第五話 目を背けた先で


【Side サレ冒険者】



 ――山で暴れてから二日後、太陽が真上に昇った頃。

 ひとしきり泣いて、その場で泥のように眠ってから、俺はシルディエル王国の南に向かっていた。

 あと少しでシルディエルの南端、国境の街『カーヘル』に着くだろう。


「ここまで来れば大丈夫かな」


 あの山から、王都や街道沿いの街には寄っていない。

 ミリアや勇者がどんな動きを起こすか分からなかったからだ。

 接触を図るか、口封じを企むか。

 それとも捨てた男には興味を示さないか。

 公言はしてないからそれほど干渉は無いかもしれない。

 だが国王や王都の人達には、俺達の元の関係はかなりバレている。

 Sランク冒険者の立場が響いてくるかもしれない。


「ミリア……」


 名前を呼ぶだけで心が沈む。

 悲しい。辛い。だが怒ればいいのか泣けばいいのかわからない。

 ミリアに対して「裏切ったな!」とか「殺してやる!」とか、そういう思いを抱ければ、楽かもしれなかったのに。

 だけど、全部わからなくなった頭じゃそれも整理できなかった。

 だから、今はミリアと勇者パーティーから離れることを優先しようと決めた。


「いやいや、考えるな……! 空元気でも出すって決めただろ!」


 頭を振って暗い気分を振り払った。

 さて、俺は国境に向かって移動している。剣をもらった一番近い場所が南の国にあるからだ。

 南の国境の街、カーヘルは王都から街道を使っても馬車で十日ほどかかる。

 だが俺は魔剣の力でたった二日で移動していた。


 青――水と氷の魔剣、蒼氷剣『グランシャリオ』で足裏に水を敷き水流を作り、穿風剣ブレスレイトで空気を操作。

 前方の大気を操作し空気抵抗を低減。その風を突風として後ろから当てて推力にする。

 あとはそこらの木材を切った即席のサーフボードで地面を滑ることで、俺は馬車の八倍の速度で移動できる。


 南国で見たサーフィンという遊びに着想を得た、人体ヨットみたいなものだ。違いは加速にほぼ上限がないだけ。

 自分の体が耐えられればいいからな。

 さらに街道を通らず一直線にショートカットすることで、たった二日と少しで国境の街まで迫っていた。

 勇者パーティーや国がなにか手を回したとしても、ここまで遠くとなればそれも遅くなるだろう。

 面倒事は全部ぶっちぎっていけ。


 カーヘルを南に少し行けば関所があり、そこから先は海に面した熱帯の南国。

 俺が用があるのはここだ。

 その前に、カーヘルに立ち寄るつもりなんだが……


「腹減ったけど金が無い……タイタングリズリーの素材に値がつけばいいけど」


 魔力操作だけに集中すれば日が出ている時間ずっと進めるが、長時間となれば多くの魔力と気力も使う。

 おまけに今までほぼ全ての金を勇者パーティーに送ってきたせいでほとんど金欠だ。

 まずは金だ。そしてとにかく休みたい。


「……ん?」


 街道近くの草原を移動しているときだった。

 身体強化魔法によって強化していた眼と耳によって、街道の近くで戦闘が起こっているのを察知した。

 ちょっと進むと、その様子がはっきり見えるようになった。


「馬車の護衛か? 冒険者が三人にワイバーン五体……厳しいか」


 フードを被っているが、体型からしておそらく女性の三人パーティーだ。

 連携も上手いし、もう二体ほどワイバーンを落としてる。かなり強い、Aランクパーティくらいか。


 魔獣や動物の危険度は推奨ランクとして、冒険者と同じようなランクが◯級と与えられている。

 ワイバーンは単体ならB級、群れならA級まで届く魔獣だ。

 高速で飛翔する飛行能力が厄介な奴らだが、見た感じ彼女たちくらいの腕前があれば危なげなく倒せるだろう。

 だが護衛対象がいる中で多勢に無勢。

 積み荷や人、馬まで守らないといけないから手が回っていない。


「……仕方ないか。助けに行こう」


 冒険者にとって他人の依頼に割り込むのはご法度。

 でもそれ以上に命が大事。助けられると判断したら積極的に助けるのが暗黙の了解だ。

 少し離れたところで魔剣による水と風を解除する。

 そのまま着地して、スピードに乗ったまま身体強化魔法を掛けた足で走り出す。


「援護するか!?」

「っ! うん、おねがい!」


 一応投げかけた確認に答えたのは、長剣を持った剣士だ。フードで顔はわからないがはっきりとした女の声だった。

 馬車に向けて飛び込んでくるワイバーンの前に踊りだす。


「えっ、四本の剣……!? 待って、君って――」

「さぁ行くぞ……テンション上げろ!」


 気合がなければ虫にも勝てない。声出して気炎を吐いていけ!

 暫定リーダーが何か言ったが後だ、姿勢を低く構える。

 左手に持ったブレスレイトに魔力を流し込むと、鋭く風が纏われていく。

 必要なのは一撃で刈り取る、切れ味と速度!


「《風突走ヴァリアスラスタ》!」


 大量の大気が一点に凝縮した暴風を受けて、俺の体は強烈な加速を得た。

 切れ味をさらに増した穿風剣を構え、草原を疾駆する。

 急激に距離が詰まったことでワイバーンが慌てて俺に嚙みつくべくあぎとを開くが――

 

「《風牙かざきば》!」


 風の魔力を纏ったブレスレイトを一閃する。噛みつきを潜り込んで躱しながら、ワイバーンの頭蓋を縦に。

 両断した。


「――っし!」


 確かな手応えを感じると共に、ワイバーンの下を駆け抜ける。 

 剣に風を纏わせ鋭くする《風牙かざきば》は、生物で一番硬いはずの頭蓋骨を真っ二つにするほどの切れ味になる。


「えぇ……? ワイバーンをあんなに簡単に……ほんと強くなったわね〜」


 ワイバーンは速い。だけど攻撃するときは近づいてくるんだから、すれ違い様に瞬殺すればいい。

 タイミングを掴むと簡単だ。仕留め損なうと二度と降りてこないから、一撃で決めるのがコツ。


「サッサとやろう」


 速度をほとんど落とさずに切り返し、呟きを漏らした女性が相手をしていたワイバーンに走る。

 彼女がすでにハルバードで翼を斬り裂いていたためフラフラと空に逃げようとしていた。


「逃がすかっての、《飛燕ひえん》ッ!」


 疲れて雑になっているが、ワイバーン程度殺すのにわけはない。

風牙かざきば》を纏わせたままのブレスレイトを、少し力を入れて振る。


 ――ッッッザン!!!


 剣が空を斬ると同時に、纏っていた風の刃が高速で飛んでいき、のろのろと飛んでいたワイバーンの首を斬り落とした。

風牙かざきば》の派生技、風を放って飛ぶ斬撃とする《飛燕》だ。


「さて、残りは……っと、終わりか」


 墜落する首無し翼竜を尻目に、俺以外の状況を把握する。

 見れば他のワイバーンは二匹が仕留められ、一匹は一目散に逃げ出していた。


 頭数が減った途端、瞬殺だ。やっぱり強いな。

 数と護衛対象が問題だっただけで、馬車を狙う数が少なくなればあっという間にワイバーンを倒した。

 剣を収めたところに、さっき俺が話しかけた女剣士が近づいてきた。


 体つきはかなりスレンダーだ。

 昨日見たミリアよりも肉がなく、無駄を削ぎ落として機能性を追求したような、よく鍛えられている体の女性だった。


「ありがと、助かったよ。相変わらず、わけわからない強さだね」

「ああ、気にするなよ……相変わらず?」

「えへへ……ボクだよ、アベルっ!」


 そばにまで近づいてきたパーティーのリーダーが、顔を隠していたフードを取った。

 出てきたのは後ろの一房だけ長く伸ばした金髪。そして活発元気そうな人懐っこい笑顔だった。

 クリクリとした大きな目と、快活っぽい雰囲気を見せる元気な表情。

 その顔に驚いた。

 田舎の村から王都に出た頃から知っている、昔からの知り合いだったんだから。


「……え、エルミー? マジで?」

「マジだよ〜? 駆け出しEランクの頃からつるんでたエルミーちゃんだよ〜?」

「うわ本物だ……!」

「なにその言い方! 「会えて嬉しい! エルミーちゃん可愛い!」でしょ〜!?」


 からかうように、明るく笑ってくるやりとり。間違いない、俺がよく知るエルミーだ。

 彼女とは俺が王都に出てきた頃に知り合った。

 年は俺の一つ上、冒険者デビューも年齢も近かったから、ミリアが学校などでいないときパーティーを組んだりした仲の良い相手だ。


「ってことはそっちの二人は……?」

「うふふ、あなたのお姉ちゃんで〜す! あーくん!」

「やっほ〜! 久しぶりだね、アベル君!」


 他の二人もフードを外し、出てきたのは濃い紫髪が特徴的な大人らしい女性たち。

 二人は瓜二つの顔に笑みを浮かべ、それぞれ俺の手を取ってくる。


 あなたのお姉ちゃんと言い、あーくん呼びをしたのんびりした方が姉のフレイ。

 ウェーブのかかった髪型でおっとりした見た目ながら、ハルバードをぶん回していたのがこちら。

 性格に見合わずパワフルだ。


 ぶんぶんと手も体も激しく揺らしてくる元気な方が妹のマリア。髪型はストレートだ。

 垂れ目なフレイとは違って、ちょっとだけパッチリした目をしている。

 戦いではいくつかの武器を使っていた器用な人。

 彼女たちも当時からエルミーとパーティーを組んでいた双子の姉妹である。


 年齢は俺の二つ上。俺とミリアを弟や妹のように接してきた。

 二人ともミリアより豊富なスタイルをしているから、ちょっとドキドキしてミリアにつねられてた、っけ……。


「はぁ……」

「どうしたの? ため息なんかついて」

「あれ? あーくん、お姉ちゃん達と会いたくなかった?」

「あっ、いや、そんなんじゃない! ただちょっと思い出したことがあっただけで……ハハハ」


 そうなんだよなぁ。

 昔っからの知り合いってことは、俺とミリアの仲を知ってるってことで。

 

 気まずい。


 三人に会えたのは嬉しいのに……昔のことを思い出して、また気分が沈んだのだった。

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