第四話 覆った水【シタ賢者Side】
【Side シタ賢者】
「…………ぇ」
「あ……?」
「恋人に知られるのは照れ臭いからと口止めされておったから言わなかったが。Sランク冒険者に会うなど当日に聞かせるのも、と思ってな」
「なん、だと……?」
「……ミリア」
ミリアの表情が、止まった。
勇者は疑問に思い……聖騎士は愕然とした目でミリアを見る。
彼が知っていたのは勇者と王女の婚約だけ。ミリアに恋人がいるなど知りもしなかった故の反応だ。
友人の聖女でさえ、冷徹な視線を友に送っている。
国王だけが、静かな興奮のあまり気付けない。
故に、その言葉を口にした。
「腰に四本の魔剣を備え、一騎当千を成した冒険者……《四剣》のアベル。アベル・シクサム殿という。ミリア嬢、そなたの婚約者だと話していたぞ」
「へ……? え……?」
「たった三年でCランクからSランクにまで至る偉業。その要因となった行動全てが貴殿のためというのだから、愛されておるな。――む、どうした? そなた達」
「ミリア? ……どうかしましたか? 顔色がとても悪くなっていますよ」
「おい、お前……! 恋人が、いたのか!? 俺達はそんなこと知らなかったぞ!?」
「うそ……アベル? アベルが、Sラン、ク……? ずっと私たちを、助けてた……って?」
国王が気付いたときには、全員の視線はミリアに集中していた。
そして、すぐに勇者と賢者の不祥事は明るみになった。
・ ・ ・ ・ ・
この世界では一夫多妻や一妻多夫などは常識だ。
二百年もの間続いた魔王との戦争において、人口の減少が深刻化したからこその文化である。
そんな、重婚が普通となった世間でも浮気というのは存在する。
では、いったい何が浮気と判断されるラインなのか。それは重婚メンバーに断りなくそういった関係を持つことだ。
複数の相手と結ばれることが許されるからこそ、そういった行為はなにより忌避される。
最低限のラインを越えた締め付けは、世間的にも厳しい。
さらには……婚約相手が王女などだった場合は、最悪の一言に尽きる。
「勇者ユートッ! 我が娘がいながら不貞行為をしていただと!? しかもッ、よりにもよって……Sランク冒険者の懸想先と……ッ!?」
「申し訳ありません、陛下……ッ! 申し訳ありません……!」
「な、なんだよっ! 王様! それが勇者に対する……ぐぇっ!?」
先程の空気から一転して、サロンの空気は地獄と化していた。
ランデッド国王は勇者ユートの襟を掴み上げ詰問し、騎士団長アッドは謝罪を繰り返す。
そして離れたところでは、シエルが震え続けるミリアに聞いていた。
「ミリア……なぜ、浮気なんてしたのですか。貴女がしたことは……最低のことですよ」
「だ、だって……旅に出てしばらくして手紙もなくなっちゃったし、さびしくて……忘れられたと思ったのよぉ……!」
ミリアは手紙が届かなくなったと言う。だが、実際はミリアの方から返信が届かなくなったのだ。
アベルは忙しいのだろうと考えて、短いメッセージと少々の贈り物をするだけにするようにした。
旅の邪魔にならないように。
「アベルからなんにもなかったじゃない! ずっと会えないで私になにも知らせないなんて! 酷いわよ!!!」
「はぁ、はぁ……ミリア嬢よ、その言葉は納得できんぞ」
疲れ果てた様子で掴み上げていた勇者を投げ捨てたランデッド王は、ミリアの方へ向き直る。
「勇者パーティーに送る物資の中に、彼からそなたへの贈り物や手紙などを封入していたはずだ。それを条件にされていたからな」
「たしかに、わたし達個人への物もありました。ミリアへの物もありましたよね? ……あれの、どれかだったのでは?」
「そ、そんなのわからないじゃない……!」
「……ミリア、お前への荷物の中に花があったはずだ。おそらくは、それだろう」
「花って、毎月一輪とか贈られてきた、あの? あんなの、ショボすぎてわかんないわよ!」
ミリアの記憶にあるのは青いと黄色の綺麗な花だった。綺麗な花だったが、贈られてくる量が少なかったのだ。
送ってくる時は一輪だけ。
小さなメッセージカードと共に送られてくる一輪だけの花に嫌気がさして、ミリアはいつしか興味も示さず道に捨てていた。
――が。
「あの花は……魔力の濃い場所にしか咲かん希少種だ。魔力を吸って咲き続け、根を切られても枯れることはない。貴族でも手に入れることは難しい、最上級の――恋人への贈り物だ」
妻が花を好むことから、アッドはその花を知っていた。
その花――イクシスを贈るのは、変わらぬ愛を示すため。生態と花言葉から生まれたジンクスだ。
「希少さから高ランク冒険者に依頼を出しても入手は難しい。それを何本も……自分で採ったのかはわからないが、途方もない価値になる」
さらに、それらのプレゼントには毎回ささやかな装飾品などが添えられていた。
それも地味だと思ったミリアは旅先で売り払い、ユートと使う金にしていた。
「よほどの金持ちがミリアを見初めて贈っていたのかと思っていたが……自分の浅はかな考えに嫌になるな」
「ぁ……ぁぁあ」
今頃になって、ようやく全て理解する。
ミリアは、アベルの想いをこれ以上なく踏み躙っていたのだ。
「……最悪なのは、彼がすでにこの件を知っている、ということだ。穏便な謝罪など見込めんぞ」
ランデッドは憔悴しきった顔を片手で覆う。
彼が今考えているのは、国のことだ。
「我が国は彼に多くの借りがある。それを仇で返すようなことを……このままでは――」
「――別にいいじゃねぇかよ」
声が響く。
床に座り込んで不貞腐れた顔をした、勇者に全員が目を向けた。
「俺は世界を救った勇者様だぞ? 別に、浮気とか、女の一人くらい奪ったっていいじゃねえか! 誰がどう思おうが、どうでもいいだろ!」
「お前、それは本気で言っているのかッ!?」
「ぐぁっ!? ……何、すんだよ。……アッドさんよぉ!」
激昂して叫んだ勇者ユートを、怒声とともに壁に叩きつける。
その男――アッド・ハイムズは修羅の形相で、勇者ユートに向けて怒鳴りつけた。
「俺たちの旅はいつもギリギリだった。金も、物資も出してくれた人たちのおかげで、俺達は生きているんだぞ!? もしもその彼がいなくなってみろ! その三分の一が無かったんだ……俺達は帰ることもできず、死んでいたかもしれないんだぞ!?」
金がなければ、旅はできない。
物資……強力な装備やポーションなどがなければ戦えない。
強引に突き進んでいた勇者パーティーの現実は常にギリギリだった。
実際、もし金や物が減っていたらここまで早い魔王討伐はありえなかっただろう。
旅は長引きメンバーは疲弊し、そうすれば最悪、死んだ者すらいた。
魔王が倒せたかもわからない。
「もはや彼は俺の、俺達の命の恩人だ! お前の世界では不貞は罪ではないのか!? 命の恩人に対してそんな態度をとるのか!? 違うだろう!」
――その叫びは一人の助けられた者として。
無事に家族のもとに帰ることができたことに感謝する男の言葉だった。
「お前の世界では、お前はまだ子供だったそうだな。
いきなり違う世界へ連れてこられ、心細くもあっただろう……! だから俺くらいは、お前の守護者でいようと決めていたのに!」
言い聞かせるように語るのは、数奇な運命に選ばれてしまった少年への、彼なりの誠意だった。
初めて知った保護者の言葉に、勇者も目を見開く。
「お前と王女殿下の婚約が決まったときも……不敬になるとわかっていて! 正式発表まではお前の「息抜き」も! ミリアとのそれも見逃していた……! だが本当なら、それも「子供だから」で通用しない……!」
ギリギリとアッドの手が襟首をキツく締め上げる。
「もしお前が、馬鹿なことを本気で思っている外道に堕ちたなら! 俺はお前の守護者としてお前を許さん!」
「っ、わが、……っだよッ! 放して、くれ……!」
勇者がやっとのことで声を絞り出し、アッドの拘束から解放される。
アッドは再び、王に向かって跪く。
「陛下。私は、勇者の所業を全て見逃しておりました! 責任は、私にあります。《四剣》殿に首を差し出せというならば、差し出しましょう……! 私の処遇はいかようにもお決めください……!」
自らが仕え裏切った主君に対し首を差し出した。
だが――
「――金や物だけではない。そなたたちは、彼に時間すら与えられていたぞ」
「……陛下?」
王の口から紡がれるのは、叱責でもなく沙汰でもなく……訂正だ。
「彼は、勇者パーティーしか対応できないほどの魔獣や、困難に見舞われた時、単独で解決してくれていた。覚えはないか? 立ちはだかっていた敵がいなくなっていたり、指令が取り消されたり――」
「遠くに呼ばれた際に出発しようとしたら、急遽取りやめになったこと、などでしょうか?」
続けざまに並べられた言葉を聖女が引き継いだ。
振り返れば、何度か不思議なことは起きていたのだ。
そのたびに偶然や奇跡かと話していたが、考えてみると数がおかしい。
「まさか、それも彼が……?」
「その通りだ」
金、物、時間。全てにおいてバックアップしていたアベルは、もはや魔王討伐の一番の立役者だった。
「アッド。そなたの沙汰は後だ。騎士団を動かしアベル殿の捜索へあたれ! 総動員しろ! 一刻でも早く見つけ出し、弁明、いや謝罪をする」
「……はっ」
「Sランク冒険者の怒りを買っている。事は国の――存亡に関わるぞ」
Sランク冒険者とは、たった一人で国の戦力すらも凌駕する。
彼らに敵視されるということは、いつでも滅ぼされる可能性があるということだ。
「アベル……Sランク? なんで言わないのよぉ……! それなら……!」
「…………」
男たちが慌ただしく動く中で、当の女はうなだれているばかり。
親友たる聖女は、じっとそれを見つめていた。
まだなんとかなる。ミリアはそう思っていた。
だが遅い。三年前から見ようともしなかった水は既に落ちた後なのだから。
・ ・ ・ ・ ・
その後、シルディエル王国は全力を尽くし、《四剣》アベル・シクサムの捜索に取り掛かった。
だが目撃証言や会話したという話はありつつも、本人は影も形も存在しなかった。
翌日の昼。
王都西方にそびえる大きな山にて、木々は燃え、川は凍りつき、岩は切り刻まれ、魔獣は全滅。
そして山頂から麓にかけて巨大な斬創が刻まれ、山が斬られていることが確認された。
Sランク冒険者の力を、まざまざと見せつけるように。
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