人のハリストンはグレーの髪と髭を生やした初老の紳士だった。

 おそらく商人にしてはかなり鍛えている。行商人なんてやってるんだから、体力は冒険者にも劣らないだろう。

 今は行商の途中だからフード付きの外套を着ているけど。

 この辺りは乾燥が強く砂埃が舞う。だからエルミーたちも砂避けのフードを使ってたわけだ。

 被れば砂やゴミを寄せ付けない優れ物の魔道具だ。


「ワイバーンから救って頂いたばかりか、さらにはこうして同行して頂けるなんて。感謝の念が絶えません」

「そんなたいしたことは……」

「あるんだよ、アベル。ボクからもありがとう、アベルのおかげでボクたちの依頼が失敗せずに済んだよ。ハリストンさんには、申し訳なかったです」

「いえいえとんでもない。馬と積荷を諦めても私だけは逃がすことは簡単だったでしょう? 積荷を守るため、できる限り抵抗してくださった誓いの輝剣の方々にもお礼申し上げます」


 御者台で話していた俺たちの会話に、歩いているエルミーが入ってくる。

 俺は護衛依頼を受けたわけじゃないからって、御者席に押し込まれたんだ。


「それに、護衛対象がいる中でワイバーンの群れなどどうしようもない。これは想定を見誤った私の責任です」

「でもアベルが来てくれなかったら、大事な積荷は守れなかったわけだし……本当にありがとう、アベル」

「気にすんなよ、俺たちの仲じゃないか。ところでなんで、こんなところにワイバーンがいたんだ?」


 ずっと疑問だったことを聞いてみた。

 高速で飛行し、空を牛耳るワイバーンは高所を好む。

 このあたりはなだらかな山しかない、しかも荒れた荒野だ。

 ワイバーンが狩りのために平たい荒野に来るにしても、普通は少数だ。

 巣の近くでしか見ないような大きな群れをこの地域で見るなんて、普通はありえない。


「それは、魔王が倒されてから各地の魔獣の生息域が混乱しているからだね」

「へぇ、混乱?」

「いつもいないところに強力な魔獣がいたり、いるはずの場所にいなかったりするんだよ」

「魔王に操られ、長い間本来の生息域とは離れた場所にいた魔獣もいると聞きます。強力な魔獣がもともと住んでいた場所に戻り、戻った先で出来ていた生態系が乱れているのでしょうな」


 なるほどそういうことか。

 魔獣は元からこの地に原生していた生物だ。というか、ただ魔力を持った動物を魔獣と総称しているだけだな。

 多くは普通の動物と類似しているし、ゴブリンなんかはサルから進化したらしい。

 魔獣は自然の中で食って食われてを繰り返す、生態系の一部なんだ。


 魔王は強い魔獣の一部を自分の根城である北方に集めていた。それらが元居た場所に戻ったが、元の場所にいたのは二百年前。

 すでに違う生態系が出来上がっていたのに強力な存在が帰ってきたから移動先の魔獣がてんやわんやの大騒ぎと化しているようだ。


「魔王が死んだ影響、か……」

「逆に知らなかったの? 近頃の冒険者はこのことで大忙しだよ?」

「あー、しばらく怪我して寝てたんだ。復帰したらまっすぐシルディエル王国に戻ってきたから、知らなかったな」


 王都シルデントに凱旋するミリアに間に合うように、一直線で帰ってきたから――はぁ。

 不意のミリアショックでカクン、と項垂れる。エルミーがチラ見してくるのを気付かないふりをした。

 どこからも繋がるミリア地雷が多すぎる……


「魔王討伐の影の立役者と呼ばれる《四剣》の冒険譚を聞いてみたいところではありますが、そろそろ見えてきましたよ」


 ハリストンの声に俯いていた頭を上げた。

 気付けば空はうっすらオレンジに染まり始めていて、遠くには大きな壁に囲まれた街が見えた。

 海の南国との交易の中継地。シルディエル王国の最南端にして商人の戦場。


「あれが、国境の街カーヘルか」






__________________

どうも、赤月ソラです。

公開してから1週間、こんなにも多くの反応を頂けるとは夢にも思っていませんでした。

作品について少々ご報告。近況ノートに載せておりますので、気になった方は「サレ冒険者の現状について」をご確認ください。

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